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2018/12/24 7:00 p.m.

 路地の奥の小さなお店は、二人を柔らかく迎えてくれた。


 かろんかろん、とドアベルがアルヴァの頭上で柔らかく歌う。

 ほう、と息を吐きながら、アルヴァは、自分の体が思っていた以上に冷えていたことを知った。店内の暖かさが体に浸み込むようだ。暖かい空気に冷たい風が混じらないように、彼女は後ろ手に扉を閉めて、外気を遮断する。

 外の音が聞こえなくなると、店内に小さく流れる音楽がアルヴァの耳をくすぐる。シャンシャンとなる鈴の音と共に流れるハンドベルの音が何とも心地よい。


「はぁ、あったけぇ……」


 ケネスの心からの呟きに頷きながら、アルヴァは店の中を見回した。外から見た通り、小さな店だ。通りに面する小さな窓の傍の机には、外を眺める人形たちが思い思いの格好でそこにいる。アルヴァが外から見た時に目を止めた、赤い帽子に白いひげの人形も、外に微笑みながら座っている。


 陳列スペースは、店の左右の壁と、真ん中あたりに置かれたいくつかのテーブルらしい。そこに、丁寧に商品が並べられている。

 自分と同じようにキョロキョロと周囲を見回すケネスの手を引いて、アルヴァは、中央のテーブルに近付いた。そこにあるのは、小さな人形から、暖かそうなひざ掛け、果ては、食器まで。いろいろな種類の物が、少量ずつ並べられている。

 どうもこの小さな店は、雑貨屋のようだった。


「いらっしゃい」

 

 商品を眺めていた二人に、奥から声がかかった。顔をあげれば、店の奥、カウンターテーブルの向こうに、いつの間にか人がいた。二十かそこらくらいに見える女性が、優しく微笑みながら頬杖をついている。

 見た目よりもどこか大人びた雰囲気を感じるのは、女性の表情の作り方の(まろ)やかさによるものだろう。優しくしっとりとした表情のまま、女性がゆっくり唇を開いた。


「何か、お探し?」

「――ああ、すみません。この店に、マフラーはありますか?」


 声をかけられるまでなんの気配も感じなかったことに一瞬呆けたアルヴァだったが、気を取り直して女性にそう尋ねる。そうしながら、彼女はケネスの手を引いて、カウンターテーブルの前まで来た。

 女性は、笑みを湛えたまま、緑色の綺麗な目で二人を見上げている。この夢の中の住人には黒い瞳が多かったので、アルヴァの目に、彼女の緑は鮮烈に映った。と、彼女の緑がちらりと動いて二人の後ろを見る。それから再び二人を映して、優しげに細くなる。


「マフラーなら、そこのカゴに」


 そこ、と女性が指さすのは、カウンターの横。そこには確かに、色とりどりのマフラーがあった。

 女性に礼を言って、二人はカゴを覗き込む。赤髪とくすんだ金髪が、さわり、と触れ合う。


「何色がいいかな」

「黄色」

「ないなぁ」


 そんなふうに会話しながらマフラーを探す。が、なかなか『コレ』と言うのを、二人とも見つけられないでいた。そんな二人に、横から声が掛かる。


「――ねぇ」


 アルヴァは、緑色のマフラーを手に取ったまま顔をあげた。そんな彼女に、緑の目の女性が言葉を続ける。


「赤でよければ、こんなものがあるのだけど」


 そう言いながら女性がカウンターテーブルの下から出したのは、ずいぶん長いマフラーだった。

 彼女が言うとおり、色は赤だ。縄編みのされた、とても暖かそうなマフラー。


「考え事しながら編んでいたら、こんなに長くなってしまって……ね、もし良ければ、もらっていただけない?」


 困ったように笑う女性は、アルヴァへと、その赤いマフラーを差し出している。アルヴァとケネスは、顔を見合わせた。なおも女性の言葉は続く。


「これでいいなら、お代はいらないわ」

「そういうわけには」


 たとえ夢の中でも、とアルヴァは首を横に振った。

 これほど綺麗に編まれたマフラーには相応の代金を払わなければ気が済まない。そういう旨をアルヴァが伝えると、女性は嬉しそうに笑って、それからこう言った。


「――あなたのその言葉、物作りにとっては最高のお代だわ。それにほら、商品にするために編んでいたわけではないの。自分用にする予定だったから。でも、一人じゃこんなに長いマフラー、どんなに巻いたって、余ってしまうでしょう?」

「……でも」


 渋るアルヴァに、女性はコテンと首を傾げて、どこまでも優しく笑いながら小さく口を開いた。


 ――だったらそうね、イブの奇跡ってことで、うけとって。


 そう囁いた女性の笑みが、何とも綺麗だったからだろうか。気がついたら、アルヴァはコクンと頷きを返していた。


 巻いていくと言いそびれたアルヴァの前で、女性はマフラーを綺麗にたたんで袋に入れている。その様子を眺める彼女の横で、ケネスが口を開いた。


「……あの、クリスマスらしいことって、どんなことをすればいいと思いますか」


 ちろりとあがった緑の目が、優しくケネスを見つめる。


「あなた達が『クリスマスらしい』と思えば、それは全てクリスマスらしいこと、ではあると思うけど……そうねぇ」


 女性はマフラーを詰め終わった袋をアルヴァに差し出して微笑みながら言葉を続ける。


「クリスマスマーケットに行ってみたらどうかしら。ほら、名前にも『クリスマス』がついてるし、これ以上なくクリスマスらしいと思うけれど」

「クリスマス、マーケット……」


 確かめるように呟くアルヴァに、緑の目の女性は「この近くでもやってるのよ」とサラサラとメモを書きながら言う。


故郷(くに)が懐かしくてね、わたし、毎年行ってるのよ。……これもよかったら持って行って。簡単な地図だけど」


 袋に入れとくわね、と女性は長い指で挟んだ綺麗なメモを、アルヴァが持つ袋に落とした。そのカサッと言う音に、彼女は「あ」と溢してケネスを見た。


「ケネス、私のポケットから、あの手紙出してくれないか」

「あン? 前か?」


 うん、と頷きながら、アルヴァは「前の右だ」と伝える。躊躇一つなくアルヴァのズボンのポケットをまさぐるケネスを、緑の瞳のが面白そうに見つめている。

 やがて、ケネスは手紙を引っ張り出した。そして「ん」とアルヴァに差し出す。それを受け取って開きながら、アルヴァは小さく首を傾げて見せた。 


「あの、この街に『見上げる』ような、有名な物ってありますか?」


 そう言いながら、アルヴァは手紙を差し出して、そこに書かれた文字を人差し指でなぞるように指し示す。


 ――クリスマスを楽しんで。そうしなければ、帰さない。そして最後に、私を見上げてほしい。


 その短い手紙をなぞるアルヴァの指の動きを追って、女性の緑の目が動く。それから、その緑は不思議そうな色を灯してアルヴァを見た。


「そういう企画か何かかしら?」


 そう呟いて、女性は思案するように手に持ったペンを弄ぶ。しばらくそうしていた女性が、ふむ、と言いながらメモにペンを走らせ始めた。


「見上げるほど背が高くて、有名なものね。たくさんあると思うけど、東京なら――やっぱりあそこよね」


 そう呟いた女性は、メモを二枚、アルヴァに差し出した。

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