大宇宙の加護を受けて
仰々しいタイトルだな。
シナリオを自由に紡ぐ能力はそれまでに読んだものの記憶から、
なされるものである故に、読む物に大きな影響を受ける。
人が読めば読むだけシナリオがパターン化していって、
やがてはその人を包み込むカバーのようなものになっていく、
それが良いことか悪いことかは知れないが。
どこか繭のようなそれは、人を包み込んだら、
外に出さないように永遠に囲ってしまう。
シナリオは大宇宙を渡る術であるが、
その多くがうまく組み立てられず、船が出来ないまま、
放置されているものが多くある。
人間がお話を書くとき、
皆が皆、同じように紙面に向かい合い、
白紙に向かい合い、字面を気にしながら、
文を紡いでいくが、それは人の体から発せられた繭を、
ひも解いていく行為にも似て、
自分をどんどんと自由にしていくことが必要不可欠なのだ。
自由を得るには物事の気楽さだけでなく、
全体の拡張が不可欠になる。
拡張はより大きなものが手に入るように、
スペースを開けていく事であり、
ぽっかりと空いた世界を得るため、
果てなき探訪が続いていく。
どこまでいっても眠い眼をこすりながら、
小説にならない文を綴っていく、
それは人間が人間たらしめるために、
魔族が魔族たらしめるために描かれる世界観、
一度自由を得たら、いつまでも遠くに歩ける足を得た、
ならば、散策を続け、いくらでも手に入れてみせよう、
なんでも取り入れてみせよう。
その力が確かにあるのだから、
どこでも発揮してみせよう。
だが人間の考えには理由が必要だ。
理由なき、型なき、家なき、暴走に、
人はそうそう付き合ってくれるものではない、
気付いた時には孤立していて、
どこまでも孤独を味わうことになるだろう、
失態の数も増えるだろう、
だから分かっているって、
言っているだろう?
わたしはそれほど賢くないが、
今やってる行為がそれほど楽しくないこと、
人としてあまり正しくないこと、
魔族的でないことは、いざ知れる。
本当に必要なことはいつも、
ふとしたことで現れる。
本当に必要な死は、
唐突に現れ、危険もまとわりつく、
わたしは文の前に耄碌して、
すっかり何かを語ることが出来ないまでに弱体化した、
今残っているのは文を綴ることで自己満足する心であり、
綴られた文を読もうものも少ない、
はじめから分かっているはずだ、
なにもかもサルシャ姫のせいだ。
彼女が識字率と学習能力の向上を求めたせいで、
長い文をしたためることが世界において当たり前になり、
魔族も人間もこうして慣れない手つきで、
タイプライターを叩いて、文章を綴らねばならない、
それは苦であるし、何もかも間違っている。
気付いた時にはワープロ、
その先に待ってるのはノパソ、
そんな風にワードプロセッサーをがこがこ動かして、
皆が皆、文章を綴れることの喜びを前にだして、表に出して、
全てのひとが等しく賢くなれると信じるなんて、
サルシャ姫は度の入りすぎた眼鏡のように、
どんどんと視力を悪化させていくように思える。
サルシャ姫は人を救っているようにみせて、
その実、あらゆる批判をかわすために自らを、
絶対の地位につけて揺るがせないようにする、
独裁を強いている。
サルシャ姫は絶対に許されてはならない、
彼女のゆくところ確実に死がもたらされんことを、
彼女は多くを殺しすぎ、また多くを与えすぎた。
誰もが文字を紡ぐようになったからには、
今まさに始まるのは彼女に対する弾劾であって、
ロマンがつづられるだけではないのだ。
今はありとあらゆる存在が文を綴る時代、
死すべき定めの魔族の多くはこの後、
どんどんと力を失って壊れゆくだろう。
サルシャ姫の血もまた魔族の血、
滅びの民の血を引いている。
誰もが彼女の死を望んでいるだろう、
だれも彼女を真に助けようとしないのだから、
死することは確実なのだ。
生まれたならばいつか終えることになる人生を、
生涯を一生を、確実に。
あの娘、サルシャ姫は数多くの魔族、
人間から恨まれ、死すべき定め、
魔族よ人よ集結せよ、
彼女の終わりに向かい集え。
サルシャ姫が終わってほしい人は、
どれほどいるのだろうか?




