表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

その手が揺れたなら

作者: 椿田さわ

野球部。

主将。

キャッチャー。

放送委員会委員長。




書道部。

部長。

全国大会入賞。

放送委員会副委員長。




それが私達二人の肩書き。

ノートの端切れにすら書かれていない,甘酸っぱい,青春の思い出。




お互いを尊敬している。とても。

「原稿の修正は終わってる,もう読み上げるだけでいい」

「ありがとう」


今更どうこう言う必要もない。


「機材の調整は終わってる。あとはあなたがいつもどおりにするだけ」

「ありがとう」


私にだって機材の知識くらいはあるが,どうも専門外で,原稿を読み上げるのがだいたい私の仕事だった。

彼はミキサーを操作するのが仕事。

二本の腕で,よくもそこまで細かく色々な操作を正確にするものだと思う。


部活やテストやら,いろいろな事情で人が確保できなくても,とりあえず委員長と副委員長さえいれば,なんとかなる。

それはもう,共通認識と言っていいほどだったろう。


何かあれば私たち二人が呼ばれる。

私たち二人ががセットなのは,もはや不可抗力だった。




放送室は私にとっていい憩いの場だ。


教室はどうも騒がしい。

部室は部長としての役割が待っている。


校舎の端で,防音。

鍵もかかっていない。

先生にバレても,おそらく私なら,見逃してくれるだろう。

こんな静かな場所に入れるのは,放送委員の私の特権。


昼休み,ここでゆったりと昼寝をすること。

部活がない日,下校時刻まで,お気に入りの本を読む。

もちろん,疲れていたら寝てもいい。

ああ,やっぱり放送委員でよかった。

そう思いながら今日も少し,私は静かな時間を過ごすことにする。


少し疲れたから,下校時刻まで今日は寝よう。

下校時刻の鐘で目覚めたら,肩にかけたブレザーを羽織って,カバンを背負って,さっさと帰る。

鍵を閉められたらおしまいだから!




中学生にとって,私たち二人がセットとなれば,当然,付き合っているなんていう噂が立つ。

そんな噂で楽しんでいられるなんて,幸せなことだ。


季節が冬に向かっていく。

こんな噂を流したところで,温まれるものでもないだろうに。


「お疲れさま,また今度。よろしく」

なんてビジネスライクな挨拶だろう。

ただこれが,私たちの本当の距離感なのだ。

付き合っている!なんて,騒ぎ立てているほうの想像でしかない。


「ちょっと悪いんだけど階段を上がりきったら,そこで少し待っていて」

「なにかあったの」

「クラスで。例の噂がめんどくさい」

「ああ…それで?」

「俺が合図をしてから,クラスに戻って」

「お安い御用」


階段を上がりきる。

彼の指示通り,私はここで立ち止まる。


いつもはここから二人揃って廊下を歩き,手前にある彼のクラスのところで手を振って別れ,私一人で自分のクラスに戻る。

私たち二人が一緒にいるところを見るのは,セットで呼ばれたときか,放送室から戻るときくらいなものだ。

それ以外で一緒にいることなんてほぼない。

むしろ,野球部のマネージャーの女子といるときのほうがよく見るだろうに。

よりによって,なんで私なんだ。


彼がクラスのドアへ手をかける。

反対の手を,背中側へ回した。

「GO」とするように,大きく腕を揺らした。

ああ,これが「合図」ってやつか。

彼がクラスのドアを閉める。

もういいだろう。

私も戻ろう。

これで少しでも彼に平穏な日々が訪れればいいけれど。

こんな些細なことで誰かの日常を踏みつけるのは,私の趣味じゃない。




私たちが別々にクラスへ戻るようになって,しばらく経った。


もう風は冷たい。

放送室へ伸びる廊下を歩いていても,少し寒さを感じるようになってきた。

もしかすると,もうすぐ雪が降るかもしれない。


彼の口からは,特に何も聞いていない。

何も言わないということは,だいたいうまくいっているということだ。


放送室のドアに手をかける。

今日も静かだ。

椅子に腰掛けて,机に伏せる。

今日も少し,喧騒から離れて,穏やかに寝させてもらうことにする。


よく寝た。

下校時刻を告げる鐘はまだ鳴っていない。

よく眠れたし,今日はそのまま帰ろう。

肩からかけたコートに手を伸ばす。


「おはよう」


聞き慣れた声だ。

「おはよう」

何か本を読んでいるらしかった。

本を伏せて,私に顔を向ける。

「額,赤くなってる」

つん,と指で小突かれた。

私は何も答えられない。

鼓動が少し,速くなった気がする。


「もう冬だっていうのに,そのままで寝てたら風邪ひく」


どうして私は気づかなかったのか。

今日は肩からコートをかけてなんていなかった。

時々ブレザーを肩からかけていた日があった。

全部こいつの仕業だったんだ。


こんなことが,私に起きるはずがない。

少女漫画の世界でもあるまいし。

こいつがこんなロマンチストのはずがない。


「いったいいつから」

「放課後に,一人で入っていくのを見かけてから」


だからそれがいつなの,と言いかけたけれど。

そんなのどうでもいいことだ。


「…ありがとう」

「どういたしまして」




また二人で廊下を歩けるようになるのは,冬の先,きっと桜が咲く頃だろう。



今日は野球の日ということで。

青春真っ盛りの二人に幸あれ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ