46 冴えない男目線のエピローグ
**ご注意**
二話連続投稿です。45話を読んでいらっしゃらない場合はそちらからおねがいします。
「ご主人さま、おはようございます。朝食の準備ができました」
リナの声で目が覚める。心地よい風が窓から流れ込んできていた。
「ああ、今行く」
ベッドから起き上がり窓の外を眺めると庭の葉が色付き始めていた。季節は秋になり始めていたようだった。
食堂に向かうとカリンが料理を皿に盛り付け、リナが配膳をしてくれていた。
「ご主人さま、どうぞ」
リナが俺の前に朝食を並べてくれる。
「ああ、ありがとうな」
「いいえ、ご主人さま」
リナがこちらに来てからというもの、言葉の練習はカリンと一緒に毎日してもらっていたようだった。
が、リナを迎え入れてからもう季節はすでに一巡していた。
普段生活する分については問題が無いくらいに、リナはこちらの言葉を使えるようになっていた。
俺は席に着き、新聞を読みながら食事を始めた。
一面には戦争や大雨の被害といったようなことは書かれておらず、比較的平和な日々が続いていた。
記事の端の方を見てみると南方との貿易について動きがあったと書かれた記事があった。これを目にすると奴隷商のことを思い出してしまう。
リナを迎え入れてから数日後、奴隷商はその代金を受け取りに来たが用事はそれだけではなかったようで、俺に取引を持ちかけてきたのだ。
話によると俺が持つ造船と南方との貿易に関する債権を売って欲しいとのことだった。
あれからまた色々調べ直したらしく、コレ以上に伸びないはずがないとさらに目をつけ直したらしい。
買取についても悪くはないどころか、かなり好条件だったので、なるべく金がほしい俺と奴隷商で利が一致した形となった。
カリンにもその取引に立ち会ってもらっていたが、特に問題は見当たらないと判断したようだった。
ただ、気になったのは契約書にサインしたときの奴隷商の顔がいつものニマニマとした気持ち悪いものに変わっていたことくらいだった。
「そんなに嬉しい取引になったのか?」
「はい、旦那様。有効活用させてもらいますよ」
「その企業を乗っ取りそうな感じだな」
「いえいえ、私めにそんな力など。」
「それと、担当にはもう一度手紙を出しておくよ」
「助かります、旦那様。旦那様のご迷惑にはならないようにいたしますので、どうぞご安心を」
そんなことを言って奴隷商は家を後にしていた。
奴隷商の動向は多少気になるものの、家を売ることまで考えていた俺にとって、この取引は事実としてかなり助かるものとなっていた。
おかげさまで三人で生活できている。
「ご主人さま」
そんなことを考えていると食事が進んでいなかったようで、リナが声をかけてくれた。
「どうかなさいましたか?」
「いや、気にしないでくれ」
パンを一切れ口に運び、食事を続ける。
昨日リナが作ってくれたものだろうか。非常に香りが立ち、柔らかく美味しい。
「ご主人さま、今日のご予定を覚えていらっしゃいますか?」
カリンが笑顔で俺に声をかける。
「ああ、もちろんだ」
俺とカリンの休日が重なったので、今日は三人で出かけるつもりだったのだ。
「食材やリナのお洋服も買い足して、あとは……」
「図書館にもお願いしますね、ご主人さま」
指折りで数えるカリンにリナが付け加える。
カリンは自身が使っていた図書館の利用証をリナに引き継がせていた。
念の為確認したところ、その期限が不自然に伸ばされていて未だに有効期限内となっている。またあの旧友がやってくれたのだろう。
「天気も良くて、良い日になりそうだな」
俺がそう言うと二人とも俺に笑顔を見せてくれるのだった。
あれからカリンは日々仕事に追われているようだった。
ブラウニーさんの翻訳の仕事が終わり、その本が国に広まるのと同時に、翻訳業をやってみないかとカリンはいくつか仕事を持ちかけられていたのだ。
時期的にも西方の国との交流が再び始まったので、多くの仕事が舞い込んできたそうだ。
基本的には送られてくる資料を在宅で処理する形となっている。
何度か家で契約を結ぶこともあったが、そのときは俺がカリンに助言をする立場となっていた。いつもと立場が逆転していてなかなかおもしろいものだ。
もちろん青果店での仕事も続けていた。何度かリナと一緒に行ったこともあったが、あの婆さんも元気そうにやっている。
時間や体力的に大丈夫なのかと聞いても、町の人と触れ合えるのでとても楽しいそうだ。
実際のところ今でも続けているので、無理をしているわけでもないようだ。
一方リナの方は働くにはまだ早いので家事を主にやってもらっている。
姉に似て器用に色々こなしてくれているので大変助かる。
自身のことを買ってもらった手前、本人としては早く働きに出たいそうだが、そうなると家事をする人がいなくなってしまうので、まだ我慢してもらっている。
いつの日かのカリンが校正の仕事を行っていたように、丁度よい内職の仕事が転がり込んでくれればやってもらいたいところだが、今の所その目処は無い。
もちろん姉に似ているのは家事の器用さだけではなく、人あたりも同じ様にとても評判のようだった。
最初の頃は近所の人との交流も難しかったようだが、言葉を覚えていくにつれて多くの人と話せるようになり、今ではカリンと同じくらいの町の人気者となっている。
朝食が終わり、カリンが食器を片付ける一方、リナが食後のコーヒーを淹れてくれた。
「お洗濯が終わったら、お出かけですからね。ご主人さま」
「私も一緒にお洗濯行ってきますね」
リナの洗濯にカリンもついていく形で、二人して洗濯場へ行ってしまった。
俺は淹れてもらったコーヒーと今朝届いた手紙持って仕事部屋に向かった。
椅子に座って封筒を確かめる。民間の警備組織からのものだった。
中を確かめるとここしばらくの業績をまとめたものが記されていた。
なかなか上手くいっているようで、事業を拡大したいらしく出資をお願いしたいとも文面にある。
また、警備犬の貸し出しについては非常に評判が良いらしく、感謝の気持として俺の家に格安で配置できますよと記載されていた。しかし俺が犬嫌いなのはあの代表も知っているはずだ。
どちらかというとカリンやリナ向けに書いたものだろう。あの二人はお向かいさんのジョンを見るたびに撫で回しているくらいの犬好きだ。
俺はばれないようにと丁寧に手紙を封筒に戻した。
その他、簡単な仕事の整理をしていると外から声が届いた。
「ご主人さま、今戻りました!干しちゃいますね!」
「ああ、頼んだ」
元気なリナの声に俺は返事をした。
外から歯切れのよいバサッバサッという音が聞こえる。
洗濯物を干す前に一着ずつ軽く振りさばいているようだ。
洗濯の仕事がリナに変わったときは、かつてのカリンがそうだったように、なかなか手こずっていたようだったが、今となってはなかなか手慣れたようだ。
今日は二人してテンポよくいい音を立てて洗濯物を干してくれている。
それこそ今となっては元気な姿を見せてくれているが、二人共一度だけ悲しみの底に沈んだ事があった。
以前の春先、ようやく西方との往来が本格的に再開した。そのときに二人の父親の安否を確かめるべく故郷へ向かうことにしたのだ。
だが、父親についてはある程度予感はしていたようで、二人共行きの馬車の中では、気持ちの整理をつけるために向かうといったような面持ちだった。
長い旅路の末到着したものの、町の光景は昔のものと大きく違っていたそうだ。
砲撃を受けて多くの建物が建て直され、主要だった軍事産業の工場も今では見る影もなく、その場所には豪邸が建ち並んでいるとのことだった。
丘の上の実家も全く別の建物に変わってしまっていたそうだ。
煙が無いのは私としては嬉しいんですけどね、と言うリナも寂しそうな表情を隠しきれていなかった。
この町に住んでいるのは移り住んできた東方の人間ばかりで、西方の人間はほとんどいないようだった。二人の知り合いを探してみたもののやはり見当たらなかった。
町の墓場に訪れると奥の方に、かつて地元住人だった二人も知らない慰霊碑がひっそりと立っていた。近づいてみると町を襲い、二人が逃げ出す事になった争いの慰霊碑だった。
管理人に事情を説明し戦没者の名簿を見せてもらった。
そして二人の父親の名前を見つけた。一般的な住民や兵と異なり、町の指揮官として最後まで奮闘したからだろうか、省略されたり埋もれること無くはっきりと記されていた。
覚悟はしていたのだろうが、やはり目の当たりにすると辛いようで、その場から動けなくなるほど涙を流していたのだった。
あれから二人共しばらく元気がなかったが、こちらに戻ってしばらくするうちに元気を取り戻してくれたようだった。
俺としてもなんて声をかけてやれば良いのか情けないことにわからなかったので、自力で立ち直ってもらえてありがたいと思っていた。
そのとき仕事部屋のドアが叩かれた。
「ご主人さま?」
「ああ、カリンか」
カリンはドアを開け、顔だけだしてこちらを覗いてくる。そしてカリンの顔の下からリナも顔を出して話しかけてきた。
「お洗濯が終わったので、そろそろお買い物に参りましょう、ご主人さま」
「そうだな。行くとするか」
三人で外に出て門に鍵をかける。雲ひとつ無く過ごしやすい天気となっていた。
「あら?今日は三人でお出かけですか?」
道を挟んでお向かいさんが声をかけてきた。足元にはジョンもいる。
そうなんですと返事をしながらリナは道を渡り、お向かいさんと話しながらジョンを撫で始めた。
「ごめんなさい、ご主人さま」
リナが行ってしまったことに対してだろうか、カリンが謝ってきた。
「いや、構わないさ」
そう言って俺も向こう側に行こうとしたとき、カリンが俺のことを呼び止めるように話しだした。
「ご主人さま、リナのこと本当にありがとうございました」
「どうしたんだ、急に」
俺は足を止め、カリンの方を振り返る。
「あのときのこと、今でも本当に感謝しています」
「奴隷商の屋敷でのことか?そんな今更気にしなくてもいいぞ」
いまいち言いたいことがはっきりしないままカリンは言葉を続ける。
「でもあのとき、ご主人さまは嘘を仰っていましたよね?」
「嘘?」
あのときのことは大体覚えているものの、心当たりは特に見当たらなかった。
「嘘って何のことだ?」
「ご主人さま仰っていたじゃないですか。長いこと暮らしてきてお互いのことは分かりきってるって」
「ああ、まあ確かに言っていたが」
気がつくとカリンの顔は少しだけ赤くなっているようだった。
「ご主人さまは私のことを一つだけ分かっていなかったと思いますよ」
「なんのことだ?」
俺の返事に対し、まだわからないんですかとカリンは言い、少しだけ口を尖らせたようだった。
そして背伸びをし、俺の耳元でその思いを伝えてくれた。
言い終わったカリンを見ると顔を真っ赤にしていた。確認しなくても分かるが俺の顔も同じ様に真っ赤なのだろう。
「カリン、」
俺が返事をしようとしたその時、リナの声が聞こえた。
「ご主人さま、お姉さん、お待たせしました。買い物に行きましょう」
そう言いながらリナが道を渡ってきた。
「お返事はまた今度お願いしますね、ご主人さま」
カリンはそう言うと照れ隠しのような笑顔を見せてから、リナの方に向かい、手をつないで先に行ってしまった。
思いもよらぬことをカリンに告げられ、俺は驚きと動揺からその場に立ち尽くしてしまっている。
いやしかしだ。ずっとそばにいる女の子の気持ちにすら気が付けないくらい、俺は冴えない男だったというわけだ。
前方から俺を呼ぶ二人の少女の声が聞こえる。
俺は返事をすると気を取り直し、追いかけるように歩き始めるのだった。
これにて完結です!
多くの方に読んでいただき、また評価や感想などたくさんの励みがあったからこそここまで書き続けることができました。誤字脱字も含め様々なご指摘も大変助かりました。
もう本当に本当に感謝しております。
初めて小説を書いて初めて投稿してから25日間、どうしようかなどうやって書けばいいだろうかと悩んだこともありましたが、それも含めてとてもとても楽しい経験となりました!
いや、本当にありがたく思っております!
続編はおそらく無いです。無い。
というのもカリンとリナの書き分けが多分無理だからです。(二人共ご主人さまご主人さま言いまくりますし、立場もイワンの使用人なので、書き分けをきちんと行おうとするとかなり説明口調な?まわりくどい?表記になってしまうと思います。技量不足)
ジャンルについてもきちんと恋愛で〆させていただきました。多分これくらいのラストのほうがこのお話的に丁度よいのでは?と思ったのでこういった形にしました。
最終話とエピローグがやたらめったら長くなったのは、区切るのもどうかなと思ったのと、区切るのであれば何かしらのオチ的なものが欲しかったもののそういったものも見当たらなかったのでこういった形とさせていただきました。最終話、なんかシリアスで切りにくかったし……許して!
また、毎度毎度の様に評価や感想をお待ちしております。最終回とエピローグのみならず作品全体の感想もお待ちしております。次の小説を書くにあたり間違いなく参考にさせていただきます!
あとレビューというのもぜひぜひお願いします!他の方がどういった読み方をしているのかとても気になりますし、せっかく完結したのだからやっぱりほしいです!(強欲)
あとイラストもほしいです(強欲)
さて、後書きまでお読みくださり本当にありがとうございます。
いつになるかは未定ですが、また次の作品でお会いできればと思います。
本当にありがとうございました。




