2.触手と少女
触手と童女が戯れていた頃。別の触手と少女が戯れていた。
オォォォァオオオオォ
これ入り口で聞いたエリアキーパーのヘクトゲイザーじゃん。何で出歩いてんの?
聞いた事のない鼻歌を歌いつつ何の苦労もなく上級宝箱出現地についたと思ったら落盤が発生、幸い無事に着地したが目の前には私の身長の倍以上のドデカ触手がお待ちかねである。薄い本が厚くなるな。
メイズのお引越しだから迷宮徘徊物はコアに吸収され安全と言う話だったのに話が違う。
おにょれあのヤブ占い師次あったら抱きついたる。揉んだる。摘んだる。はぁはぁ。
「剣を出さずに交差したら大丈夫かな?」
思わず塔を登るレトロゲーを思い出してオッさん魂が呟いた。
私には違う星での記憶がある。
およそ 黒洞1/6周期前、流行り病にかかり高熱でうなされる最中恐ろしく大きな竜人を夢に見た。その先は恐怖で覚えていない。
それからだ、みょーに仕草がオッサン臭くなったのは。何かしようとすると最適な答えや動きが出来る。「ある」手段を使わなければ直接干渉もされないし、口も上手くなって旅の商人からボッタくられなくなったりいい事もあるが。
両手の親指を見つめる。見慣れた大きなナイフ状の硬質的な親指。
だが見慣れた筈なのに違和感がアリアリとする。恐らくその星の人には無い特徴なんだろう。
どんな星だったんだろ、私は思いを馳せる。
「行ってみたいな……なんてね」
所詮大羊飼いの娘、遥かな思いより日々の暮らし。
そんな絵空事忘れて干し草掻き集めないと。
三日前、母が倒れた。かつて自らもかかった流行り病だ。
昔と違い幸いにも高名な薬師が治療法を発見済の為、慌てる必要は無い、と思われた。
だがそこは辺境の地、治療薬が満足に回ってくるはずもない。
国策でレシピは公開されている、材料さえ揃えれば調合してくれる薬師はそれなりにいる。
けどこの寒い辺境じゃ手に入らないものがある。ヘクトゲイザーの眼は兎も角、霊芝はどうしよう。
隣国との戦争が激化し、何でも屋扱いされる傭兵崩れの迷宮徘徊者もいち早く逃げ出した辺境の地。
普段なら少額でも請け負ってくれる彼等も居ない。
街外れの初心の廃墟、宙脈変動の為メイズコア移転につき一時閉鎖、か……
街から出された広報の張り紙を見つつ一人づく。
確かに天から降り注ぐ力が妙に脈動してた。その関係かもね。
全ての源たる黒洞と逆方向からなのがまた不気味さを誘う。
「もし、そこの娘さん」
「え?わたし?」
視界の端から急に声をかけられビックリした。
あんな所に人座ってたかな?と思いつつそちらを向く。
「何かお困りの事ないですか?開店記念だしタダで占ってあげますよ」
見たことない、え、なに急に割り込まないでよ、そのなんとかの占いカードを素早くかき混ぜながらそう問いかけてきたの。
フード被って風貌良くわかんないけどウチの下の子と同じ位のちっさな子だなぁ。
「占いってそのカードでするんですか?」
「そうですよ、まあ私の練習だと思って気楽に聞いてください」
シュッシュ
手早くシャッフルされたカードは施術の様に踊る。
「フムフム何やらご家族の事でお悩みですね」
「しゅご何で分かるの!」
「占いぱうわーです」
何もしとらん様に見えるけど?
パラパラパラ
「おお、見えます、その解決のカギは初心の廃墟にあり」
さっきの張り紙の事かな。
「んじゃ早速占いましょ」
コテッ
まだ占って無かったんかーい。さっきは一体何を見たんだ。
「てわ、そおぉーれえぇ」
シャッフルしていたカードを全て真上に放り投げる。
「ご、ごーかいな方法ですね」
「ししょーからもよく言われます、てへへ」
なんか照れてる。
三枚のカードが風に舞い占い師の、え、デカ何あのお胸さま、今気づきましてどどど動揺しましたよおほん。
き巨ょ胸さまの上に舞い降りたた。
「あらあらー、元気な子ですねー」
おい、カードそこ変わって
魂の叫びが響き合う。
「こっ、このカードは…何ですか、これ?」
「なっ、何でしょうね?」
知らんがな。ホンっトに練習だったとは……
「とりま取説取説っと」
ガサゴソ。
「なにこのシグマっポイの、パーズ?秘密?んでこのRっポイのかラド?えーと、この場合幸運なお引っ越しかなぁ、最後はカタツムリのツノっポイのフェオ?富とか財宝でいいよね、ね?」
(えぇ〜)
「出ました、えーと秘密の宝箱の中に求める物はあるでしょう?」
腰に手を当てエヘンと胸を張り決めゼリフを宣う。
「多分!」
たぷん!!
セリフに連動するお胸様。素晴らしい!(占い内容の適当さは兎も角)
「お引っ越し中はわた、いえメイズコアが迷宮徘徊物を吸収して備える事になってますので安全かと」
「それではご健闘お祈りしてます、てわー」
手のひらヒラヒラしつつ薄くなって消えて行きました。え?
「ゆ、ゆーれい?あれ?夢?」
まぁ何でも良いか(良くないけどその時はそう思わされたの)、今の話メイザーズギルドに確認してみよっと。
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彼女らが立ち去った後、入れ替わる様にそれは現れた。
四つのフードを被った様々な種族、どれとして同じ者はいなかった。
(逃したか)
(またしてもだ)
(素早い)
(用心深い)
(隙が無い)
(追え…)
(追えっ)
(追え!)
三人は掻き消え、一人は残る。
(あなた……)
大羊飼いの娘の去っていった先を見据え僅かに頬を染めつつ静かに祈る。
先程消えた一際巨大な影が再び現れる。
(遅れるな)
肯く。
街の住人が何人も目撃した筈であるが全てが無かった事として事象は進む。
そう、辺境の春はまだ遠い。
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言ってた事に間違いはないね。霊芝は四階の上級宝箱で出る。
しかもお引越し前はモンスターは全て居なくなる上、一般人も四階迄は自己責任で出入り自由ときたか。
ふっふっふ〜こんな事もあろうかと準備しておいた大羊の革鎧がある。素人の自家製だが何も出ないとなればこんなんでも役に立つ。
「じゃあ、いっちょ迷宮徘徊者デビュー行ってみますか。実はちょっと気になってたのよねー」
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そして時は舞い戻る。
ゴォー
触手が三本時間差で振るわれる。やっぱ戦わなきゃ駄目か。
(オッさんお願い)
自らの頬を右手で軽く叩きトランスに入る。
体の制御を一時委ねると、大羊の皮の盾を床に押しつけ横に払われた触手を跳ね上げ上から迫る触手に打ち当てる。
思わぬ反撃の衝撃で体幹を揺さぶられ三本目も明後日の方向に振るわれた。
(オッさんすご)
時間を稼いで貰ったからには自分もやらないと。
戦闘をガン無視し己に埋没する。
親指だ、指向性を司る両の親指を認識しろ!
向きは単純、突き放せ!!
親指の根本から光の線が爪の先端に向けて糸の様に光る。
実家の室に長年掛けて(勝手に)形成された石筍剣を右手で引抜き盾と共にその光を纏わせる。
指操律法と呼ばれる基本施術だ。
(オッさんやっちゃえ)
体勢が戻らぬ内に行き止まりから出なければあんな巨体とやり合ったらあっという間に体力が尽きてしまう。
ここで通路側に抜ける。なんとしても!
呼気を整え吶喊する。
私から見て右側の壁際に鎮座したそれは二本の触手を槍の様に構え解き放たれる。ヘクトゲイザー自らの身体が壁に激突する程に力を込められた必殺の一撃。
グゥオォォオオオォォオォォ
盾を右側に傾け受け流す。少なくとも意図はその筈だ。しかし込められた力が桁違い。
貫かれるぞ、オッさんの意識がそう伝える。
あれだけ練習したんだ、出来る。
自信を持て、私。施術をよく知らない私。必ず通用する。信じてっ!
練習始めたの七日前ではないか!!
戦闘中で無ければ確実にそう突っ込んだであろうが、要領の良いこの娘の力量を信じ力を込める。
意識が戻され、その結末が示される。
カーーーーーーーーーーーーーーン
受け流した。理屈は分からないが生きているのだ。それだけで良い。
盾には一切衝撃がなく返ってバランスを崩しながらも左から通路側へ抜け出した。
やったね。
盾に予め仕込んだ施術により必殺の一撃を吹っ飛ばされる触手。なるほど、躱したその手際は確かにタダの大羊飼いを逸脱するものであった。
しかしながらそれは誘いの手、長年戦闘に明け暮れ経験を蓄えたエリアキーパーが例え狂っていても無意識で行える戦闘技法。
盾を右後方に流され体制を崩された隙に壁に触手を突き立て反動で跳んだ本体が迫る。
「や、ばぃって」
その刹那、ヘンなカタチの光が四つ目の前に現れた。
『そこ迄だヘクトゲイザーよ、エリアキーパーによるセントラルルーム以外での戦闘は禁止事項だぞ?』
光の中から言葉だけが聞こえて来る。
シッ
その言葉を無視し光の壁にも触手を振るう触手の王。
『やむを得ぬ、副核よスライドアウトだ』
--------—
とんでもない速度で射出された小さな影。
クルクルクルクルクルクルリーン
その様はまるでコマの様、この娘大丈夫か?
スッパーン!
問答無用で触手や眼を含むコアごとぶった斬った。斬ったった。
良い切れ味だ。
「めがまわわ〜」
そのまま壁に激突、フォークの先が刺さって止まる。ビヨヨーンと身体に振動が伝わる。無論吾にもな、おおう。
グゥオオオオオオォォオ、、、、
コアを破壊された上司はピッチフォークに宿し力と共に消滅した。次に再生されるのは新天地もう会う事もあるまい。
事が収まりおねーちゃとやらが吾に気付く。
「貴女なぜ此処に来ちゃったの。それにその頭のどうしたの?」
「ウネウネはアタマもみもみぼーしなの!」
「危険よ、捨てなさい」
うすい本が厚くなるな〜と呟いておねーちゃとやらが石剣を向ける。
腰の入っていない構え。
この少女は童女の頭に乗る吾を見てドン引きの様だ。
無理も無いヒューマノイドタイプに吾の姿は受け入れられまい。平然とするこの童女がおかしいのだろう。
かつての友、アクトゥールの者たちの進言で副核と共に表情を演出してみたが効果は薄い様だ。
「えー」
不満そうな童女。もっと言ってやるが良いおねーちゃとやら。
だがこんな所で捨てられても困まるか、まだ動けんしな。
せめてこのメイズを出て安全で開けた所から上級次元帰還をするのだ。
その為にもここは吾の安全性をアピールせねば。
『大事ない、先程洗脳を試みたが此奴には効かぬようだ。よって吾は安全である』
「ギャーーー! しょ、触手がしゃべった! ってか危険生物が危険性を自白すんなー」
『如何やらこの惑星のヒューマノイドタイプと我が能力、些か相性が良く無いようだ。実に興味深い』
「ん?その言い回しだと貴方異星人?」
『ほう、吾を正しく認識するか現星民よ、中々侮れぬな』
童女の頭上で精一杯フン反り返って高らかに宣言する。
『吾こそは貴様らの言う所の異星人、パラマスXZ。誇り高き地球人である!』
「おっ」
『お?』
「お前のような地球人がおるかーぁ!」
かつての人格が勝手に出てきて思わず突っ込んだ。
『打てば響くツッコミ見事である現星民よ』
〜 あ 〜
〜〜 ん?どうした副核よ〜
〜 いえ 〜
(それバラすの蒼珠条約違反…まあ正式加盟前だったしノーカーンですかね。状況回復の為の洗脳も使えませんし)
日和った副核は、なぁなぁで済ませた。
話に加われない童女は屈み込みザクザク親指で落書きを始めた、おまメイズの床すっごく硬いんだが?何なのこの童女。
落書きした床面が鈍く白光し何物かが出現する。
「おねーちゃなんかでた」
「上級宝箱じゃんラッキー」
ぱかー
「テケテケンお徳用サイズ霊芝ゲットだじぇ〜」
『そう言えば薬が要るのであったか、幸い素材は揃っておる。吾が調合してやろう』
「なぜそれを知ってるの?大体患者も診ずに出来るもんなの?」
『対象生物の病状は先程記憶から診させて貰ったぞ洗脳のついでにな!』(出来なかったがな!!)
「ここですんの?」
『任せておくが良い』
〜〜 次元隔離実験室起動 〜〜
〜 了解 〜
格子状の光の箱が出現しその中に材料と触手をぽいぽいツッコミうねうねし出した。
おねーちゃはこっそり呟いた。
「素材丸呑みリ◯ル様方式じゃ無いんだ」
童女の頭に偶然載ってたセージの葉と体内で精製した蒸留水と霊芝とヘクトゲイザーの眼
うねるねるねるね〜
シュワワ〜ン
『なんでも良く効くエキストラポーションいっちょまちー』
体内に残っていた土から抽出製成したガラス瓶に特効薬を入れ、おねーちゃとやらに手渡す。
「では達者でな」
「ウネウネかーるの?」
『此処に居ては騒動の元、異物は還るのが道理だ』
雇用契約も消えここから自由に出られるようになった。
こんな星だったのか、初めて見るこの星の夕焼け空に感動する。夜空の部分か殆どが白く染まりその中心に堂々たる黒洞があった。
結局この惑星の調査は出来なんだが本星時間九年も経過した以上流石に一度本星に戻るべきだな。
目的を果たしそのままメイズを脱出した一同。それは別れの時を示していた。
「ばーばい」
「お、お世話になりました」
帰還の時間だ、本星に向け上昇次元スライド航法を準備する。
〜 当該恒星域 第三次元銀河系 SgrA*周回恒星系S55 第四惑星ディムラー 〜
〜 指定惑星圏揺籠迄の距離 約26.00k ly 〜
〜 方位指定 赤道座標RA5h45m37.00s Dec28°56’10.15” 〜
〜 PON 六次元上昇転移 次元変動角仰角45°50’53.52” 要求スライド響面枚数概算51216k 〜
微小かつ膨大な数の菱形光体が、童女の前方斜め上45°にパズルのピースを埋める様に出現した。
キラキラと吾の体躯が輝きだし、時空間緩衝材としてのエンゼルヘアーを放出し周辺次元を保護する。
エンゼルヘアーの空間固着力を利用しその身を浮かせクルリと振り返り二人と向き合う。
「ウネウネぺかぺかー」
バンジャーイのポーズで手を振る童女。
『ではさらばだ、諸君!』
とその時これまでで最大のエネルギー放射が天より訪れた。
ズンドゴドゴーッ
「ひゃぅん」
「きゃっ」
明るい夜空に更に明るい稲妻の様な閃光が走る。
次元鏡面が波打つ様揺らぎ次々消滅、吾が身はポテっと地面に落っこちた。
……
「どったの?」
コテっと首を傾げつつ動かぬ吾の目の前にしゃがみ込む童女。
〜 POPON syntax error 存在しない座標です。もう一度お確かめの上座標指定して下さい 〜
〜 周辺宙域余剰次元群に甚大な矛盾発生。吾ら自身もその影響ありと判断、オールシステムフルベリファイの実施を提案します 〜
先程の放射の影響か分からぬが還れぬらしい。
なっ……なんということだ!!!
『あー、家の場所忘れたかな』
あれだけ派手に還る演出したのに還れずちょっとばつの悪い表情を副核が造り答える。
「おー」
ポンと手を叩く。
「じゃーうちこよ?」
「えー」
「おねーちゃ、イヤ?」
首だけ振り返りながらそう尋ねる。
過去死の影響から来る宇宙人への忌避感があるものの、この自称地球人?からは悪意は感じられない。
オッさんかそう思うなら良いか、な?
「まー命の恩人だし良いんじゃない?母さんにはちゃんとお話して許してもらうんだよ?」
『吾は捨て犬か何かか』
触手しおしおである。
メイズも解雇で行くところも無し、構わぬか。ついでにこの星の調査も出来るかも知れん。
『済まない暫く厄介になる』
こうして触手と怪力童女とオッさん記憶転写少女の運命の出会いは果たされた。それは多少仕組まれていたものだとしても。
何気無く空を見上げ少女は固まる。ナニ、アレ?
それは異質であった。異なる理で常識をかき乱すに足るもの。オッさんが無意識に口を出す。少女には分からぬ異星の言葉を。
「UFO……」
それは無数であった。星々に紛れ異常な軌道で飛び回る光点。その中で一際大きな潰れた楕円で宙に鎮座するそれは破壊されている様に見えた。
『ドメインの銀河団超越級が何故こんな処に!』
下位次元に降る際、下位次元の警戒すべき対象としてレクチャーされた直径5000メートルを超える威容に衝撃を受ける触手。
ってあれ動けん。何故動かん!
『それは兎も角、その、な?吾は固まって動けんので引っこ抜いて貰えんかな?』
エンゼルヘアーの空間固着力が時間経過でマシマシ地面に張り付き身動ぎ一つ出来ぬ有様であった。
「ウネウネ、ヌキヌキするなの?」
異常な状況であろうが我関せず嬉しそうな表情で童女のワキワキおててが迫る。
『その、出来れば優しくな、無理矢理はいかんぞ、なッ、な?』
勿論童女に手加減などと言う概念も無く……
『あっ、あぁっ、アッーー』
--メリメリッすっぽん--
怪力にて引っこ抜かれた。
その哀れな絶叫はこの星の絶命時代の幕開け。ギャラルホルンの笛の音の如く周囲に響き渡った。
オリオン碗方面より放たれた、あの閃光は如何なる意図だったのか。それが分かるのは遥かなる未来。このレポートがその一助となれば幸いである。
後にキャリン率いるドメイン銀河宙央方面古道軍からこの星域を救う三姉妹星船主御一行となるこのデコボコ集団、その序曲の旅が今始まる。