40 貰ったもの
今日の午後は俺も外に出歩く。
以前来ていた手紙の中でも投資の価値がありそうなところの見物といったところだ。
その話を朝食のときにすると、カリンも仕事を休んでまで行きたがっていたが、ちょっと話を聞くだけなので大丈夫だと今回は断っておいた。
もちろん、というのは変かもしれないが、仕事に出るまでカリンはなんとなく不機嫌そうな振る舞いをしていた。
当たりをつけていたのは三件。街道を挟んだ隣町などの分は今回は見送りとさせてもらった。
ただ、今回は俺の見立てが悪かったのかその三件ともやめといたほうが良さそうだという結論に至った。
一件目は事業の割には事務所が豪勢すぎた。もう少し金のかけるところがあったんじゃないかと話を聞いてる中で何度も思わされたものだ。
二件目は困った時は親の金でなんとかしようという魂胆が見え見えの奴だった。俺もまあ人のことは言えないかもしれないが、結局は親の金でどうにでもなるからご安心して融資をお願いしますなんて言われてしまってはすぐさま帰りたくなってしまったもんだ。
三件目はまあまあな所で、事業内容も先の南方との貿易に絡んだ商売をしたいと説明をしてくれた。しかし話を聞いているとこの男、大して南方のことも、もしかしたら港がある隣町のことも詳しくは知っていない様子だった。それに気がついてから事務所の物が妙に少ないだの、時折出てくる訛りがあまり聞き慣れないものだの、夜逃げする気満々なのではという疑惑が頭から離れなくなってしまった。
いずれにせよ、そこまでお人好しではない俺はどの商談についても、今回はなかったことにしてくれと頼んで部屋を後にしていた。
「全部外れか」
ボヤきながら町を歩く。直接家に帰るのもなんとなく嫌だったので、なんとなく町をぶらつくことにしていた。
一つくらいはましな所があるかと思ったが、ここまでになると自分でも落ち込んでしまう。
前までは嗅覚が効いてたというか、なんとなく見抜けていたというかそんな感じがしていたが、腕が落ちてしまったのだろうか。
ま、まだ気になるところもあるのだからと、無理に気を取り直して目線を上げると、カリンの働く青果店の近くにいることに気がつく。
まだカリンも働いている頃だろう。その働きっぷりが気になったので寄ってみることにした。
「ありがとうございまーす!」
角を曲がると青果店なのだが、既にカリンの元気な声が聞こえてくる。
店の前まで来るとカリンが何を話しているかもある程度聞こえてきた。
お客さんに旬の果物がどうかとか、日持ちするかどうかとか、可愛く切りたいならこうするといいだとか色々教えてあげているようだ。
店頭の果物を眺めながら一つ手に取る。先日家でも出されたものだ。横には可愛らしいデザインでお勧めと書かれている。
カリンが書いたのか婆さんの孫が書いたかはわからないが、なんとなくカリンのような気がした。
「え!ご主人さま!いらしてたんですか!」
店頭で色々見ていたらカリンが驚いた様子で声をかけてきた。
「ああ、近くを通りかかったもんでな。繁盛してるようじゃないか」
「ええ、時間的に今はお客さんも少ないんですけど、ありがたいことに日中は毎日大忙しです」
「そうか、それは良かったな。じゃあ今日のおすすめでも買っていこうかな」
「はい、ご主人さま」
慣れた手付きで色とりどりの果物を選ぶカリン。今でも一応叩いたり香りを確かめたりはしているようだ。
そんな姿を眺めていたところ、婆さんに声をかけられた。
「ご無沙汰してます、ご主人さん」
「ああ、どうも。お婆さんも元気そうで何よりです」
「ええ、本当に。お店に活気があふれると私もつられるように元気になりまして。これも全部カリンちゃんと働くのを認めてくれたご主人さんのおかげですよ」
目が細いので表情が読み取りにくいが、全体的に柔らかな表情になったのはなんとなくわかった。
「いやいや、私はそんな。それにカリンも外に出て働く良い機会になってると思いますし。こちらとしてもありがたいです」
「今日は息子夫婦の手伝いに行ってしまっていないんですけどね、うちの孫も良い影響を受けているようでして」
「カリンからも話は聞いてますよ。仲良くさせてもらってるそうで」
そんな話をしているとカリンが果物を選び終えてこちらにやってきた。
「はい、ご主人さま。旬の物とご主人さまが好きそうなのを選んでおきました」
「お、ありがとうな」
そう言って財布を出そうとしたところ婆さんに手を掴まれた。
「いやいや、ご主人さん、お代はいいですから」
「いや、そんな、そんなことを思って来たわけでもないですし」
「いやいや、ご主人さん、カリンちゃんにはいつも本当にお世話になってるので」
いやいや、ご主人さんと言い張り、押し通そうとしているようだ。
何よりこの婆さん、思いの外握力が強く気圧されてしまった。腰は悪いが他は意外と元気なのかこの婆さん。
「わかりました、受け取らせてください」
ここで断っても結局カリンに持たせることは見えきっている。ありがたく頂いておこう。
「じゃあ、先に帰ってるから、カリンも気をつけて帰ってくるんだぞ」
「はい、ご主人さま」
一人での帰り道、手軽に齧れそうな果物を手に取り、食べながら歩く。
甘く水々しい果汁はなかなかのものだし、歯ごたえも良い。
果物を楽しみながら今日のカリンの姿をなんとなく思い出す。
俺の思っていた以上に働いていてそして多くの人に慕われていた。やはりというか、カリンは俺の知らないところでも当然のように頑張っていたのだ。
対照的に今日の俺を振り返ると、なんとも哀れなものに感じられた。たかだか三件外れたくらいで落ち込んでたら何も出来ないか。
俺はいつの間にかカリンから元気を貰っていたようだった。
帰ったらもう一回手紙なり資料なり見直してみるかと、俺は少し足早に家路につくのだった。
気がついたら40話。自分でも驚きです。
ここまでお読みくださってありがとうございます。
zキーに引き続き、スペースキーもたまに反応しなくなりもう戦々恐々です。
あといつもどおりなのですが評価の星が欲しいです(直球)
超気楽に、ポチッソイヤッって感じで投げていただけるとありがたいですー!




