花吹雪登場!!
とあるVRMMORPGのNPCとしてプログラミングされたのが薬師。そんな事実をプレイヤーから聞かされた薬師は例外処理にぶっ飛んだ。しかし、薬師を実装したプログラマーは入社一年目の新人だったため、そこに致命的なバグを作り込んでいた――
バグったデータは、流れ流れて……時間を超え次元を超え、理屈は理解らないが、何処とも理解らぬ異世界の人間の魂に刻み込まれた。
そこは武家屋敷。着物に身を包む大男が、縁側を行ったり来たりと妙にソワソワしていた。それは致し方ないこと、我が子の誕生を今か今かと待ちわびていたのだから。
オギャと生まれた小さな赤子は、《サヤ》と名付けられた。
残念ながら男ではなかった。しかし、大男は心底そんなことは気にしていない。また妻に産んでもらえばいい。それよりも、まさに目に入れても痛くない、この可愛い娘の側にいつまでもいたかった。
「影斬り殿、将軍がお呼びです」
願っていた側から運命に見放される。優秀な家臣の一人である影斬りを将軍は大層あてにしていた。事ある度に影斬りを呼びつけていたのだ。
《サヤ》の父親である《影斬り》の真名は、《富嶽 大野山》と言う。しかし、武士にとっての真名は仕える主と親のみが知る名であり、それ以外は通名で呼ばれるのが一般的である。また生まればかりの《富嶽 サヤ》にも、既に《花吹雪》という通り名が付けられていた。
すくすくと育った花吹雪は、七歳になった。利発的そうな印象を受ける容姿に相違なく行動も伴っていて、武家奉公人の間でも可愛がられていた。
花吹雪は、自身の前世がNPCであることを覚えていた。ロールプレイング的な役割で言えば、街の道具屋で、とある重要なクエストにおいては、恋人をやむなく殺す悲しき運命を背負っていたことも。前世の記憶を持った大人であるが故、同じ年頃の童子たちと比較すれば、聡明叡知とはまさに花吹雪のこと言われる始末である。
だからこそ、この不毛な土地に城を構える将軍・星の輝き様の行く末が、滅亡であると理解できていた。他の将軍たちは、不毛な土地を手に入れたとして、管理費用がかさむだけで利点がまるでないことを知っていた。また、そこに紙のような薄い仕切があるだけで、他の将軍との領地が隣接しないため、武力衝突を避けていられていたのだ。
それだけ聞けば今後も安泰のような気もするが、地図を広げた花吹雪はある一点を指差した。そこは漁業を中心とした港を保有する小さな漁村であった。
「水揚げされる魚は下町で消費されるものばかりですが、問題は大船でございます。近くの海域は遠浅で、大船が入港出来る港はここだけです」
戦は陸路ばかりを気にしていれば良かったが、大船の登場により戦術も変わってきていた。また影斬りは、花吹雪の言うところの、つまり戦略的に我が領地を手に入れた将軍が、この戦国時代の覇者となるという忠告を理解していた。
「しかし、我々には守るべき力ない」
「はい。ですので、この港を、漁村を廃村とし、誰も近づかせてはなりません。他の将軍に知られてはならないのです」
それでも花吹雪には、時間稼ぎにもならないことはわかっていた。他の将軍が港を欲していて、間諜を送り込むのも時間の問題だからだ。
父、影斬りが渋い顔をしながら納屋を出ていく。花吹雪たちは密会のため納屋にいたのだ。誰もいなくなった納屋の中で、花吹雪はアイテムボックスを開き、奉公人に収集させていた草花を取り出す。
前世の世界にあった植物の生態系と全く異なる世界なのだ。同様の効果を持つ薬を作り出すためには、ゼロから組み合わせを試していくしか無いのだ。それでも同じ薬が作れるという保証もない。
「兎に角、あの薬を完成させなければ」
額に汗をかきながら小さな手で乳鉢に入れた草花を磨り潰すのだった。