魔族の歴史図書館
サルシャ姫の旅はまだ続く、
その旅の目的は?
「女神様、怖かったですね、サルシャ様」
「そうねスライム、あれは中々の強敵だったわ」
そもそも今の平和ボケが広まる前の世界など考えたくはないはず、
誰しも残酷な面には目を瞑るのが普通、
処理しきれない現実があるなら、それに立ち向かうよりも、
得策は目を瞑ること、でなければ凄惨な歴史の繰り返しを、
文化として文明として記録しておかなければならなくなる。
「次はどこにいくんですか? サルシャ様」
「魔族の一番歴史の深い図書館に行くわ、
早馬を出して貰おうかしら」
魔界の馬は足六本の奴がいるが、それを使って馬車で駆け出した。
馭者は魔界のものである。
「魔界に住んでいた馭者だなんて珍しいわね」
「へい、あちらの治安が悪くなったんで、
こっちに引っ越してきたまでのことですぜ」
「あっちのことは全くしらないけれど、
世界的に不安定なのかしら?」
「殺し、殺し、殺し! 殺ししかない世界です!
お姫様にはとてもみせられないですな!
ハイヨー!!!!」
魔族の血塗られた歴史は語りたがるもの自体が少ない、
各種族間の幾度となく起きた殲滅戦争、
掲げられた民族絶滅の類など、とても語ることはできまい。
むしろ今ある人間が面白おかしく書いている、
魔族の日常などのほうが人気が出ることは容易に理解できる。
「歴史は娯楽ではすまないものね」
「ぷるぷる」
スライムは姫の膝の上でうなずいた。
やがて馬車は歴史街道を通って魔族の歴史図書館についた。
「ここがその図書館ね、禁書の類もあつかってるっていう」
「すごいや!本が一杯、これのうちどのくらいが小説なんだろう?」
「ここで扱ってる本は魔族の歴史書なようなものだから、
スライムが読むには少々退屈なものが多いかもしれないわ
っと」
司書があらわれた。
「これはこれは魔王の娘様ではありませんか!」
「今日は突然やってきてすまなかったわね、
一応、斥候には文を持たせて送らせたのだけど」
「ええ、受け取りました、
ささ、姫様が求める書物は、
あちらの部屋に集めておりますゆえに、ただ」
「ただ?」
「いかんせん血なまぐさい内容のものが多い故、
お姫様に向いているとは思えませんが……」
「結構、最初からそのつもりで来たわ」
うずたかく積まれた本の数は数百を数える、
「これで魔族の諸公および、
現存する魔王の記録はすべてなのね?」
「ええ、確かです、
他にもあると言えばありますが、
既に没した方々の記録ですので、
今回は除外させていただきました」
「そう、ならいいわ」
「ぷるぷる、分厚い本だねー」
「そうね」
サルシャ姫は本を手に取ると、
静かに開き、内容を読み始めた。
「……」
やがて全てのページに目を通すと、
いくつかのページに付箋を貼って、
次の書物に手を向かわせる。
その前に。
「司書さん、このページを控えておいてくれる?」
「お任せください姫様」
次の本は魔族の討伐記を記したものだった、
いかにその魔王、姫の父ではない魔王が、
戦い、時代を築き上げたかが記されてる一方で、
迫害を与えた歴史なども正確に記されている。
「この本は中立にたって書かれてるわね、
作者にあってみたいけれど、既に死んでしまっているか」
この場合、作者が謀殺された筋も浮かんでくる、
魔界の魔王の権力は絶大であり、その力の指し示すところ。
「私の父に関して描かれてる本は」
ここは魔王領、中立からものを言えるものも少ないが、
十冊の本を読み上げた。これも付箋をし、司書に控えさせた。
「お父様の罪はお父様のもの」
「他の魔王の罪は魔王のもの」
サルシャ姫はそうつぶやくと、
数百あるであろう蹂躙の歴史と、
同じように何百もの本を読んだ。
そして
サルシャ姫は、全ての書を読み終えると。
「これは、やらなければ仕方ないわね」
サルシャは歴史を修正することを決意した。
歴史をどのように修正するというのか?
そしてそれは可能なのか?




