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2018/12/24 3:30 p.m.

 知らない文字を、なんの不自由もなく理解できている。

 その事実に動揺してしまい、アルヴァの手が強張った。くしゃり、と灰色の紙の束が鳴く。


「どうした、アルヴァ」


 彼女の異変にいち早く反応したケネスに、伝えるべきか黙っているべきか。アルヴァは軽く唇を噛んでから、灰色の紙をケネスに広げて見せた。


「はァ? なんだよ――なんだ……こ、れ。なんで……俺、こんな文字知らねぇのに、読め、てる」


 気持ちわりぃ、とケネスが唾を飲む。アルヴァは、彼の言葉に頷いて肯定した。

 臓腑を静かにゆっくりと撫でられているような、言葉にするのが難しい類の心地の悪さが彼女を襲っている。ケネスも同じ感覚を味わってるんだろう、と思いながら、アルヴァは極力の震えに気づかれないように意識しながら、灰色の紙の右上を指さした。彼が目を眇めて彼女の指の先を追う。


「これも、読めるな」


 アルヴァが確認するように呟くと、彼はコクリと頷いた。


「二〇一八年って……なんだよ。俺たちが居たのは、竜歴五百二十年だろ」


 どうなってるんだ、と同時に呟いた二人の間に、どこからか手紙が降ってきた。そしてそれは、捕まえられるのを待っているように、アルヴァとケネスの顔の前でふわりふわりと揺れている。

 アルヴァは、一瞬躊躇してから、人差し指と中指の間で挟むように手紙を捕まえた。


 神妙な面持ちで、アルヴァが封筒を開く。ケネスも同じような表情で、彼女の手元をのぞき込んでいる。

 エクリクシスは、そんな二人を少し離れて眺めていた。


 封を開けたアルヴァの鼻に、冬の匂いが香る。彼女はそっと封筒に指を差し入れて、中身を取り出した。

 入っていた物は二つ。


 一つ目は、半分に折りたたまれた紙。恐らく、便箋だろう。薄っすら文字が透けている。

 二つ目は、薄い茶色の地に、ほんの少しだけ緑がかった茶色で文字やら絵やらが描かれた、手のひらほどの長さの紙が三枚。


 まずは便箋を、とアルヴァはそっとそれを開く。ケネスがアルヴァに、更に顔を寄せる。二人してのぞき込んだ手紙の中身は、こうだ。


『まずは、手を繋ぎなさい。今日一日、ずっと繋ぐこと。それからこのお金で、マフラーと、白と黒のコートを買いなさい』


 アルヴァとケネスは顔を見合わせた。


「これは――私たち宛ての手紙……でいいんだろうか」

「わかんねぇ……でも、手を繋げって……どこだかわからない場所で、片手を塞いじまうの、得策じゃないよな」

 

 うん、とアルヴァが頷くと、慌てたようにエクリクシスが寄ってきた。


「手紙の言うこと、聞いた方がいいよ!」

「……んん?」


 一瞬の違和感。アルヴァとケネスは再度顔を見合わせ、それからエクリクシスを見た。

 赤い、炎のように逆立つ赤い髪。身を包むノースリーブと、ベルボトムのズボン。ゆらゆら揺れている、太い尻尾。普段通りの彼がそこにいる。だが、何かが決定的に違う気がして、アルヴァは首を傾げた。

 そんな彼女の前で、エクリクシス? は言葉を続ける。


「それに、ほら。まだ()は有るけど、寒くない?」


 彼にそう言われると、急に寒さを感じた気がして、アルヴァは腕を擦る。そして、彼女は気が付いた。いつの間にか、ガラス球に閉じ込められたような息苦しさが消えている。はあ、と息を吐きだせば、今まで色の一つも無かった吐息が白に染まっている。


 五感が正しく機能し始めた、そんな感覚だ。アルヴァは腕を擦って何とか温まろうとする。


 肌を刺す寒さも、少し煙っぽい匂いの混じる冬の空気も、彼女たちの前を通り過ぎる厚着の女性の不思議そうな視線も。まるで、世界に迎え入れられたようだった。それは、彼女の目の前のケネスも同じことだったらしい。彼も白い息を吐きながら腕を擦っている。

 エクリクシスに似た何かは、満足そうに笑って、それからアルヴァの手の中の手紙と長方形の紙を指さす。


「だからさ、ほら、君が持ってるの、お金だよ。一万円札が三枚。お金持ちだね。さぁ、これでマフラーとコート、買わないと。()が言うのもなんだけど、二人ともこの寒空の下、そんな薄着じゃ目立つよ」

「んんん? 僕?」

 

 決定的な違和感に、アルヴァは首を傾げて呟く。と、エクリクシスの形の何かは、慌てて口を開いた。


「あっ……ええと、違うぜ。俺、こんなところにいきなり出たから、気が動転したんだぜ」


 ここで、アルヴァは「ああ、これは夢だ」と思い至った。

 エクリクシスの口調がおかしい。


 つまり私は、昨晩寝て、夢を見るほど熟睡してしまっているのか。そう思いながら、アルヴァはケネスを見る。彼はどこか納得した顔でアルヴァを見ている。アルヴァは瞬きしながら言葉を紡ぐ。


「これ、夢だな。不思議な夢を見るものだなぁ。動き回れる夢には案内人がいると聞くが、ケネスが案内人か?」


 アルヴァがそう言うと、ケネスはグッと訝し気に眉を寄せ、大きく首を振った。


「バカ言え、これは俺の夢だ。だから、お前が案内人。だって、お前は、俺を夢に見たりしないだろ」

「ええ……そんなことないぞ」

「いーや、俺の夢だ」


 そんな押し問答をする二人に、エクリクシス――もどきだが、アルヴァは、夢だしな、と違和感は無視することにした――が手紙を指差す。


「手、つなげって書いてある。従ったほうがいい」


 ぎこちないエクリクシスの言葉に、アルヴァはケネスを見る。彼は何の躊躇もなくアルヴァの手を握り、「夢だしな」と楽しそうに笑んだ。そんな二人の上に、再び手紙が舞う。今度はケネスがそれを取った。二人で仲良く中身をのぞき込む。

 そこには、こうあった。


『クリスマスを楽しんで。そうしなければ、帰さない。そして最後に、私を見上げてほしい。私は――』


 私は、の後は透明なインクに切り替わったかのように、読めなくなっている。

 二人は手紙を再確認。『そうしなければ、帰さない』を二人の指が同時に擦る。そして二人は顔を見合わせて、真剣な顔で同時に呟く。


「――〝くりすます〟って、なんだ?」


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