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21 洗濯場での裏話

 カリンはその後泣きつかれたのかそのまま寝てしまった。

 一日中緊張していたためか、起きる気配もなく深い眠りに落ちている。

 確かに腕を貸したのは俺だ。正直寝る前には返してほしかったところだ。

 

 さてしかし、カリンの仕事はどうしようか。流暢にこちらの言葉を話し、誰からもちやほやされるような容姿。

 俺の人脈の届く範囲で考えるなら…。

 

 

 

 いつの間にか寝てしまっていたらしい。

 隣にカリンの姿はなくあたりには焼きたてのパンとコーヒーの香りが広がっていた。

 足音が近づいてきてドアが叩かれる。

 

「おはようございます、ご主人さま。朝食の準備ができました」


 カリンはそう言ってドアは開けるものの、ちらりと姿を見せるだけでいつものように部屋には入ってこない。


「ああ、ありがとう。すぐ行くよ」

「それとご主人さま、」


 ドアから半分ほど顔を出したままカリンは続ける。


「その、昨晩はご迷惑をおかけしました」


 少し顔を赤らめながらカリンが謝ってきた。

 

「ん、気にすること無いさ」


 そう言いながら俺は立ち上がる。

 するとカリンは食堂でお待ちしておりますと言って先に向かってしまうのだった。

 

 

 

 朝食時にお互いの予定を話すのが最近の日課になっている。

 程よく焦げをきかせたパンを食べているとカリンが訪ねてきた。


「本日のご予定は何かありますか?」

「今日はせっかくの天気なんだから投資先の視察にでも行きたいところなんだが、あいにくどこも都合がつかなくてね。おとなしく手紙を書いて、友人に頼まれていた本の校正の手伝いでもして…」


 手伝いでもしていようかなと言い切る前に一つ考えがよぎった。

 それも思ったほど悪くはないかもな。

 

「ご主人さま?」


 いきなり考え事を始めた俺にカリンが声をかける。

 

「ああ、すまない。予定が変わった。今日はちょっと外に出てくるよ。カリンの方は、」


 新聞の記事に注目する。どうやら数日間は天気が崩れるらしい。

 

「一通りの家事をして買い物も頼む。今日は晴れてるみたいだがどうやら明日以降は雨続きらしい」

「承知しました、ご主人さま」




 家の方はカリンに任せて投資先のアテを探していた俺はそろそろ帰るかと帰路についていた。

 家の前まで到着し門を潜ろうとすると後ろから声をかけられた。

 

「あら、ちょっと!イワンさんじゃない!」


 声をかけてきたのはお向かいさんだ。

 飼い犬のジョンの散歩帰りらしく、一緒にこちらにやってくる。

 今回の立ち話もまた長くなりそうだ。

 

「こんにちは。明日から雨が続きますからね、その前の最後のお散歩ってところですか?」

「そうなのよ、お洗濯もできなくなっちゃうし本当に困ったものだわ」


 それはそうとと言ってお向かいさんはあたりを見る。

 

「カリンちゃんはどちらへ?」

「あー、家には明かりがついてないんで多分まだ買い出しに行ってると思いますよ」

「あらそう、お礼を言いたかったのに」

「カリンにですか?」

「そうよ、カリンちゃんとってもいい子で人気者なんだから!」


 どうも合点がいかない顔をしていると、お向かいさんがもしやと聞いてきた。

 

「もしかしてイワンさん、カリンちゃんのお話聞いてません?」

「いえ、あまり」

「えー!せっかくカリンちゃんとお話できるようになったのに、ご主人として勿体ないですよ!」


 お向かいさんは一人でどんどん熱くなっていく。


「例えばそう、まさに今日なんかはね、洗濯場で私に色々教えてくれたのよ」

 

 今日教えてもらったのは主に掃除や磨き方の方法で、家の細かいところが綺麗に輝きだしたらしい。

 その時足元で犬が一つ吠えた。

 俺はすっかり忘れていたこの犬の存在を嫌々ながらも思い出してしまった。

 

「あらジョン、どうしたの?ああ、ここね」


 お向かいさんは何かに気がついたらしい。

 

「イワンさん、カリンちゃんの頑張りもきちんと見てあげなさいよ」


 そう言って指を指したのは門の取っ手部分。

 たしかにそこだけは綺麗になっている。

 

「気が付かなかったんですか?イワンさん」

「いや、たしかに言われてみたら手触りは良くなっていたし、なんとなく綺麗になってるなと思ってはいたと思うんですが」


 はっきりと認識したのが今回が初めてだ。

 あいつはこういったところまで頑張ってくれていたのか。

 

「もう、ご主人なんだから気がついてあげないと。ジョンのほうが先に気づいてしまいましたよ」


 犬に負けるとはいよいよ何も言えなくなってきてしまった。

 

「あとやっぱりカリンちゃんと言ったら面倒見がいいのよ」

「面倒見ですか?」

「そうなのよ、洗濯場ってご近所からいっぱい人が集まってくるでしょう?」

「ええ」


 正直あの集まりはかつては苦手だった。男は俺しかいないからどうしても浮いてしまう。

 時間をずらしてどうにかして一人になるように行っていたもんだ。

 

「そうするとね、小さい子を連れてこなくちゃいけないお母さんも多くてね。でもお洗濯しながら子どもをあやすのなんて難しいでしょう」

「うちのカリンが手伝って上げてるんですか?」

「いやいや、そんなもんじゃないのよ。本当に。私とご主人さまの分だけでお洗濯終わりましたのでお手伝いしますね~、なんて言って近所の子供達を代わる代わる全員分なだめ続けてるのよ」


 そんなことまでしていたのか、あいつは。

 

「それにね、他の方への配慮?って言うのかしら、洗濯物が少ないから早く終わったって言ってるけど、なんだかんだあの子だいぶ早くに来てるじゃない?」


 来てるじゃない?と言われても俺は正直何も知らないから適当に頷くことしか出来ない。

 

「こんなこと聞けないから私の憶測なんだけどね、多分あの子、子持ちのお母さん達が来たときくらいに自分の洗濯物が終わるように調整してるのよ。それでここ空きましたからどうぞ~、って言って場所も同時に譲った上で子どもたちをあやし始めるのよ」

「いや、立派ですね。でも、気になるならお向かいさんが聞いてみたらいいじゃないですか」

「もう、ほんとイワンさんって無粋ね」


 ちょっとどうかしてるんじゃないのと言いたげな目だ。

 

「西から来たあの子本人がいちばん大変なのに、それでも健気に頑張ってる姿にいちいち口出すもんじゃないよ」


 何故か説教をされている気分だ。いや実際にされているのだろう。


「それにね、カリンちゃんになにか困ったことがあったら今度は私達が助けてあげるのよ。このへんの奥さんみんな思ってるわよ」


 このお向かいさんが言うのならそうなのだろう。

 カリンは上手くこのあたりのコミュニティに混じっているそうだ。

 

「あ、あとそれとね、あら。カリンちゃーん!」


 振り向くと遠くからカリンが買い出しから帰ってくる姿が見えた。


「お向かいさーんこんにちは!」


 カリンが遠くからお向かいさんに挨拶する。

 するとカリンは何かに気がついたのか少なくはない荷物を持ったままこちらに走ってきた。

 お向かいさんがそれを見てさらに何かを察知したようだ


「そう、あとね、あの子ね勘がいいのよ。イワンさんも知ってるでしょう」


 お向かいさんはカリンがこちらに付く前に言い切りたかったようだ


「ええ。それが?」


 そうこうしている間にカリンが家の門の前に到着してしまった。

 お向かいさんは取り繕うようにカリンに話しかける。

 

「どうしたのカリンちゃん、そんなに慌てて」

「お向かいさん!今ご主人さまに私の話をしてませんでした?」

「いや、そんなことしてないわよ」

「本当ですか?ご主人さま!」

「ああ、まあ、犬になつかれてたくらいで話はそんなに」


 本当ですか?と俺とお向かいさんのことを疑うカリン。

 

「あ、そうだカリンちゃん、まだ使えそうな娘の服が見つかってね。よかったらもらって頂戴」


 お向かいさんは逃げるようにジョンをおいて家に戻っていってしまうのだった。

 口を少し尖らせて俺を見るカリン。そんな目をしないでくれ。

 カリンはしゃがんで荷物を置き、ジョンを撫で回しながら愚痴を言い始めた。


「あーあ、お向かいさんもご主人さまも嘘をついてるー。ひどいと思いませんかジョン君?」


 初めて撫でたときと比べて、それこそお向かいさんと同じくらいワシワシ撫でている。

 少し心を痛めるも、ずっと足元にいた犬がカリンの方に行ってくれて安堵してしまっている自分が情けない。

 しばらくするとお向かいさんが戻ってきた。

 

「はい、これね。これからの季節を考えるとこのあたりも必要かなーって」

「ありがとうございますお向かいさん。そうだ!」


 カリンは先程までの不機嫌さは犬で解消してしまったのか、ニコニコしている。

 荷物から果物を取り出し、俺の方に向き直る。

 

「ご主人さま、今日市場で多くもらったぶんお向かいさんに渡していいですか?」

「ああ、もちろん」

「ということでお向かいさん、受け取ってください」


 お向かいさんはわざとらしく、そんなつもりじゃなかったんだけどね、と付け加えた後

 

「そうね、じゃあ旦那といただこうかしら」


 と受け取るのだった。


「長々と話しちゃってごめんなさいね。そろそろお暇させていただきますね」


 そう言ってお向かいさんは話したいだけ話してジョンと一緒に帰っていった。

 

「俺たちも帰るぞ」

「はい、ご主人さま」


 門を抜け玄関まで歩き始める。


「ところでご主人さま、」


 カリンが話しかける。

 

「お向かいさんはどんなことを話してたんですか?」


 軽い口調でカリンは聞いてくるが、目はこちらをじっと見つめている。

 要はカリンを選ぶかお向かいさんを選ぶかという選択を迫られているわけだ。


「わかったわかった話すよ」


 勘のいいカリンのことだ。中途半端に隠してもすぐにバレてしまうだろう。

 

 結局のところ、本人が秘密にしようとしていることを話してしまう。きっと俺もお向かいさんもどちらも無粋な人間なのだろう。

話の内容にしては長い…。長い…。長くない?(解決しない疑問)


お読みくださってありがとうございます。

昨日からPV数が大きく持ち上がり(当社比)小躍りをしながら朝を迎えてしまいました。

今後とも拙い文章ではあると思いますが今後もよろしくおねがいします。

あと、評価の星めっちゃ欲しいので!毎日の主食なので!ポチっと!お願いします!

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