2018/12/24 8:30 p.m.
大通りを抜け、右へ左へ。そうやって、地図通りに歩いていたアルヴァとケネスは、無事に『スカイツリー』へと辿り着いた。ものの三十分も歩いていない。
地図があると言えど、かなり簡易なメモ書きだ。記入された、何番目の曲がり角で曲がる、を示す数字通りに歩いてきたとは言え、迷う事なくすんなり辿り着けたことに、さすが夢、とアルヴァは心の中で呟きながら、目の前にそびえる塔を見上げていた。
手書きの地図に添えられていたイラストそのままのスカイツリーを見上げて、アルヴァは「ほぉー」と感嘆の息を漏らす。
「たっ……かいなぁ」
「マジで高いな。よく倒れないもんだ」
二人して首を反らし、天を突くほど高く伸びるスカイツリーを見つめる。白と赤に輝く姿は、まるで大きな大きなキャンドルだ。
綺麗だ。とても、とても。
地上が明るいからか、星々の主張は控えめだ――と言うよりもしかしたら、この夢の中では、空に瞬く星が少ないのかもしれない。アルヴァはそう思いながら、じっと、塔と夜空とを見つめ続けている。
綺麗だ。とても、とても。だけど――。
「……――んー、ココじゃないのかな」
下から上まで眺めて、アルヴァはフムと鼻を鳴らす。いい加減痛くなってきた首を元に戻した彼女の隣、ケネスは白い息を溢しながら、未だに塔を見上げている。
手持無沙汰になったアルヴァは、スカイツリーの足元に目をやった。
色とりどりの花々。それが積み重なって、大きな三角を――まるで、モミの木のような三角を作っている。
下から柔らかく照らされたそれは、とてもとても美しい、花のツリーだ。
「綺麗だなぁ。見たこと無い花ばかりだ。ルカが居たら、大興奮だったろうなぁ」
アルヴァは、自分の夢の中に人を招き、夢を共有する事などできないと知りながら、マフラーの下で笑う。すると、ようやく首を元に戻したケネスが楽しそうに目を細めながらアルヴァを見た。
「確かに」
「だろう」
何でもないことで、肩を寄せ合って笑いあう。
アルヴァは、こういう平和で穏やかな時間をケネスと過ごすのが大好きだった。
祠巡りの旅では、軽口を叩きあうことはあっても、二人とも心から気を緩めたことはない。もちろん、ルカたちを信用していないわけではない。わけではないが、でも、仕方がないのだ。気を緩めようと思っても、なかなかどうして難しいのだ。これは恐らく騎士見習いとして訓練してきたという責任感によるものだろう、とアルヴァは推測する。
――だから、こういう夢を見ているのかな。これが、深層心理、と言うやつか。
そう考えると少し気恥ずかしい。そんな思いを微笑みで隠して、アルヴァは、ほんの少しだけマフラーをずり上げた。
楽しそうにクスクス笑っている二人を、エクリクシスが静かに見つめている。そのことに気が付いたアルヴァは、彼を振り返った。火の精霊らしからぬ落ち着きと穏やかさを持ち合わせるエクリクシスだが、やはり夢だからだろう、いつも以上にのんびりとしている。纏う雰囲気は、さながら、幾重にも年輪を重ねる大樹のようだ。
そんな風に思いながら、アルヴァは、プカプカ浮いている彼と向かい合って、小首を傾げた。
「なあ、ヒントをくれてもいいんじゃないか?」
エクリクシスは、穏やかな目でアルヴァを見つめて微笑みながら、ゆるゆると首を横に振る。
「うーん、駄目か」
「――そんなに急がなくても、いいんじゃないか?」
「いやなぁ、ケネス。私ものんびりしていたいんだが……誰かを待たせていると思うと、どうにもな」
それに、と言葉を続けながら、アルヴァはポケットから手紙を取り出す。カサリ、と開いた手紙の、少し気がかりな文章を目で追って、彼女はそれを読み上げた。
「『クリスマスを楽しんで。そうしなければ、帰さない』――ここが、少し気がかりで」
「ああ、確かにそこだけ不穏だな。――……もしかして、俺たち、その『見上げられるのを待っている誰か』を見つけないと、目を覚ませないのか?」
「だったら困るだろう。まだ祠も巡りきっていなければ、禁足地にも入っていない」
アルヴァの言わんとするところがわかるのだろう、ケネスは赤紫の瞳を曇らせる。
「アングレニス王国は、依然、腹に『神竜様たちですら滅ぼせなかった何か』を孕んで、危機の前に寝そべったままってことになるだろう」
そんな状態なのに、ぐーすか寝ていられないよ。
そう締めくくったアルヴァに、苦笑に細くなっている目を向ける。その瞳に宿る呆れやの色の下に隠された、優しくて切なそうな、複雑な色に気付かないアルヴァではない。
たとえこれが、寝ている間に見ている夢でも、その色に気付かないふりをするのが礼儀だろう。
そう思いながら、彼女はただ、ニヒッと笑って見せるにとどまる。
「もう一つのほうの塔にも、行ってみよう?」
アルヴァが、ケネスの顔を、見上げるようにのぞき込む。と、彼は降参だ、とでも言いそうな顔で「俺が断らないの知ってんだから、そんな風に聞くなよな」と笑う。ケネスが笑うから、アルヴァの笑みも深くなる。
ふいに、きゅ、と繋いだ右手を握られる。その時のケネスは、とても穏やかに、幸せそうに笑っていた。
「――お前が行きたいなら、俺はどこへでも着いてくよ」
二人は、もう一度だけスカイツリーを見上げて、それから、手描きの地図に従ってゆったり歩き始めた。
――歩いて歩いて、煌びやかな景色を楽しんで。肩を並べて歩く二人が『東京タワー』に着いたのは、スカイツリーを出発してから、十分ほどたった頃だった。
「はぁー……こっちもかなり背が高い」
「なー」
再び空を見上げる二人は、やはりスカイツリーの時と同じように感嘆の息を溢している。
アルヴァはちらりと目を横に滑らせる。彼女の黄色味がかった琥珀に映る彼の赤紫の目は、光を宿したようにキラリキラリと輝いている。きっと私も同じような目になっているだろうなぁ、とのんびり思いながら、アルヴァは再び口を開いた。
「それに、なんか、赤いな。少し赤い。塔自体が赤いのかな」
「さあ、どうだろうな」
しばらく東京タワーを見つめて、それから二人は顔を見合わせた。
「ここでもなさそうだ。何となくだけど、『ここじゃない』って感じがする」
私たちを待っている風の人もいないし、と続くアルヴァの言葉にケネスが頷いた時だった。
「ああ、よかった。ちゃんと地図通りに歩いたのね」
その聞き覚えのある声に、アルヴァ、は脳裏に緑色の瞳の女性を浮かべながら振り返った。
やはり、と言おうか、そこにいたのは彼女の想像通りの人物で――。
「――あなた達に渡すべきものを、渡し忘れてしまったから。追いかけてきたの」
――可愛い雑貨屋にいた女店主が微笑みながらそこにいた。
女性は雑貨屋であったときと全く同じ服装で、この寒い中、コートも羽織っていなければ、マフラーすら巻いていない。しかし、アルヴァたちの周りを歩く人々は、それを不思議にすら思っていないようだった。さすが夢だ、とアルヴァはフムフム頷く。
少し離れたところにいる女性が、緑色の目を柔らかく細めて見つめているのは、アルヴァたちと彼女との間に浮かんでいるエクリクシス。しばらく眺めて、それから、彼女の緑色の目がついっと滑ってアルヴァとケネスを見る。静かに歩いてくる女性に、エクリクシスは黙って道を開けた。
――これ、役に立つと思うわ。
そう言った彼女が二人に差し出しその手の中には、およそ肘から指の先ほどの長さで切られた『モミの木の枝』と、長い間忘れられていたかのようにくすんでいる『手のひら大のお星さま』だった。




