17 お料理
「ただいま戻りましたご主人さまー!」
「ああ、おかえり」
図書館からカリンが帰ってきたようだ。
階段を上がり仕事部屋に足音が近づいてくる。
ノックの音がした後、少し空いた扉からひょっこりとカリンが顔を出す。
「本の確認をお願いしても良いですか?」
「ああ、持ってきなさい」
俺は作業を止め、カリンの借りてきた本の内容を確認する。
別に何かを疑っているわけではないが、変な洗脳本とかあったら厄介なので一応確認は入れている程度だ。
「ほう、料理の本か」
地理や歴史などはあらかた読み終わってこんどはお金に関する本を借りてきたようだが、その中に一冊目立つ本が紛れていた。
いまの食事でも満足しているがと伝えるとカリンはこう答えた。
「私の料理を教えてくれたのは昔の使用人で、それも少しだけだったので……。褒めていただけるのは嬉しいのですが、もう少し上達したいと思って借りてきました」
謙遜と向上心あふれる返答だった。
俺も自身が多少ひねくれものであると思っているせいか、そういった受け答えをされると少し眩しく感じてしまう。
「わかった、頑張ってくれ。食材の買い出しはカリンに任せるから必要なものがあったら買いなさい」
「はい!ありがとうございます!」
他に借りて来たものは…政治小説か。前回の娯楽枠だった恋愛小説から別分野に大きく転換している。
カリンは色々柔軟に対応できる人間だと思っていたが、こういった部分でもその性質があらわれているようだ。
「ご主人さま、洗濯物を取り込むのとお夕飯を準備する他にやることはありますか?」
目をキラキラさせながら聞いてくる。
「いや、今お前が言った分だけだ。終わったら本を読んでもいいぞ」
ありがとうございまーす!と言うのが早いか、確認を入れていた本をまとめて部屋から出ていってしまうのが早いか。
廊下からはいつもと同じではあるがなんとなく嬉しそうな足音が聞こえてくる。
奴隷としてやってきた頃は目を輝かせたり、楽しげに歩くことなんかは少なかったなと無意味に考えてしまう。
その日の夕食は、早速新しいメニューとなっていた。
食べてみると、何も問題なく美味しく感じた。
焦げなどもなく塩っ辛いといったこともない。
俺は特に問題ないと思ったが、カリンにとってはどうやら違うらしい。
「俺としては満足だが、不満なのか?」
「いえ、美味しく食べてくださって嬉しいのですが、もう少し美味しく作れたと思います……。」
「気になる点は特に無いがな」
正直なところ奴隷が来る以前は、食べることができれば大体構わないという考えだったので、カリンが丁寧に作ってくれるものは何でも美味しく感じる。
「ま、得手不得手ってものもあるだろうし気長にやりなさい」
それから数日間はカリンの料理の特訓とも言うべき日々が過ぎていった。
色々器用にこなせるが今回は一筋縄では行かないらしく、本人もどうすればよいのかと困惑気味だった。
しかし出てくる新しい料理そのものはどれも良好、その上バラエティにも富むので俺としては言うことなしだった。
内心、十分じゃないかと思ったが本人が頑張っているんだし、しばらく様子見としていた。
ただ、俺は食べられないわけではないものの、キノコの類があまり得意ではない。
新料理で一度だけ出てきたが、少し無理して食べて美味しかったと伝えた。
俺のせいでカリンのやる気に陰りが出たら申し訳ないと思ってのことだが、正直なところなるべく食べないで済めば良いなと願うのだった。
カリンが買い物から帰ってきたある時、その声が妙に明るいものとなっていた。
何か良いことがあったのかと思いながら仕事場から返事をする。
その良いことが何なのかわかったのは夕飯時だった。
その日の夕飯は、料理本を借りてきた当日に作られた料理と同じものだった。
何かしらアレンジを加えたのかと思いながら食べてみると、なるほど、明らかに美味しくなっている。
「なかなか美味しくなっているじゃないか」
美味しいぞ!と気持ちを素直に言っても良いのだが、意味もなく落ち着き払って話しかける。
一方カリンは、そうでしょうそうでしょうと言いたげにニヤニヤ笑っている。
「この前から何か作り方を変えたのか?」
いかにも理由を聞いて欲しいという表情のカリンにそのまま疑問を投げかけてみた。
「そうなんですよご主人さま。まず変わったのは調味料なんです」
楽しげにカリンが語り始める。
「本に載っていた調味料のうち、この町で用意できない物が多数あったんですね。この本が書かれたのもおそらく山側の町のようで、海に近いこの町ではあまり見かけないものでした」
「それならその調味料をどうやって用意したんだ?」
「それがですね、八百屋の奥さんが料理上手だったので、もしやと思って聞いてみたら代用品になるものを教えてくれたんです!」
カリンは嬉しそうに続ける。
「それに加えて、レシピを見てもらったら火に入れる順番や時間なども教え直してくれて大助かりでした!」
「それは良かったじゃないか」
「はい!これからも頑張りますね!」
買い物におまけを付けてもらえて、料理を教えてもらえて。なかなか町でも人気者らしい。
「あ、あとご主人さま」
付け加えるようにカリンが話す。
「ご主人さまって多分キノコ苦手ですよね?これからはあまり出さないようにしますね」
まさかあの一回で見透かされていたとは驚いた。
正直俺のことなら全部お見通しなのでは?という考えすら出てきてしまう。
「よく気がついたな」
肩を落とし、ため息をつきながら俺は言った。
すると、
「当然です。あまり見くびらないでくださいね」
カリンは今日一番の笑顔で言うのだった。
ここまでお読みくださってありがとうございます。いや、本当に。たくさんあるなろう小説のなかからお選びくださってありがたい限りです。
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(いつも思うのですが、この後書き欄を評価ください欄として使用するのは正しいのでしょうか?)




