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第七話 ~ようこそ漫研へ!・下~

「ぐふふ……これからよろしくね、明日香ちゃ~ん」

「あ、はい。えへへ……」


 俺たちの漫研部室への入室で混乱した部長は、すぐに立ち直った。

 そして、半ば強引に席に着かされた東条に、上座から、客観的に見て引かれるだろう気持ち悪い笑みを浮かべている。


 ……ほんと、悪気はないんだけど、表現方法がなぁ。


「しかし、うーむ……」

「うん?」


 と、そんなことを考えていると、部長が幼女の奴を見ながら真剣に考えこみだした。


「部長、この幼女が何か?」

「いや、何がってわけでもないが、どこかで会ったことがあるような……」


 その言葉を聞き、俺はすべてを悟った。

 ああ、悪い人ではないと信じてたのに……。


「部長、自首しましょう。今ならまだ間に合います」

「小森ぃ!?」

「会ったことがあるなんて、そんなべたな口説き文句で……ついに、こんな幼女にまで欲情するなんて……」

「いや、十年後の可能性は感じさせるが、今のこの子に欲情などしないぞ!? 本当に会ったことがある気がするんだ!!」

「うんうん、そうですか」

「その憐れむような目はなんだ、こぉもりぃぃぃいいいいいい!!!!」


 とまあ、そんなやり取りもありつつ、本題へと進む。

 この一年の付き合いで、部長に幼女趣味がないことは知ってるしな。

 このやりとりは、どちらかといえば、向こうで必死に愛想笑いを維持しながらドン引きしている東条へのフォローだ。


 なお、フォローが成功したとは言ってない。


「さて、気を取り直して『異世界転生会議』を始めようか」


 そんなこんなが一段落し、部長がそう宣言する。

 まあ、そもそも周囲に並ぶ漫画に興味が移っている幼女はともかく、さっぱり理解できていない東条が恐る恐る手を挙げた。


「うん? 何かな、明日香ちゃ~ん?」

「えっと、その……『異世界転生会議』って、結局何なのかなって」

「素晴らしい! 素晴らしいよ、明日香ちゃん!!」


 興味を持たれたと判断したのか、勝手に感極まった部長が、東条の方へと駆け寄り、その両肩へと後ろから自らの手を置こうとする。

 そのとき、東条が『素早く重心を移しかけるが』、急に思いとどまったような顔になり、体の動きを中止する。


 結果、東条は、自らの肩に置かれた部長の手を受け入れる形となった。


「ぐふふ。『異世界転生会議』ってのはね、文字通り、どうすれば異世界にチートをもって転生できるかを追求する崇高な会議なんだよ」


 頭の上にはてなマークが飛んでるような顔をしている東条の顔を見て、そりゃそうだろうなって感想しか浮かばなかった。





「ふわ~……茜ちゃん、かわいいなぁ~」

「えへへ、くすぐったいよ、お姉ちゃん!」


 今月の異世界転生会議なるクッソ怪しげなサバトも終え、俺と幼女と東条は学食にやってきていた。

 週末なうえにお昼どきを過ぎた学食内は閑散としており、そんな中で、東条は幼女を抱きしめてほおずりしている。

 俺にはその行為が、部長が会議中に何度も行った気持ち悪い絡みを浄化しようとしているようにも見えた。


「で、東条よ。今日のことで嫌というほど分かったと思うが、こんな状況だから誰も残らないんだよ、漫研に」

「でも、さすがに男の子相手にこんなことしないんじゃ?」

「男と好みじゃない女子相手には、異世界転生の何たるかが分かってないと、延々と説教をかますんだよ。で、最終的にやめるところまで追い込まれる」

「そ、そうですか……」


 一般的に見てドン引きだけど、コミュ力にかなりの難があるだけで、悪い人ではないんだよなぁ……たぶん。

 まあ、延々と説教する部分は、部長なりの善意から来てる……と、思えなくもないし。うん。


「あれ? でも、そうすると先輩は、あの理屈を理解してる……?」

「おいバカやめろ。俺をあの人と同類扱いするな。不本意だ。ただ、あの人が俺だけにはやけに甘いんだよ。原因は知らん」


 東条は興味なさげに幼女とのほおずりを堪能する作業に戻っているが、実のところは原因は推測できている。

 なんせ部長は、「お前だけは、手放してはいけない気がする」って、面と向かって言ってきたことがあるからな。異世界はともかく、『チート』『転生』要素を持つ人材を、それと知らずに的確に確保しようと、ストーカーまがいのことまでしてきたのは、称賛に値する直観力だと思う。


 と、そんなことを考えていると、ふと目の前の二人の表情が目に入る。

 楽しそうな幼女に、最初に男たちに囲まれてた時が嘘のようにリラックスして楽しそうな東条。

 その東条の顔が、あまりにも『あの人』を思い出させたのが原因だろうか。


 ――こんなことを口走ってしまったのは。


「なあ、あんまり無理しない方がいいと思うぞ」

「え? 何のことです?」

「部長に最初に触られた時、とっさに重心を動かしてたろ。あれ、反撃態勢を取ろうとしてたんだよな?」


 東条が動きを止めたのは、図星ということでいいんだろうか。


「今日、最初にあった時もそうだ。誰にでもいい顔をして、結局自分の手に余って苦しんで。それでも続けるのか? 『いい子』ってやつを」

「……何を言ってるのか分からないですね」

「別に、俺には関係ない。無理にどうこうしろって言う気はないけどな。だけど、今の自分のやってることが自分に向いてるかどうかは、自分が一番よくわかってるだろう?」

「わかったようなことを言わないでください。おっしゃるとおり、先輩には関係ないですよね?」


 いい感じにいい子の仮面が壊れてきて、みるからにイラつきが表面に出始めたところ。幼女も不安そうに周囲を見回すくらいには、感情が出てきている。

 さて、これから更に突くか、部外者らしく手を引くかと考えていると、思わぬものが目に入り、思わず笑みが浮かんだ。


「明日香ちゃ~ん! これ、部室に入るためのカードキーを忘れて――」

「うっさい! 黙ってろ!」


 自然な流れで東条の体に触れようと後ろから近付いた部長のみぞおちに、振り向きざまの東条の肘がきれいに入る。


「おおっ!! すごいすごい!!」


 華麗な正当防衛と言い張りうる一撃に、自分の腕の中の幼女が称賛の言葉を叫んだところで、東条は我に返ったようだ。


「で、どうだ? すっとしたか?」


『ああ、すっとした』


 本当に、今日の俺はダメだな。

 ――目の前で呆けて言葉も発せない後輩に、前世の自分の姉をかぶせるなんてな。





 そんなこんなで今月の異世界転生会議という名の苦行を乗り越えた俺は、その数日後に、またもや部室を目指して歩いていた。

 東条の奴はあの日、結局何も言わぬままに帰っていった。

 状況が状況だし、部長もすぐに立ち上がったこともあって、特に問題にもならずじまい。

 そして、その後、俺と東条が出会うことはなかった。


 そうしていつものように新入部員の勧誘に失敗した我らが漫研の未来の暗さに、何度目かもわからないため息なんてつきつつ、いつものように漫画を借りようと歩いていくと、遥か後方から思わぬ声が聞こえる。


「――パーイ! センパーイ!!」

「東条? いったい何ご、と……」


 後ろを振り向いた瞬間、俺は全力で走りだした。


「先輩! 待ってください! 助けてください!」

「知るか! 俺の管轄外だ!」


「ぶひぃ!! 明日香ちゃ~ん! いや、女王様ぁ!! このダメな豚めをしつけてくださいぶひぃ!」


 そこには、なんかもう、説明するのもはばかられるアウトな顔と格好で東条を追ってるらしいキモオタこと、部長の姿が。

 なんだ、この前のでドMに目覚めたのか?


「てか、お前をご指名だぞ!? こっちに来るなよ!!」

「そもそも先輩のせいでしょ!? 先輩があんな変なことをしてくるから、こんなことになったんです! 責任!! 責任を取ってください!!」

「人聞きの悪いことを言うな! 俺は悪くねぇ!!」


 その後、良くも悪くも目立っていたせいで色々とつけられていた称号の中に、『女王様』なんてものが増えたらしいとさ。

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