『敵を欺くには』
その後、暗くなった森の中を進みつつ、何とかギルドに帰ってくる事ができたのだが…
「ササキアキラ君!
君には、本当に大変な思いをさせてしまった…
重ねてお詫びさせてくれ!
本当に!申し訳なかった!」
深々と、ギルドの入り口で頭を下げるギルドマスター。
「えっ!?あっ!
大丈夫です!大丈夫ですから!!
頭を上げてください!
てか、せめて場所を変えて話しましょうよ!」
突然の出来事に驚きつつ、必死に頭を上げてもらおうとする俺。
ギルドに帰ってきたばかりで報告すらしていない筈なのだが、森で起こった出来事を知っているのだろうか。
(帰ってきた時間があまりにも遅いから、何かあったのだと確信してるのか…?
…でも、ならなんで俺に謝ってるんだ?)
何かしら起こった事はわかるかも知れないが、俺がゴブリンに拉致されたとは知りようがないはずだ。
それなのに何故…
「…いえ、私が悪いんです。
私が、責任を持ってアキラを守りぬかなければいけなかったのに…」
と、疑問に思ったのも束の間、俺の後ろに立っていたソフィアまで暗い雰囲気を纏い始めた。
「なんでそこでソフィアまで落ち込むんだよ!!
俺、これっぽっちも気にしてないから大丈夫だってば!」
こちらも、慌てつつも必死に止める。
事実、ソフィアは何度も俺達の事を守ってくれていたし、俺がいなくなった後も必死になって探してくれていたとキースから聞いている。
本当なら見捨てて帰還するのが妥当なのにも関わらず、帰るべきだと言っていたキースに頭を下げて俺の捜索を頼み込んでくれたのだとも…
自分のためにそこまでしてくれた人物が『自分の至らなさ』に苦悩し、悔いている姿を見て気分が良いわけがなかった。
「と、とにかく!
一旦落ち着いて、会議室で報告会をしましょう!
アキラさんだって、ここでお二人にずっと謝られるよりもそっちの方がいいですよね!?」
「ああ。」
「じゃあ、早く部屋に行きましょう!
ギルドマスターさん、ソフィアさんも!」
そう言って、流れるように二人を会議室のある方向へと誘導するキース。
多くの冒険者達と依頼を共にしてきてきた経験は伊達じゃなかった。
(俺も、報告すべき事を今のうちに頭の中で整理しておかないとな。)
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その後、俺達四人は会議室にたどり着き、そのまま報告会を行った。
とは言ったものの、俺が聞いたり体験した出来事について話していくような形式だった。
ゴブリン達のおおよその人数、『選ばれし者』と呼ばれる大柄なゴブリンが複数いた事、プロディティオやフィディス、『王』について。
そして、あのお方と『和平』についても…
要約しつつ、それぞれを関連づけて説明していった。
「…つまり、君が無事ゴブリン達の巣窟から帰還し、さらには『ゴブリンと人間の和平』の話を持って帰ることができたのは、君と『王』が話し合った直後に現れたあのお方とやらのおかげ、と…」
一通り俺の話を聞き終えたギルドマスターが尋ねてくる。
「そうです。
…といっても、自分の目で実際に見た訳では無いんですけどね。」
「気絶をしていて、実際にその様子は見れていなかったんだったね。
…先程の話を聞く限り、ソフィアちゃん達が強力な魔力を感じ取ったという時間と、君が『王』を怒らせた時間がおおよそ一致している。
となると、君が気絶したのは『王』の強い魔力に当てられたからだと思われるけど…今はもう大丈夫そうかな?」
「はい。
別に身体の調子が悪いとかも無さそうです。」
「それはよかった。
…さて、話を戻すけど、そうして君が気絶している間にあのお方が『王』の前に現れた。
そして、君の解放と『人間との和平』を『王』に命じた…と。
君をソフィアちゃん達に返しに来てくれたゴブリンの…プロディティオ、だったかな?
彼女は、君にそう言ってたんだよね?」
「そうです。
…話している本人も、納得がいっていない様子でしたが。」
「…そう、か。
彼女は、君にあのお方についての説明を『魔物と人間が争わない世界を望んでいる』という事以外に、していなかったかい?
種族名、身体的な特徴、好き嫌い…
本当に些細な事でも構わない、思い当たる事が何かあったら教えてほしい。」
「…そのような特徴についての説明は、特には言ってなかったですね。
俺が聞いているのは、あのお方はプロディティオを育ててくれた人物の『恩人』で、『王』の下についたのはあのお方に頼まれたからって事ぐらいです。」
「その頼み事っていうのが、『王を、君が正しいと思う道へと導いてあげて欲しい。』だったよね。
…まあ、彼女の経験や考え方を聞く限り『和平』の事だろうけど。
…うーむ。
彼等が人並みの技術で道具を作り出したり、証拠隠滅を徹底するよう心がけていたのは、『王』ではなく彼女がもたらした方針だと考えるべき…いや、人を襲う行為自体は快く思っていない辺り、技術的な面のみの協力と考えるべきだな。
となると、『王』があのお方を蔑ろにしなかったのは、自分達に有益な情報や知恵を与えてくれる彼女を紹介してくれたから……なのか?
…いや…」
独り言を呟きつつ、一人で悩み込むギルドマスターだったが
「…ササキアキラ君、君は『王とあのお方』との関係性については彼女から聞かされたかい?」
依然、解せないと言いたげな表情で質問を投げかけてくる。
「特には…
でも、『王』は頻りに俺に『あのお方との関係性』を問いかけてきましたね。
『あのお方と関わりがあるのなら、自分を誑かした事を許す』とも言っていました。」
俺の返答を聞いても、依然としてギルドマスターは頭を抱えたままだった。
「人間と魔物の共存を願う存在が、直接的に人嫌いな『王』と関係を持っていたなんて事があるのか…?
でも、『王』自身が『あのお方』と敬意を表して呼んでいるあたり、自分の方が立場が下であると自覚しているのは間違いない。
…となるとやはり、『王』にはプロディティオを紹介された事以外にあのお方に何かしらの『借り』がある?
でも、それなら何故最初から…」
「ギルドマスターさんは、一体何がわからなくて悩んでらっしゃるんですか?」
先程から頭を抱え続けているギルドマスターに、不思議そうな顔をしたキースが尋ねる。
「ああ、あのお方とやらが何故、今になって『王』に人間と『和平』をするよう促したのかが気になってね。」
「それは、あのゴブリンさんが『王』を説得できなかったからでは?」
「あのお方は、彼女に『人間との和平するよう説得しろ』ではなく『お前が正しいと思う方へ導け』と頼んだんだろう?
これは『人間と魔物の共存を望んでいるだけの自分』より、『人間と実際に共に過ごし、共存は可能だと身をもって証明した』同族の意見の方が聞き入れやすいし、より効果的だと判断したからだと思われる、
…まあ、『王』とプロディティオとでは『人間』への認識に大きな差があったみたいだけどね。
で、ここで疑問が生じるんだけどね。
それが、何故『王』は『和平』を視野に入れ始めたんだって話なんだ。」
「…ん?
それは、あのお方直々にそうするよう言われたからなんじゃ…」
「『王』は、あのお方からの使者とも言えるプロディティオからの『和平をすべき』という提案を受け入れなかったんだろう?
それに、ササキアキラ君に何度も『あのお方と関係があるか』と尋ねて来たそうだけど、仮に関係がある場合に『王』が許すと言ったのは『自分を誑かした事』だ。
『和平』の申し出を受け入れるとも、視野に入れるとも言ってない。
あのお方の使者からの言葉は受け入れないが、本人が直接言いにくるのならば従う。
それなら、あのお方は何故最初からそうしなかったのか、ずっと引っかかってるんだ。」
「手遅れになりそうだったから…とかじゃないですか?
自分が口を出すのは最終手段…みたいな。」
「…『和平』を円滑に進めるのが目的だったのなら、彼らが冒険者を襲う前に咎めておくべきだろう?
『人と魔物の共存』を考えている者が、多くの冒険者を殺している彼らを看過しているのはどう考えてもおかしい。
そんな事をすれば我々との関係性が悪化するのは当然だし、『和平』が上手くいく可能性も著しく下がるからね。
…それに、彼らの襲撃の手際の良さや『王』がササキアキラ君に対して見せたという人間への憎悪の度合いを見るに、かなり昔から常習的に人間を襲っていると考えるべきだろう。
要するに、彼らはあのお方の理想…すなわち『魔物と人間の共存』と対の位置にいる存在であり、理想を叶えるためにも最も警戒しておくべき対象と言える。
それなのに、今更になって『人間の街を襲うな』と指示するのはあまりにも遅すぎる。」
『王』は俺に『貴様が我らと人間共との『血濡れた歴史』を、何も知らないから、そのような無責任でふざけた事が言えるのだ。』と憤慨していた。
少なくとも『つい最近人間嫌いになった』わけが無いのは明白だし、『和平』に前向きだとも到底思えない。
実際に話したからこそ、プロディティオから話を聞くまで、俺も『王が人間との和平を受け入れるわけがない』と確信していたのだ。
「あのお方と何年もの間会ってなかったって可能性はないんですか?
今回偶々立ち寄ったらこんな事になってて、ヤバいと思って慌てて止めたとか…」
「キースちゃん、確かに、その可能性は十分あるね。
何せプロディティオがあのお方と初めて会った時も、『旧友』が盗賊に襲われて死んでいる事を知らなかったんだから…
でも、そうだとしても、だよ。
今回の件はあまりにもタイミングが良すぎる。
ササキアキラ君が『王』を怒らせてしまい、気絶した直後に偶然あのお方が現れるなんて事が、果たしてあり得るかい?」
「『王』の魔力を感知して、駆けつけた可能性は…」
「それこそあり得ないし、仮にそうだとしたら『王』の様子を今まで見ていなかった理由が余計に分からなくなる。
『王』の魔力を感知し、即座に駆けつける事ができる程の能力を持つ存在が、長期間『人間嫌いの王』を放置しておくとは考えにくい。
何か…『やむを得ない事情』があって『王』と会えていなかった可能性も十分あるが…
…ここで、一つ気になった事がある。
ササキアキラ君。
プロディティオは君に、『直接『王』とあのお方との対面を見た』と言っていたかい?」
「えっ?
あっ、見てるはずで…」
突然の質問に戸惑いつつ、肯定しようとしたところで思い出した。
『王』は、あのお方から命を受け、お前を解放したのだと仰った。
『人間の街を攻撃するな』と釘を刺されたとも、な。
プロディティオは『実際にその目で確認した』とは一言も言っていない。
彼女からこの話を聞いた時に、俺が感じた『違和感』。
その正体が、何となくわかった気がした。
「…言ってなかった、です。」
絞り出すように答える。
それを聞いたギルドマスターは
「…やはり、そうか。」
暗く、沈んだ声色でそう言った。
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森の奥地の、悠久の時を生きていた巨大な亀の残骸。
その甲羅の中にある『王の間』にて、二人のゴブリンが向き合っていた。
一方は、黒のローブを身に纏った女性、プロディティオ。
フードの下から覗いている口元は、何故か驚愕の表情を浮かべているように見える。
そんな彼女の対面で玉座に堂々と座するのは『王』。
無表情で、ジッとプロディティオの方を見据えている。
『…………私の、聞き間違い、でしょうか?
……今、戦の準備を、と仰られましたか?
………人間との和平を考慮されるのでは、なかったのですか?』
『王』に跪き、ふるふるとふるえながらも質問を投げかけるプロディティオ。
その声は明らかに動揺しており、所々うわずっていた。
『奴等を許すわけがなかろう。
あれは、奴等を油断させる為に言った嘘に過ぎない。
…お前を騙した事は謝罪するが、まさか、間に受けるとは思ってもいなかったぞ。』
そう言った『王』だったが、彼女が『和平』の話を信じていた事を意外に思っているようには見えない。
寧ろ、思惑通り事が運んでいるのだと確認している様にすら見える。
『第一、先に嘘をついたのは奴らの側で、我はその嘘に乗じただけにすぎん。』
『………。』
『兎も角、斯様な奴等を信用するなぞ、天地がひっくり返ろうとも無い、という事だ。』
『………あのお方が、『和平』を望まれたのではなかったのですか?』
か細い一縷の望みに縋るように、プロディティオは『王』に問う。
『あのお方は、我等の決戦を止めるおつもりはない。
最後まで、我等の選んだ選択を尊重してくれた。』
糸は、虚しくも引きちぎられた。




