2018/12/24 5:00 p.m.
赤い服――サンタ服、と言うらしい――の女性にアルヴァが『服屋の場所』を尋ねると、彼女は快く頷いて、しかも手描きの地図も持たせてくれた。親切な女性に感謝しながら別れた二人は、仲良く手をつないだまま、メモを頼りに右へ左へ曲がって、服屋にたどり着いた。
すっかり暗くなった――しかし、そこかしこに溢れる明かりのおかげで光源には不自由しない街の中、二人は立ち尽くしている。
「……本当に、ここでいいのかな」
ぽつ、とアルヴァが溢した言葉に、ケネスが曖昧に唸る。その間にも、何人かが、眩しく輝く服屋? に吸い込まれ、袋を下げて吐き出されている。
「でも、ここだろ?」
「うん、地図の通りに歩いたから、ここだと思うんだが……」
――こんなに煌びやかな服屋など、聖都イグナールにもないぞ。……まあでも、これ夢だしなぁ。
そう思いながらアルヴァが伺いみるのは、二人の少し後ろをついてくる、火の精霊。エクリクシスは、是も否もない顔で、穏やかに微笑んでいる。
結局、この精霊が口出しをしたのは最初も最初、これが夢だと気が付く前まで。エクリクシスが夢の案内人かとも考えたんだけどなぁ、とアルヴァは前を向き、それから、ケネスに目配せした。
赤紫の優しい目と視線がぶつかって、なんだかとても楽しい気持ちになったアルヴァは、ニヒッといたずらっぽく笑った。笑いながら、ケネスと繋がっている右手を揺らす。
ケネスも、垂れ気味の目を楽しそうに細くして、ゆっくり口を開いた。なんていうのか想像できて、アルヴァも彼に揃うように口を開く。
――ま、夢だしな!
おそろいの魔法の言葉を唱えてから、二人は意気揚々と、その服屋へと足を踏み入れた。
服屋での探し物は、『マフラー』と『白と黒のコートを一つずつ』だ。
よくこんな世界を夢に見られたものだ、とアルヴァは自分の脳みそに感心しながら、商品を見て回る。もちろん、ケネスと手をつないだままだ。それが珍しいのか、何となく周囲の視線が普段よりも少しだけうるさい気がして、彼女は空いている左手で頬を掻いた。
「マフラー、マフラー……無いな」
「そうだな……お、あそこ! コート発見」
もう先にそっちを見よう、と二人は先にコートを物色し始める。無事に、白いコートも黒いコートも見つかった。色違いのダッフルコートだ。
指令の一つ目はクリアか、と白いコートの手触りを楽しむアルヴァに、ケネスの声がかかる。
「な、お前どっちがいい?」
「私か? んー、どっちが似合う?」
問いに問いを返すと、ケネスは真剣な顔で、黒いコートをアルヴァにあてて、くっと目を細くした。しばらくそうして眺めてから、彼は白いコートに持ち替えて、同じようにアルヴァにあてた。
「白だな」
「よし、じゃあ白にする」
アルヴァの言葉に頷いたケネスが、サッとコート二つを抱えて歩き出す。そうして前を歩いていたケネスが、ふいに足を止めてアルヴァを振り返った。
「ところで、これどこで金払うんだ?」
そう言えばそうだ、ときょろきょろ周囲を見回すアルヴァに「お困りですか?」とにこやかな声が掛かる。振り返ってみれば、そこにいたのは、背の低い、可愛らしい女性だった。声と違わずにこやかな顔の女性は、振り返ったアルヴァとケネスを見てビクンと動きを止めて、ほんのり頬を染めながらも、二人を会計場へと案内してくれた。
そのまま着ていきたい、と言う二人の要望に応えてくれた女性が、服についていた紙やら紐やらを取り除く間、アルヴァは少しそわそわしていた。
――本当に、この手のひらほどの紙で、買い物ができるのだろうか?
夢だと分かっていても、やはり、少し不安になってしまう。――いや、もっと正しく言うと、今のコレがとても心地の良い夢だから、何かのきっかけで悪夢に変わってしまったら、とアルヴァは少し怖いのだ。
そんな彼女に、女性がコートを差し出している。それをケネスが横から攫って、右腕に抱えた。アルヴァは、女性にニコリと――しかし、ほんの少し眉を下げながら笑って、手紙と一緒に入っていた緑がかった紙を三枚差し出した。
「これで足りるだろうか」
アルヴァがそう伝えると、女性は彼女の手から紙を二枚だけ受け取って、それから丸くて薄い金属をいくつかくれた。アルヴァの手をそっと包むようにして女性がくれたそれは、恐らくつり銭なのだろう。アングレニス王国で使う四角い硬貨とは随分違うが、この夢の中では、これが硬貨らしい。
細かい設定までよくできた夢だ、と思いながら、アルヴァは女性の手を、包み返せない――片手がふさがってるから――かわりに、きゅ、と優しく、握手でもするように握った。それから、笑みを深めて静かに礼を言う。と、拗ねたような顔のケネスに腕をひっぱられた。そうしながら、アルヴァはポケットに紙を――いや認めよう、とアルヴァの唇が弧を描く。
――これはお金だ。しっかり使えて、お釣りまで来た。紙のお金なんて、本当に、私の想像力も馬鹿にしたもんじゃないな。
そう思いながら、アルヴァは、紙のお金と硬貨をポケットに突っ込む。そして体勢を整え、ケネスと共に服屋を後にした。
店を出てすぐ、ケネスがジトリとアルヴァを睨んできた。
「――お前な。夢の中でくらい、人を魅了して歩くのやめろよ」
「魅了なんかしてないよ」
真剣にそう答えるアルヴァをしばらく半目で見ていたケネスが、フッと笑って、白いコートを彼女の頭にかける。それをアルヴァがモソモソと受け取れば、ケネスの左手と繋がっていた彼女に右手から、ぬくもりが離れていく。それに一瞬の寂しさを感じながら、アルヴァは白いダッフルコートを手早く着こんだ。
コートを着終えて再び手を繋いだ二人は、さて、と周囲を見回した。
「さっきの女性に、マフラーがあるか聞けばよかったな」
「駄目だ駄目だ。お前、あれ以上あの人と接触してたら、絶対恋されてたぞ」
目がハートだった、と白い吐息と共に溢すケネスに、アルヴァは苦笑する。
「夢の中でも、それは困るな」
「だろ。だから、マフラーはほかの店で――」
背の高い店と店の間。その奥へと目を向けていたケネスが、小首を傾げる。アルヴァもそちらに目を向けた。
「――あんな奥にも店があるな」
確かに店がある。
まずアルヴァの目に留まったのは、小さめの窓から覗いている赤い帽子に白いひげの可愛らしい人形。そこから目を動かして、彼女は外観を眺めはじめる。看板や、店の外に出された小さな木に、蛍か何かのような淡い光が灯っていて、素朴な美しさを放っている。
可愛らしい外観のその店は、まるで、アルヴァたちを手招きしているようだった。
「あの店、可愛いな。ケネス、看板見てみろ。赤い帽子がちょこんと乗ってる」
可愛い、とアルヴァがもう一度呟くと、ケネスが彼女の顔をのぞき込んできた。アルヴァが仰け反るでもなく視線を受け止めると、彼は、ニカッと笑って、それからアルヴァの手を引いて歩き出した。
その足が向かうのは、もちろん路地の奥の可愛いお店だ。
「行ってみよう、アルヴァ!」
ちらりとアルヴァを振り返ったケネスの笑みの優し気なこと。アルヴァは、くうっと目を細めて大きく頷くと、跳ねるようにして彼の隣に並び立った。それから、肩を擦り合わせるように、二人は細い道を歩く。
その背中を、エクリクシスの赤い目が――深い緑色の瞳孔の、優しい赤の瞳が、穏やかに見つめていることに、二人が気が付くことはなかった。