『突然のお呼び出し』
筋トレしすぎて腕が上がらない…
『…さ……』
声が聞こえた気がした。
『…じ……サ………と……は、き………………の…』
何か長い夢を見ていたような、ぼんやりとうつろいでいた意識が次第に覚醒していく。
(……んん?
…誰かが、呼んでいるのか?)
微かな呼び声に応えるように、ゆっくりと身体を起こす。
すると、部屋の外からはっきりとした声が聞こえてきた。
「ササキアキラ様。
朝の9時になりましたが、ご起床なられなくても大丈夫ですか?」
どうやら、声の正体は宿の給仕さんのモーニングコールだったようだ。
色々あったせいで疲れていたのか、現実から逃げたかったからなのか分からないが、自分でも驚くほどグッスリと眠っていたらしい。
ベットから起き上がり、部屋のドアを開ける。
「申し訳ありません。
8時ごろにも朝食をお持ちするためにお呼びしたのですがお返事がなく、心配でしたのでもう一度お声掛けをさせていただきました。」
1時間前にも部屋の外から呼ばれていたようだが、当然のように全く覚えていない。
「こちらこそすみません…わざわざ2回も呼びに来てもらっちゃって…」
「いえ。
ササキアキラ様は冒険者をされていると存じ上げています。
ですので、職業上早くに起きなければいけないのではと考え、私の独断で行った事です。
…もしご迷惑になるようでしたら今後は控えさせていただきます。」
冒険者の朝は早い。
早朝からギルドに貼られている多数の依頼の中から、自分の実力や目的に合ったものを探し出して受注しなければならない。
依頼は定員や適正人数のようなものが決められているため、基本的には依頼の受注は早い者勝ちとされている。
なお、ここでいう『冒険者』はあくまでE〜B級の者であり、A級以上の常識外れの強者達が依頼を取り合う事態に陥る事は滅多にない。
と、昨日の打ち上げの時にラフィが話をしていたのを思い出した。
(『俺が冒険者だから起こしに来た』って事は、他の冒険者達に『朝に起こして欲しい』と頼まれる事が多いのかな?
それとも、こう言った宿泊業をする上で、『冒険者の宿泊客は朝早くに起こせ』みたいな暗黙の了解的なものがあるとか?)
そこら辺の事情がどうかはわからないが、これからも起こしに来てもらえるというのなら万々歳だ。
俺は朝にめっぽう弱く、目覚まし時計を止めて二度寝するなんてザラである。
おかげで寝坊して、校門に立ってる生徒指導の先生に叱られることもしばしば…
(この世界には目覚まし時計すらないし…
毎朝決まった時間に起こしてくれるという申し出を断る理由はないな!)
「これからも、起こしていただけるとありがたいです。」
「かしこまりました。
朝食の方もご用意していますが、お召し上がりになられますか?」
「はい、いただきます。」
「では、お食事をお持ちしますね。」
給仕さんはそう言って一礼すると、部屋を出て行った。
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朝食を済ませ、ソフィアへ向けた『ギルドに行って待ってます』という言伝を宿の受付に頼んだ俺はギルドに向かった。
宿で待っていた方がいいとも思ったが、ソフィアが必ず宿に来るとは限らない。
それなら、ギルドでソフィアを待っていた方が会える可能性も高いし、待っている間にギルド内を回って冒険者としての常識を身につけていた方がずっと有益だと考えた。
この世界の常識や、冒険者についての理解が浅い俺が軽率な行動(主に依頼関係)を独断で取れば、保護してくれたソフィアに迷惑や心配をかけてしまう。
自分の体裁を取り繕うため身勝手に行動して、手助けをしてくれている相手の恩を仇で返すような恥知らずな真似をまた繰り返すなどあってはならない。
(昨日の、勝手に依頼に出発してしまった事も改めて謝罪しておきたい。
…けど、ソフィアがいつ何処にいるのかなんてさっぱりわからないからなぁ…)
スマホなんてあるわけないし、この世界の文字はわからないから手紙も残せない。
何より、他の人に伝言を頼まないと連絡できないままでいては色々と不便だ。
とは言っても、この世界の識字率は日本ほどは高くはないらしく、文字がわからなくても言葉さえ話す事ができれば何とかなる場合が多い。
なんなら文字が読めない人のために代わりに文字を読んだり、手紙を代筆してくれるサービスもあるらしいので、言葉を話すことさえできれば十分暮らしてはいけるだろう。
しかし、文字の読み書きができた方が生活が楽になるというのも紛れもない事実なのである。
(伝言を頼まれる側も何かと迷惑だろうし…
置き手紙を残すなり、共用のボードか何かにメッセージを書き残すなり出来るようになれば良いんだが…
この世界の文字の読み書きを覚える機会が訪れたら、是非とも手紙を書けるくらいには習得したいな。)
と、ここまで考えたがある可能性に気がつく。
(待てよ?
手紙を書かなくても、レコーダーみたいな道具があればメッセージを残せるのでは?
人のステータスや犯した罪を知ることができるくらいだし、音声を記録しておける道具の一つや二つあってもおかしくは……ないよな?)
ステータス測定器にカルマ測定器、依頼達成後に精算してくれる道具等、謎に高い技術が使われている物がこの世界にはあるのはこの目で確認している。
もしかすると『自由に録音、再生できる道具』だってあるかもしれない。
もっとも、実際にそう言った道具があったとしても、俺が買えるくらいの値段とは限らないのだが。
(また時間がある時に探してみるか…
…そういえば、結局買うことのできなかった剣もどうにかしないと…)
当然だが例のアレを使う気などは毛頭ないので、依然として宿のクローゼットに封印している。
かと言って、今から一人で探しに行くわけにもいかないので、今回はギルドで貸し出されている剣を使うしかないだろう。
(ソフィアに会う前に、剣だけでも借りに行っておくか…)
特に急ぎでやらなければいけない事もない俺は、『装備貸し出しカウンター』がある所へと向かう。
「すみません。武器を借りたいんですが、大丈夫ですかね?」
「はい、かしこまりました!あっ。その前に、冒険者カードの方を見せていただいてもよろしいですか?」
俺はポーチから冒険者カードを取り出して渡した。
「ありがとうございます。
えーっと、『ササキアキラ』……さん。」
俺の名前を読むや否や、受付嬢の表情がやや険しくなっていく。
かと思うと、神妙な面持ちでこちらに向き直った。
「…ササキアキラさん。重要なお話がありますので、ついて来ていただいてもよろしいですか?」
「えっ?」
「すぐ終わりますので、ご理解の程よろしくお願いします。」
有無を言わさない気迫を受付嬢から感じ取りつつ、状況が飲み込めない俺は困惑していたが…
「あのっ、ちょっ…」
説明を受けることも、武器を借りる事も、ソフィアへの伝言を伝える暇すらもなく、問答無用でギルド職員に連行されたのだった。
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冷や汗が背中を流れているのがわかる。
心臓がバクバクと脈打ち、緊張で微かに手が震える。
(今すぐに、ここを立ち去りたい。)
そんな俺の願いをよそに、目の前に置かれたカップに紅茶のような飲み物が注がれる。
湯気が立つお茶からは『長話になるだろうから、喉が渇いた時のために飲み物を注いでおくね』という意図がありありと伝わってきた。
「あ、ありがとうございます。」
軽く会釈をしてお礼を言うと、お茶を注いでくれた女性はニコッと笑う。
丁寧に手入れがされているのがよくわかる艶やかでサラサラとした綺麗な金髪と、先が細く尖った耳が特徴的なその女性は、お茶を注ぎ終わると自分の椅子に腰掛ける。
「そんなに緊張しないで大丈夫だよ、ササキアキラ君。」
「……はい。」
「んー。
『そんな事言われても…』って顔だね。
確かに、『緊張しないで』なんて言われた所で緊張がほぐれるなら苦労しないか。
…そうだ!
一度、一緒に深呼吸でもしてみようか?そうすれば少しはリラックスできるんじゃないかな?」
緊張のあまり黙り込んでいた俺を見かねたのか、そんな事を提案してくる。
俺の事を考えて、場の空気を和ます為にこのような事を言ってくれているのだろうか。
俺だって出来る事ならこの緊張をほぐしたいし、言われた通りに深呼吸で落ち着きたい。
だが…
「……あの。」
「ん?どうしたんだい?深呼吸は嫌だった?」
「いえ…そう言う訳ではないんですけど…
何というか……その…
俺、何かやらかしちゃったんでしょうか?」
俺は目の前の女性に…俺を呼び出した張本人にして、今現在俺が対談している人物、エルドギルドのギルドマスター、ナタ・ファタリアに尋ねた。
突然だが、どうしてこうなったか簡潔に説明しておこう。
ギルドに来て早々に『重要な話がある』と受付嬢に言われ、有無を言わさない雰囲気で半ば強引に(しかも何の説明もないまま)連行されていた。
かと思えば、気がついたらギルドマスターのいる部屋へと連れてこられ、初対面のギルドマスターと2人きりにされていた。
何故こんな事になっているかわからないかもしれないが、俺にだってわからない。
一つだけわかることは、看過できないようなただならぬ理由でもなければ『ギルドマスター』なんて偉い人がわざわざ俺のようなE級冒険者を名指しで呼び出したりしないという事ぐらいだろう。
しかし、その理由が何なのかすら教えられていない現状、いくら落ち着くようにと催促されようが、ゆっくりと深呼吸をしようが不安と緊張が無くなるわけがない。
俺に対するギルドマスターの一連の余裕ある対応が、自身を連れて来た受付嬢の対応や雰囲気とあまりにもかけ離れているのも相まって、何かしらの感情が表に出ないように隠しているためわざと明るく振る舞っているのではという不安が募る。
この隠そうとしている感情が『俺への怒りや失望』ではないとは言い切れないし、深呼吸をして落ち着く様に促している理由だって『本当に俺の身を案じているから』とは限らない。
「…きちんと説明もせず、急に呼び出しちゃったもんね。
何もわからない状態だし、不安で緊張しちゃうのは当然か…
本当にごめんね、君を驚かせようだとか心配をかけさせようだなんて考えはこれっぽっちもなかったんだ。」
「いえ、全然大丈夫です。
…それで、俺、何か問題を起こしてしまってたりしてませんかね?」
恐る恐る、先程同様に尋ねる。
「ああ、今回呼び出させてもらったのは君が何か問題を起こしたからだとか、君の行いについての注意がしたいからとかではないからね。
だから『叱責されたりとか厳罰を課されたりはしないか』みたいな心配をする必要は一切ないよ。」
「そうなんですね…よかったです。」
懸念していた最悪の事態ではなさそうだと安堵する。
(何かやらかしてたから呼び出されたって訳じゃなかったのか〜!
はぁ〜よかった〜
でも、それなら尚更なんで俺が呼び出されたんだろ?)
「じゃあ、『なぜわざわざこんな所にまで呼び出したのか』って説明なんだけど…
君が何も説明されないままここまで連れてこられたのと関係があってね…
今から君に話そうと思っている事は、君にしか頼めない極秘任務と言うべき物なんだ。
だから情報が漏れる可能性を考えて、この部屋に来てもらうまでの間に詳しい話をしないよう頼んでいたというわけなのさ。」
(…ナチュラルに心を読まれてないか?
それにしても、なるほどな〜
だから、前もって説明される事もなく連行されたわけか〜
いや〜極秘任務ねぇ〜…
……ん?)
「…えっ?極秘任務?」
自分が問題を起こしたわけではなかったと安心していたのも束の間、目の前にいるギルドマスターの口から出た予期せぬ発言に再び全身が緊張で強張る。
(いや待て待て、流石に聞き間違いだろ。
A級冒険者のソフィアみたいに強い人物にならいざ知らず、俺みたいな登録して数日しか経ってない駆け出し冒険者が『極秘任務』なんて如何にも大変そうな依頼を任される訳が…)
「ああ、その通り『極秘任務』だよ。
君にしか頼めない『とても重要な依頼』についての話がしたくて呼び出させてもらったんだ。」
…どうやら、俺の聞き間違いではなかったようだ。
「えっ………と。
人違い…とかじゃないですかね?
ほら!俺、つい最近冒険者になったばかりで弱いですし…
名前が俺と同じ冒険者と間違えてるのかも…」
「君の名前は、この国ではまず見られないようなとても珍しい物だからね。
人違いはまずあり得ないよ。
それに、今回頼みたい『依頼』に戦闘能力は関係ないからね。
正直なところ、君が強かろうが弱かろうがどちらでも構わないんだ。」
…どうやら、人違いでもなかったようだ。
「じゃあ、その…俺にしかできない『極秘任務』というのは、一体どう言う内容なんでしょうか…」
「…君にしか頼めない『極秘任務』は…」
ゴクリと固唾を飲み、発せられる次の言葉を待つ。
「それは…とても簡単だけど難しい内容なんだ。
なんて言っても、余計に混乱を招くだけだろうから、率直に言おう。
『極秘任務』とは、ズバリ!
森の中で、大声で会話をしてもらう事だ!」
「…………はい?」
何も伝えられない状態で、会ったこともないお偉いさんから名指しで呼び出しくらうとか怖すぎんよ…
今回の後書きという名の補足説明もお休みです。




