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09 フロイドという男

 翌朝、また奴隷に揺すられて起こされた。

 朝食は昨日の残りのホワイトシチュー。

 今日は久々に自宅での商談か。

 これは社是ですからと言って、イワン様イワン様と無駄にしつこくへりくだるあの担当者が家に来るのか。

 

 再度温められたホワイトシチューを食べながら新聞を三部分読み終える。

 特に面白い記事というのは見当たらなかったが、最近では二つ隣の町で巧妙な詐欺が頻発しているらしい。

 奴隷商が勧めてくれた新聞には、写真の一部分に写る詐欺師を掲載していたが、ボヤケているだけで正直載せる意味があるのかと思うほどで鼻で笑ってしまった。

 「へー詐欺師ねえ。面倒なやつもいたもんだな」


 あとは今日からこの町で衛兵による騎馬での巡回が行われるようになったらしい。

 こちらも写真つきで掲載されており、立派な服と紋章、剣を携えた衛兵が堂々とした姿で写っている。

 治安維持の向上が目的とあるが、ご苦労なこった。

 新聞を読み終えると奴隷がこちらをじっと見つめていることに気がついた。

 

「なんだ?まだ食べたいのか?別に構わないぞ。俺はもう十分だがな」


 そう言って奴隷の皿と大鍋を交互に指差す。

 何かを感じ取ったのか奴隷のは自分の皿だけを取り朝食を追加するのだった。

 

「よく食べるなあ。ま、残されるよりかはましってところか」


 俺は席を立つ。来客のセッティングでもしておこうか。

 なんとなく奴隷に目をやると俺のことを気にせずに美味しそうに朝食を食べているが、なんと新聞を読み始めた。

 その光景に驚き奴隷の背後にから確認すると、どうやら写真だけを見ているようだ。

 やはり奴隷にとって異国語は無理がある。

 俺が部屋を出る前に奴隷は足で床を叩き、コンコンコンと三度音を立てた。

 何か奴隷にとって面白い写真でもあったのだろうか、そう気にもとめずに部屋を後にした。

 

 

 

 ドアがノックされ来客者を迎え入れようとしたが、そこにいるのは会う予定の男ではなかった。

 

「どちら様で?」

「こんにちは。イワンさん、ですよね。私フロイドと申します。大変申し訳無いことに本日取引をする者がこちらの都合で来れなくなってしまい…」

「代理ってことかい?」

「ええ、仰るとおりです。」


 背は平均的だが、パリッとした服を身にまとっている。

 鞄や靴といった革物も高いものでは無いと思われるがきちんと手入れされていて、仕事への姿勢が見て取れる。

 

「代理ってことでもちゃんと取引はできるんだろうな」

「はい、是非お話をお聞きください」




 応接室にフロイドを迎え入れ席に着く。

 奴隷は俺の後ろで立って待機している。さっきから俺ではなくフロイドの方を見ているようだった。

 よく見ると、中になにか入れているのか奴隷の服のポケットの部分だけ少し膨らんでいる。

 商談が始まった。

 

「以前、一度話をお伺いしましたが、念の為にもう一度教えていただけませんか?フロイドさんと私で考えに違いがあると面倒なので。また、以前と比べてどこまで進んだのかも」


 フロイドは説明し始めたが、前回の担当者に言われたことと大きな差はなかった。

 造船業で一山当てたいらしく、最新の造船技術を使えば一昔前までは難しいと言われていた南方の国への進出が可能とのこと、

 またその先の話として造船業で当てたあとは南方との貿易ルートをほぼ独占状態にまで持っていきたいとの計画を確認した。

 

「イワンさんも御存知の通り、現状の南方との交易は一度西方を迂回してからのものとなっていました。先日の戦争で西方も通過はしやすくなったといえどその量は馬車数台分がせいぜいでしょう」


 フロイドは続ける。

「また、陸路と異なり海路だと野盗に襲われる心配もない。大量の品が両国間で動くとならばその金額も当然大きくなります。我が国と西方との関係を考える人間が多い今だからこそ、南方への進出は盲点のはずです。この機会は非常に価値のあるものだと考えているんですよ」

「そうだなあ」


 自信がみなぎるフロイドに対し、俺はいくつかの疑問を提示した。

 造船そのものの期間や労働者、材料の調達は間に合うのか。最新の造船技術とあるが、実際に南方まで到達できるのか。

 フロイドはこれらの質問をある程度予想していたのか、現実的な範囲で実現できる部分と難しい部分に分けて説明をかえしてくる。

 

 結局の所投資の難しい部分として残るのはこのフロイドという男の話がうまくいくかどうか見抜くことだ。

 見込み通りに成功するか、あるいは運悪く失敗するかを判断しなければならない。

 

 いつもなら感覚的に見通しがついて商談成立というのがお決まりのパターンだ。

 だが今日は何かが違う。

 不思議なことにこの商談に俺自身がそれほど集中できていない感覚でいる。

 なにか別なことに頭を使わされている気分だ。

 そもそもこのフロイドという男……。

 

「いかがでしょうかイワンさん」


 質問も終わり、俺が一人で悩んでいるところにフロイドが声をかける。

 

「大きな決断になりうることは承知しております。ですので、こうしていただくのはどうでしょうか。担当者がいない中あまり勝手な契約を結ぶのは好まれないかもしれませんが、」


 そう区切るとフロイドは続ける。

 

「造船関係への全額の融資ではなく部分的な融資といういうのはどうでしょうか。私達としても資材等の一括購入ができずに造船期間が伸びたり出費がかさむことになるでしょうし、最終的にイワンさんが受け取る金額は減ると思われます。」


 フロイドは申し訳無さそうな顔をしながら新たな提案を続けている。

 外からは二頭ほどの馬の足音が遠くから聞こえてくる。


「ただ、段階的に投資を行うことによりリスクの低減も可能ですし、造船作業を実際に見に来ていただくことも可能です。その状態を見て追加で融資するかどうかを考えくださるのも一つの手だと存じております。」

「前回の話ではそういった内容は出てこなかったが、代理のあんたが勝手に話を進めて大丈夫なのか?」

「はい、担当の者はイワンさんから部分的にでも成果を勝ち取ってくれば後はどうにかしてみせるから安心しろと自信をもっておりました」


 この瞬間俺はフロイドという男に再び違和感をはっきりと覚えた。

 それとほぼ同時に、後ろで立っていた奴隷が足で床を三度たたき、応接室を飛び出して行った。

 そしてそのまま玄関から外へ出る音まで確認できた。

 ここでようやく俺も気がついた。

 そうか、ポケットが膨らんでいたのはそのためか。

 

 一方フロイドは奴隷の突然の行動に呆気にとられていた。

 

「イワンさん、今のは?」

「すまない、なんでもない。最近買った奴隷でね。すぐ戻ってくることでしょう」


 冷静を装って受け答えするも、俺がしなければならないことを落ち着いて考える。


「先程の部分融資の案を採用させてください。造船業への投資は流石に初めてで、二の足を踏んでいました」

「おお!ありがとうございます!」


 フロイドは喜んで返事をすると鞄から早速契約書を取り出してきた。

 内容は全額融資のものではなく部分融資のものだった。

 展開がこうなることを読んでいたのだろう。

 いや読んでいたふりをして、優秀な代理人だと錯覚させようとしていたのだろう。

 

 玄関先が騒がしくなる。

 その音を確認すると俺はこう伝えた。


「一旦この契約書は預からせてもらうよ」

「え、どうしてですか」


 直後、俺がその質問に答えるまもなく衛兵が部屋に飛び込んできた。

 フロイドは突然のことに顔が青ざめ、明らかに動揺している様子だった。

 正直俺自身もここまで上手いタイミングでやってきてもらえて驚いていた。

 

 

 

 衛兵がフロイドを取り押さえ、持ち物や身元を調べて照合した結果この男は二つ隣の町で頻発する詐欺事件の犯人であることが確認できた。

 フロイドはそのまま衛兵たちに連れて行かれることとなった。

 

 

 

 それからは衛兵達にフロイドという男について聞かれることとなった。

 今日はじめて会う男のことなんてなにも知らないが、それでも根掘り葉掘り聞いてくるものだからそれが終わる頃には日はとっくに暮れてしまっていた。

 彼らはフロイドに関するもの―といっても部分融資の契約書しかなかったが―も証拠として持っていってしまった。

 

「やーっと終わった。災難だった、本当に」


 事情聴取が終わり向かったのは食堂。聴取の途中から夕飯の香りが漂ってきていた。

 

「今日はありがとうな」


 夕飯を食べながら伝わりもしないお礼の言葉を述べる。

 今日は不本意ながらも詐欺師を捕まえることが出来た日になった。

 祝いかどうかはわからないが、気分が良いので貯蔵しておいた白の葡萄酒を久々に飲むことにした。

 偶然かわからないが夕飯のメインは魚料理だ。


「ずっとなにかおかしいと感じてたんだ。前の担当者はイワン様イワン様って言って全体的にありえないくらいへりくだっていたのに、今回来たフロイドって男はイワンさんってさん付けだったんだぜ。社是のことまでは調べてなかったのかよ」


 俺は緊張から放たれたからか、それとも酒が回り始めたのか笑いながら奴隷に語りかける。

 

「ましてや、イワンさんから部分的にでも成果を勝ち取ってくれば、とかなんとか言ってたけど、あの担当者は俺をさん付けじゃ呼ばないっての。再現が甘かったな」


 気分のいい俺はまだまだ続ける。


「それで奴隷、お前が足で床を叩いてくれただろ。何のことか分からなかったが、あの瞬間は理解できた。お前、朝に新聞の写真を眺めてるときもそうしてたよな。その光景がぱっと出てきたよ。流石だよ全く。おかげで俺もあの写真を思い出せた。」


 あの写真、朝はボヤケてて意味がないなんて思っていたが、結構役にたったもんだ。

 

「部屋から飛び出したのは馬に乗った衛兵が近づいてくるのを外からの音で確認したからだろ。衛兵をうちに連れてきてくれたのは他でもない奴隷、お前だ。」


 奴隷はこちらに目を向けるも、何を言っているのかわからない様子で食事を続けている。

 

「でも奴隷、お前は言葉を話せない。衛兵を無理やり引っ張ってくるってのもありえない話ではないが、奴隷の首輪をつけたお前を衛兵が信用するともなかなか思えない。そこでそのポケットだ。」


 俺は席を立ち奴隷のポケットの中身を取り出す。

 出てきたの一枚の新聞紙。フロイドのボヤけた写真が掲載されたページだ。

 

「これだろ。これを使って言葉は使えなくてもどうにかして衛兵を応接室まで連れてきてくたってことだ。俺の真似をして必死に指でも指してくれたんだろ」


 気分良く話しながらグラスに二杯目の葡萄酒を注ごうとする。

 しかし、テーブルの向こうの奴隷がこちらをじっと見つめていることに気がついた俺は手を止めた。

 大体そういうときは何かを伝えたいときだ。


「ああ、わかったよ。二杯目はやめておくよ」


 そう言ってボトルを置く。

 奴隷にとってはあまり酔ってほしくないらしい。

 

「今日はお前のお手柄だからな。飯食ったらとっとと行くぞ。」




 食事後、今日もまた共用風呂に行くことになった。

 当然だが酔った状態で入るのは断られてしまう恐れがある。

 だから奴隷はあまり葡萄酒を飲んでほしくなかったのだろう。

 

 普段はそんなに頭の回らない俺だが、この奴隷のおかげか少しずつ俺自身が変化していることを自覚するのだった。

伏線(?)いっぱいな話となりました!

ブックマークや評価、感想お待ちしてます!本当に創作の糧になっているのでぜひぜひぜひ気軽にお願いします!


追記 2020/7/10

誤字の訂正のコメントを頂きました!ありがとうございます!

お読みになるだけでなくご指摘までいただけてありがたい限りです!


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