35 すれ違い
昼飯は町で買った朝採れの野菜が中心となった。
夏の日差しを受けて育った野菜は味も食感もいつもとは別格だった。
「なかなか良いもんだな」
「そうですねご主人さま」
ただ、少し気になったことがあるのでカリンに今更ながら聞いてみることにした。
「そういえばカリンはなんでいつも午後に買い物に行ってるんだ?」
「えっ」
カリンは予想外の声を出す。
「いや、最近の午後は流石に暑いし、今日みたいに午前に行けば良いんじゃないか?」
正直なところ、俺より賢いんじゃないか?と疑い始める程度には頭の回転が早い子だ。
どんな理由があるのかと思い聞いてみた。
「ご主人さまのためだったんですけど……」
「えっ」
考えていなかった返答に今度は俺が予想外の声を出してしまった。
「午前はお料理とお洗濯とお掃除といったお家での時間で、午後はお買い物や図書館などの外出の用事の時間という事がほとんどでした。なので家事の時間を動かすとご主人さまに何かご迷惑がかかってしまうかもと思って動かさないようにしてました」
「ああ、いやなるほど。そういうことだったのか」
いつだったかお向かいさんに、カリンちゃんとちゃんとお話したほうが良いですよ、と言われていたことを思い出す。
これくらいの意思疎通も出来ていなかったわけだ。
「いや、すまない、カリン。俺がちゃんと言っておけばよかったな」
「いえ、そんな。私が勝手に早とちりしていただけです。お気を遣わせてしまって申し訳ありません」
以前、困ったこととか、わからないことがあったら俺に早めに伝えるようにカリンには言っていた。
しかし今回のことはカリンが自主的に判断していたことだったので、なんともいえないこととなっている。
いわゆるすれ違いというやつか。
「まあ、カリンもこっちの生活にも慣れただろうし俺よりも色々と配慮できるから、何か思うことがあったら気にせず言ってもらえると嬉しいかな」
「はいご主人さま。承知いたしました」
果たしてこれでちゃんとフォローできているのだろうか。
カリンの顔を見るとやはり少し困った顔をしているようだった。
午後、俺はいくつか届いていた書類と手紙に目を通す。
投資をしてほしいという内容や、企業ではなく個人に融資を行うのはどうかといったものが多い。
向こうから来る話というのは、大体怪しいものであるものの、中には価値あるものも紛れ込んでいるのできちんと目を通すようにしている。
そのとき、風通しのために開きっぱなしにしておいた仕事部屋のドアが叩かれた。
「ご主人さま、少々よろしいでしょうか」
「ん、どうした?」
書類から目を離しカリンの方を向く。
「お庭の整理が終わったんですけど、思いの外スペースが出来てしまいました。何か植えたりしましょうか?」
カリンには地下倉庫などの整理整頓を手が空いた時に少しずつやってもらい、先日ついに終わらせたのだ。
そのため今度は庭の手入れをしてもらっていた。
「やるとしたら花を植えるか野菜とか育てるかといったところか?」
「私もそのあたりかなと思っていました」
「それなら家庭菜園の方をお願いしようかな」
花も良いとは思うが、食えるほうがより有用だとかその程度の理由だ。
「承知しました。簡単なものからでよろしいですか」
「ああ、無理せず頼むぞ」
「はい、ご主人さま」
そう言うとカリンは仕事部屋から出ていった。
「あ、でもご主人さま」
出ていったかと思ったが、カリンは廊下から顔だけ出すようにして俺に声をかける。
「どうした?」
「その……お花も少し育ててよろしいですか?」
その言葉を聞いた俺は、少しだけ笑いながら
「ああ、もちろんいいぞ」
と答えた。
「ありがとうございます、ご主人さま」
カリンもカリンでニッコリと笑いながらお礼を言うと、今度こそ仕事部屋を後にした。
俺が笑って返事をした理由は俺にも正直よくわからない。
ただ、しっかり者のカリンが花も育てたいと言ってきたので、可愛らしいところもまだまだあるというギャップに無意識のうちに反応してしまったのかもしれない。
そんなことを思いながら手元の資料に目を戻すと、どこまで読んだか忘れてしまっていた。
「自分の方こそしっかりしないといけないんだけどな」
そんな独り言を呟いて、俺はまた最初から抜けがないように目を通していくのだった。
夕食後に風呂に行き、湯につかる。
今日は俺も買い物に出たのでしっかりと汗を流した。
そんな帰り道、俺はカリンにふと話しかける。
「いつもと香りが違うが、新しい石鹸でも使ったのか?カリン」
「はい、ご主人さま」
カリンは経緯を説明する。
「お向かいさんが親戚さんから貰った物なんですけど、おばちゃんの私には似合わない香りだから、と言って私にくださったんです」
「ふーん、なかなか良いんじゃないか」
「ありがとうございます、ご主人さま」
カリンは言葉遣いを平静に保とうとしているが、嬉しそうな表情は隠しきれないでいたようだった。
「お向かいさんに何か頼まれたら、引き受けるんだぞ」
「もちろんです、ご主人さま」
普段運動しないからか、一緒に買い物をしたおかげで今日はもうかなり眠い。
寝室についた俺はカリンに一声かける。
「さ、寝るぞ」
「はい、ご主人さま」
しかしカリンはベッドの奥にいるものの、いつものように転がり込まずに座っていた。
そして灯りを消そうとする俺に喋り始めた。
「今日の昼食のときなんですけど、気を遣わせたようで申し訳ありませんでした」
カリンは改めて俺に謝ってきた。俺は灯りを消そうとする手を止めて返事をする。
「ああ、まあでも、気にしないでくれ」
「はい、ご主人さま。あと、もう一つなんですけど」
そう言ってカリンは続ける。
「昼食の最後の方で、ご主人さまは私を落ち込ませないようにフォローしてくださってましたよね。とても嬉しかったです。ありがとうございました」
思いもよらぬ言葉を受け、俺は少し戸惑う。
「さあ、どうだったかな」
気恥ずかしくなった俺はなんとなくはぐらかして灯りを消し、ベッドに横になった。
するとカリンは最後にもう一言俺に声をかける。
「ふふっ、ご主人さま。おやすみなさいませ」
カリンが最後に少しだけ笑ったのは、俺が素直になれなかったのを感じ取ったからだろう。
暗い中ではお互いの表情すら読み取れないが、そんな気がした。
「ああ、おやすみ」
全てを言葉にしなくてもなんとなく通じ合っている、俺はいつの間にかそんな関係を楽しんでしまっているようだった。
とはいえ、すれ違いがおきないように、カリンと普段からきちんと話をしようと心に留める。
夜風を受けて爽やかな石鹸の香りがあたりを漂う。
なるほど、若々しいカリンに丁度良いなと思いながら俺は深い眠りにつくのだった。
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今回、「この文であってるのか??この書き方でいいのか??」とかなり苦労しました。全体的に不自然な部分が散見されると思いますが、技量不足で申し訳ありません。
特に最後の方の「ふふっ、~」以降は何度も何度も書き直したのですが、これで伝わるのかかなり不安となってます。よろしければご意見いただけると幸いです。




