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26 思い出話

「ただいま戻りました、ご主人さま!」


 外からカリンの元気な声が聞こえた。窓から外を見てみると数日分の洗濯物を終えて帰ってきたようだ。


「ああ、おかえり」


 窓から顔を出すと、応じてカリンが仕事部屋の俺を見上げる。

 なんだか楽しげな様子だ。洗濯場で良いことでもあったのだろうか。

 カリンはそのまま洗濯物を庭で干し始めた。

 俺はそれを見届けて校正に戻る。後少しで終わりそうだ。

 

 外から歯切れのよいバサッバサッという音が聞こえる。

 洗濯物を干す前に一着ずつ軽く振りさばいてシワを伸ばす音だ。

 ここに来た当初はなかなか不慣れな感じではあったが、今は短い間隔でテンポ良く聞こえてくる。

 目で見えなくても彼女の成長を十分感じることができる。

 

 

 

 昼食時、カリンに三冊目の出来を伝えた。


「三冊目も見終わったが、よく出来ていたぞ」

「ありがとうございます、ご主人さま」


 校正作業そのものに慣れてしまったのか、あまり喜びの表情を見せないカリン。

 

「煩雑な部分の内容はしょうがないにせよ、その他の部分は特に俺も手直ししなかったしな」


 カリンは特に表情を変えないが俺は続ける。


「あとは時間があったとはいえ、出来上がるまでの早さもなかなかだった。旧友も喜ぶだろうよ」


 褒めちぎり続けるとカリンは気持ちを隠しきれなくなってきたようで、目をそらして口元だけ少しニヤニヤし始めた。

 

「そう、あと報酬だ」


 俺はそう言って立ち上がり、カリンの横に小袋を置く。

 その重さに違和感を覚え、中身を確認したカリンは慌てて立ち上がると俺に小袋ごと返してきた。

 

「こんなにいただけません!ご主人さま」

「そうか?俺の分を差し引いたらこれくらいになるぞ?」


 いつもの買い物で持たされる何倍もの金額にカリンは戸惑っている。

 

「もらっとけもらっとけ。実際にそれに見合う仕事をしたんだ」


 少し考えるカリンだったが、小袋を握りしめた。受け取ることに決めたようだ。

 

「ありがとうございます、ご主人さま」

「ああ、その金は自分の好きなように使いなさい」


 俺は自分の席に戻り、昼食を再開する。

 カリンはまだ戸惑っているようだが、無駄遣いするようなタイプでもないし大丈夫だろう。

 

「それじゃ、飯の後は図書館に行くぞ」

「はい、ご主人さま」




「おー、イワンじゃないか、カリンちゃんと一緒に来たのかい?」


 図書館に着き、こちらに気がつくやいなや旧友が声をかけてきた。


「ああ。あとこれもだ」


 そう言って校正が完了した三冊を旧友に渡す。


「随分早かったじゃないか。助かるよ。この町じゃイワン以外に頼める人なんていなかったしな」

「それなんだが、作業の大部分はカリンにやってもらった。俺は最後の確認をしたくらいだ」


 旧友は驚いてカリンを見る。


「へー、カリンちゃんが!それは凄いな」

「いえ、そんな…。」

「確かに借りていく本は難しそうなのが多かったしなあ。そうだ、報酬報酬」

「それなんだが、」


 俺は話に割って入る。

 

「カリンの分は俺が既に渡してある。お前は事前に言ってくれた分を払ってくれればそれで十分だ」

「はいはいわかってるって。流石投資家はそのへんきっちりしてるってこった」


 そう言うと旧友はちょっと遅めの休憩だなとつぶやきながらバックヤードに行ってしまった。

 

 旧友が戻るまでの間、カリンには借りる本を探させた。

 俺は特に目的もなくなんとなく歩きながら本棚を眺める。

 

 しばらくするとカリンが借りるつもりの本を俺のところに持ってきた。


「確認をお願いします、ご主人さま」


 本のタイトルと表紙、目次や中身をパラパラと確かめる。

 当初はこの作業も悪影響のある本を読ませないためだった。

 しかし今となっては、カリンにはどれほどの知識があって、次に何を求めようとしているのかをうかがい知ることが目的となっている。

 

「お、」


 一冊の本を見て俺は小さく声を上げた。

 子供の頃に読んでいた本があったからだ。

 魔法使いの少年がドラゴンを倒すという王道を行く、こっちの国の人気の作品だ。

 

「どうかなさいました?」

「いや、昔読んだことがあって懐かしくてな」


 話の流れでカリンにも聞いてみた。

 

「カリンにも好きな本があるのか?」

「はい、一番好きなのはやっぱり、アムストラ魔法王国ですね」


 その本もタイトルの通り魔法が出てくるファンタジーで、西の国では子どもから大人まで読む定番中の定番の本らしい。

 カリンがそう説明する途中、表情が心寂しくなっていくのを感じた。

 

「どうした?なにかあったのか?」

「あ、いえ。その…。著者のブラウニーさんは旅が趣味らしくて、一度私の町にも訪れたんです。それで町の景色を眺めたいって仰って家にまでお越しくださって。私と妹が庭先を案内して、たくさんお話させてもらったんです」


 そこからひとつ間を空けてカリンは続けた。

 

「それから次は南方に足を伸ばしてみようかなって仰って行ってしまったんですけど、それからいくらか日数がたった後に町が攻め込まれてしまいまして…。」

「そうか、その、辛いことを思い出させてすまなかった」


 俺は素直に謝る。

 ここで戦争の話がつながってくるとは思ってもいなかった。

 

「いえ、大丈夫ですご主人さま。ブラウニーさんもどこかで元気に過ごしてらっしゃると思います」


 空元気を見せるカリンだが、やはりどこか寂しそうだ。

 

「お待たせお待たせ」


 旧友がこちらにやってくる。

 手には革製の小さい袋が握られていた。

 

「お約束どおり、今回の支払いな」

「ああ、ありがとう」

「ただし、完成まで思ったより早かったからな。少しだけ追加しておいた。この後買い物だろ?甘いもんでも二人で食べてくれ」

「それくらいなら、まあ、そうさせてもらおうか」

「ありがとうございます!」


 カリンがニコニコ顔で礼を言う。何か気になる菓子屋でもあるのだろうか。

 いつもどおり元気に戻ってくれれば、まあそれで良いんだが。

 

「ほら、カリンは本を借りてきなさい。そろそろ行くぞ。帰りが遅くなる」

「はいご主人さま」


 カリンは受付へ向かう。


「それと、イワンにちょっと頼みがあるんだけどさ」


 旧友からの頼みを聞いた俺は、悪い話ではないとは思うが本人次第だなと返した。

 カリンは受付から手を振っている。手続きが終わったようだ。

 早いうちに伝えておくよと旧友に言い、俺はカリンと一緒に食材の買い出しに向かうのだった。

今回もお読みくださりありがとうございます。

ブックマーク数や評価が増えるのを見ると、多くの方に読んでいただけているんだと思えて本当にモチベーションが高まります。とてもとてもありがたいです。


(何気なくランキング見てみたら、この話が想像していたよりも遥か上にランクインしてて目玉が飛び出たので今眼科にいます(嘘))

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