文の魔王
大量の本が魔王城本殿に溢れて本、本、本、
本当のことを言うと、本を読むというより、
感想文を書くということにどはまりしてしまった、
魔王さまの老眼は進む一方なのでは?
文の魔王の魔王城は魔王の間にて、
「ええいなぜこうも人間というのは小説を書くのだ!」
魔王さまは魔族の眷属の部下も総動員して、
ありとあらゆる小説を読み漁り、感想をつけることを、
繰り返していた。 それは呪い。
「鍛冶師に傭兵、しかも少女、180歳エルフ、どれもこれも、
感想を待っている作品ばかりではないか!
どうして感想を待つ? 感想を書いてしまうではないか!」
魔王さまは長い寿命の一角を文の魔王として過ごすのも悪くあるまいと、
ひたすら文章を書きつづることを決めたのです。
しかしそれは呪いにはまりこんでしまうこと、永遠にも近しい時間です。
「生まれいく人の子の識字率が高いから、
これだけの小説が生まれる。
そして小説家の卵たちの承認欲求から、
いくらでも感想を欲する飽くなき物語の手先となって、
執筆活動は続く! 永遠に未来永劫に!
我に死ねというのか!」
人間ならば人生50年で限りがあり、
いずれはその人生の大半を使い果たして死んで行くのは必定ですが、
魔王の人生は50年では留まりません、
未来永劫にもひとしい1000年を越える寿命が、
魔王さまに小説界にあふれる魑魅魍魎の多さを再認識させたのです。
「500話あっても終わりそうにない小説に、
書籍化した小説まで、ええいワシを読ませ死にさせるつもりか!」
読んで読んで、読んでが続きます。
その間、部下たちは更に小説を運びだし、
人間界から手に入れた小説の数々をさらに、
魔王さまの元にあてがい、まだかまだかと、
並んで待っているのです。
「ハアハアハア! 心臓に悪い! 誰じゃホラーものを書いたのは?」
あなたは書いた覚えがないだろうか?
身も凍るようなホラーを、
戦慄が魔王を襲っていることをあなたは知らないだろう、
ええ、今ではあなたの異世界転生作品は異世界でも、
読まれるようになりました。
「違う違う違う! 異世界に住まう者達はこんなに、
みすぼらしくないわ! われらの文化レベルを舐めるな、
五万ある蔵書を一気に読み伏せる力がある!
何?部下よ、更にまだ異世界に関する本があると?
どこの異世界だ! わしに読ませろ!」
冊数は果てしなく、本棚は今や魔王の間の広い天井のてっぺんまで、
本で敷き詰めて、これでもかという具合。
これが620万作を越える蔵書を誇るという現代の生産力のすべて、
読ませて殺す、殺意のこもった本、本、本、
死んでくださいとまで並び立った本の数々を前に、
魔王は瀕死のダメージにあえいでいた、精神的に、
「ふーっはっは」
「お父様」
「なんじゃサルシャ姫よ、余は忙しい」
「わたし、小説家になりたいですわ」
「なんじゃと?」
小説家それはいばらの道、
たとい100万字書けたとしても、
まず読まれないところから始まる苦行の数々をこなし、
だれも目を通さないような辺境から冒険が始まる。
勇者行為を延々と続ける地獄門。
「だめじゃ!我をうならせるようなものを、
書いてから、小説家になるのじゃな!」
「なんですって!
だっていつもお父様は、
人間の本を読んでばかりで、
魔界のものが書いた本を、
お読みにならないじゃない!」
「では魔界では何が流行っているというんじゃ?
流行も産み出せんような識字率で、
どこの誰が小説などよむものか」
「くっ」
サルシャは魔族の識字率が人間のそれと比べて、
著しく低いことを知っていた。
だってまず人外の形をしている者が多い中で、
文字を書くこと読むことに適さない目をしたもの、
四足の動物であるがゆえに念話が、
発達しすぎて、文いらずになってるものが多いことなど、
魔族は魔法文明に頼り、種族の個体差に頼りすぎ、
いつしか歴史を深く知るものが少なく、
なってしまっていたのだ。
「絶対お父様をうならせるものを書いてみせるわ」
「ふん、やってみるがいい、わが娘サルシャよ」
サルシャの作家訓練がはじまった。
ついに魔王の娘が小説家を目指して歩みだす!?