39 夜長に
ブラウニーさんから本をもらって以来、少しでも時間があれば食い入るようにカリンは本を読んでいた。
それまでに借りていた本も一旦返してしまったらしい。
「それで、どんな話なんだ?」
夕食時にカリンに聞いてみる。
「囚われのお姫様を助けに行くってお話ですね。すっごくおもしろくて、時間を忘れて読んでしまいます」
それでも食事の時に読んだりはせず、青果店に持っていったりもしてないそうだ。
行き帰りに雨にでも降られたら大変だからとカリンは言う。
「あれからブラウニーさんとミアちゃんも青果店に来てくれるようになって楽しいですよ」
「へぇ、ミアさんも」
「はい、事情を知っている人のほうがいいだろうってことと、もしもの時は私と友達のミアちゃんの方が色々便利だからとあちらの旦那さまに専属になるように命じられたそうです」
流石生粋の金持ち。言葉も大して通じない遠くの親戚に専属の使用人をあてがうのか。
別に羨ましいとか今以上に金持ちになりたいというわけではないが、住む世界が一段階違うんだろうなと凄さを感じてしまう。
「で、ブラウニーさんの仕事は見つかったそうなのか?」
「いえ、まだのようです。ただ、ミアちゃんが事情を詳しく説明したところ、無理に急ぐ必要はないと旦那さまが仰ったそうで、こちらの地をまずは楽しんでみたいと元気そうでした」
なかなか元気な人だ。作家ってのはやはり色々な刺激があってこそなのだろうか。
そんなことを話しているうちに夕食を食べ終わってしまった。今日は果物が無くて少し残念だ。
「さ、ご主人さま、寒くなる前にお風呂に向かいましょう」
食器を片付けながらいつもどおりカリンは俺を急かすのだった。
共用風呂に向かう道中、カリンは俺の隣で鼻歌を歌っていた。
西方の歌で、ブラウニーさんとの話のなかで思い出したものらしい。
いつも歌っているのか?と聞くと日中は他の人の目があるので恥ずかしいですと返されてしまった。
俺のことは良いのだろうかと思うも、こちらの国ではあまり聞かない音程感につい耳を傾けてしまう。
共用風呂に到着したカリンはこんなことを聞いてきた。
「帰り道に風邪をひいたら大変ですから、ゆっくり温まってきてよろしいでしょうか?」
夜の時間が長くなってきてしまい、他にできることも少ないので許可を出す他無さそうだ。
「ああ、俺もそうさせてもらうよ」
「ありがとうございます、ご主人さま」
もしかしたら夜に俺が時折暇そうにしているしているのを、カリンに見られていた上での提案だったかもしれない。
色々見ていて気が利くカリンのことだから実際にそうなのだろうとなんとなく思いながら湯につかる。
しかし、カリンが青果店で働き始めてから一緒に過ごす時間がかなり短くなった。
初めて図書館に連れて行った時は、とっとと働いてくれなんて思っていたが、今となっては少し寂しささえ感じ始めている。
そんなことを思い始めてしまったからかはわからないが、帰り道、カリンにこう聞いてしまった。
「なあ、カリン。余裕があったらでいいんだが、良かったらそのお話を詳しく教えてくれないか?」
カリンはこちらに振り向くも、すぐに返事はしなかった。
思いもよらぬ言葉にすこし固まっていたかのようだった。
「承知しました、ご主人さま」
言葉遣いは硬いものだったが、カリンは笑顔で快諾してくれた。
その日の寝る前、寝室ではカリンが件の本を開いて待っていた。
「おいおい、カリン」
「どうしました?ご主人さま?」
「まさか読み聞かせか?」
「はい、もちろんです。ご主人さま。家事と仕事で日中は時間がそれほどとれないですからね」
カリンはニコニコ顔だ。
「本当は全部読みたいんですけど、それだとあまりにも長いので必要なところをかいつまんでお読みしますね」
楽しめる部分が減ってしまって勿体ないんですけどしょうがないですね、なんてカリンは付け加える。
「いや、それにしてもだな……」
「良いじゃないですか。夜はそれほどできることも多くないんですし。ね」
やはりカリンに見抜かれていたしまったようだ。
しかし読み聞かせなんてそれこそ子どもの頃以来だ。話の内容も気になるがなんとなく気恥ずかしさがある。
「では読み始めますね」
俺がはっきりとしないことを良いことに、カリンはやや強引に読み始めようとする。
まあ、たまにはいいか。
カリンが寝不足にならない程度に頼むよと付け加えて、話を聞き始めるのだった。
ここまでお読みくださりありがとうございます。
このあたりに来て急に物を書くのが難しいなと感じ始めました。投稿ペースが落ちるとは思いますが、気長にお待ちいただけると幸いです。




