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第一話 ~空き地戦争・上~

 隣の幼女に俺が魔法使いであることがバレてしまい、その美人な母親に手品と勘違いされてから一夜が明けた土曜日の朝のこと。


「悪い奴らに知れると大変だからな。俺が魔法使いであることは、お前の母ちゃん以外には、誰にも言っちゃいけないぞ?」

「うん、わかったー!!」


 昨日の夕方にそうして幼女の口止めも無事に行った俺は、安心して布団の中で、春先の陽気の中の二度寝をゆっくりと楽しんでいた――はずだった。


「おっちゃーん! いるんでしょー? あーけーてー!」


 扉をドンドン叩きながら、何度も何度も騒ぐお隣の幼女。

 居留守を決め込むも、いつまでも帰らない幼女とさっきからずっと根競べをしていたのだが……。


「おらぁ! クソ幼女! てめぇ、ニ十分も騒いでんじゃねぇ! 今、まだ朝の九時、だぞ……?」

「えっと……」

「あ、おっちゃん! やっぱりいた!」


 玄関の扉を開け放ちながら思いのたけを叫んでみれば、最初に目に入ったのは、俺の安眠を朝っぱらから妨害し続けた幼女ではなかった。


「……天使」

「へ?」

「あ、いや。えっと、君は誰かな?」

「はい。初めまして。茜ちゃんと同じ虹ヶ丘小学校2年2組の城山真白ましろです。どうぞ、よろしくお願いします」


 艶やかな黒髪を肩のあたりまで伸ばし、淡い花柄のワンピースに身を包む幼女は、穏やかな笑みでこちらを見ていた。

 その所作は、礼の一つから笑みの浮かべ方まで洗練されており、元々のかわいらしさも相まって、育ちの良さを感じさせ、同時にこちらを魅了するものだった。


「えっと、小森翔太です。こちらこそよろしく」

「小森さん、よろしくお願いしますね」

「あはは、どうも――痛っ! って、おいてめぇ、何しやがる!」

「ふーんだ」


 真白ちゃんの立ち居振る舞いに感心してあいさつを交わしていれば、幼女の奴にむこうずねを蹴とばされた。

 しかも、俺のことを蹴とばしときながら、ほほを膨らませて、「私、怒ってます」と言わんばかりの反応だ。

 なお、見た目的にはかわいらしいばかりで、まったく怖さを感じないものなのは、触れないでおいてやろう。


 で、深入りして時間を無駄に使うのもしゃくだし、さっさと用事を聞いて追い返すか。


「それで、朝っぱらから何の用だ? まさか、俺のむこうずねを蹴っ飛ばすために、ニ十分も扉の前に居座ってたんじゃないだろう?」

「あ、そうそう! おっちゃん! 五年生たちが酷いんだよ! なんとかして!」


 お怒りモードも忘れて語る幼女いわく、近所の空き地で幼女たち二年生組がボール遊びをしていたところ、後からやってきた五年生たちに無理やり奪い取られたのだとか。


「知らんがな」

「え~。何とかしてよ、おっちゃん!」

「お前らの問題だろ? 自分らで何とかしろ」

「ふーん。そういう態度を取っちゃうんだ~」

「……なんだよ」


 瞬間、幼女のやつが、ニヤリと悪い笑みを浮かべた気がした。


「真白ちゃん。実はおっちゃんは魔法使いモゴモゴ」

「クソ幼女、てめぇ! ――あ……」


 幼女を抱きかかえ、口を押えたところで、自らの失策に気付いた。

 こうやって無理やり口をふさいだことで、逆に幼女の発言の信ぴょう性を高めてしまっている。

 今回は、相手も子供だし、幼女の言うことを信じて面倒なことになるのではなるかもしれん。


「あのー、真白ちゃん?」

「……ゃん」

「え?」

「茜ちゃん!」

「うわぁっ!」

「ふぉが!?」


 何とか誤魔化そうと、まずは声をかけて様子を見ようとすれば、いきなり予想外の叫び声があげられ、幼女と共に驚いてしまった。

 そして、同時に幼女の口をふさいでいた手を放してしまい、その隙を突いて俺の腕の中から幼女が抜け出してしまう。


「ま、真白ちゃん、どうしたの?」

「ま、ままま、魔法使いなんて。そんなこと、言いふらしたら小森さんがかわいそうだよ!」


 なんだか、話が思わぬ方向に転がっている気がする。

 ってか、なぜか真白ちゃんが顔を真っ赤にしてるんだけど。


「かわいそう? なんで?」

「なんでも! だから、もう言いふらしたりしたらダメだよ。だから、ごめんなさいしよう。ね?」

「うん。よくわかんないけど、わかった。――ごめんね、おっちゃん」

「お、おう……」


 話の流れ的に、ものすごく不名誉な理解をされている気がするが、かといってこの場どころか、この先、幼女が言いふらして回る可能性までつぶれそうな状況を鑑み、泣く泣く反論をしないことにした。

 え? 『魔法使い』じゃないのかって?

 こっちじゃまだ二十歳だからセーフだ! ほっとけ!


「で、おっちゃん、何とかしてよ」

「いや、だから知らんって言ってるだろうが」


 そうしてまた振り出しに戻ってうんざりしていると、袖をそっと引かれた。

 見れば、真白ちゃんが潤んだ瞳で、上目遣いに見上げてきていた。


「公園もボール遊びは禁止で、他にボール遊びのできるところがないんです。小森さん、助けて頂けませんか?」

「おう、任せとけ!」





「おい、幼女」

「ふん、だ」

「はぁ……何でもいいけど、背中から落ちるなよ?」


 不可抗力で、やむを得ず助力を約束してしまった俺は、幼女と真白ちゃんと共に、問題の空き地へ向かっていた。

 だが、希望が叶ったはずの幼女は、俺が約束してからずっと不機嫌だ。

 そして、寝間着からジャージに着替えていざ出発というところで、俺の背中によじ登ってきて、離れる気配がないので、仕方なく背負って歩いてるのだ。


 真白ちゃんは、この状況をニコニコ見てるだけでまったく助けてくれる気配がない。

 そうして、適当に幼女のご機嫌をうかがうように声を掛けながら歩いていると、そう時間がかかることもなく、目的地に着いたらしい。


「あ、城山! それに……何やってんだ、土屋?」

「ほっといて!」


 一人の男の子が話しかけてきたことで、幼女が背中から飛び降りる。

 そして見れば、十人くらいのガキどもが空き地の隅っこで困ったように立ち尽くし、空き地の中心では、もう少し大きなこれも十人くらいのガキどもが楽しそうにボール遊びをしている。


「おい、土屋。本当にこいつが何とかしてくれるのか? すっげーしょぼそうなんだけど」

「大丈夫! おっちゃんは凄いんだから! だって、ま……あ、えっと……」


 真白ちゃんの勘違いに基づくお言葉のお蔭か、どうやら幼女は魔法のことは言いふらさざ我慢できたようだ。


「ま、ちょっと待ってろ。少し行ってくる」


 小二組にそう言い残し、小五組の方へと歩いていく。

 面倒ではあるが、やるならさっさと終わらせてしまおう。

 なに、所詮はガキだ。俺の手にかかれば、ちょちょいのちょいよ。


「やあやあ、君たち楽しそうだねぇ」

「あ? 何だよ、おっさん」


 ふふふ、ガキが精一杯凄んでみせようというのは、かわいいものじゃないか。

 この程度の奴らなら、どうとでもできる。


「楽しそうなのはいいけど、それをあそこの子たちにも分けてやればどうだい? 少なくとも、後で来てあの子たちから遊び場を取るのは良くないよ。いじめは、よくない。だから、仲良くしようじゃないか」

「はぁ? うっせぇよ、部外者が。なんでそんなガキどもと仲良くしないといけないんだよ」

「そうか。仲良くできないっていうなら、それは仕方ないな」

「お、おい、どういうことだよ!」


 後ろの小二組が、思ってたのと違うだろう流れに、やんややんやと声を上げる。

 だが、ここまで完全に予定通りの流れで進んでいる俺は、後ろの連中を静まらせるために、そっと右手を上げる。


「おい、おっさん! 何かっこつけてんだよ! ちょっと待ってろってなんだったんだよ!」

「おっちゃん! 何とかして!」

「小森さん!」

「うっせぇてめぇら! 空気読めよ! ちょっと黙っててて! お願い! 今の俺、最高に格好悪いから!」


 そうして何とか小二組を静め、小五組へと向き直る。


「なんだ、あいつ」

「かっこわりぃ」

「いや、本当に何しに来たんだ、あいつ」


 小五組からも色々言われるが、気にせず話を進める。

 別にこんなガキどもにどう思われようとも気にする価値はないからな。

 そう、俺の平穏な一日が優先なんだ。

 だから気にしてないぞ。


「あー、小学五年生のお兄さんお姉さん諸君。仲良くできないというなら、仕方ない。一つ、このボールを使っての勝負で白黒つけようじゃないか」

「は? 何言ってんだ?」

「え? もしかして、負けるのが怖いのか? こんな『ガキども』に?」

「は?」


 ここで、小五組の空気が変わる。


 ――勝ったな。






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