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2018/12/24 11:00 p.m.

 緑の瞳の不思議な女店主に『モミの木の枝』と『手のひら大のお星さま』をもらったアルヴァたち。二人は仲良く手を繋ぎ、宛もなくふらりふらりと、まるで季節外れの蝶のように歩き回っていた。


 アルヴァは、空いている左手に持ったモミの木の枝を子供がそうするのよろしく、歩くのに合わせて振っていた。もしかしたら、夢の中にまでは持ち込めなかった自分の長剣(ロングソード)への恋しさが、頂点に達しているのかもしれない。


 何も考えることなく、ただ振ってみたり。

 フェンスを撫でてみたり。

 そんなことを、人目も気にせずできるのは――。


「……もう、人も疎らになってきたなぁ」


 ぽつ、とアルヴァが(こぼ)す。そうすると、それに答えるように、繋いでいる手をケネスに優しく強く握られた。

 アルヴァはケネスの方に少しだけ擦り寄って、口を開いた。


「こっちでいいのかな」

「さぁな。でも、俺たちの思うように歩いてれば、見上げるものを見つけられるって言うんだから、そうしてりゃ平気だろ」


 戻ろうと思えば戻れるだろ、と彼女の隣、ケネスが言う。アルヴァはそれに曖昧に頷きながら、気付かれないように小さく首を動かして、ちらりと後ろを見やった。ふわふわ浮かんでついてくるエクリクシスの後ろの闇を、じいっとのぞき込む。

 ずっと前を見ているケネスは気付いていないだろうが――とアルヴァは眉を寄せて、それから前に向き直る。


 ――私たちが歩いてきた道、消えてるんだよなぁ。


 感じた不安を消すように、アルヴァはモミの木の枝を振る。そうしたら、振った枝が、まるで誰かに引き抜かれたかのようにすっぽ抜け、彼女は間抜けな声を出した。


「おあ!」

「振り回してるからだぞ」

「仕方ないだろう、枝を持ったら振りたくなるのが人だ」


 枝は、街灯の光を受けながら弧を描いて飛んで行く。やがて、ぽとん、とアルヴァたちの十メートルほど先に落下した。


「ああ、折れてないといいんだけど」


 アルヴァは、ぐいぐいとケネスを引っ張りながら枝のもとに向かう。街灯の下、拾い上げた枝は、傷一つなく無事だった。

 良かった良かったと安堵したアルヴァは、ふと顔をあげて、それから、ぽつ、と呟いた。


「……公園だ」


 アルヴァの目の前には、薄暗い公園があった。枝が落ちたのは、どうやらその公園の入り口だったようだ。

 彼女の目の前にある公園は、クリスマスマーケットが行われていた公園とは違って、とても小さい。入り口から全てを見回せてしまう程だ。その小さな公園の隅の方には、縮こまるようにしてブランコがある。その傍に、一本の大きなモミの木が闇に溶けるようにひっそりと佇んでいる。

 なんとなく気になって、ケネスを見上げる。が、彼は公園よりも、その入り口の傍で煌々と輝いている何かの機械に夢中だった。


「なぁ、アルヴァ。これ、何だろうな?」

「さぁ……何だろう。街灯の一種、とか?」


 中に、まるで展示でもされているように、色とりどりの小さな円柱が並べられている。アルヴァはモミの木の枝を拾い上げ、膝を払って立ち上がった。二人でその機械の前に立ち、まじまじ見つめる。しばらくそうしていたら、後ろから声が掛かった。


「それは、自動販売機。ほら、ここに穴があるでしょう。ここに、お金を入れるんだ。そうすれば、飲み物が買えるよ」


 静かな声だ。とても穏やかな声でそう言いながら、エクリクシスはその自動販売機の前までふよふよと漂ってきて、横長の穴を指さしている。久々に声を聞いたな、と思いながら、アルヴァはポケットをまさぐった。


「へぇ、お金を……これでいいのか?」


 そう言うアルヴァの手にあるのは、綺麗にたたまれた紙のお金。それを突っ込もうとするアルヴァを、エクリクシスが慌てて止める。


「違う違う。壊れちゃうよ、お札を入れたら。硬貨をだして。百円でも五百円でもいいから、硬貨を入れるの」

「わかった。こうだな」


 ちゃり、と薄い金色の硬貨を機械に食わせると、展示されている物の下にあるボタンに光が灯る。二人して「おお……」と声を漏らすと、エクリクシスは可笑しそうにクスクス笑った。


「――赤いほうが、暖かい飲み物だよ。青は、冷たいからね」


 エクリクシスの声に頷くアルヴァの目は、キラキラ輝いている。彼女は好奇心旺盛なほうで、目新しい物に触れるのが好きなのだ。

 アルヴァの指は彷徨って、それから『おしるこ』と言う字の入った物の下のボタンを押した。なぜなら、コーンポタージュやココア、お茶なんていう知った言葉が並ぶ中で、『おしるこ』は見たことも聞いたこともなかったから。

 ガコンと音がする。エクリクシスの指示に従って、アルヴァは取り出し口から円柱を取り出した。

 暖かい。

 その暖かさに息を吐きながら、アルヴァはケネスを見る。彼も買うことにしたらしく、ピ、という音のあと、ガコン、と物が出てきた。


「ちょっとそこの公園で、休んでいけば」


 エクリクシスが微笑んでいる。二人はその言葉に従って、暗い公園へと足を踏み入れた。


 大きなモミの木の下、ベンチがある。二人はそこに腰かけて、買った飲み物を開けようと四苦八苦してから、やっと金属のタブを引いて、飲み物に口を付けた。


「……ん、俺のはお茶だ。苦いお茶。ミルクが欲しくなるな」


 お茶って書いてあったから、紅茶だと思ったんだがな。

 少し残念そうにそう言ってから、ケネスはアルヴァを見た。その目が恐々と見つめるのは、アルヴァが傾けている飲み物。


「お前、よくそんな得体の知れないものを飲む気になるよな。なんだよ、『おしるこ』って」

「どうやら、甘い豆のスープみたいだ。ほんのり塩味もして、なかなか美味いよ」


 一口飲んでみろ、と差し出すと、ケネスは恐る恐ると飲み口に口を付ける。アルヴァはゆっくり傾けてやった。


「――うわ、ほんとだ。わりかし美味いな」


 だろう、とアルヴァは笑いながら、公園にある時計に目をやった。もうすぐ、長針がてっぺんを指しそうだ。

 ――このまま、『見上げてほしがっている誰か』を見つけられなかったら。

 そう思いながら、アルヴァは自分の上、モミの木を見上げる。


「――……ああ」


 溜め息ともつかないそれ以外、言葉が出なかった。


 アルヴァの知らない間に、空にはずいぶんと星が増えていた。

 キラリキラリと、音がしそうなほどに、空を彩ってまたたいている。

 その星々が、モミの葉の隙間から笑みをこぼしていて、まるで――。


「――街を飾ってた、光る並木みたいだ」


 ぽつ、と彼女が溢した言葉を拾ったケネスが上を見る。と同時に、二人の頬に、冷たい物が触れた。


「……雪」

「不思議だな、空はこんなに晴れてるのに……」


 アルヴァの言葉に、ケネスがモミの葉越しに空を見上げながら答える。


「――夢だから、いいんじゃないか?」


 そうだな、とアルヴァは笑って、それからケネスを引っ張るように立ち上がった。どうせならこのモミの木も、塔を見上げたのと同じように外から見上げよう、というアルヴァの提案に、ケネスは微笑んで頷いた。


 静かに降り落ちる雪の中で、モミの木は、堂々と立っている。そのてっぺんまで目を向けて、アルヴァは「あれ」と思った。


 こんなに暗いのに、はっきりと、モミの木のてっぺんまで良く見えている。と首を傾げていたアルヴァだが、どうやら空から落ちてくる雪が、淡く輝いているから見えているのだ、と気が付いた。


「――わぁ……雪が、光ってる」

「ああ。綺麗だな、アルヴァ」


 アルヴァは、その言葉に声を返す代わりに、ケネスと繋いでいる手を強く握る。ケネスも、ぎゅっと、痛いほどに握り返してきた。


 ――本当に、綺麗だな……。


 その言葉を口から出すこともできずに、ただ頷いたアルヴァのコートのポケットが柔らかく暖かくなる。


「――おいなんだ、お前も光ってるぞ」


 え? と言いながらアルヴァが自分の体を見下ろしてみれば、確かに彼女は光っていた。光っていたが――。


「私じゃないよ。コートのポケットが光ってるんだ。中に何入れてたっけ――あ、そうだ。星が入ってる」


 出してくれ、とアルヴァが言うと、ケネスは、繋いでいないほうの手をアルヴァの白いコートのポケットに突っ込んで、そっと『手のひら大のお星さま』を取り出した。

 造り物のお星さまが、本物よりもまぶしく輝いている。

 アルヴァは、ケネスの右手に添えるようにして、自分の左手を差し出す。そして、そっと星を撫でたところで――。


「――最後にもう一度、今日この日に、見上げてほしかったんだ」


 ――穏やかな声が、二人の鼓膜を優しく優しく揺らす。


 二人は、声の方へ、ゆっくりと振り返った。 

 そこにいたのは、深い緑の瞳孔の、火精霊(エクリクシス)――の姿を借りた『誰か』。


「そうか、それじゃあ君が……」


 アルヴァの言葉に、その『誰か』は申し訳なさそうに微笑んで、こくりと頷いた。

 ちょうど、その時だ。淡く輝く雪に照らされた幻想的な公園。その片隅にある時計の長針は、まるで優しく抱きしめるように、その姿を短針に重ねた。


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