22 雨が続く日に その1
昨日から雨が降り続いている。
それまでの天気が良かったから気分が落ち込む度合いもなんとなく大きい気がしている。
外出するような要件は一昨日までに終わらせてしまったので急ぎの用事も特に無い。
「ご主人さま、今日のご予定は?」
「ああ、昨日と大差ない」
朝食時に無い予定を確認されてしまう。
「カリンも適当に掃除しといてくれたら後は好きにしていいぞ」
「ありがとうございます、ご主人さま」
今日の朝食はパン。カリンが昨日生地をこねて作ったものだ。
雨でやることも少ないのでと言って初めての挑戦らしかったが上手に出来ている。
なかなか美味いぞと素直に伝えると、カリンはお礼を言ってニッコリと笑う。
新聞を目に通しながら食べすすめるが、結構な雨にも関わらず新聞自体はそれほど濡れていない。
思えば昨日も特に気にすることなく読みすすめることが出来ていた。
いやこの大雨だ。以前までだったら受け取った直後にゴミ箱に放り投げても問題ないような新聞を渡されていた記憶が蘇る。
ちらりとカリンに目を移す。
今日の服装はお向かいさんからいただいたもので、全体的に薄い色合いであるものの節々につけられている小さいフリルが全体のバランスを保っている。
大方、あの新聞配達の小僧がカリンに良いとこ見せたいと思って一番状態の良い新聞を渡したとかそんなところだろう。
知らず識らずのうちに俺は得をしてしまっていたってことか。
「どうしたんですか、ご主人さま?」
気がついたら自分の目線はカリンに向いたままだったようだ。
「いや、別に」
ただ、と付け加えて俺は冗談交じりに続けた。
「俺もフリル付きの服を着てたら良かったのかなって思ってな」
「何言ってるんですかご主人さま」
特に忙しくなければそんな意味もない会話もいつのまにかできるようになっていた。
朝食が終わり、カリンが皿を片付ける。その時カリンがお願いをしてきた。
「ご主人さま、一昨日の食材の買い出しでお店の人からおまけしてもらえた分があるんですけど、その分だけなら好きに使ってもいいですか?」
「ああ、構わないぞ。またパンでも作るのか?」
「それは、出来てからのお楽しみです」
そう言ってカリンはひとつ笑顔を見せてから後片付けを続けるのだった。
仕事部屋で本の校正の手伝いを行う。
遠くの友人への手紙と仕事関係の手紙は昨日書き終えてしまったので、やれることとしてはこれくらいだ。
普段ならこういった作業は殆ど引き受けないのだが、頼んできたのがあの図書館勤めの旧友だ。
本の内容も金の動きに関するものなので俺に白羽の矢が立ったと推測する。
たしかに金についてある程度詳しく、暇な人といえば町には俺しかいないだろう。
作業の金払いについてはまあまあといったところだったが、図書館の利用証をカリンに譲渡した時に利用期限を伸ばされいたことを考えると引き受けざるを得なかった。
あいつはあいつでやはり器用なのか。
とは言っても三冊分のうちの一冊目の前半が終わろうとしているくらいだ。大雑把で良いと言われていたが意外と時間がかかる。
外の雨があがってからもこの作業を続けるのは勘弁願いたい。
とっとと終わらせてしまおう。
昼飯を挟んで作業を進める。
午前中、カリンは一階を中心に掃除をしていたようだった。仕事部屋が二階ということで配慮したのだろう。
今は特に何か物音が聞こえるわけではない。
あたりに甘く香ばしい香りが漂っていることに気がつく。
甘いといっても花やいつかのカリンの石鹸のようなものではない。
カリンが何かしてくれているのだろうと期待しながらページをめくる。
しばらくすると仕事部屋のドアがノックされた。
「ご主人さま、よろしいですか?」
「どうした、カリン」
「お茶の準備が整いました」
カリンはドアを開けて顔を覗き込むようにして伝えてきた。
今までカリンが自分からお茶の準備をすることはなかった。
というのも、そういうのは必要な時に伝えるからやらなくていいと言っていたためだ。
「ここまで持ってこれるか?食堂に行ったほうがいいか?」
「はい、お部屋にお持ちしますね。少々お待ち下さい」
カリンはそう行って仕事部屋から出ていく。
いつもなら静かにドアを閉めていくが、今回は少しドアを開けたままにして行ってしまった。
それで足りるのか?と思うものの立ち上がるのも面倒なので気にせず俺は校正作業を進めた。
「おまたせしました」
お盆で両手がふさがっていたカリンはドアの隙間に自身の体を滑り込ませるようにして部屋に入ってきた。
そこまでするならドアを全部開けたままでも構わなかったのだが、まあカリンなりの配慮なのだろう。
部屋に持ち込まれたのは焼き菓子と紅茶。
見た目もよく、仕事部屋はすぐに良い香りで包まれることになった。
俺は作業の手を止め、校正本などを端に寄せてお茶のスペースを作った。
「なかなか美味いじゃないか。作ったことあったのか?」
「ありがとうございますご主人さま。作ったのは今日が初めてなんですけど、本と町でお話を聞いて簡単なものならと思って作りました」
カリンは別の部屋からちゃっかり椅子を持ってきて俺と同じものを食べている。
「こっちの紅茶は、いつも行くコーヒー店の近くのお茶っ葉屋さんから頂いた分です」
カリン曰く、ご主人さまはコーヒーにこだわりがあっていつも飲んでいるというよりも、とりあえずただなんとなく買っているんじゃないか?とお茶っ葉屋の店主に言われてしまったらしい。
「はいそうです。なんて言えないから苦笑いするだけになっちゃいました」
少し不機嫌気味にカリンは教えてくれた。
ともあれ、それでお試し用ってことで断りきれず受けとったとのことだ。
紅茶用の器具自体は家に確かにあった。
しかし、それは昔俺が紅茶を入れようとして上手くできずにキッチンの奥底にしまい込んだものだった。
カリンは俺と異なり目の前で上手にそれを使いこなしている。
一口飲むと味も香りも良く抽出されていて、渋みもうまく抑えられていた。
「こっちもなかなかじゃないか」
「ありがとうございます」
少し考えてからカリンに告げる。
「せっかく頂いてしまったんだし、コーヒーだけじゃなく今度からは紅茶も買ってきておいてくれ」
「承知しました、ご主人さま」
カリンは満足げに笑う。
ただこの顔、見覚えがあった。そこで、
「別にコーヒーに飽きたのなら、言ってくれれば紅茶くらい買ってきても構わないんだぞ」
頭を掻きながら、そう念の為伝えておいた。
カリンはそれを聞いて、一体何のことですか?と少しわざとらしくとぼけた表情を見せるのだった。
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