11 お向かいさんとお洋服
奴隷を買って、買い物に出て、詐欺師を捕まえて。
ここ数日色々なことがあったが、それ以降は平穏そのものという日々が過ぎていった。
今日は買い出しの日だ。
食料に加えて奴隷の衣服も追加で購入する。といっても中古だが。
奴隷は周りをきょろきょろ確認する様子もない。手紙を持ってきてないからだろうか。
「あ、イワンさん。こんにちは」
家の前でそう声をかけてきたのはお向かいに住む奥さんだ。
「こんにちは。散歩帰りですか?」
お向かいさんの足元では犬が尻尾を振り回している。
毛並みが整った大型犬で利口そうな顔つきをしている。
無駄に吠えたり唸ったりすることもないので、動物が苦手な俺でもなんとかやれている。
「あら、奴隷さんを買ったんですか?なんだか可愛らしい奴隷さんですね!」
お向かいさんが道を渡って俺の家の門の前までやってくる。
犬に噛み付かれるんじゃないかという不安が全身を覆うが、お向かいさんはそんなこと気にせず奴隷に夢中のようだ。
「つやつやな髪ですね。近くのお風呂に連れて行ってあげてるんですか?」
「ええ、まあ」
「顔立ちも整っていて、大きいお人形さんみたい」
元々よく褒める人というかおせっかいな人というか。お向かいさんはグイグイくる人ではあるが良い人であるというのはにじみ出ているタイプだ。
「お名前はなんて?」
「え?」
「お名前ですよ。この奴隷さんの」
名前なんて考えたこともなかった。地下牢では奴隷と呼ぶのに抵抗があったから「女の子」なんて言っていたが、最近は専ら奴隷呼びだ。
「名前は、わからないですね」
「まぁ!もったいない!」
「いやそれが、奴隷商が説明しなかったもんですし、この奴隷自身一言も喋らないんですよ」
「一言も?それって大丈夫なんですか?」
「喋らない理由はわからないんですが、多分問題ないと思いますよ。家事も買い出しも問題なく手伝ってくれますし、この前の詐欺師が捕まった件も実はこの奴隷のお手柄だったんですよ」
「あら~優秀なんですね」
お向かいさんは奴隷の頭をしきりになでながら話を続けている。
俺としてはお向かいさんの話の内容よりも犬が奴隷の方に興味を示してくれていることばかり気にしてしまう。
奴隷の方と仲良くしてやってくれ。
「あら、うちのも奴隷さんのことを気に入ったみたい」
奴隷の周りをウロウロしていたり体をそれとなくこすりつけている。
「奴隷さん、動物が好きとか苦手ってあります?」
「いえ、特に動物と関わるところは見たことないですね」
「奴隷さんに撫でさせてあげてもいいかしら?」
「ええ、どうぞ」
俺は奴隷から買い物の荷物を受け取りお向かいさんに奴隷を任せる。
お向かいさんは奴隷と一緒にしゃがみ、手をとって犬の頭を撫でさせる。
犬の方ははお行儀よく座って撫でてもらう体勢をきちんと整えて、構ってもらいたいと言わんばかりだ。
お向かいさんは大胆にワシワシと犬を撫でているが、奴隷の方は触るので精一杯のように見える。
普段さほど変化しない奴隷の表情も明らかに固く見える。
「お洋服とか買ってあげたんですか」
「ええ、ちょうど今日。後は奴隷商からも当日セットで買ったものもあります」
「え、それだけですか!?」
「え、ええ」
「こーんな可愛らしい奴隷さんなんだから、お洋服くらいはたくさんあったほうがいいですよ!そうだ!」
お向かいさんは何かを思いついて突然立ち上がる。
「ちょっとお古のお洋服持って来るので、ジョンのことよろしくお願いしますね」
そう言うとお向かいさんは俺の返事も待たずに犬を置いて道を渡り、家に戻ってしまった。
正直のところ俺は奴隷の服を欲しいと思ってないし、奴隷も服についてどう思っているのかわからない。
多少押し付けがましい部分もある、そうとは思うが良い人だと知っているので言うとおりにしておこう。
奴隷はおっかなびっくりな表情のまま犬を撫で続けている。
いいぞ、奴隷。そのまま俺の方に来ないように撫で続けていてくれ。
しばらくするとお向かいさんが戻ってきた。
「これね、数年前に引っ越した娘の服なんだけど、多分奴隷さんにピッタリだから着せてあげてくれないかしら」
お向かいさんが持ってきた服を見える範囲でちらりと見てみる。
明るい色のものから可愛らしいデザインが施されたものまで数多く持ってきたようだ。
「いえ、こんな良さそうなものをいただくわけには」
「そんなこと言わないで。私の家じゃもう使えないんだから。娘も着たいとは思ってないですよ」
こうなると勝てない。言い負かされてしまう。
ただ、偏屈な俺がご近所でもなんとかやれているのは、このお向かいさんのおかげであることも確かだ。
俺が折れる他ないようだ。
「わかりました。受け取らせてください。明日から奴隷に着させますよ」
「はい、物分りがいいじゃない」
お向かいさんは笑顔で服を奴隷に持たせる
「あら、暗くなってきちゃった。お時間とらせてごめんなさいね。行くわよ、ジョン」
そう言うと犬を連れてお向かいさんはご機嫌な様子で帰っていく。
「帰るぞ、奴隷」
さっきまでひたすら犬を撫でていた奴隷はなんとなく安心した表情に戻っていた。
しかし本格的に奴隷の私物が増えている。
奴隷の部屋なり用意したほうが良いのだろうか。
最近綺麗にさせた物置部屋にクローゼットもあったし、そこを使わせるのが良いのだろうか。
俺と同じものを食べる奴隷を眺めながらそんなことを考える。
夜は夜で同じベッドで寝ている。
三日に二回の割合で抱き枕にされているがもう慣れてしまった。
さあ、さっさと寝よう。
かすかに朝食とコーヒーの香りがする。もう朝か。
どんよりとした意識の中でなんとなく考える。
すると寝室のドアが開き声が聞こえた。
「おはようございます、ご主人さま。朝食の準備ができました」
驚いて俺は飛び起きた。
ドアに目を向けるとそこには昨日もらった服を着た奴隷の姿があった。




