『アレの正体、蘇るトラウマ』
誰しも苦手な生き物の一つや二ついますよね?
森の奥へと歩みを進め、アレの生息する場所へと向かう。
「なあ兄貴。そのアレって奴の正体についてそろそろ教えてくれてもいいんじゃねーの?
全く予備知識なしで戦うのってかなり危ないじゃんか。」
軽く伸びをしながら歩いていたミルシェがそんな事を口にする。
「そう急がなくても大丈夫だ。
アレは、遭遇してから特徴なんかについて話しても問題ない相手だからな。」
かなり余裕そうな事を言うビスタに、少し何かが引っかかる。
「ん?
…ねえビスタ、流石に遭遇しちゃったらそこまでの余裕は無いんじゃないの?」
呑気なビスタの発言に、アレの正体を知っているはずのラフィがそう尋ねる。
「いや、アレはこちらから攻撃さえしなければ別に遭遇しても問題ないと思うが…
……もしかして、俺が想像してるアレと、ラフィの想像してるアレが違ったりする?」
「一度アレが何かを私に耳打ちして。」
「おう、俺が考えているアレっていうのは……」
そう言って、ビスタはラフィの耳元で何かを呟く。
すると、ラフィの顔がみるみる青ざめていった。
「………それと戦うのは勘弁してほしいんだけど……
パーティーで戦うのに最適なアレって、普通『トレント』辺りの魔物じゃないの?」
どうやら、二人の思い描いていたアレはそれぞれ違うモンスターの事だったらしい。
「まあ、『トレント』でもよかったんだけどな。
個人的には二人には状態異常になる攻撃を受ける事に慣れて欲しくてさ。」
(ん?状態異常?
それって危険なモンスターが使ってくる攻撃手段だよな?)
急に不安になってきたが、果たして本当に大丈夫なのだろうか。
「まあ…たしかに『状態異常耐性』を獲得するのは大切かもしれないけど…
わざわざそれと戦わなくても、もっと別の適切な魔物がいるでしょ…」
「そうなると向こうから積極的に襲いかかってくる奴しかいないだろ?
スライムと同様に危険性は低くて、状態異常攻撃のみしかしてこないのはアレしかいないんだ。」
(…要するに、アレって言うのは自衛なんかの為に状態異常攻撃をしてくる魔物って感じの認識でいいのか。
うーん。全然どんな魔物なのか想像がつかないぞ…)
アレとは一体何なのか、謎は深まるばかりだ。
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「さて、そろそろアレの好物が群生している辺りだと思うが…」
そう言って、ビスタは辺りに生えている木の根元を見まわす。
「全然生えてない…おかしいな〜。
普段なら木二、三本に付き一株は生えてるはずなんだが…」
「……ねえ、本当にアレと戦ってもらうの?
正直、あんまり見たくは無いんだけど…」
アレの好物とやらを探すビスタに、ラフィがそう力なく尋ねる。
少し顔色も良く無い気がするが本当に大丈夫なのだろうか。
(…というか、今見たくないって言わなかった?)
強いからとかではなく、『見たくない』からが理由で戦いたくない?
となると、見た目がヤバいモンスターなのだろうか…
「……まあ、アレの見た目が無理ってのはどうしようもないか。
ラフィは二人が状態異常になった時に治療してくれればいいから、後ろの方で戦わないで待機しておくか?」
「……そうしてもらえるとありがたいわ。」
(戦闘に参加したいと言った趣旨の発言をしていたラフィにここまで言わせるほどの見た目ってどうなんだ…
スライムよりもヤバい見た目の魔物だったらどうしよう。)
素手で戦わなければならない現在、見た目がグロテスクな魔物とは極力戦いたくない。
普段は大人しくて、状態異常にしてきて、見た目に難ありなアレ。
先ほどからビスタがアレの好物を見つけるために木の根元を見ているあたり、その好物というのはキノコか何かだろうか。
「あの、さっきからビスタさんが探しているアレの好物って何なんですか?」
「ああ…詳しくはあえて言わないけど、とあるキノコだよ。
いつもならもっとこの辺りに生えてるはずなんだけど…」
そう言って、目の前の木の根元を指す。
「この通り、全く生えてないんだ。
アレくらいしかあのキノコを食べる魔物はいないとは思うんだけど、見る限りアレが大量発生して食い散らかしているって訳でも無いみたいだし、納品依頼を受けた他の冒険者が採っていったのかもしれないな…」
(状態異常攻撃を使ってくる魔物の好物のキノコ……
どう考えても毒キノコの類だろうな…)
『フグの毒は食べた物の毒素が蓄積する事で作られる。そのため、養殖で決まった餌のみを与えれば毒のないフグになる。』と言う話をどこかで聞いたことがある。
アレも、フグのような『食べた物の毒を溜め込む』タイプの生き物なのだろうか。
「そろそろ昼時だし、流石にもう見つけたいんだが…全く、どこにい……」
突然黙りこんだビスタ。その視線は何故か俺の頭上へと注がれている。
「どうしたんですか?俺の上に何か……」
俺は、そう言いながら上を見上げて……
自分の頭上にいた巨大なナメクジと目があった。
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「おじいちゃん!はやくいかないとカブトムシがにげちゃうよ!」
一人の少年が、小走りで夜の森の中を駆けながらそう言う。
そんな少年を必死に追いかける老人は、息を荒げながら
「はぁ…はぁ…待ってくれ、あーくん。そんなに急がなくても、カブトムシは走って逃げたりはしないから…はぁ…はぁ…だからもっとゆっくり…」
そう、必死に少年に語りかける。
「でも、だれかにとられちゃうかもしれないでしょ!だからはやくいかないと!」
そんな老人の語りかけなどお構いなしの少年。
若さゆえの我儘な発言ではあるが、悪気などは一切ない。
何より、老人は少年を喜ばせる事に必死であった。
故に、老人は息を切らしながらも少年を追うしかなかったのである。
「ほら!おじいちゃん!あの木までもうすぐだよ!」
その木は森の奥深くにある大きなクヌギの木で、夏の夜にはカブトムシやクワガタが集まるのだ。
無邪気な少年にとって、まさに夢の詰まった木だと言っても過言はないだろう。
「カブトムシいるかな?ねえ、おじいちゃん!」
「はぁ…はぁ…ああ。きっといるさ。」
キラキラとした目で尋ねてくる少年に、息切れしながらもニッコリと笑顔で笑いかけながら答える老人。
そんな老人の反応を見てご満悦な少年は、依然目を輝かせながら手に持った懐中電灯を振る。
「いるかな?いるかな?」
そんな風に鼻歌混じりに、意気揚々と手に持った懐中電灯で木を照らす。
「カブトムシ!カブトム……」
照らされる木の根元、そこにいたのは大きな大きな……
ヌメヌメとしたナメクジだった。
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああ!!!」
佐々木明8歳。
田舎に住む祖父との、とある夏の夜の思い出である。
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一瞬、理解が追いつかずにフリーズする。
(………?)
しかし、理解が追いついた瞬間に俺の中で何かが弾けた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああ!!!」
(ナメクジ?
ナメクジ!
ナメクジ!?
ナメクジマジ無理キモイキモイキモイキモイキモイキモイ…)
頭上にいるトラウマを認識した脳内が『キモイ』で埋め尽くされる。
ヌメヌメしてテカっている身体。ずんぐりとした見た目。ウネウネ波打つ体表。
どこをとっても気持ち悪い。
生理的に受け付けない。
(やばいデカイマジキモイ無理無理無理無理…)
先程まで立っていた場所から飛び退き、視界にナメクジが入らないようにしてもなお、全身に浮き出た鳥肌がおさまらない。
「アキラ君!?大丈夫か!?」
「む、無理です!大丈夫じゃないです!ナメクジはダメです!!」
流石にこういうのは良くない。
(しかも、爺ちゃんと見つけたあの巨大ナメクジなんかよりもずっと大きいじゃねーか!!)
頭上にいたナメクジは一瞬しか見ていないが、普通に1メートルはありそうな大きさだった。
(ただですら嫌いなナメクジが1メートル以上の大きさとか、ここは地獄か何かか…)
そもそも、俺達はアレを探さないといけないのだ。
こんな馬鹿でかいナメクジなんかの相手をしている暇は………
…………いや、まさかな。
「……すみません、ビスタさん?」
(そんな訳がない、あり得ない……よな…)
そう思いながらも、震えた声でビスタに尋ねる。
「………まさか、アイツが探していたアレだなんて言いませんよね?」
訪れる静寂、黙り込むビスタ。
(…やめてくれ、そんな申し訳なさそうな表情で返事を渋らないでくれ…)
「………俺たちが探していたアレと言うのは……
…残念ながら、あの『オオマヒナメクジ』の事だ。」
どうか……嘘だと言ってくれよ。
『アレ』って使いすぎてゲシュタルト崩壊起きそう。
でっかいナメクジとか芋虫とか、実際に見たら気絶する自信があります。
ちなみに、明のトラウマである巨大ナメクジは実在する『ヤマナメクジ』と言うナメクジで、山の中なんかで見られます。
気になった方は自己責任で調べてみてください。




