29 造船の商談
「お久しぶりですイワン様、大変ご無沙汰しておりました」
「どうも、さあ中へどうぞ」
迎え入れたのは白髪の目立つ男性。あごひげも蓄えている。
やや老けていると感じられるものの、姿勢はカリン並みに正しくまだまだ働き足りないという熱意が感じられる。
今日は自宅で商談だ。造船についての出資の話が久々に動く。
この日カリンには仕事を休んでもらい、一緒に応接室で話を聞いてもらっている。
本格的な話の前に、以前この件で詐欺師がやってきてと大変だったと軽く冗談を言う。
「いやいやイワン様、その件については本当にご迷惑をおかけしました」
あの詐欺師がやたら商談内容に詳しかったのは事務所を荒らされたからだそうで、多くの人に迷惑と心配をかけてしまっていたとのことだ。
「それは大変でしたね」
「ええ全くです。他の出資者の方の中には、そんな管理の甘いとこに金は渡せないと大目玉を喰らってしまいまして」
「災難でしたね」
「いえ、私の方こそもっと厳重に管理をすべきでした」
少し憔悴しているようで、今でも色々なところを駆け回っているようだ。
「それで、手紙で造船についてのあらかたの現状は伺っておりますが、」
俺は隣で立って話を聞いているカリンに一瞬だけ目をやり
「もう一度だけ確認させていただいてもよろしいでしょうか」
「ええ、もちろんですイワン様」
この担当者が俺に初めて話を持ちかけていた頃は造船予定や計画段階だったものの、現状はもう少し話が進んでいた。
「あれから他の方にも出資をお願い申し上げておりまして、造船作業自体は進行中でございます」
そう言うと担当者は鞄から一枚の写真を見せてくれた。
ボヤけてはいるが、画面中央に大きな塊が見える。造船作業の風景か。
カリンは後ろから覗き込んでいるようだった。
「本当は現地でお目にかけてほしかったのですが、場所はここから離れておりますし、イワン様にご足労願うのはと思いまして」
「いつの間にか結構な形になり始めていますね」
「はい、ありがたいことに」
「はっきりとは見えないのですが、多くの人が作業に関わっていますね」
ボヤけながらも見える範囲だけで結構な人数が見て取れる。
なるべく早期に完成させて、南方との貿易を行い、負債をなんとか消化したいと担当者は語る。
「もしも私がこういった歳でなかったら一緒に現場で作業とも思うのですが、表方はやはり若者に任せるべきでしょう。私は裏方で頑張らせていただくのみです」
担当者はそう付け加えた。
「それで現状はどんな問題点が?」
「はい、二つありましてどちらも先日の大雨に影響されてしまったことです」
ひとつは資材の話だった。土砂崩れ等が各地で発生したため仕入先の木材に余裕があまりないとのことだ。
「私共の手元にも資材はありますし、仕入先の分もいきなりなくなるというわけではありません。しかしながらイワン様、長い目で見ますとやはり工期の延長か買取額の上昇は避けられないと見ております」
「もう一つの方は?」
「はい、工員の話になります。イワン様を騙すつもりはなかったのですが、そちらの写真は大雨の前に撮影されたものとなっておりまして、現在はそこまでの人数は配置できておりません」
理由としては、氾濫した河川や山道、街道などの復旧に国が着手していて、そちらの方に男手が持っていかれてしまっていると説明してくれた。
「工員には日雇いで賃金を渡しております。国の方と比べて同額とまで行かなくてもあまり見劣りしない金額を提示しなくてはならないので、こちらのほうが資金関係的には急ぎの問題点となっております」
「なるほどな、そういった事情が」
「ええ、お恥ずかしいことに」
その後も担当者との話は続いた。
一旦の目標としては何隻作る予定なのか、現状の一隻に限って言えば期間や経費はどれほど修正することになるのか。
それに対しては既に資料を作ってきてあったり、予想外の質問に関してはその場で必死に考えて説明してくれたりとなるべく丁寧な対応を心がけてくれていた。
窓を開けて商談を行っているものの、時間が時間なので室温は高くなる。
俺は多少汗をかく程度だったが、一方の担当者は緊張のためか何度も汗を拭っていた。
そんな様子を見てカリンはお茶を淹れてきますと応接室を後にした。
それからしばらく担当者と話すものの突破口が見当たらない。
悪い話ではないとわかっているし、この担当者が嘘や適当なことを言って金を引っ張ろうという気も感じられない。
造船作業自体も既に始まっている。追加投資になる関係上そこまで大きな交渉ではない。
俺としてもリスクは小さいので投資の契約をしてあげたいのだが何故か踏ん切りがつかない。
二人して見当たらぬ出口を探して彷徨っていると、応接室のドアが叩かれた
「お茶をお持ちしました」
カリンはそう言って俺と担当者にお茶を配り始める。
持ち込まれたカップは二つだけだ。流石に来客の前の場合、自身は飲まないようだ。
そんな考えをやめて担当者に目を移すと、彼は彼で紅茶を見て呆気にとられているようだった。
例の一風変わった紅茶だが気になることがあるのだろうか。
担当者は一口飲むと再び紅茶を見つめ、二口目に一気に飲み終えてしまった。
「イワン様、大変不躾なお願いなのですが、紅茶のおかわりを頂いてもよろしいでしょうか」
「ええ、どうぞ?カリン」
「はい、今お持ちしますね」
カリンは部屋からカップを持っていくのではなく、キッチンから紅茶の入ったポットを持ってきた。
その顔は商談の場にふさわしくないくらいにニコニコしている。
そんな様子を眺めながら俺も紅茶を飲むと、二つ気がついた事があった。
一つは冷めていることだ。いつもならポットもカップも温めて出してくれていたが、今日は違うらしい。
どちらかと言うとわざと放置して熱を取り払ったかのようだった。
二つ目は色や味が以前と比べて薄くなっていることだ。
担当者は二杯目を飲み終えたところだった。
カリンは三杯目を注いでいる。
「失礼いたしましたイワン様」
「いえいえ。どうかされましたか?」
「はい、イワン様。こちらの紅茶はどこで手に入れましたか?」
「これは町の茶っ葉屋からもらったもので、詳しくはわからないんですよ」
担当者はそうですかそうですかと頷き三杯目に一口つけた。
「イワン様、恐縮ながら私の昔の話になってしまうのですが、よろしいでしょうか」
「ええ、どうぞ」
担当者が青年の頃は旅が趣味だったらしく、国内だけでなく西方の国やときには南方の国にまで足を伸ばしていたらしい。
「昔は国同士のいがみ合いも小さかったですしね」
俺の相槌に続き担当者は話を続ける。
「当時若かった私はえらく行動的で。南方の見たこともない町並み、芸術や装飾品、遺跡などに目を見張ったものです。そのとき南方で良く飲んでいた紅茶がこれだったんです」
「ほう、南方のものだったのですか」
「はい、あちらは気温が高いので熱いものではなく、一度冷ました紅茶を飲むのが主流だったのです。また、汗を多くかくので、こちらの国よりも薄めに作って多く飲むというのが好まれていました」
なるほど、カリンはその辺りを踏襲して紅茶を淹れてきたのか。
思惑通りだったのかまだニコニコしている。
「いつだったからか西方との関係が悪くなり国境の警備も厳しくなるにしたがって、私も西方や南方に行けなくなっていました。」
担当者は言葉を続ける。
「時が経ち、こういった歳になってかつての旅を漠然と思い出し、また、事業としても丁度よいと思って造船と南方への貿易計画を始動させました。ただ、この紅茶によってはっきりとかつての光景、興奮を思い出させていただきました」
そうして、担当者はまた南方の地を踏んでみたい、素晴らしいものをこの国にも広めたいという思いを語ってくれた。
話が一段落し、俺は切り出す。
「ええ、よくわかりました」
「これは失礼しました。つまらない自分の話を長々と」
「いや、なかなか良い話を聞かせてもらいました。いいでしょう、私もその話、参加させてください」
「本当ですか!イワン様!」
それから話は進み、他に投資できる部分は無いか洗い出した結果、当初の予定より増額された金額を投資することなった。
帰り際、担当者は改めて礼を言ってきた。
「イワン様、この度の商談、誠にありがとうございます」
「いいえ、私の方としても期待していますよ」
「はい、頑張らさせていただきます。そして紅茶を持ってきてくれたお嬢さん」
カリンの方を向いて話しかける。
「今日は素晴らしいお茶を振る舞ってくれてありがとう。俄然やる気も出てきました」
カリンはお役に立てて幸いですと和やかに返事をしていた。
夕食時、カリンに紅茶の話を聞く。
図書館で色々調べて回ったところ、袋に書かれていた言葉はどうやら南方のものだとカリンは判断したそうだ。
「南方の国はやはり暑いですから。ここや西方の淹れ方では上手くいかないと思い、色々工夫させていただきました。」
冷静を装って答えてれるカリンだが、いつもの自慢げな顔が見え隠れしている。
「今日は暑く、担当者の方も汗を多くかいていらっしゃったので、こちらの紅茶をお持ちいたしました」
本当にこの子はよく見ているもんだ。
「それとですね、ご主人さま」
「どうした?」
「ご主人さまは投資を考える際、その金額や条件をもちろん考慮なさってると思います。しかし、もしかすると、決断するとなるとおそらく相手の人柄や熱意といったものを重視していらっしゃるのではないでしょうか」
俺自身でも考えたことが無いことを突然指摘され、かなり戸惑わされた。
たしかに考えてみると、最終的な判断はどこか感覚的なものだった。そう思い知らされる。
カリンは話を続けた。
「今回の商談ですが、担当者さんも色々と失敗できない状態で切羽詰まっていらっしゃいました。なので契約以外の話をする余裕はなかったようです」
「詐欺師や大雨の件で追い詰められてたからな」
「また、造船後については、例えば国内の貿易に目を向けるといったような話はありませんでした。あくまでも南方にこだわっていたので何かあるのでは、と思ったのです」
「それもあって南方の紅茶をだしたわけか」
「はい。何か南方に思い入れがあったとするならば、それを語っていただけたらご主人さまも商談に決断がつくと思い、お出ししました」
話の全容を聞くと俺は深くため息を付いた。そこまで考えてのことだったのか。
カリンが隣にいなかったり、あの紅茶に興味がなかったら商談は上手くいってなかっただろう。
「カリン」
「はい、ご主人さま」
「おかげで助かった。きっと造船の方もうまういくだろう。ありがとうな」
「いいえ、できることをしたまでです、ご主人さま」
少し間を空けてそう答えたカリンに目を向けると彼女は顔を赤らめていた。
ちょっと暑いんで先程の紅茶を淹れますね、と表情を隠すようにカリンはキッチンに立つのであった。
(前回の話がなんだか短いと思ったら今回はやたら長くなってんぞ。もっとバランス考えたほうがええんちゃうん???)




