『お姉様は美しく優雅で可憐で美麗で気品に溢れて、弱き者を慈しむ高潔な精神と誰もが感嘆する程の力を持ち…ああ、お姉様の素晴らしさを言い表すのに、ここはあまりにも狭すぎる。あなたもそう思いますよね?』
やかましいタイトルだなぁ…
パンを選び終え、会計のためにカウンターに向かった俺はキースに呼び止められる。
「あ!そういえばアキラさんには話し忘れてましたね!
昨日、私とソフィアさんだけの時に三人分のパンを奢ってもらう約束をしてたんです!
ここはご厚意に甘えちゃいましょうよ!」
そうして、俺が自分で買うつもりだったパン3個、ソフィアが選んだ2個、そしてキースが奢られるつもりで選んだ18個、計23個がソフィアによって買い上げられた。
結果として『トレイいっぱいに積み上がったパンの山を一人で購入するA級冒険者』という世にも珍しい光景が出来上がったわけだ。
店にいた人達の奇異の目に晒されたのは、もはや言うまでもないだろう。
その後、また集まり始めた群衆を避けるべく、店から少し離れた場所にある広場のベンチに移動してパンを食べる事にしたのだが…
「うーん!やっぱり焼きたてのハムチーズトーストは最高ですね!!」
今、俺の隣では、幸せそうな顔をしたキースが夢中で5個目のパンを頬張っている。
「…ええ、確かにこのトーストは美味しいですね。
…つかぬ事をお聞きいたしますが、キースさんはそのパンは今日中に全部食べ切るおつもりで?」
別会計だったため、遅れて店を出てきたベルが若干引き気味になりつつも尋ねる。
その目線は、彼女の膝の上に抱えられた様々なパンの詰まった麻袋に向けられていた。
「あ、はい!
折角の焼きたてパンが冷めたら勿体無いので朝のうちに全部食べちゃおうかなって!
まあ、冷めても充分美味しいですけど、やっぱり一番は焼きたてですからね!!」
「この量を朝のうちに……。
…ま、まあ。
要らぬ心配かも知れませんが、あまり無理はなさらないでくださいね。」
どうやら、あのパンの山はキースの朝ご飯だったらしい。
(キース、もし日本で生まれてたら大食いタレントとかになってそうだな。)
そんなことを漠然と考えながら、俺はまだ温かい堅焼きパンを頬張った。
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「はー美味しかった!ご馳走様でした!!
アキラさん!ここのパン、気に入ってくれましたか?」
満足そうな表情でお腹をさすりながら、空になった麻袋を膝に乗せたキースがそんな事を尋ねてくる。
正直、あの細い身体のどこにあれほどの量のパンが収まっているのか、不思議でしょうがない。
「ああ、美味しかった。
ありがとうな、キース。」
「ええ!
気に入ってもらえたようでよかったです!
また、みんなで一緒に食べに来ましょうね!」
頷いて了承する俺とソフィアを見て、キースは一段と目を輝かせた。
「…ご馳走様でした。
さて、ソフィアさん、キースさん。そしてアキラさん。
少しよろしいですか?」
一足遅くパンを食べ終えたベルが、俺たちに話しかけてくる。
「ベルさん?どうしたんですか?」
「実はお三方にお願いしたいことがございまして…
唐突にこのような事を頼むのは迷惑だと重々承知してはいるのですが…
例の件についてアキラさんと二人でお話したいことがあるので、少しばかりご一緒していただいてもよろしいでしょうか?」
本来ならこのまま3人でギルドへ直行するつもりだったのだが、どうやらベルは俺個人に用があるらしい。
「例の件…は、もしかしなくてもアレの事ですよね。
…ん?ベルさんとアキラさんだけで、ですか?」
「はい。
彼とは今日あったばかりですので、交流も兼ねて少しばかり二人でお話をしておきたいな、と。
…無理強いをするつもりはありませんので、駄目なのであれば諦めますが。」
「……わかったわ。」
「ソフィアさん同様、私も大丈夫ですが…
肝心のアキラさんはどうですか?」
「ああ。
俺も別に構わない…けど…」
「?
どうされました、アキラさん?」
(今、ベルの表情が一瞬変わったような…)
…気のせいだろうか。
俺が大丈夫だと答えた時、柔らかい微笑みが微かに歪んだような…
「…では、お二方もアキラさんも問題ないとの事なので…
アキラさん、早速行きましょうか。」
〜:〜:〜:〜:〜:〜:〜:〜:〜:〜:〜:〜:〜:〜:〜:〜:〜:〜:〜:
人通りの少ない小道に、ひっそりと店を構える喫茶店にて。
「………。」
目の前に置かれたティーカップを無言で眺める俺。
向かいには、同じく無言のベルが座っている。
それだけなら良いのだが、ベルの表情は先ほどソフィア達といた時のような微笑ではなく真顔だ。
しかも、ずっとこちらを凝視している。
「あの…
ベル…さん?」
俺の問いかけに答える事なく、依然として黙り込んでいるベル。
この店に来ておおよそ5分は経ったと思うが、ずっとこの調子だ。
(店に来るまでは普通に話してたのに、席に座った途端に喋らなくなっちゃったんだよな。
例の件について話したいって言ってたから、てっきり『昨日の一件』についての話をするために人通りの少ない場所にあるこの店を選んだんだと思っていたんだけど…)
「はぁ…」
突然、ベルが大きく、深くため息をついた。
思わずたじろぐ俺を見据えたまま、口を開く。
「…まずは、改めて私の身の上話を含めた自己紹介をさせていただきましょう。
私はベル・ラフターラ。
ソフィアさん…
いえ、お姉様と、共に育ち、過ごしてきた…実質姉弟のような存在です。」
「………?」
『言霊の加護』の不調だろうか?
今、この人がソフィアの事を『お姉様』と言っていたような気がするが…
(うん、流石に聞き間違いだな。
初対面の時の自己紹介では一緒に暮らしていたなんて話も一切出て…
…いや、一応、『旧知の仲』とは話していたな。
でも、あの時は『ソフィアさん』って呼んでたし、姉弟だなんて一言も言ってなかった。
やっぱり、聞き間違いだ。そうに違いない。)
…仮に聞き間違いでなければ、俺は『自分よりも(おそらく)歳下の他人を姉であると思い込む変態と二人きり』ということになってしまう。
まあ、流石に杞憂だろう。
(一応…
多分、まあ…大丈夫だとは思うけど。
…念のため、確認しておくか。)
「…えっと。ベル…さん?
今、ソフィアの事を『お姉様』って言ってた様な気がしたんですけど、俺の聞き間違いですよね?」
「はい?
何を言っているのですか?
聞き間違いな訳ないでしょう?
お姉様は昔からとても美しく、優雅で、可憐で、麗しく、華麗で、優美で、端麗で、美麗で、気品に溢れていて…
うん、ダメですね。
お姉様の素晴らしい美点を語るには、この世に存在する言葉はあまりにも少なすぎます。
ああ。当然ながら、お姉様の美点は何も外見だけではありません。
自らを厳しく律し、手を差し伸べるべき弱き者を慈しむ高潔な精神もまた、お姉様を語る上で欠かすことのできない要素です。
常人であれば耐えられないであろう苦難を乗り越え、苦しみ続けているのにも関わらず、そんな己が身を省みることなく守るべき民の身をただ一心に案じ続ける慈悲深い心を持ち続けている。
私は、そんな聖女のような、いえ。
慈愛に溢れた女神の様なお姉様の事を、他の誰よりも近くで………… …見て育ち!
お姉様に見合う男になるべく技術を磨き、そしてA級冒険者にまでなりました。
全ては!
お姉様の為に!
ひいてはお姉様が守らんとしている人々の為に!
…此度の異変の原因を突き止められたのも、お姉様のお力あってこそでした。
もはや流石としか言いようがありませんよね?
あなたもそうは思いませんか?
ああ、いえいえ。
すみません、聞かずともわかりきった話ですね。
否定のしようなどありませんから。
困窮する人を見かければ駆けつけて助け、悪を見つければ卓越した力で成敗する。
そう。
お姉様こそ、冒険者のあるべき理想の姿です!
かく言う私も、常にお姉様を思い浮かべながら日々精進を続けています。
他の冒険者も皆、お姉様を見習うべきなのです。
わかりますよね?」
非常に残念なことに、『言霊の加護』は正常だ。
異常なのは、彼の頭の方だったらしい。
(かと言って、間違いを指摘するのは悪手だろうし…
触らぬ神に祟りなし、だな。
ここは早めに退散しよう。)
「…あの、すみません。」
「はい、どうされました?」
「お話も充分聞かせてもらったし、そろそろお暇させてもらいますね。」
「ん?何を言ってるんですか?
ダメに決まっているでしょう?
いま、何の為に私の自己紹介をしていると思ってるんですか?
話は、まだ始まってすらいないのですよ?」
どうやら、今のは全て自己紹介らしい。
…自己紹介?
「いやいや!!
どう考えても、今のは自己紹介じゃないでしょ!
ほぼソフィアの話でしたよ!」
「それはそうですよ。
私という人間を理解していただく為には、私の人生の目標にして光であるお姉様の素晴らしさを改めて知っていただかなければならないのですからね。
だから、今までの話は全て私の自己紹介でしかありません。」
『そんな事も分からないのですか?』と言いたげな表情で、よく分からない自論を展開するベル。
あまりにも堂々とした物言いなので、寧ろ俺の方が間違っているのではと錯覚に陥るほどだ。
「…いや!やっぱ自己紹介ではないですよ今のは!
『言わずと知れた一般常識でしょ?』みたいなノリで納得させようとしないでください!
あとですね!
ずっと思ってた事をぶっちゃけて言わせてもらいますけど、あなたとソフィアが姉弟、しかもソフィアの方が姉とか絶対嘘でしょ!
本人の目が届かない場所だからって、勝手に姉弟を自称するのは良くないと思いますよ!」
「なっ!?はぁ!?
もしかして今、お姉様と私との関係性を否定したのですか!?
はぁ!そうですかそうですか!!
いい度胸ですねぇ!
その喧嘩、買って差し上げましょう!!
表に出なさい!!今すぐっ!!
今更になって後悔しても、もう遅いですからね!」
大人気なく椅子から立ち上がり声を荒げるベル。
お姉様に相応しい男になりたいなどと散々言っていたのは、一体どの口だっただろうか。
「今すぐに私がお姉様の姉弟であると認めなさい!
そうすれば先ほどの失言は無かったことに」
「仮に姉弟なら、なんでソフィアの目の前で『お姉様』って呼ばないんですか?」
思わずそう口にした瞬間、先ほどまで烈火の如く捲し立てていたベルの発言がピタリと止まる。
かと思えば、流れるようにストンと椅子に腰を下ろして、澄ました顔でふぅと息をついた。
「…いけませんね。
私としたことが、頭に血が昇ってしまっていたようです。
この話はここまでにして、とりあえず話を元に戻しましょうか。
ええ、それがいいでしょう。」
どうやら、図星だったらしい。
(まあ、下手に追求すると面倒になりそうだし、これ以上は触れないでおこう。)
「話を戻すも何も、ソフィアが素晴らしいって事は充分過ぎるほどわかったんで、さっさとギルドに行きたいんですけど…」
「だから、先程も言ったように私があなたに伝えたかったのは…
…いえ、そうですね。
確かに先程までの私は、お姉様への想いが少しばかり暴発してしまっていたかもしれません。
改めて、伝えるべき情報を掻い摘んでお話いたしましょう。」
本当に少しだったか?と喉まで出かけた言葉を飲み込みつつ、渋々ベルの話を聞く。
「…まず初めに、変な勘違いを持たれると困るので明言しておきます。
先程からあなたが否定している我々の関係性…お姉様と私は幼少期に共に過ごしていた姉弟のようなものだというのは紛れもない事実です。
より具体的に話すのであれば、『訳あって故郷とご両親を失った事で孤児になったお姉様を、私の父が『居候』という体で招き入れた』、といった所でしょうか。」
「…故郷と両親を失った?」
「ええ、そうです。
お姉様がそれらを失った経緯を、当事者でもない私が勝手に話すのは憚られるのでできません。
…ただ。
それは、幼い少女が体験するにはあまりにも悲惨なものであった。
そうとしか言いようのない、残酷で、それでいて救いのない出来事だったとだけはお伝えしておきましょう。
ですが、お姉様は自らがそんな経験をしていながら。
…いえ、そんな経験をしたからこそ、と言うべきなのでしょうね。
お姉様は今後、自分と同じ苦しみを味わう者が現れないようにと、忌み嫌う己の力を使ってまで多くの人々を救い続けていました。
その命を救い、助けた彼らにできる限りの援助をし、平和な世界のために身を粉にしながら奔走する。
常人であればまずできないであろうそれを、現在に至るまでずっと、さも当然のように続けていました。」
「………。」
ソフィアが何故、初対面の俺に対してあれほどまで優しく、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるのか。
『ただお人好しで優しいから』なんて理由では納得できないほどに、会って間もない筈の俺を何度も助けてくれたのは何故なのか。
彼女と出会ってからずっと疑問だったその理由を、意図せず知ることができた。
同時に、彼女の優しさに甘え続けている現状に対して強い罪悪感が湧き上がってくる。
「わかっているとは思いますが、お姉様に過去の…特に例の出来事について尋ねるような愚行は決してしないように。
仮にそんな事をされたら…
私は、自分自身の感情を制御できる自信がありませんので。」
無言で頷く。
「…さて。
先程も話していたように、お姉様は疑いようもなく素晴らしいお方です。
ですが、他者に…特に力を持たない者に対してあまりにも優しすぎる。
…それ故に、お姉様の強さを目当てに、優しさに付け入って甘い汁を啜ろうなどと浅慮な考えで近づこうとする悪い虫が少なからずいました。
だからこそ、私は常にお姉様を陰ながら見守り続けていたのです。
最も、私の立場上、常にお姉様のお側で見守る訳にはいかなかったので、協力者を増やして警戒しておりましたが…」
ソフィアの優しさに付け入ろうとする『悪い虫』
その話を聞いて、いつも彼女に頼ってばっかりの自分が思い浮かんだ。
彼女の優しさに甘え、迷惑や心配をかけては楽観的な考えで行動してきた自分の姿が…
「…安心してください。
そんな申し訳なさそうな顔をしないでも大丈夫ですよ。
少なからず、あなたが『悪い虫』ではない事は分かりましたから。」
どうやら顔に出ていたらしい。
「でも、俺はソフィアにお世話になってばっかりで何も返せていない。
それに昨日も、心配をかけてしまって…」
「言ったでしょう?
私はお姉様を『陰ながら見守り続けていた』と。
『悪い虫』は、今の話を聞いてそんな顔をしませんし、そんな言葉は出てきません。
それに先程、私がお姉様の素晴らしさを説いていたでしょう?
それに対してあなたは『A級冒険者に嫌われるかもしれない可能性』を無視して、私の発言に意見をした。
決して同調して擦り寄ったりなどしませんでしたし、それどころか『お姉様』と私が姉弟ではないと……
…………。
…うーん、やっぱ『悪い虫』かもしれないですね、念のためにお灸を据えておくべきでしょうか?」
(いや、少なくとも姉弟じゃないのは事実では?)
とは言え、血縁関係がなくとも義姉義弟の関係はあり得る。
彼らが過ごした日々を知らない他人が、独断でその関係を違うと断定してしまうのは失礼な話であり、憤りを感じるのも無理はないだろう。
「どうか、お手柔らかに…」
「流石に冗談ですよ?
…少し脱線してしまいましたね、話を戻しましょうか。
先程、あなたは『悪い虫』ではないと判断した、そう言いましたね?
ですが、そう判断したのは昨日の一件があったからです。
あなたはご存知ないかもしれませんが、つい先日『森の異変』に関する情報や対策についての会議の為、私やお姉様を含むA級冒険者4名とキースさん、そしてギルドマスターの6名のみで会合が開かれていました。
私があなたの名前を知ったのはその時ですね。
最も、冒険者登録をお姉様同伴で行った果報者がいる事は協力者から既に聞いていましたが、まさか依頼までもお姉様と共に受けているとは羨ま…じゃなくて信じられませんでした。
正直、その話を耳にした際は心中穏やかではありませんでしたが、流石に時と場所を弁えて自制を…
…その疑いの目はなんですか?」
どうやら、また顔に出ていたらしい。
「…とにかく、紆余曲折ありながらも会合は順調に進行していました。
しかし、終盤で『『言霊の加護』を持つあなたを使って、森の異変に意図的に誤情報を掴ませる』作戦が議題として上がったのです。
この話を初めて聞いたとき、私は『あなたは理由を付けて、この依頼を断ろうとするだろう』と確信していました。
これまで、幾度となくお姉様にたかってきた『悪い虫』…楽をして甘い汁を啜る事しか考えない人間達は、何かと理由をつけて自分の身が脅かされるような事柄から逃げ回っていましたので。
…ですが、そんな私の予想を裏切り、あなたは依頼を引き受けた。
あまつさえ、駆け出しの冒険者とは思えない程の結果を持ち帰って生還した。
断ろうと思えばできたであろう危険な橋を渡る事を選び、さらには冒険者としての役割を果たしたのです。
…ただ、何事もなくとはいかなかった。」
「………。」
「…昨日、あの森で何が起こっていたのかについて、ギルドの方から既に話を聞いています。
もちろん、あなたやお姉様の身に何が起こったのかも。
…故に、今朝お姉様があれほど思い詰めた顔をしていた理由も、容易に想像がつきます。」
ベルはそこまで話すと、少しため息をつく。
「…お姉様は、『森の異変』の対策にあなたが関わる事に猛反対していました。
しかしギルドマスターの説得もあり、結局はあなたを一人の冒険者として『森の異変』解決のために動員する事を容認した。
そう、促される形とはいえ、容認してしまったのです。
…故に、己の選択を悔やんでいる。
あれはかつて、私が嫌と言うほど見たお姉様の顔です。
失った故郷を、故人を想い、嘆き、悲しみ続けていた頃のお姉様の表情そのものです。」
ソフィアは俺が『極秘任務』に参加するのに反対していた。
考えてみれば、思い当たる節は確かにあった。
昨日の依頼に行く前の顔合わせの際にどこか不服そうな表情をしていたし、依頼の出発直前にギルドマスターと二人だけで話したい事があると話していた。
(…ソフィアは、依頼が始まる前からずっと俺の事を気にかけてくれていたのか。)
「さて、ここからが本題ですね。
私は、あなたにはお姉様から距離を置いて欲しいと考えておりました。
なんですか、そのなんとも言えない表情は?
…なんて、流石に白々しいですよね。
ええ、わかっておりますよ。
あなたが考えているであろう、お姉様の近くに男がいるのが嫌だからというのも勿論ありますとも。
それは認めましょう。
…ですが、あなたをお姉様から遠ざけたかった際たる理由は、お姉様の心労をこれ以上増やしたくなかったからです。
『命の危機から救った相手』程度の関係性であれば、これまで数々の人の命を救ってきたお姉様にとってはありふれたものだと言えましょう。
引き離したところでお姉様は気にも留めないでしょうし、それどころか、自分のそばから離れていくあなたの門出を祝ってくれたかもしれません。
しかし、昨日の一件が起こってしまいました。
…お姉様は、あなたを守れなかった。
今更、あなたがお姉様から離れても手遅れなのです。
あなたを守り抜けなかった事実は、なかった事にはできない。
…過去は、どう足掻いても変えられませんからね。
例え、あなたがお姉様のそばを離れたとしても…あなたが冒険者を辞めて、平和な暮らしを謳歌し、幸せに暮らせる様になったとしても、お姉様はあなたを守る事ができなかった自分を責め続けるでしょう。
再三言っておりますが、お姉様は他者に対してはとても優しく、慈悲深いです。
…ですが同時に、自分に対してはとても厳しく、人一倍かそれ以上に責任感も強い。
『結果として無事に助かったから大丈夫』なんて結論を受け入れられるほど、お姉様は無責任にはなれないのです。
…出会って日が浅いあなたも、それは既に理解しているのでしょう?」
(…ああ、そうだよな。)
今朝、ソフィアに『昨日の事は気にしないで欲しい』と伝えた時、彼女は一体何を思ったのだろう。
彼女を思って投げかけた筈の言葉が、結果として更なる負荷にならない保証など何処にもない。
気休めになればと安易に投げかけた筈の言葉が、より一層彼女を苦しめてしまっているのかもしれない。
だが、あの時投げかけた言葉はなかった事にはできない。
「…俺が、これからソフィアの為にできることはあるんでしょうか?」
「ええ、もちろん。
そもそも、私がわざわざ二人だけで話す機会を設けさせていただいた理由は、あなたがお姉様の為にできる事は何かをお伝えしたかったからなのです。
…まあ、あなたという人間を、この目で直接見極める為でもありましたが。
では早速あなたに出来ることを話していきますが、それを話す前に、まず絶対に理解しておかなければならない事があります。
それはずばり、あなたのお姉様の現在の関係性についてです。
あなたは、お姉様にとって『かつて守れなかった人』です。」
(…それは、ついさっき話したばっかりじゃないか?)
内心でそう思っていると、ベルはなんとも言えない表情をして口を閉ざしてしまった。
少しの沈黙の後、ベルがため息をつく。
「…本当に、わかりやすいですね、あなたは。
『それはもう何回も聞いてるからわかってるのに、なんで今更そんな事を?』と思っているのでしょう?
だからですよ。
あなたは、『お姉様が守れなかった人』という関係性がどれほど異常なのか、全くもって正確に理解できていないのです。
…いいですか?
お姉様は冒険者になってからずっと、守ると決めた者を守り抜けなかった事はただの一度もありませんでした。
人を、村を、街を、国を。
それらを守り、救い続けてきました。
ある時は強大な力を持つ魔物を討ち倒し、またある時は卑劣な盗賊に天誅を下し…
魔物の被害を受けた街の復興のために、寝る間も惜しんで街の防衛に尽力した時もあったそうです。
そうして、お姉様は様々な依頼を通して、数多の人々を救い続けてきた。
そんな中で、お姉様が守り抜けなかった唯一の人物があなたなのです。
…理解できたようですね。
『お姉様の守れなかった人』という関係性が、如何に特異なものなのかを。」
ただただ、黙って頷く。
「…随分と前置きが長くなりましたね。
では、あなたがお姉様の為にできる事について話していきましょうか。
とは言ったものの、答えは至って単純です。
あなたは、普段通りのあなたでいれば良い。」
「…え?
普段、通り?」
予想外の言葉に、思わず声が出てしまう。
「ええ、聞き間違いではないですよ。
聞こえたままの意味で、普段通りの、善良なあなたのまま、お姉様と接していてくれればそれで良い。
『お姉様の為に』などと考えて無理に励まそうとする必要も、あえて距離を置く必要もありません。
お姉様と共に依頼に行ったり、今朝のようにパンを食べたり…うーん、自分で言っておいてなんですが、二人きりで食事とか買い物されるのは嫌ですね。
いや、お姉様の為を思えばやって欲しい事ではあるんですが…悩ましい。」
頭を抱えて悩むベルを横目に、俺も同様に思考を巡らせる。
(ソフィアの為に、普段通りに接する…
いや、ソフィアの為になど考えずに…か。
それは、本当にソフィアにとっていい事なのか?)
俺の何気ない言葉で、彼女を意図せず傷つけてしまうのではないか。
俺の行動で、彼女のトラウマを抉ってしまうのではないか。
俺の姿を目にして、彼女の気が滅入ってしまうのではないか。
「…まだ、腑に落ちないですか?
まあ、それはそうでしょうね。
…なので、先程あえて触れていなかった話をしましょう。
あなたは確かに『お姉様が守れなかった人』ですし、その『過去』は変えられません。
ですが同時に、あなたは『お姉様が守れなかったにも関わらず、まだ生きている人』でもあります。
…お姉様の『過去』に置き去りになってしまった彼らとは違い、あなたはお姉様と共に『未来』へと進む事ができる。
だから…
あなたは、いつも通りの調子で、お姉様に友人として接してあげてください。
『あなたを守れなかった過去』を忘れてしまえるほど、楽しい思い出で後ろめたい過去を塗りつぶしてあげてください。
そうすれば、お姉様の心の蟠りや罪悪感も、今よりは軽くはなる筈ですから。」
ベルはそう言うと、どこか寂しげな表情で微笑んだ。
キースの食べたパンの総カロリー量は5000Kcal前後で、これは女性の一日の摂取カロリー量の目安である1800kcalの約2.8倍です。
これだけのカロリー、一体何処に行ったんですかね?
今回は後書きという名の補足説明は特にありませんが
他人を理解するなんて事は決してできない。
仮にできていると考えているのなら、それはあくまで『理解したつもりになっている』に過ぎない。
とだけ、書いておきます。




