34 よくわかっていないけれども
「おはようございます、ご主人さま。朝食の用意ができました」
カリンの声で起こされる。
「ああ」
寝室のドアに目をやると、半開きのドアから顔だけ出して部屋の中を覗き込んでいる。
「今行く」
カリンはその言葉を聞くと、返事をして階下に早足で降りていった。
窓の外は雲ひとつ無い空が広がっている。
今日こそは暑くなりそうだ。
朝食時、今日の予定について話す。
「今日は、図書館に行くのか?」
「いえ、行きません。本交換は昨日でほとんど作業が終わってしまったそうなので今日は大丈夫だと言われましたし、借りてる本も読み終わってません」
カリンは丁寧に教えてくれた。
「そうか、買い物の予定はあるのか?」
「はい。ここ数日は視察にご一緒したり図書館に行ったりしていたので、今日は行こうかなと思っていました」
「俺も今日は役所に行こうと思っててな、一緒に行くぞ」
「はい、ご主人さま」
「あと、暑いのは避けたいから飯が終わったらもう行きたいんだがそれでいいか?」
「もちろん構いませんよ、ご主人さま」
話が終わる頃には二人してデザートの果実をシャクシャクと音を立てて食べていた。
夏が始まる前辺りから果物が時折食卓に上がるようになっていたが、なかなか甘いものを選んでくれているようだ。
食事が終わり仕事部屋から書類を持って玄関に向かうと、既にカリンが俺を待っていた。
半袖の服を着て麦わら帽子を被り、いかにも夏らしい格好だ。
「行くぞ」
「はい、ご主人さま」
外に出ると思いの外日差しは強く、午前中に出て正解だったなと実感する。
一方カリンは隣で疑いの眼差しを空に向けていた。
門の鍵を閉めて出発というときにも、まだカリンは恨めしそうに空を眺めていた。
昨日降られたからってそんな警戒しなくても良いとは思うが、まあ好きにさせておくか。
そんなことを思いながら町に足進めた。
最初に役所に向かった。
後回しにして無駄に待たされるのは避けたいところだし、手持ちの荷物をとっとと減らしたいという考えもあった。
「お役所の中ってこうなっていたんですね」
カリンは初めて来ることになるので辺りを見回している。
実は奴隷商から正式にカリンを奴隷として買った後日、その登録のために俺は一人でここに来ていた。
奴隷として登録するのをカリンの目の前で行うのはどうなのか、とためらいがあったからだ。
「ご用があるのはどちらですか?」
「ああ、あっちの税務課だ」
税務官に書類を提出し、いくつかの質問に俺は答える。
その間、カリンには後ろで待ってもらっていた。
あまりキョロキョロするとみっともないと思ったのか、今は姿勢正しく立ち、微動だにしない。
粗方の質問が終わり、税務官はこんなことを聞いてきた。
「しかし、イワンさん。これは余談なのですが、経営資金の方は良いとして、このご様子ですと私財の方を少し貯め込まれていらっしゃいますか?」
税務官が指摘してくる。
町に俺のような仕事を行っている人間は少ない関係上、この税務官が長いこと俺の担当のようになってしまっている。
過去の分もあわせて考えるとなんとなく予想もついてしまっているようだ。
「西方との関係もまだまだこれからどうなるかわかりませんし、貯えはあって困ることも無いでしょう」
「ええ、確かにそうですね」
適当なことを言って理由をごまかす。
その後、税務官は書類にいくつか手荒く判を押してその一部を俺に返却した。
これでここでの用はおしまいだ。席を立ちカリンに声をかける。
「行くぞ、カリン」
「はい、ご主人さま」
カリンはそう答えるもいつの間にかバツの悪い顔をしていた。
市場に出て食材を中心に買い物をする。
「何か食べたいものとかありますか?ご主人さま」
「まあ、任せると言えば任せるが、せっかくだし今日の昼飯は何か新鮮なものを頼みたいかな」
「承知しました、ご主人さま」
この前一緒に買い物に来たときと変わらずカリンは多くの人に声をかけられている。
「お、カリンちゃん。今日もその麦わら帽子似合ってるね」
八百屋のおっさんがカリンに挨拶代わりの声をかけ、カリンはそれに笑顔で応える。
「ありがとうございます」
「それと今日はイワンの旦那も一緒かい?良いもの揃えてるから見てってくれよ」
「あ、ああ。そうさせてもらうよ」
以前、カリンと買い物に来た時と異なり、今回は俺も度々声をかけられている。
多分だが、あの時から俺のことを良い人ですよとか、優しい人ですよと言ってカリンが広めているのだろう。
迷惑というわけではないが、あまり目立ちたくない性格なので少し不慣れな対応になる。
「まいどあり!」
「こちらこそいつもありがとうございます。さ、次に行きましょ、ご主人さま」
ここでは完全にカリンのペースに従うしか無さそうだ。
前回紹介しきれなかったお店もあるんですよと言ってカリンは俺を案内する。
たどり着いた先は少しボロついた青果店のようだった。
「カリンちゃんじゃないかい。こんにちは」
「こんにちは、おばあさま」
お店に入ると、目が細く腰を曲げた小声の婆さんが出迎えてくれた。
青果店だとは思ったが、どちらかというと果物を主に売っているようだ。
「あらあら、カリンちゃんのご主人さんも。こんにちは」
「ええ、どうも」
カリンはどれを買うか選びながら俺に話しかける。
「普段のデザートはここのお店で買ってるんですよ」
ふーんと相槌を打ちながら店内を見渡し、婆さんに視点が戻る。
「ご主人さん、何か気になることでもありますか?」
婆さんが俺に尋ねてくる。
「え、ええ。お婆さんは腰が悪そうですがどうやって仕入れとか行ってるんです?」
「ああ、そういうことで」
「職業柄、少し気になってしまいまして」
婆さんの話によると、息子夫婦が卸屋をしているらしくここの店にも一部を運んでくれているそうだ。
「もともとこのお店は、昔うちの旦那が始めたものだったのですが、」
俺と婆さんは店の一角に腰を掛け、カリンを眺めながら話している。
カリンは少し叩いて音を聞いてみたり、香りを確かめるなどして選んでいるようだ。
しかし正直なところどれが良いのかよくわかっていなさそうでもある。
「もう今となっては一人でやっている状態です」
「そうだったんですね」
「もう少しこの店を続けたいとは思うんですけど、いかんせん腰が悪くなり始めてしまって」
目が細い婆さんの目が更に細くなった。
「そうですか」
婆さんにあわせて俺も言葉を返す。
「おばあさま、今日はこれをください」
カリンが果物を選び終わって婆さんに話しかける。
「あらあら、いつもありがとうねぇ」
「いいえ、おばあさま。ここには美味しいのがたくさんありますから」
そんな会話をしながら会計を済ませて外に出る。
「またね!おばあさま!」
「はい、またね。ご主人さんもまたどうぞ」
「ええ、また」
そう挨拶をして歩き出す。気がついたらいつの間にか日が高くなってしまっていたようだ。
暑い中荷物を持って歩かされるのはごめんだ。
「とっとと他の店にも寄って帰るぞ」
「はい、ご主人さま」
その後、いくつかの店を周る。
せっかく二人で来たのだからたくさん家に運べると考えて、食材に限らず必要なものはあらかた買ってしまった。
その帰り道、今でも比較的重い袋は俺が持つようにしているが、カリンは果物の入った袋だけは渡そうとしなかった。
夏の日差しを浴びながらも、彼女は両手で大事そうに抱えて運んで帰るのだった。
拙い文章ではありますが、お読みくださりありがとうございます!
30回位書いたのですがやっぱり評価はいっぱい欲しい思っておりますので、是非是非お願いします!(強欲)




