2018/12/24 4:00 p.m.
はて、『クリスマス』とは何だろう。アルヴァとケネスは顔を見合わせて、それから、ヒントでも探すように周囲に目を走らせ始めた。そんな二人を少し離れて見守るエクリクシスは、手助けをする気はないらしい。アルヴァが視線を送っても、彼はただ曖昧に笑うだけ。アルヴァは諦めて、道行く人々に目を向けた。
忙しなく往来する人々は、腕を組んだり手を繋いだりしている男女が多い。その中に灰色の服を纏った人がちらほらと見える。
往来を挟んだ向こうとこちらには、ショーウインドウやテラスや立て看板が見られる。視線を上げれば、赤や緑のごく短い垂れ幕のようなものがアルヴァの目に入った。
「エックス……マス?」
赤地に白で書いてあるとおりを読んで、アルヴァはコテンと首を傾げる。と、冷たい風が吹き抜けた。
「――ふぇ……っくし! ……あ゛ー」
ず、と鼻をすすって、アルヴァはケネスを見た。彼女が少し身を縮こまらせているから、ケネスを見上げるような形になる。
「夢の中で風邪ひいたら、現実でもひくのかな」
「わかんねぇけど、このまま薄着ってわけにもいかないよな……」
「とりあえず、マフラーとコートだったか。買わないとな……」
手は固く繋いだまま、二人は往来の片隅で身を寄せ合って周囲を眺める。
どこが何屋なのか、わかりにくいったらない。服屋がすぐに見つかれば良いんだが、と鼻をすするアルヴァの横、やおら扉が開いた。
チリンチリンとドアベルが鳴る音に、ケネスもそちらを見たようだ。
扉から出てきたのは、赤い帽子に赤い服、短い赤いスカートの女性だ。彼女は横で自分を見つめているアルヴァとケネスに気が付かず、寒気にフルリと肩を震わせ、それから「よいしょ」と机を組み立て始めた。
テキパキと机を作り上げ、女性は再び屋内へと引っ込んだ。かと思えば箱をいくつか抱えてきて、机に並べはじめる。
アルヴァは、街を飾る赤と緑と、女性の着ている服を見比べる。
――なんとなく、このお姉さんに聞けば、何かわかる気がする。
日頃からこういう勘がよく働くアルヴァの本能的なものなのか、はたまた、夢特有のご都合主義なのか。
まあどっちでもいいや、と思いながら、アルヴァはケネスに目配せしてから、女性に近づいた。
「あの、すみません」
「いらっしゃいま……せぇ……」
笑顔で振り返った女性が中途半端な体勢で止まる。その黒い瞳には、アルヴァの顔が写っているのが見える。アルヴァは女性の目を覗き込みながら、申し訳なさそうに眉を下げた。
「お忙しいところすみません。いくつか教えていただきたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」
アルヴァは静かに伝えて、返答を待つ。その間も、女性の目を見つめたままだ。
女性は動かない。ピクリとも動かす、アルヴァを瞳に写している。しびれを切らしたのか、ケネスがアルヴァの横にずいっと顔を寄せた。
「すんません、大丈夫ですか」
「ぁわ、わ、私ですか? えっ? えっ?」
キョロキョロあたりを見回す女性に、アルヴァはもう一度問いかける。
「少し聞きたいことがあって。今、大丈夫ですか?」
「あ、は、え、ひゃ、ひゃい……!」
首筋まで真っ赤に染まる女性に、アルヴァは目を伏せ、空いている手で頬を掻く。
――どうにも、距離がとりにくい。みんなすぐに赤くなってしまう。
自分の顔が整っているらしい、と言うのは、十六年もこの顔をしていれば、アルヴァだって一応気がつく。だから、彼女はなるべく人の心を動かしてしまわない距離というものを模索しているのだが、うまくできた試しがない。
――まぁ、今気にしても仕方ない。それに、夢だしな。
そう思いながら、アルヴァは改めて女性を見つめた。彼女は、アルヴァとケネスの顔を交互に見て、それから二人の手元を見て、と忙しなく目を動かしている。
とりあえず、金縛り状態ではなくなったようだ、とアルヴァは聞きたかったことを女性に問いかける。
「あの、クリスマス、と言うのはどういうものなのでしょうか?」
「……はぇ?」
女性の呆けた声も気にせず、アルヴァは言葉を続ける。
「えっと、もしかして、クリスマスと言うのは、お姉さんのように赤い服と赤い帽子を被る祭りか何かですか? 向こうの通りにも、お姉さんのような服の人がいる」
「……えっ。――えっ? えっ、なにこれ。もしかして、ドッキリとか、テレビの企画とかですか?」
何と説明したものか、ともごもごするアルヴァ。そんな彼女を前に、女性は納得したようなホッとしたような顔をする。
「そっかそっか、だからこんなイケメン二人が手を……」
うんうん納得してから、女性は染まった頬はそのままに、アルヴァに精一杯の笑みを見せてくれた。
「えっと、クリスマスっていうのは――神様? の誕生日? だったっけ……?」
ちょっと待って調べます、とポケットから薄い板を取り出した女性が、スイスイと指を滑らせる。しばらくそうしていたかと思うと、女性はその板を見つめたまま、言葉を紡ぎ始める。
「ええと、クリスマスっていうのは、神様の子供……の誕生日みたいです」
「へぇ……それが、今日なのか……」
ケネスの言葉に女性は首を振る。
「じゃなくて、明日です。今日はイブ」
イブ、とオウム返しにするアルヴァとケネスに、女性は頷く。
「そ、イブです。日本でクリスマスっていったら、イブのほうから盛り上がるんじゃないかな?」
二人は顔を見合わせた。
「――じゃあ、『クリスマスを楽しめ』と言うのは『今日を楽しめ』ってことか?」
「そういうことだろう、な」
ケネスの言葉に頷いてから、アルヴァが確認するようにエクリクシスを振り返る。彼は、相変わらず曖昧に笑っているだけだ。
――クリスマスを楽しんで。
その言葉の意味はわかった。そう思いながら、アルヴァはズボンのポケットに手を突っ込んだ。
カサリと触れた紙に、そういえば、とアルヴァはもう一つ質問を思い出す。だがしかし、その質問を女性に投げかけられたのは、女性がアルヴァとケネスを両脇に立たせ、何やら薄い板をいじくり回してパシャパシャパシャと音を立てたあとだった。