第四話 ~我が超絶技巧を見よ!~
ゴールデンウィーク中のとある平日の夕方のこと。
俺は、コンビニで買った夕食を手に、家に帰るところだ。
世の小中高校生や社会人なんかは絶望と共に家を出たものも多かったろうが、俺は自宅のお布団様の中で、変わらずゴールデンウィークを堪能させてもらった。
一部では出席について厳しくなってるらしいが、古き良き大学生らしく、うちの大学はまだ何とかなるからな。
そうして家の近くの公園に通りかかったところで、聞きなれた声が聞こえてきた。
「あ、おっちゃんだ! 助けて!」
「げっ、なんであいつが……」
公園の中から駆けてくる幼女と、さっきまで幼女と円陣を組んで座り込んでた男女混合の子供らが五人。
面倒ごとの匂いしかない状況に分かりやすく顔をゆがめるも、幼女の奴は構わずやってくる。
「ねえ、おっちゃん! おっちゃんなら何とかできるでしょ? 何とかして!」
「いやいやいや。急になんだよ。俺は忙しいんだ。その手を放せ」
そうして、幼女と言い合っていると、円陣の方から一人の男の子が歩いてくる。
「おい、茜! そんなおっさんに構ってるんじゃねぇよ。今はこっちの問題を何とかしなきゃいけないんだぞ」
「そんなやつじゃないよ、タケシ君! おっちゃんなら何とかしてくれるもん!」
「ハッ、でもそいつ、この前のドッヂボールで小学生の投げたボールに一発で当たった雑魚じゃねぇか。そんなやつ、に……」
「ほう、そうかそうか。どれ、『お兄さん』に話すだけ話してみなさい」
そういうと、緊張した面持ちの男の子の方と、うれしそうな幼女と共に円陣の方へと向かう。
なるほどよく見れば、男の子の方は、以前のドッヂボールの際に顔を見た気がしないでもない。
なに、どうせガキの悩みなんて、九十九パーセントまでがクッソしょうもないって決まってるんだ。サクッと処理して、大人のすごさってやつを見せつけてやろうじゃねぇか。
決して、ドッヂボールの時、すぐにアウトになったことと、真白ちゃんに注意されたことでガキどもに散々に煽られたことの仕返しに、今回の件を解決して煽り返してやろうとか考えてはいない。
未来ある子供たちの力になりたいだけだぞ。ほんとだぞ。
「てか、なんだこれ?」
円陣にたどり着くと、その中央にあったのは一枚の布と、そこに置かれたボンドらしきものでべとべとになった焼き物らしきものの多数の破片。
素直な疑問を口に出すと、重苦しい雰囲気で男の子の方が口を開いた。
「今日、俺たちは掃除当番だったんだ。でも、花瓶を落としちまってよ。この花瓶が、真白が家から持ってきて、毎日、花を飾って大切にしててさ……」
「ごめんね、みんな。私のせいで……」
「みんなで掃除当番だったんだ。お前ひとりのせいじゃねぇよ」
事情は何となく分かったが、いつのまにか実行犯らしき見覚えのない女の子との二人の世界に入られてしまった。
てか――
「うーわ、どうでもいいわー」
「いや、こっちは本当に困ってんだけど!? てか、いい大人なんだから、思ったとしても困ってる子供ら相手にそんなこと言うなよ!!」
「つっても、正直に真白ちゃんに謝るしかねぇじゃねえか。なあ、タカシ君や」
「タケシだよ! それに、謝るのは分かってんだよ! その上で、何とか直せないかってのが問題なんだよ!」
「いや、謝ってからそこは何とかしろよ、タスク君や」
「だからタケシだよ! てか、そこは色々と複雑なんだよ! 汲み取れよ!」
「もう、わがままだなー、タコス君は」
「食い物じゃねぇよ、タケシだよ! おっさん、分かっててやってるだろ!」
そんなこんなで、一通りいじってドッヂボールの件はもう満足したし、そろそろか。
「じゃ、帰るわ」
「え? おっちゃん、帰るの? 花瓶は?」
「あのなぁ、幼女。これは俺が入るべき問題ではないんだよ。自分たちで何とかしないとな」
だって、チートばれのリスクを負ってまで何とかする義理もねぇしな。
チートなしであんな粉々の花瓶を何とかするとか無理無理。
「おっちゃん。何とかしてよ……」
「だから、自分たちで何とかしろって」
「あ、そっか。『アレ』が足りないんだね。仕方ないなぁ、おっちゃんは。じゃあ、いつものやってあげるね」
そんな意味不明な言葉を言った幼女は、大きく手を広げて満面の笑み。
……おい、まさか!
「ほら、ママだ――」
「よっし、お前ら! この破片持って砂場へ行くぞー!」
やべーことを言い出した幼女の口をふさぎ、ガキどもを砂場へと誘う。
「おい、おっさん。今、いつもやってるって、ママって――」
「砂場へ! いくぞ! おう!」
「お、おう……」
そうしてタケシを勢いで押し切れば、それ以上の異論は特にでない。
なので、砂場へと移動し、砂の上に破片を並べさせる。
幼女は後で『おはなし』するとして、さっさと要件を終わらせてこの場での幼女の口をふさがねば。
「それでは、これから俺の超絶技巧を見せてやろう。――驚くなよ?」
そういって適当な構えを取ると、ガキどもが一斉に息を飲む。
さて、チートがバレるのは論外。
となれば、『技術』に過ぎないと信じさせればいい。
「うぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおお!!」
「な、なんだ!? 動きがさっぱり見えねぇのに、花瓶がすごい勢いで組みあがっていきやがる!!」
やってることは単純だ。
チートを使って破片の状況を分析し、正しい組み合わせを見つけ出し、錬金術式によってわずかな傷も残さずきれいに接着させる。
分析の結果、破片がざっと三割ほど不足していたので、そこは周囲のパーツから形状を推察し、無意味な手の動きでガキどもの意識をそらしている隙に、砂を原料に不足部分を錬成していく。
砂場へ移動したのも、こんな事態を想定し、錬金材料に砂を使うためだ。
まあ、強度と色味と肌触りを違いが分からないくらい似せれば、十分に誤魔化せるだろう。
「っと、一丁上がり!」
と、そんなこんなの間に、花瓶ができ上る。
ほれぼれするほどの美しい、一切のゆがみのない逸品がな。
「おい、おっさん。何がどうなってやがるんだ?」
「うん? 俺の超絶技巧だぞ」
呆然とするタケシにそう言ってやるも、呆然としたままだ。
ま、普通に考えて驚くだろうさ。
どうせガキだし、技術だって押せば誤魔化せるだろう。
そんなことを考えながら、恐らくは思惑通りになって喜んでるか、どや顔でも晒してるだろう幼女を見れば、なぜか他の連中と同じ呆然顔。
はて、何を驚いてるんだ? と考えていると、それは現れた。
「みんな、何をしているんですか?」
「ま、真白……」
そこには、渦中の人物である真白ちゃんが。
物腰は丁寧に見えるが、何とも言えない圧を発してるのはなんでなんですかね?
いや、明らかに花瓶の件だけどな。
当事者じゃない俺も思わず怯みそうになるが、すでに修復は終わってるんだ。何を恐れることがあろうか!
「それ、花瓶? ねえ、茜ちゃん?」
「!? え、えっと、掃除中に壊れちゃったんだけど、おっちゃんが直してくれたんだ。えへへ……」
「そう」
そういって真白ちゃんは、修復済みの花瓶を手に取り、その底を見る。
「私の名前……でも、こんなの、私の花瓶じゃない……」
え?
なんか、風向きがおかしいので、偶然隣にいたタケシに小声で話しかける。
(おい、私の花瓶じゃないとか言ってるぞ?)
(そうだよ! あれ、真白が家族で陶芸体験に行って作ってきたものなんだよ! もっと、ぐちゃぐちゃしてたの!)
(……何それ聞いてない)
(聞いてるとかじゃなくて、何をどうしたらあんな売り物みたいにきれいな花瓶になるんだよ!)
(超絶技巧です)
「私の、思い出……」
タケシに話を聞いてれば、真白ちゃんが顔を青くしてしょんぼりしてる。
さすがに、これは何か俺が声を掛けねばならんよな? 俺がやらかしてるし。
「あの、真白ちゃん?」
「私の大切なものが、小森さんの色に、染め変えられる――これが、ネトラレ……!」
「……はい?」
なんか、急に顔を赤くして、笑顔を浮かべだしたぞ……?
「小森さん。責任、取ってくださいね?」
「あ、はい」
一件落着……?
まあ、なんか真白ちゃんが嬉しそうだし、いいか(遠い目)。
「なあ、おっさん。ネトラレってなんだ?」
「さあ、分からないなぁ……」
「そっか」
「おう。そのままの君で居てくれ、タケシ君よ」
「だからタケシ……正解かよ!」
幼女含め、真白ちゃん以外が理解できないって顔してるのが救いだな。
これ以上掘り下げても誰も得しないからね、うん。
これで終わり! ハッピーエンド! 解散!
なお、後日幼女に聞いたところ、真白ちゃんは毎日顔を赤くしてくねくねしながら花瓶の花の世話をしてるとのこと。
え? 前は赤くもくねくねもなかった? どうしてでしょうね、お兄さんわっかんないなぁ……。