44 売上
「ご主人さまー、おはようございます。朝食の準備ができました」
カリンにいつものように起こされて一日が始まる。
だが最近は朝起きるのが少し億劫なくらい寒さを感じるようになった。
ブラウニーさんと相談した日からしばらく経ち、いよいよ冬の入口に差し掛かったようだった。
結局落ち葉の掃除はカリンにほとんどされてしまい、枝にも地面にも葉は見かけられなくなった。
カリンは朝食を食べながら連載小説の感想を読んでいる。
あれから毎日のように配達員が新聞と一緒に手紙を届けてくれているが、その数は日を追うごとに少しずつ増えていっているようだった。
「やっぱり話が大きく変わったり恋愛のところに差し掛かると感想も熱がこもりやすいですね」
「そうなのか?」
俺は新聞を読みながらカリンに返事をしながら連載小説に目を移す。
今日の話は、谷の集落で一悶着あったといったものだった。
「はい、私の国でもこちらの国でも同じ様な部分で盛り上がるというのは、一つの新しい発見です」
そうなのか、と相槌を打つ俺にカリンは話を続ける。
「やっぱり連載となるとある程度締切に追われながらの作業になったり、先を見越して翻訳の貯金を作っておきたいんですよね。そのときにここだけでも力を入れなくちゃいけないってのを知ることができたのはありがたいんですよね」
そう言いながらカリンは読み終わった手紙を封筒に戻し次の手紙を読み始める。
何でもかんでも真面目にやっていそうな性格なので自分で自分を押しつぶしていないかと不安に思っていた時期もあったが、やはり心配ご無用だったというわけだ。
しかし雪が振り始める時期には状況が大きく変わっていた。
いよいよ書籍化が決まってしまったのである。
「しかし本当に本になるなんて思っていませんでした」
風呂の帰り道にカリンがそう呟く。
「そうか?薄々俺はそう思っていたぞ?」
カリンが着ている上着は例によってお向かいさんから頂いたものだ。
少し着ぶくれするが温かいとカリンは喜んでいる。
「これからも頑張らなくちゃですね」
「ああ、ブラウニーさんの作品が多くの人に読まれるし、カリンの収入は増えるしいい事ずくめだ」
あの婆さんのところの青果店は冬は営業日が半分になっているらしく、カリンはその分翻訳作業をどんどん進めることができていた。
カリンとしても渡りに船といったところだったのだろう。
雪が溶け、だいぶ暖かくなってきた頃にもなると三部作の連載小説も終盤戦になっていた。
第二部と第三部は新聞に載らないと思われていたが、この小説のおかげで購読者が増えたということで、新聞社の方から連載の継続を頼み込んできた形となっていた。
「なかなか大忙しだな、カリン」
「忙しいといえばそうですけど、ありがたい話ですから」
そう言いながらカリンは俺のベッドに寝っ転がりながら新しい本を読んでいる。
「それがブラウニーさんの新しい本か?」
「はい、これの翻訳も頼まれてしまいました」
ブラウニーさんによるとこの本も翻訳をして、可能であれば同じ出版社から書籍化もしておいてくれと頼まれたらしい。
報酬は相変わらず半々だそうだ。
ちなみに以前の三部作の小説はすべて翻訳して新聞社と出版社に提供済みとのことだ。
「そっちの話も面白いのか?」
「はい、ブラウニーさんが得意とする魔法が出てくるファンタジーですからこの前のものと同じくらい面白いですよ」
本になったらそっちも読ませてもらうよと言いながら、俺は小説の第二部を途中から読み始める。
しかし目で文章を追いかけるものの、頭ではブラウニーさんのことについて勝手に考え始めてしまっていた。
先日挨拶をしに行ったらだいぶこちらの言葉も覚えたようで、カリンの仲介が無くても難なく話すことができた。
ただ新しい話を西方の言葉で書いたことについては、こちらの言葉を覚える前に書き始めてしまった、とか、こちらの細かい表現はまだわからない、といった理由を付け加えていた。
やはりあの人としても、カリンの妹について助力したいという気持ちがあるのだろう。
カリンがブラウニーさんと再会したあの日、喫茶店でカリンは自分が戦争に巻き込まれたことも話していた。当然妹の現状も伝えていたのだろう。
かつて一日だけとはいえ、丘の上の屋敷の庭先で町の景色を見ながら話をした相手のうちの一人がどこかで捕まっているかもしれない。
そんな話を聞いたらカリンが多額のお金を必要としているという考えに行き着くのもまあ無理もないか。作家ならそこまで想像できそうだ。
それであえて翻訳という仕事をカリンに渡しているわけだ。
「さ、そろそろ寝るとするか」
1ページも手が進んでいない事に気がついた俺は今日はもう読めないと判断し、寝ることをカリンに提案する。
「はい、ご主人さま」
そう返事をすると、慣れた手付きでカリンは部屋の照明を消していくのだった。
カリンがこの家に来てからもう季節が一周しようとしていた時期だった。
二作品目の小説が発売されてからしばらく、季節はもう夏となっていた。
そろそろ夕食の時間というところでドアが叩かれた。
「俺が出ておくよ」
キッチンから動けないカリンの代わりに俺が玄関に行くと、出版社の人がいた。
本の売上などの報告書と共にカリンへの翻訳料を持ってきてくれたとのだった。
礼を言って受け取ると、そのまま食堂に向かってカリンに報告をした。
「出版社の人で、報告書とお金を預かっといたぞ」
「ありがとうございます、ご主人さま。テーブルの隅に置いといて下さい」
カリンはそう言いながら配膳を進める。
するともう一度玄関のドアが叩かれる音がした。
「今度は私が出ますね」
カリンはそう言って玄関に向かう。
暇だし報告書でも眺めてるかと思ったその矢先、玄関からこちらに走ってくる足音が聞こえた。
「ご主人さま!」
カリンは普段見せることのない、恐怖と混乱を抱えながらもかすかな希望を見ている、そんな表情していた。
「どうしたんだ」
「奴隷商がいらっしゃいました」
その言葉を聞いた俺は立ち上がり、カリンとともに急いで玄関に向かうのだった。
(多分、次回最終回っす)




