砂の味
いえーい、まだ読んでるー?
心の砂漠はまだまだ続くよー。
じゃりじゃり、砂の味がする。
どーも、ぼっけんさんです。
またしても弱ってきてしまいました。
弱くなると強者のことは分からないので、
勇者パーティーのことは分かりません。
ですが彼らの仲間のスライムのことは、
何となくわかってしまうような気がします。
スライムは砂漠の熱にすっかり弱ってしまって、
いまはプルプルすることもできません。
壷の中で煮えたぎってるだけのことしかしません。
かのスライムもこんな冒険になること分からなかったでしょう。
何が哀しゅうて砂漠の哀しみを描かねばならんのです。
わたしそんなに強くないですよ、
弱体化した超弱者ですよ、
超人のことを書いた偉い人はいますが、
弱者のことを書いた偉い人は珍しいです。
弱者救済なんてよく言いますが、
弱者に強くなれ、もっと強くなれと、
言うのは絶対違います。
いまある勇者パーティのように絶対的な力など、
無いのです。
そしてリッチのマサシンドのような支配力もありません。
欲があれば欲のままに呑まれてしまう、
それが人の性であり、弱さです。
かくいう僕もネットにつながった時、
欲求を抑えられずに、それにかまけ、
結局負けてしまって現在に至ります。
僕はむっつりスケベなのです。
かといって、別に、
エロスを自分の書く物語の展開に求めたりはしない、
この二面性は弱者の仮面のようです。
隠したい、見せたくないと想ってる部分が、
より強くなって現れます、
こんなの嫌だ、誰にも見られたくないと、
思っています。
もしもっと強くなれているのなら、
僕は話を展開させて、マシーンのように、
勇者達にリッチのマサシンドを始末させてることでしょう、
でもそれが出来ていない、何故か?
それは貴方に味わってほしいから、
僕という弱者に付き合って欲しいから、
恋人になって!ということではありません。
弱者の視点ってなんだろう? です。
これを作品に加えたり、
キャラクターに加えたりすると、
エッセンスになり引き立つでしょう。強さが。
でも狙って出来る人は中々いません。
弱いことって結構労力が要ります、
弱い感情を見せることってしんどいです。
だから泣いてみせるのですけど、
泣いてみせるのはいき過ぎだと叱られます。
じゃあどうやって弱ってることを伝えたらいいんだよ!
とキレぎみにもなります。
まだ死にたくない、死にたくないよ、
どーもリッチのマサシンドの下僕アンデットです。
僕らは死にたくなんて無かった、
だけど生きることを放棄してしまった、
弱かったからアンデットになって、
フラフラとさまようことしかできない。
砂漠の中で、白骨化して、そのまま、
ふらりふらりと歩いている。
私たちってどこまでも弱いです。
強くはなれません、甘えてしまいます。
時間が許す限り甘えてしまいます。
だって餓えているんです、やさしさに、
餓えているんです、評価に、
死にそうなんです、退屈で、
死んでしまうんです、いつか人は。
こんな弱さを垂れ流せるのも、
ひとえに勇者一行が強いからです。
たとい僕のようなゾンビが這い回っても、
彼らは剣で一太刀のうちに倒せる強さがある。
だから何も怖くないよと、
畏れることを知らない、
怖ろしいですよね、強さって、
それがあればまるで、
底なしの沼のようになんだってはまり込む。
そうはなりたくないんです、
強くなりたくない、
弱いままがいい、
おねがいだからこのままでいさせて、
誰も構わないで、死んだままでいさせて、
わたしに義務を課さないで、
わたしの権利を奪わないで、
素のままであれる時間が、
こんなにも愛おしいのだから。
勇者一行はアリのように前進を続ける、
弱者を救うために、彼らはイケニエになったのだ。




