04 地下牢にて
奴隷商は、馬車の中では目的地の大体の場所とかかる時間を説明しただけで後は黙ってしまった。
そんな奴隷商をなんとなく眺めていると、「あまり私が喋りすぎると旦那様、不機嫌になってしまいますでしょ?」とまたしても俺の考えることを言い当てられてしまった。
「それはそうと、よろしければこちらをどうぞ」
そう言って渡してきたのは新聞だった。
しかしこれは俺の家でとっていないものだった。
「各地の情勢を知っておいたほうが良いと仰っていたのはかつての旦那様です。その教えを今でも守っているつもりですよ。」
またそんな昔の俺でも覚えてないこと言い始めやがって、と思いつつも新聞を読みすすめる。
家のものとは異なり、こちらは社説に気合が入っている。また、写真も大きく鮮明気味に映っている。それでも人の顔の判別は出来ないが。
「もしもその新聞を購読なさりたかったらあの少年に言えば届けてもらえますよ」
ニンマリと笑う奴隷商を見て、うまいヤツだと思うと同時に、より苦手意識が強くなってしまった。
馬車が止まる。目的地についたようだ。
目の前には大きい屋敷、その周辺には畑や放牧地が広がっている。
「旦那様」
屋敷に向かいながら奴隷商が話しかける。
「念の為伝えておきますが、ここの場所のことは他言無用です」
「どうして?捕まるようなことをしてるのかい?」
「いいえ、そうではありません。しかし、これから旦那様に紹介するのは非常に質が良いものを取り揃えております。少々物騒な世の中ですからね、襲撃されるなんてことは無いと思いますが、いや、一応念の為ということでご理解ください。」
この奴隷商、ここまで連れてきて条件を付け加えてくるのか。
奴隷を買わないと帰しませんよなんて後出しで言われなきゃいいんだが。
「自国の人間が奴隷として扱われていなければ基本的に問題は無い。旦那様もご存知のとおりです。人間を金で売買するなという考えや団体も一部存在しますが、裕福な家では大抵の場合奴隷を所持しているというのも体感していらっしゃると思います」
俺が奴隷を買うのが初めてだからと妙に丁寧に教えてくれる。
一応それくらいは知っているつもりだが、ふんふんと相槌を打ちながら屋敷に向かっていく。
屋敷の中に入ると奴隷商がスタスタと先に進み、主と思われる人と話す。
特に何を言っているかは聞こえないが、二人はこちらをチラチラと見てくる。
そして鍵を受け取った奴隷商がこちらに戻ってきた。
「今のは私の部下です。なかなか見どころがあって、結構頼りにしているんですよ。旦那様のことについても度々話しております。今度商談がありましたら是非お願いしますね」
地下に続く通路を進みながら自身の部下の人脈をさり気なく広げようとする奴隷商。
ここまで成功する理由がよく分かる一面だ。
地下への扉にたどり着く。
看守には話が通っているらしく、鍵を開けそのまま通過できた。
「鍵だけで看守はいらないんじゃないか?」
「はい旦那様、他の奴隷ならそうするのですが、ここにいるのは先程申し上げたとおり上物ばかり、厳重にすることに越したことはありません」
そう言いながら薄暗い部屋の明かりを灯していく。
それに伴い部屋の全貌が明らかになっていく。
その部屋に居た奴隷は全部で五人。それぞれ個別に牢の中に入れられ、足枷もつけられていた。
檻の中には意外にも簡素ながらベッドがあり、また部屋全体的には最低限の清潔さが保たれていた。
「よくある奴隷にはこんな上等な部屋は用意しないんですけどね。ただ、奴隷を買ってみたら実は骨折していたとか姿勢が戻らなくなっていたとかそういったクレームは避けたいもので」
まだ口に出していないのにも関わらず、奴隷商が俺の疑問を勝手に答え始める。
「服については奴隷として仕入れた当時のままとなっています。そちらのほうが良いという希望が少なくないので」
やはり実際に奴隷売買を目にすると正直なところ悪趣味だと感じる。
それぞれの牢の中の奴隷を品定めしていくうちになんでこんなことをしているんだとも思い始めた。
五人分見終わり、さてどうしたものかと考える。
買うとしたら女の子じゃないと難しい。俺はそれほど運動をしてこなかったので、男を買うと将来力負けしそうだ。
「農業や機械仕事をやらせる場合なら男を買っていくことが多いですが、旦那様みたいに家の手伝いをさせるなら女のほうが人気ですね」
悩む俺に奴隷商が口添えをする。
「あの女の子は、どこから来たんだ?」
「お目が高いですね旦那様。あの女は先日の西方への侵攻時に捕らえられて、少し前にここに入れられました」
頭の中にプロフィールが入っているのか奴隷商は話し続ける。
「侵攻時に陥落させた町の中に、軍事産業が盛んな場所がありまして。ええ、そこの大地主の娘だそうです」
話を聞いて再びその女の子の牢の前に戻る。
痩せこけてはいるものの、顔立ちは整っていて、長い金の髪が目立つ。
今すぐここから出して欲しいと願うような素振りは見せず、しかし生気のない目もしていなかった。
こちらをまっすぐと見つめ、まだ人間としての尊厳を失っていないそんな様子を汲み取ることが出来た。
「買うとしたらこの女の子にしようかなという程度だな」
「さすが旦那様。私もその子が一番良いと感じておりました」
「もしも買うとしたらいくらになるんだ?」
「はい、この女だとこれくらいですかね」
そう言いながら契約書に金額を書き入れる。
が、こちらの表情を一瞥すると契約書を一度握りつぶし、また新たに作り直す。
再び書き入れられた金額はいくらか値引きされていた。
「旦那様には大変お世話になっておりますので、これくらいのお値段とさせてください」
そう言われて提示された金額は、なるほど俺の収入と資産から言ってもそれほど無理のない物となっていた。
おそらく一瞥する前の金額は盛っていた可能性もあるがこの男からそれを見抜くことは難しい。
「奴隷を返すってことは出来ないのか?」
「奴隷の返品は基本的には行っておりません。散々怪我を負わせて返品というのも無理がありますからね。ただ、今回の場合、旦那さまと私の関係もございますし、一部返金という形で承ることにさせてください。」
なんだかずっと奴隷商のペースに乗せられている気がしてならない。
「こうしませんか、旦那様は今貨幣をお持ちでないですよね。それでしたら契約書にサインだけしていただいて、後日お金をいただきに参ります。それまでに返品するかどうかも決めていただくというのはいかがでしょうか」
気がついたら話の内容が購入前提となっている。
上手いやり口だ。心のなかでため息をつく。
「わかった、買おう」
そう言って契約書にサインした。
ニマニマしながら奴隷商はこちらを見ている。
「ありがとうございます、旦那様。必ず様々な面で生活が楽になりますよ」
そう言うと慣れた手付きで鍵や枷を外し女の子を牢から出し始めた。
女の子の方も抵抗する様子はなく、その後鎖付きの首輪の取り付けが行われた。
「重ねてお礼を申し上げます旦那様。こちらが首輪の鍵となっております。首輪には固有の番号が振られていて、逃げ出したときなどに役立ちます」
そう言ってもと来た通路を戻る。
鎖を持つのは自分だが正直慣れることはあるのだろうかという不安の方が大きい。
玄関口まで戻るとわざとらしく奴隷商がなんとも言えない顔で振り向く。
「旦那様、私今思い出したのですが、奴隷の服や靴等はご自宅にありませんよね?一般的にはご家族や使用人のお古などをあてがうのですが、旦那様お一人暮らしでしたよね?」
「何が言いたいんだ?」
「この屋敷では奴隷用の服なども取り扱っておりまして、よかったらご一緒にご購入されてはいかがでしょうか?安くしておきますよ?」
この奴隷商、今思い出したなんて言ったがきっちりタイミングを見計らって言ったに違いない。
が、たしかに服が今着ているボロボロの一着だけだと近所の目も俺が気になる。
「わかったよ。一式頼むよ」
「ありがとうございます、旦那様」
後出しの内容が服を買うくらいならいいだろう。
帰しませんよなんて言われるより遥かにマシだ。
無駄に長い文章になってしまい申し訳ありません!
でもここまで読んでいただけるとはありがたいの一言です!
奴隷商のキャラがイイなと1ミリでも思っていただけたら評価お願いします!
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