ゲンジツ
俺は夏休みに入る前の日のことを思い出した。
ここの部屋の壁のこと。別に忘れても何の支障もないんだけど。
「さ、早く屋上行こうぜ」
信太郎を先頭にみんな静かに美術準備室の扉にむかった。
俺は文字が書いてあった壁にかけられている絵を探した。
その絵はすぐに見つかった。部屋は薄暗いはずなのにその絵だけはかすかに光ってるようにも思えるほど鮮明に見えた。あの時と同じように絵の女性は微笑んでいた。
「ねえ、早く歩いてよ」
後ろから栗野ゆきに背中を押された。
「あ、わりい。」
あの時の好奇心は夏休みの1週間ですぐに消えていたようだ。まったく、おれという男は自分の興味を持ったこともすぐに忘れる。そしていつも退屈だと嘆いている。そりゃ退屈になるな。
美術準備室から美術室を通りすぎ廊下にでた。廊下は静かで薄暗く、窓からもれている月の光が不気味に見えた。みんな一歩一歩音を立てないように気をつけて歩いて行く。
階段を上るとそこは理科準備室がある。すると信太郎が急に立ち止まり口を開いた。
「出るかもよ」
みんな微妙に顔がこわばったように見えた。すかさず女たちは、ふざけないでよ、と信太郎の足を蹴る。けけけ、と笑う信太郎の表情がやけに気持ち悪く、女に蹴られ続けたらこいつは完全にマゾに目覚めるのではないかと思った。
やっと屋上の階段につき、みんなは待ち切れず駆け足で屋上に上った。ガチャリと音がしたのち鉄の扉はゆっくりと開いた。
「やっと着いたーーー」
ゆかが屋上の真ん中まで走って行きながらはしゃいでいる。
「ねえ、見てみて。めっちゃ空きれいじゃない??」
「ほんとだね。」
ゆかと翼くんのやりとりを見て、これが青春なのかあと俺は考えていた。
「見てみて!流れ星じゃね??」
空に指差しキーキー叫んでいる信太郎の横には、決して女の子の席は置いてなかった。女達は翼くんを囲んで空を見あげていた。それにしても翼くんってもてるんだな。
「あーーーーーーーーーーーー!!!」
急に信太郎が大きい声を叫んで体がびくっとした。
「ちょっと脅かすなよ。急に大声だすなっっつーの。」
信太郎は言いにくそうにみんなを見渡す。ポリポリと頭をかく。すると栗野雪も信太郎の顔をみて「あ・・・」といった。
「なんなのよ2人とも。何があなのよ」とゆかが言った。
信太郎が申し訳なさそうに口を開く。
「花火がなくね?」
一斉にみんなが周りを見る。誰も花火を持ってきてないことに気づいた。
「ちょっと何で持ってきてないのよ!!」
「ほんっっと信太郎って役に立たない!」
「あほ。」
女3人がいっせいに信太郎を責めだした。まあ企画したのが信太郎だから企画者の責任っていうわけで俺は見守ることにした。
「ちょちょちょ、ねえ翼くん。助けてくれ」
すかさず翼くんが天使のような笑顔で割って入った。案の定女たちはおとなしくなったが、それでもぶつぶつ文句を言っていた。
「それじゃあ信太郎花火買ってきてよ。私たちここにいるから。」と栗野雪が命令した。
「えーーー。また学校の中通っていかなきゃなんないのかよ。」
「当たり前でしょ。あんたが最初に花火しようって言ってきたんじゃない。」
信太郎はうつむきながら小さい声で、翼君の名前だしたら乗り気になってたくせにと聞こえるか聞こえないかの声で反撃した。
「なに?」と栗野雪の鋭い眼光が光る。
「なにもないです。」
信太郎はしょぼくれたまま俺の方に歩み寄る。おい、ちょっと待てよ。まさか俺に買い物付き合わせるきじゃねーよな。
「一緒に行こうぜ」
すかさずかぶりをふる。
「無理。お前行け。あんな不気味なところもう通りたくねえよ」
「何でだよーーー。2人で行こうぜ。翼君は女子を呼ぶために協力してもらってるから頼めないし。頼んだらまた怒られるし。」
情けない声を出しながら懇願してきた。勘弁してほしいものだ。何であんな不気味なところを猿と散歩しなければならないのだ。しかし、このままぐだってたらまた栗野から怒声が飛んでくるだろう。
横を見ると翼君が3人をなだめるのに頑張っていた。いや、だめだ。翼君をここに男一人で置いてくのはあまりにもかわいそうだ。しょうがない。
「わかったよ。でもおまえはここにいろ。俺が行くから。」
信太郎の耳元に小さい声で言った。
「翼君一人じゃあまりにも大変だからお前がんばれよ。」
信太郎の表情が急に輝きだす。
「拓也。お前ってやつはなんて素晴らしい男なんだ。やっぱもつものは友だな。お前が買い物行ってる間盛り上げとくぜ。」
親指を立ててニコッとはにかんだ。ほんと頑張ってほしいものだ。
小中高と信太郎は彼女というものが出来たことがない。それは今までの言動や行動で分かると思う。ぜひ、ぜひともこの機会に女の子と仲良くしてほしいものだ。てか、何でおれは人のこと応援してるんだ?俺はどうなんだよ。なあ、俺。
信太郎が女子に俺が買い物に行くことを説明してるのを確認して、おれは屋上をあとにした。
廊下を一人歩くのにはかなりびくびくした。出来るだけ後ろを振り向かないように先に進んだ。美術室のドアを開けて美術準備室に入る。
「ふーーー」
俺はため息をつきさきほど入ってきた窓を開けた。その時、後ろから何かが落ちる音がした。心臓が口から飛び出そうだった。振り返ると何やら壁にかかっている絵が床に落ちたみたいだ。びっくりさせるなよ。しかしよく見るとその落ちた絵は、あの絵だった。
俺は窓にかけていた足をおろし、その絵の方に近づく。壁の方に顔を近づけた。確かに文字が書いてある。やはり誰が書いたのかは想像もつかない。誰もこんなとこ来ないのに、いったい誰が書くのか。
そういえば花火買いに行かなきゃ。俺は絵を踏まないように下を注意しながら壁から離れようとした。しかしそれをすぐにやめた。薄暗いため顔を再び壁に近づけて俺は目をこらした。
また新たなメッセージが刻まれていた。