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20 月夜

 奴隷商に帰ってもらって、そして夜になった。今は風呂で疲れをとっている状態だ。

 カリンはあれから家事全般を行っていて、いつもの調子に戻った様には見えている。

 ま、一緒に生活していれば色々あるって話だし、ましてや出会いが出会いだったからな。

 いちいちへこまれるよりもさっさと元通りになってもらったほうが俺としても気が楽だ。

 

 そんなことを考えながら風呂からあがり、待ち合わせの長椅子に向かうときっちり姿勢を正して座るカリンがいた。

 

「待たせたな。帰ろうか」

 

 

 家に戻るともうあとは寝るだけだ。

 翌日に仕事があったら少しは準備があるかも分からなかったが、少なくても今日はやらなくていい。

 

 しかし、未だに解決していない、いや先延ばしにしていた問題が一つあった。

 そう、カリンはまだこちらの寝室のベッドで寝る気でいるようなのだ。

 カリンには元物置部屋を明け渡しているが、寝るときは未だに俺の寝室にやってきている。

 

「いただいた部屋ももちろんとても居心地は良いのですが、ベッドだけかなり傷んでいて、少し寝返りをうつだけでキーキー音がしたり、サビの匂いがきつかったり、ゴトゴト傾いたりして眠れそうにないんです」


 そうカリンが言うのもそのはずで、あのベッドは昔俺が使っていたものだ。

 寝心地が悪いと思って今のものに買い替えたのだが。時間が経って更に状態は悪化してしまっていたらしい。

 結局の所、カリンの部屋は読書や着替えを主に使われているようだ。

 

 正直俺としてもカリンがこっちで寝ることそのものに問題は無いのだが……。

 素直に許可を出すのもなにか間違っているような気がしてならない。

 

「そんなにこのベッドで寝かせるのが嫌なら、奴隷として来たときから玄関や地下の倉庫で寝させればよかったじゃないですか」


 カリンはなんとも言えない反論をしてくる。

 いや、待てよ。

 

「ちょっと待てカリン、俺は最初からリビングのソファーで寝てくれって言ってたよな?あのときの言葉も当然聞こえてたはずだよな?」


 カリンがしまった!とでも言いたそうな顔でこちらに振り向き、そして別の方向に目をそらす。

 

「やっぱり聞こえてたのか」

「はい、聞こえてましたー。すいませんでした」


 やや開き直って受け答えをしている。まったく。

 

「じゃ今からソファーで寝てくれば良いんですよね?」


 カリンは恨めしそうにこちらを見てくる。

 今度はこちらがしまったと思わされてしまった。ここまで狙っていたのかお前は。

 奴隷としてだったらソファーで寝かせることにまあ抵抗は無いが、ここまで共に生活しているとなるとやはり情というものが移る。

 今更ソファーで寝なさいというのは少し心苦しい。

 

 だからといってカリンの方もボロのベッドで寝ると譲る気は無さそうだ。

 

「ああ、わかったわかった。奥側なら使っていいから」


 その言葉を待ってましたと言わんばかりにカリンはベッドに転がり込んだ。そしてそのまま奥側までコロコロと転がって移動する

 「フカフカのベッドだー」なんてといながら独り言を言っているカリンはとても楽しそうではある。

 

 その姿に多少の違和感を感じた俺は、ベッドに腰掛けカリンに語りかける。

 

「俺の勘違いだったり思い上がりだったりしたら聞き流してくれて構わないんだが、」


 そう言うとカリンは転がるのをやめてこちらを見つめてくる。


「お前はいわゆるしっかり者だ。富豪の娘なら必要もない料理を覚えようとした過去があり、ここの言葉も使えて、人付き合いもかなり上手な方だ」


 カリンは俺の言葉を聞くばかりで、何を言いたいのかわからないといった目線をこちらに向ける。

 

「その割に今みたいに子どもに戻ったかのように遊ぶときもたまにある。なんだか面白い二面性に思えてな」


 カリンはまだこちらをじっと見つめてくる。

 

「カリン、もしかして西方に暮らしていたときは、妹の前ではしっかりしていなきゃダメなんだって思いながら立派なお姉さんを演じてたんじゃないか?」


 そう言うとカリンは突然目をそらし、壁側の方を向いてしまった。

 

「あってるかどうかは、まあわからないが、実際そのおかげでお前は今こっちで上手くやれてるんだ。良いことじゃないか」


 俺はそう言って立ち上がると照明を消してベッドに横になる。

 

「妹のことは奴隷商に頼んでおいた。お前も聞いてただろ?しばらくは待つだけだ」


 カリンはまだこちらに背中を向けている。

 

「そっちの国と比べてこっちも狭くはないから探すには時間はかかるだろうが、金に執着してるあの男のことだ、きっと見つけてくれるはずさ」


 するとカリンはこちらを向いて話し始めた。

 

「どうしてご主人さまはそんなに優しいのですか?」


 暗くてよく見えないが、目が潤んでいるのが少しわかる。

 

「さあ、どうだろうな」


 カリンの質問の意図がわからず深く考えずに返事をする。

 カリンは少し声を震わせているようだ。

 

「ご主人さまは私を奴隷扱いせず今も丁寧に扱ってくれています。その上あの奴隷商に妹を探させるためにご主人さまのお金をさらに上乗せしてくださったじゃないですか。」


 カリンは嗚咽を漏らし始めながらも話を続ける。

 

「それなのに私は自分のことばかり考えてその話を盗み聞きし続けていました。もしかしたらバレてないかもしれないなんて思ってごまかそうともしてしまいました」


 カリンの目に涙が溜まっているのが暗い中でもはっきりと見てとれる。

 それでも泣いてはいけないんだという強い意志を持って必死に言葉を紡いでいるようだ。


「でもご主人さまは裏切りに裏切りを重ねた私に対し問い詰めようとせず、優しく咎めるだけでした」


 ついにカリンから大粒の涙がこぼれ落ちる


「どうしてご主人さまはそんなに優しいのですか」


 なんとかその言葉を発すると、カリンは両手で自身の顔を覆ってしまった。


「ご主人さまは……私のことを、信頼してくださっているのに……。私は自分のことばかりで、そんなご主人さまを裏切るようなひどいことをして……。」


 カリンは声を殺して泣いている。

 俺は俺自身のことを優しい人だなんて思ったこともないし、将来の利益のことだけを考えて今まで生きてきたつもりだった。

 多分だがカリンと生活していくうちに本格的に俺も人が変わってしまったんだろう。

 

 自分のしたことを責めて泣き続ける少女を見て、こっちに来なさいと声をかけた。

 応じて寄って来た彼女に腕を枕として貸してやり、優しく頭をなで続ける。

 細く繊細で艶のある髪だった。夜の光を受けて美しく金色に光っている。

 この少女を大人と言うにはまだ早いだろう。

 異国の地に連れてこられることがもしもなかったならば、まだまだ様々な体験をして成長していく、そんな歳に見える。

 

 そんなか弱い少女は俺の胸の中で泣きながらごめんなさい、ごめんなさいと何度も謝るのだった。

(一度かきあげたのに投稿されていなかったらしくメモ帳からバックアップをなんとか引っ張り出すも最後の調整はなろう上で行ってしまっていたので細かい修正をもう一度泣きながら行う作者の図)(図略)

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