『遭遇2』
本当の依頼開始から10分ほどが経過し、話しておかなければならない内容を一通り言い終わった頃。
「……ふう。
もうそろそろ、依頼は潮時かしらね。
残念ながらクロマヒタケは見つからなかったけど、そろそろ帰りましょうか。」
会話をしつつも、しばらくの間しゃがみこんでクロマヒタケを探すフリをしていたソフィアがスクッと立ち上がった。
「そうですね。
ここまで深くまで入っても見つからないとなると、これ以上探しても意味がなさそうですし…」
草をかき分けながら、木の根元を探しまわっていたキースが少し名残惜しそうに言う。
『本来の依頼が完了したので、そろそろ帰還しよう』と暗に伝えているのだろう。
「ここまで森の深くまで入ってもクロマヒタケが生えてなかったんだし、仕方ないか…」
本来の目的は果たせたようだし、これ以上ここでたむろする意味はない。
幸か不幸か、ゴブリンの姿を直接見る事はなかった。
なので、最後まで相手がどんな姿をしているのか分からずじまいだったが…
(まあ、出会った所で友好的に話ができるとは思えないからなぁ…
『なるべく生け捕りにしてほしい』とギルドマスターは言ってたけど、敵対してきたゴブリン達が出てこようものならソフィアに即焼殺される未来しか見えないし…)
仮に生け捕りにできたとしても、ゴブリンがその後どのような末路を辿るのかは、想像に難くない。
よく映画や漫画に出てくるような『拷問』で精神的に追い詰め、必要な情報を吐かせるのだろうか。
もしくは魔法か何かで無理矢理秘密を喋らせるのかもしれない。
いずれにしても、捕まったゴブリンが想像を絶するような酷い目にあうのは確定と見ていいだろう。
(鞭で打たれるとか、爪を剥がされるとか…もしかすると、それ以上に残酷な仕打ちをされるのかも…
…うわっ、想像しただけで身震いが…)
せっかく依頼が完了したと言うのに勝手に気分が悪くなっていてはどうしようもないので、『楽しい事』を思い浮かべて何とかしよう。
(…そういえば、朝に美味しいパン屋についてキースと話をしていたな。)
「朝話してた話なんだけど、街に戻ったらキースが言ってた美味しいパン屋に三人で寄らないか?
時間も昼食を取るのにちょうどいい頃合いだと思うんだけど、どうかな?」
「いいですね〜
と言うのも実は私、結構歩き回ってたせいでお腹ぺこぺこなんですよ〜
だから、さっきからずーっと『お腹の虫』が鳴きださないか不安で不安で…」
お腹をさすりながら、冗談めかした様子でキースが答える。
おそらく、ダイエット云々についてはすっかり忘れているのだろう。
「私も大丈夫よ。
ただ、『今回の依頼の報告』をしてからじゃないとお店にいけないから、ちょっと待ってもらう事になると思うけどいいかしら?」
「ああ、全然気にしないでいいよ。
『クロマヒタケが全く生えていなかった』って報告だけだろうし…」
実際は『ゴブリンの動向や、奴らの巣窟に関する情報』について話す必要があるので、報告完了にはしばらく時間がかかると言うのが妥当な判断だ。
「まあ、とにかく早く帰ろう!」
『……それは、困る。』
突然、聞き覚えのない囁き声が聞こえた気がした。
驚いて振り返るが、誰もいない。
「だっ、誰だ!?」
あたりを見渡しても、俺たち三人の姿しか見当たらない。
そもそも、今の声はどこから聞こえてきたのだろうか…
「アキラ、突然大声を出してどうしたの?」
「アキラさん!?何かあったんですか!?」
急に大声を出した俺に、何事かと尋ねてくる二人。
「今、何か聞こえなかったか?」
「まあ、木の葉が風で擦れてサワサワとなってたり、鳥の鳴き声が聞こえたりはしますが…
あそこまで驚くような音は特には聞こえませんでしたよ?」
「私も、足音や話し声みたいな『注意しなければ行けない類の音』は…
アキラには、何か聞こえたの?」
どうやら二人とも何も聞こえなかったらしい。
(…俺の気のせい、だったのか?)
そもそも、今はソフィアやキースが『魔法や虫』を使って索敵をしてくれている状況なのだ。
『俺たち以外の言葉を話せる何か』がいるのならば、俺が気がつくよりも前に二人が探知して警戒を促しているだろう。
(さっき聞こえたような気がしたのは囁き声…?だったし、遠くで喋っているのが聞こえてきたって風じゃなかった。
…もしかすると、鳥の鳴き声か何かが空耳で言葉に聞こえただけかもしれないな。)
このまま必要以上に警戒させてしまっては間違いなく迷惑をかける。
二人に要らぬ負担をかけないようにする為にも、『何か聞こえた』と言う発言は撤回しておくべきだろう。
「…あぁ、ごめん。
今さっき、何か声が聞こえたような気がしたんだ。
でも、ただの…」
『………お前は、王の元へと連れていかなくてはならん。』
気のせいだった、と。
二人に向けて伝えようとした俺の言葉を遮るように、再びあの声が聞こえてくる。
間違いない。
俺は今、言葉を用いる何かに話しかけられている。
「…話してるんだ。
俺たち以外の何かが、今確かに…」
(何故かはわからないけど、二人には『この声』が聞こえてない。
早く、今起きている事を伝え……)
『……それ以上、話されては困る。』
また、あの声が聞こえた。
それを最後に、俺の視界は真っ黒に染まった。
〜:〜:〜:〜:〜:〜:〜:〜:〜:〜:〜:〜:〜:〜:〜:〜:〜:〜:〜:
突然の出来事に、思わず硬直する。
しかし、すぐに今の状況を認識した。
「…っ!?
アキラ!!」
こんな事はありえない…いや、あってはならない。
つい先ほどまで目の前にいたはずの、話していたはずのアキラが…
「ソ、ソフィアさん?今、一体何が起きたんですか?
あまりにも突然すぎて……その…」
「私にもわからないわ。
とにかく、どこに消えたのか探さなきゃ…」
突然、姿を消したなんて事が、あっていいはずがない。
『何者かが話している。』と言い残し、話を続けようとしていたアキラが目の前から消えた。
何が起こったのか、明白だからこそ理解できない。
「私も今探そうとしてるんですが、『もしものために』とアキラさんに付けていた『虫』の反応が、ついさっき消滅しました。
周辺に関しては、森に入ってから今までずっと探索していたんですけど…その…
…今、私たちの周辺にはアキラさんと思しき人影はおろか、ゴブリンすら見あたりません。」
「私も他のモンスターの魔力反応は見つけられているの。
でも、肝心のアキラの反応は…」
めぼしい手がかりが無い。
なら、どうやってアキラを探す?
魔力探知はダメだし、キースの虫を頼りにしても見つけられない。
そもそも、アキラがどこに消えたのか見当も…
いや。
「まさか…」
一つだけ、心当たりがある。
それは考えうる中で『最も最悪な可能性』でもあった。
「まさかって…もしかしてソフィアさん、何かわかったんですか!?」
「…キース。ゴブリンに付けた虫が集まっている場所に案内してくれないかしら。」
「…それってつまり、私達だけで『ゴブリン達の住処』に行くって事ですか!?
ダメですよ!!そんなの危険すぎます!
第一、アキラさんが消えた原因さえも分かってないんですよ!?
もしこれで私やソフィアさんまで『未知の手段』で消されてしまったら、一体誰が森での出来事を伝えるんですか!!」
「でも…それじゃあアキラが…」
「それこそ『敵の思うツボ』かもしれないじゃないですか!
もしアキラさんが消えた原因がゴブリンなら、間違いなくアキラさんを人質にとります!
そうなった時に『ソフィアさんの命』を引き換えにアキラさんを返すなんて言われたらどうするんですか!?
原因がわからない以上、私たちにできるのは『いち早くこの森から出て、ギルドに情報を伝える事』だけです!
…本当に残念ですが、アキラさんの無事を祈りましょう。」
ぐうの音も出ない。
キースの言っている事は全て理にかなっているし、紛れもない正論だ。
でも、それでも…
「……キースを街まで送り帰したら、もう一度森に入るわ。
我儘で、無責任な事を言っているのはわかってる。
でも…」
命にかえて守ると決めた人を、また見殺しにするなんてできない。
「それは絶対にダメです!!
もしソフィアさんがやられてしまったら『ゴブリンロードの軍勢』を倒すための戦力が大幅に減ってしまいます!
これは、私達だけの問題じゃないんですよ!」
街の人々を守る事は勿論大切だ。
自分の立場も、よくわかっている。
でも、そうだとしても
「場所を、教えてください。
どうか、お願いします。」
頭を下げて、そう頼みこむ事しかできない無力な自分が恥ずかしく、とても憎い。
だが、そんな事を気にしている余裕はない。
アキラの命に比べれば、自分の『体裁』なんて安いものだ。
突然、頭を下げてまで懇願したソフィアを、キースはひどく驚いた表情で見る。
そして、少し考えた後にため息をついた。
「……はぁ。
私は、こう言う非合理的な事は極力避けるタイプなんですけどね…」
街の方向へと向いていたキースが踵を返す。
「ゴブリンにつけておいた虫たちは、あっち側に集まっています。
…私は道案内としてついていきますが、ご存知の通り私は『森の奥地』の魔物相手に自衛できる程の戦力はありません。
だから、ソフィアさんを頼りにしてます。」
「キース…本当に」
ありがとう、と。
そう伝えようとした瞬間、キースはソフィアの顔の前に人差し指を立てて言葉を遮った。
「お礼の言葉はいりませんよ。
聞きたいのは『任せろ』の一言ですから!
…あっ、そうだ!!
三人分のパンの代金は、ソフィアさんが奢ってくださいね!」
キースの言葉の暖かさに思わず微笑んだソフィア。
その目尻には、微かに涙を湛えている。
「ええ。私に任せて!」
それは、ソフィアが今日言い放った言葉の中で最も大きな声で、熱がこもった返事だった。
〜:〜:〜:〜:〜:〜:〜:〜:〜:〜:〜:〜:〜:〜:〜:〜:〜:〜:〜:
視界が暗くなって、足元の感覚が無くなった。
まるで水中に潜っているような、もしくは宙に浮いているような…そんな感覚に襲われる。
何も見えない、真っ暗な世界が目の前に広がっている。
いや、そもそも『目の前に広がっている』のかどうかすらも、判別ができない。
ただひたすらに広がる『黒』の世界の中で、またあの声が聞こえた。
『……お前は…何者なのだ。
……何故、我々の言葉を話せる?
………そして、何故、ここで正気を保っている?』
ゆっくりと、長い間を開けながら尋ねてくる謎の声。
状況が全く理解できない俺は、聞きたいことを投げかけてみる。
「ここは何処だ?そして、お前は誰なんだ?」
『……質問を、しているのは私だ…………
……故に、お前は、私の質問に、答えなくてはならない。
……だから、早くお前の話を……』
「誰かもわからない相手からの質問になんて答えられるか!
聞きたいことがあるのなら、まずは自分の名前を名乗れ!」
あまりにも自己中な謎の声に苛立ち、若干キレ気味に言い返す。
『……私の名前はプロディティオ、だ。
……ほら、名乗ったぞ。
…次は、お前の番だ。』
「俺の名前は佐々木明だ。
はい、答えたぞ。満足か?」
『………一々、癪に触る人間だ。
……何故、そこまで堂々としていられる?
…それに、だ。
見ず知らずの空間に放り込まれているはずなのに、何故、正気を保っていられる?』
「似たような空間に来たことがあるからってのが一つの理由。
もう一つはお前にイラついてるからだ!
こっちの都合も考えずに『それは困る』だのなんだの言って拉致しやがって!」
せっかく帰ってみんなでパンを食べようと話をしてたのに、突然『よくわからない奴』に『よくわからない場所』に拉致され、質問責めにされたのだ。
文句の一つや二つ言ってもいいだろう。
『……その、お前を連れてきた私が言うのもあれだが……なんだ。
……私が、恐ろしくは、ないのか?』
「あいにく、『わけのわからない場所』に連れてこられるのには慣れてるからな。
それに、恐れようにもお前の顔すら見てないからなんとも…」
『…………。』
「話が終わったなら、ここから出してくれないか?」
『ダメだ。』
さっきまで黙っていた癖に即答である。
「なんでだよ!話は済んだんじゃないのか?」
『……先程も言っただろう。
お前は王の元へ連れて帰らねばいけない、とな。』
「だから、誰だよ『おう』っ………て。」
…ん?
おう…王。
「……えーっと。プロディティオ…さん?
その『おう』ってのは、『王様』とかの『王』の事?」
『……?それ以外に、何かあるのか?』
答えは『はい』だった。
英語で王はキング、ロード……
今回の『森の異変』の元凶は『ゴブリンロード』…
……んん?
「えっと…
もしかしてなんだけど、今ってどこかに向かって移動してたりする?
人目につかない場所とか…」
『……森の中にある我々の拠点に、移動中だ。』
答えは『部分的にはい』だ。
………んんん?
「ちなみになんですけども、貴方はゴブリンですか?」
『……今更、気がついたのか?』
答えは、『はい』だった。
魔人はなんでもお見通しさ!
あなたの正体は『ゴブリン』だ!
「……………。」
(いやいやいや、待て待て。
ア○ネーターの魔人ごっこしてる場合じゃないぞこれ。)
話を整理するまでもないが、要するに今の俺は『まな板の上の鯉』なわけで…
(なるほどな〜、道理で一方的に偉そうな態度で質問を投げかけてきた訳だ。
そりゃ、ここまで絶望的な状況下の奴があそこまで図太く反抗してきたら驚くよな。)
自分が置かれている現状はなんとなく把握できたが、肝心の場所がわからない(と言うよりも黒一色)。
この場所が何処かを知る為に今出来ることと言えば、さっきと同様質問して情報を得ることとぐらいか…
「ヘイ!プロディティオ!
現在地がどこか教えて?」
『…なんだ、今の掛け声は……
……我々の拠点の手前だ。もうじき着く。』
わーお!
位置情報はしっかりわかったけど、正直聞きたくなかった!
『それと……私だから、お前の話を黙って聞いてやっている、が…
…王や、他の奴らの前で、その舐めた口を聞くのはやめておけ。
…………痛い目にあってからでは、おそいからな。』
「それって…
もしかして、俺のことを心配してくれてるのか?」
『………人質に傷をつけられては、こちらとしても困るから、だ。
……勘違いするな、お前の為ではない。
…あくまで我々のためを考えて、だ。…そこを間違えるな。』
ここまで典型的なツンデレ発言をする奴が本当にいたのか、と感動すら覚える。
それと同時に
(コイツ、もしかしてだけど本当はいい奴なんじゃないか?)
先ほどから(呆れながらも)俺の軽口に応じてくれていたり、俺の身を案じて注意してくれたりしている様子を見ると、どうにも悪い奴には思えない。
もしかすると『話し合いで平和に解決』できるのではないか、とすら思える。
「……なぁ、プロディティオ。」
『……ためらいなく、敵の私を名前で呼ぶな…
……なんだ?』
「お前達が企ててる『街への襲撃計画』って、やめてもらう事とか出来ないか?
その…今ならまだ、間に合うと思うんだ。」
『……………。』
「俺は見ての通り、人間の言葉もゴブリンの言葉も理解できる。
だから、俺が通訳をすればお互いに意見を交換できる筈だ。」
『…………お前は、何も知らない。
……………知らないからこそ、そんな事が言えるのだ…
…我々と、貴様らとの確執は……歴史は……たった一瞬の間で、なくなるものではない。』
「そう…か。」
『……だが…
和平……か。
………お前のような考えを持った人間も、存在しているのだな。
……いや、お前だからこそ、なのかもしれん。』
俺は、この世界の『ゴブリン』がどんな姿をしていて、どんな歴史を辿ってきているのかを知らない。
ゴブリンに対して『嫌悪感』のようなものはほとんどないし、偏見もない。
更には『言霊の加護』で言葉までわかってしまう。
(お前だからこそ…か。
全くもって、その通りなのかもしれないな。)
色々な考え方で物事を見ることができるのは、一種の『美点』だと言える。
固定観念などで考え方が極端に偏ると、正常な判断をするのは難しくなってしまう。
だが、いざと言う時に決めあぐね、出せないままでいるのは『優柔不断』なだけの『半端者』だ。
自分の立場を理解して、その上で物事を判断しなくては…
『……着いたぞ。
…今、我々の拠点の真下だ。』
「いざ、王様とご対面か!」
『………お前は、もう少し緊張感を持て……』
「そういうのは朝の一件で間に合ってるから遠慮しとくよ。」
『…遠慮するようなものでもないだろうに。』
「いや〜。こうなったら『人質』の立場を存分に利用してやろうと思ってさ。」
『………少しは、痛い目を見たほうがいいのかもな、お前は…』
プロディティオに呆れられつつも、俺の決意は揺らがない。
たしかに、俺は何も知らない。
この世界の歴史も、種族関係も、ほとんどわからない。
でも、自分ができる事が何かはわかる。
『人間の人質』として、また『人間の外交官』として。
ゴブリンとの、そして『ゴブリンロード』との和平を目指して話し合う事だ。
プロディティオがどうやってアキラを二人の目の前から消したのかはまだ言えません。
というより、次回判明すると思うのでお楽しみに〜




