『厄災の前触れ2』
✳︎誤字脱字、無駄に長い後書きという名の補足説明がある恐れがあります。
「この、街の人々が……皆殺し?嘘、ですよね?あり得ません……だって………」
サーシャは驚きと恐怖で震えながらもそう聞き返す。この街の人々が皆殺しになるなんてありえない。そんな事を言われても信じない、信じたくない。
「ああ、確かに断定する訳ではない。あくまで最悪の場合の話だからね。私だって、そんな事を信じたくはないさ。だが、希望的観測ばかりは言ってはいられないのだよ。」
さらに続ける。
「いいかい?サーシャちゃん。よく聞きたまえ。
私はこう見えてギルドマスターだ。そんな私が、希望に縋って目の前の問題を軽視などしよう物なら、それこそ冒険者や街の住民達の身を危険に晒しかねない。
最悪な事態を想定ながら行動していく、これは指揮を取る者として当然なんだよ。」
「……わかりました。ですが、あのA級冒険者達ですら皆殺しになる恐れがあるだなんて……正直、信じられません。」
A級にまで上がった冒険者は皆、等しく化け物の様な強さを誇る。そんな彼らが殺される姿など想像もできない。
「……今回の森の異変は大きく分けて三つだ。
一つ目は森に生息しているロックタートルの凶暴化。
二つ目は行方不明になっている多数のD、E級冒険者及び冒険者パーティー。
そして、三つ目はゴブリン共の知能の上昇だ。」
「……二つ目までは私も存じ上げています。
しかし三つ目のゴブリンの知能の上昇というのは初耳です…その知能の上昇は、問題たり得るほどの物なのでしょうか?」
サーシャがナタに尋ねる。二つ目までの異変は知っていた。しかし、ゴブリンの知能が上がっていると言うのは初耳だ。
だが、それがそこまで問題になるほどの事だとは到底思えない。
「サーシャちゃんは、ゴブリンが使う武器が何かは知ってるかい?」
「はい。低品質な石の斧のような物や、威力の低い弓、そして冒険者が捨てたり落としたであろう壊れた武器類です。」
ゴブリンが武器として使うのは、大抵は殺傷力があまり高くない粗悪な物ばかりだ。
弓矢は、少し厚手の服一枚で貫通を防げる事もあるくらいに威力は弱い。
毒矢を作る事もあるらしいが、矢そのものが低品質な為、脅威たり得ない。
錆びた刃物のような物を使う個体もいるが、錆びるほど使い潰した武器の性能などたかが知れてるので、石の斧を持つものと危険性は対して変わらない。
「ああ、その通りだ。……だが、これを見てくれたまえ。」
そう言って、ナタが取り出したもの。それは精密に作られた小さな矢のような物だった。既に使った後なのか、矢尻が血で赤く色づいている。
赤くなっている矢尻には、普通の矢のような返しがついておらず、代わりに何かの模様のような溝が彫られているのが見えた。
「これは…一体なんですか?」
「先程、討伐依頼を終えたB級冒険者の子が森の中で見つけた代物だよ。
そしてこれは……おそらくは、ゴブリンの毒矢だ。
矢尻が、既に血で赤くなっているだろう?
ここに、かなり強力な麻痺毒が塗られていたんだよ。
それこそ、抵抗する間も無く人間が気絶するほどの、ね。」
「!?これが、ゴブリンの毒矢なのですか?」
本来、ゴブリンの毒矢など適当な木の枝の先端に、少し尖った石と毒草を揉んだものを結びつけてあるだけの代物である。
目の前の精巧に作られたそれとは似ても似つかないほど、お粗末な物の筈だ。
「やっぱり、サーシャちゃんも驚くよね。私も初見は同じように驚いたよ。信じられないよね?これほど手の凝った物をゴブリンが作れるだなんて。
でも、実際に見つかった以上、これは否定のしようが無い事実なんだ。
なにせ、これほど小さい毒矢を売っている武具屋なんてこの街にはない。そもそも、こんなにちっちゃい矢を使っている冒険者なんて居ないからね。
それにもかかわらず、こんな代物が森の中で見つかった。
これを作ったのはゴブリンと見て間違いない。」
ゴブリンの知能が、人間を簡単に気絶させられる高性能な毒矢を作れる程に上昇している。確かに、これは十分に大きな問題であると言えよう。
「じゃあ、行方不明になっている冒険者達の死体が見つからないのは…」
「恐らくは、この毒矢によって奇襲、気絶させられ、そのまま未開拓状態の森の奥にでも運びこまれているのだろうね。
そうだと考えれば、彼らの身に付けた装備や持ち物はおろか、戦った後の痕跡すら全く見つかっていないのも十分納得がいく。」
抵抗する間も無く冒険者を毒矢で気絶させ、身に付けていた装備やアイテムも諸共を自分達の住処に持っていく事で自分達が冒険者を襲った痕跡をその場から完全に隠滅する。
さらには気絶させた冒険者の装備やアイテムまでもを手に入れてしまう。
こんな事を、考えて実行するモンスターなんて聞いたことがない。
「……ゴブリンは確かに知能を持ちます……ですが、これほどの高性能な毒矢を作ったり、自分達が行った証拠を残さないように気をつけて冒険者を捕らえることなど可能なのですか?」
当然の質問だ。これまで、長きにわたり不可能であった事が、ここ最近で急に出来るようになるなどとは考えにくい。
「確かに、今までのゴブリンであれば不可能だったと言えるだろう。
だが、森で見つかった、使用済みと思われる高性能な小型の毒矢。
そして死体や遺品、戦闘痕すら見つからない行方不明の冒険者達。
この二つは現に起こっている事実だ。
そのため、『ゴブリンはそこまで高い知能は持たない』という固定観念を捨てて考えるべきなのさ。」
「と、言いますと?」
「つまり『我々の、ゴブリンというモンスターに対する認識そのものを改める必要がある。』という事だよ。
今までのように、ちょっと賢いだけのモンスターと言う認識で対処をしていてはダメだ。
それこそ、『人間とほぼ同等の知識を有している』…それくらいには考えておくべきなのかも知れないね。」
少し沈黙し…ナタは続ける。
「……そして……これらの異常事態が全て特殊なゴブリンロードの影響によるものだと考えた場合、全て辻褄が合うんだ…合って、しまうんだ…」
強力な麻痺毒の矢を作り、ギルドに感づかれない様に冒険者を狩っていく。そんな芸当ができるゴブリンの報告など今まで一度もなかった。
そんな事をわざわざ行う意味や実行する技術を、今までのゴブリンは理解していなかったし、持ってもいなかった為だ。
そんな、行動理念や高い技術が、ゴブリン達の王によってもたらされた。
信じたくはないが、こう考えれば全て辻褄が合う。
「とにかく、だ。
本日よりD級、およびE級の冒険者は最低でもC級以上の冒険者を二人以上同行させなければ依頼を受ける事ができないように義務化する事とする。
また、ゴブリンロードの存在はほぼ確実なものとし、C級以上の冒険者全員に報告しておいてくれ。
もちろん、『無闇に住民や他冒険者に吹聴しないように』と釘を刺す事も忘れないように。」
サーシャはうなずく。
C級以上の冒険者は、この道のベテランであり、大きな異常事態を一度は経験した事がある者がほとんどを占めている。
そのため『ゴブリンロードがいるかもしれないから、気をつけてくれ』と聞いた程度では狼狽えたりはしないのである。
もっとも、そのゴブリンロードがかつて類を見ないほどの化け物であるなどと言えばどうなるかはわからないが…
「この件を報告する際、くれぐれも、D級、E級の冒険者達にはゴブリンロードの件を聞かれないようにね。
誰か一人にでも錯乱されたら、それこそたまったものじゃないから。」
恐怖は伝染する。それ故に、極力恐怖という感情は生み出さないようにしなければいけない。
かつて冒険者をしていたナタは、それをよく知っていた。
「とにかく、我々はこれ以上の被害が出ないように徹底した対策をとらなければならない。
サーシャちゃんは他の職員たちにもこの事を伝えておいてほしい。
既に王都ギルドへの人員要請の手紙も出してあるが、ゴブリンロードが襲撃を開始するまでに間に合うかどうかわからない。
私は、現在この街に滞在している冒険者のみで組めるゴブリンロード討伐隊の編成を考えておく。
それでは、只今より早急に行動を開始してほしい。」
「わかりました。」
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ギルドは遂に事の重大さに気がついた。
今回の一連の問題が、これまでとは比にならないほどの脅威であり、早急に対処せねばならない問題だという事に。
だが、それでも気付くのが遅すぎた。
森で見つかった毒矢は『復讐に燃ゆる王』の話に出てきたD級冒険者のバーズ君に撃ちこまれた毒矢を、ニーファ君が確認の際に抜いたものです。
彼らの尊い犠牲のお陰で、ギルドはゴブリンロードの発生を確信できるようになります。
さて、前回(『厄災の前触れ1』の後書き参照)の補足説明ではソフィアの森の調査報告があるまでのギルドの見解及び結論についての説明でした。
今回は、ソフィアからの報告が終わった後の状況を簡潔に書いていきます。
・ソフィアの報告により、森に生息するゴブリン達の行動に関する異常が発見される。ギルド側はこの異常をゴブリンロードの発生の前兆と仮定し、ギルド本部に人員要請の手紙を送る。
・その後、とあるB級冒険者が森の中で使用済みと思われるゴブリン製の毒矢を見つける。そして、その毒矢がギルドへと届けられる。
・ギルマスに毒矢が届けられる。この毒矢を見た時点で、ギルマスはゴブリンロードが発生している事と、そのゴブリンロードが異常個体であるをほぼ確信する。
・ギルマス部屋こと所長室にサーシャちゃんが来る。本編はここら辺からスタート。
と言った感じです。
ちなみにソフィアの調査報告から、ゴブリンロードに対する対策案が練られるまでかかった時間はおよそ1日ちょっと。
原因がわかってからの行動は迅速なんですよね!
あと、本文でちょこっと書いてますが、ギルドマスターのナタさんは元々冒険者をしていました。
その為、冒険者達の苦労をよく理解しています。
例としては
『D、E級冒険者達は、C級以上の冒険者とパーティーを組みたくても、戦力的な問題から中々組むことが出来ない』
『面識のない者同士でのパーティー結成は、仲間同士の不和などによって依頼の成功率を下げる事が多い』
『D、E級が受けられる依頼の報酬は低く、そのせいで生活もかなり厳しい場合がほとんど。』
などなど。やっぱり生々しいですね!
そのため、『C級二人以上を含むパーティーを結成した場合のみ、依頼の受注が可能』というのはD、E級冒険者達にとってはかなりキツい条件であると知っており、ナタさんは最後まで義務化しようとはしなかった。
という事になっております。
余談ですが、ナタさんが普段気さくに振る舞っているのは『部下や冒険者達と互いに情報を共有する際に、気兼ねなく話せる人柄の方がより円滑に相手からの情報を聞き出すことが出来るから』という合理的な考えからです。
ナタさんの冒険者時代のお話もいつか書きたいと思っています。




