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001

 麗らかな日差しの下、三台の馬車が列を成して街道を進んでいる。その中で最も豪奢な馬車には三人の男が乗っていた。

 その内、涼やかな風貌をした青年が口を開く。

「フェリクス様、間もなく首都へ到着します。そろそろ気を引き締めなくては」

 フェリクスと呼ばれた、まだ幼さが抜けきっていない顔立ちの青年は視線を窓の外に向けたまま「分かっている」と返事をする。

「……もうすぐ首都という割には、平原ばかりだな。ラザル伯の領地の方がよほど首都らしく思えてくる」

 どこまでも続く地平線に、土地持ち貴族では一番貧しいのではなどと揶揄されていたラザル伯の領地を視察した時の事をフェリクスは思い出す。だが、同じ地平線の景色であれど、あちらは農地であってこのような未開の平原ではなかった。

 そんなフェリクスの言葉に、涼やかな青年は一つ息を吐き、それに答える。

「建国から20年程しか経っていませんからね。この辺りは魔物も多いですから、まだ手を回せないのでしょう」

「竜殺しの国、か……」

 彼らが向かっている国は、かつてドラゴンに支配されていた。その支配していたドラゴンを23年前に一人の騎士が討ち滅ぼすと、支配されていた人々を纏め上げ、建国を宣言する。

 その宣言に当時の周辺国家は驚いたそうだが、辺境の、しかも魔物が多く出る土地を欲しがる国はそう居なかったのであっさり承認され、多くは『竜殺しの国』と呼ばれる事になる、ヴィリアットシュタインという国家が成立した。

「ええ。フェリクス様、いずれあなたの手で発展させていかなければならない国です」

「ヨハン。そんな先の事よりも、まずはフェリクスと結婚相手の事考えるべきだろう。それで、お姫様について何か分かったのか?」

 ずっと黙っていた鎧を着込み、剣を携えた精悍な青年が、隣に座るヨハンと呼ばれた涼やかな青年に向かってそう問いかける。

「はぁ……。アベル、そんな事とは聞き捨てなりませんが、そうですね、ユリアーナ様については不明な事があまりにも多すぎる。いえ、多すぎるというより、知っている事以外は分からないと言った方が適切ですかね。……昨夜の聞き込みでもやはり、これまで以上の情報は得られませんでした。兵士たちも姫様の話になると、頑として口を噤みます」

 彼らがヴィリアットシュタインに向かっているのは決して遊学などといった理由ではない。大陸の覇権を争う大国、フィゼーツの第三王子であるフェリクスと、彼の国の姫であるユリアーナとの婚礼の為である。

 貴族や王族の婚姻は元より、当人同士の意志など関係なく一族あるいは国家の利益が第一で、婚礼の場で初めて会うなどというのは珍しい事ではない。だが、会う事はなくとも当人に関する噂や情報は入ってくるものである。けれど、ユリアーナ姫はそれすらもないのだ。

 ユリアーナ姫との結婚の話が持ち上がった時は、姫に関する情報が乏しいのは辺境の国だからと気にも留めていなかったが、いざ結婚が決まり改めて商人などを使って情報を集めてみれば、ユリアーナという名前と今年の春で17歳を迎えたという事しか分からなかった。

 ならば、現在も馬車の前後で護衛をしている、ヴィリアットシュタインの兵士であれば何か分かるのではないのかと、昨夜の夕食の折りにヨハンがそれとなく聞き出そうとしたが全くの無駄骨であった。

「ただ……王や王妃についてはよく喋っていたので、やはり姫に関して何らかの情報規制がされているのは確実かと」

「情報規制か……」

 ここまで厳重な情報規制をされている事から、ユリアーナ姫に何か大きな問題があるのは火を見るより明らかである。それでもヨハンとアベルは、その問題が何なのかと思考を巡らせ、予想が浮かび上がる度に顔を曇らせる。そんな彼らに、ずっと窓の外を眺めていたフェリクスがやっと向き直ると、笑いかけた。

「そんなこと、どうだって構わないさ。あの国から出られただけでも十分だ」

 そう言うフェリクスの笑顔はとても清々しげで、けれどどこか自嘲めいていた。

 大国の第三王子と言えば聞こえはいいが、そうではない。王宮での彼は、爪弾きものとまではいかなくとも、除け者ではあった。

 フェリクスが生まれた時には既に、歳の離れた第一王子を次期国王にする方針で国内が纏まっていた。その平穏をフェリクスが脅かすのではないかと、不穏分子として見張られる日々。突出しようものなら政争に敗れた貴族達に担ぎ出されかねず、かといって無能を演じれば不要と断定され切り捨てられる。

 王族として最低限度使える程度の成績を維持し、居ても居なくても変わらない空気に徹し、ただひたすらに周囲の顔色を伺うだけの息苦しい生活だった。そして将来は国内のどこぞの貴族に婿入りさせられ、王位を継いだ兄の顔色を伺い続けるのだろうと諦観していた。

 それがこうして国を出る事が出来たのは、フェリクスにとって望外の喜びだった。たとえ、切り捨ててもいい存在だと、暗に突きつけられた結果だとしても。

 ヴィリアットシュタインは貴金属や宝石が多く採掘され、その加工技術も高い。だからこそドラゴンが支配していたのだが。まだ発展途上とはいえ、そんな強みがある国と婚姻で結びつきを強めるのは悪くないだろう。だけど、そんなメリットよりも婚姻相手が不明というデメリットに、打診を受けた多くの国が足踏みをしていた。これで相手が姫ではなく王子であったのならもっと話は変わっていただろう。王子を外に出せる国はそう多くない。

「フェリクス様……」

「…………フェリクス」

 第三王子付きの文官、護衛騎士として幼少から共に過ごし、フェリクスの胸中を知っている数少ない人間であるヨハンとアベルは、そんな彼の笑顔に言葉を失ってしまう。

「そんな顔をするな。もうすぐ首都なのだろう?」

 そう言ってフェリクスは少し苦笑する。

「ええ、そうですね」

 ヨハンが頷けば、フェリクスは普段と変わらない、王子らしい笑みを顔に貼付けていた。


 首都の中に入ると、歓迎を受ける。何もなかった周囲から想像していたのとは違い、立派な町並みだった。とは言ってもフィゼーツの首都には遠く及ばず、地方都市程度ではあるが。

 フェリクスたちを一目見ようと多くの人が通りに出て、花びらを撒いては歓迎していた。フェリクスはにこやかに微笑み、王子らしく優雅に手を振ってそれに応える。

 そしてその笑みを崩さないまま、フェリクスは民衆を観察する。彼らの顔は喜色に満ちているように見えるが、どこか堅い。辺境ゆえ他国の王族が来た事がないだろうから、その事に対する緊張の現れの可能性もあるが、そういった類いのものでは無いとフェリクスは直感する。むしろ、品定めをするような、こちらを見極めようとしているように感じる。

 貴族ならまだしも、ただの平民がこのような視線を投げ掛けてくる事に疑問を感じるが、それを表に出す訳にもいかないまま、彼らを乗せた馬車は王城へと辿り着いた。


 玉座の間に通され、国王そして王妃と対面する。そこには、やはり姫の姿は見当たらなかった。

 城自体は小規模なものではあるが、その内装、特に装飾品は自国の宝石の産出量そして加工技術を誇示するためか目に見張るものが多い。そして、それがこの広間は特に顕著だった。

「フェリクス王子、此度は我が娘の為にはるばる遠方からの来訪、誠に感謝する」

 竜殺し(ドラゴンスレイヤー)たるヴィリアットシュタイン国王は、齢五十近くではあるが武人として衰えを知らないような屈強さが見て取れる。その隣に座す王妃は国王とは逆に楚々とした控えめな印象を受けた。けれど、何故かフェリクスの目にはどこか悲しげに映ってしまう。

「こちらこそ、ユリアーナ様と縁を結ぶお相手に選んでいただけて、大変光栄の至りであります」

 事前に準備していた当たり障りのない受け答えを行う。そうして、何事もなく国王との最初の面会を終えようとした時、彼から予想だにしていなかった問いが投げかけられた。

「さて、話さねばならない事は多いが、まずは長旅の疲れを癒して欲しい。けれど、その前にフェリクス王子、貴殿にユリアーナに会って欲しいと思っているのだが、如何かな?」

 婚礼の儀までユリアーナ姫と会う事はないだろう、と立てていた予想と反する問いに、フェリクスは一瞬返答に詰まる。

「ええ。私も是非ユリアーナ様にお会いしたいと思っていたのです」

 周囲の反応からこう返答するのが正解だと感じ取ったフェリクスは、笑顔で頷いた。

 そのまま二人の臣下に連れられて、ユリアーナ姫が待つ部屋まで案内される。

「お付きの方はここでお待ち下さい」

 扉の前で告げられたその言葉に、ヨハンとアベルが抗議の声を上げようとするが、それをフェリクスは手で制した。

「では、フェリクス王子はこちらに」

 了承を得られたと判断した臣下たちは、一人はそのままヨハンとアベルと共に廊下に残り、もう一人はフェリクスを部屋の中へと案内する。

「…………」

 その案内された部屋は、外とは全く違って質素なものだった。そのあまりの差異にフェリクスは驚きを覚えるが、声を出す事はなかった。

 廊下や玉座の間といった、よく人目に付く場所は国威を示す為により一層豪奢にし、こういった比較的人目に晒されにくい場所で支出を抑えるというのはよくある事だ。それに置かれている調度品の数々は、質素ではあるが確かに上質なものだと分かる。けれど、徹底的に貴金属や宝石といった類いのものが徹底的に排除されているこの部屋に、何か意図を感じざるを得ない。

「ユリアーナ様、フェリクス王子がお着きになられました」

 部屋についてフェリクスが思案していると、部屋にいた侍女が更に奥に繋がっているらしい扉をノックした。もうすぐにでもユリアーナ姫と対面する事に、フェリクスの心臓がドキリと音を立てる。

「分かりました。すぐそちらへ行きます」

 扉越しに微かに聞こえてきたユリアーナ姫らしき人物の、鈴を転がしたような可憐な声に、フェリクスの期待が自然と高まってしまうが、慌ててそれを押し殺す。

 フェリクスたちが立てている、ユリアーナ姫の情報規制の理由の仮説の中で、一番有力だと考えているのが、彼女があまりにも不美人である、というものだ。フェリクスにとって自国から出られただけで十分なのに、相手に容姿を求める事なぞ高望みが過ぎると分かっていても、つい期待が頭をもたげてしまう。

 勝手に期待しておいた上で落胆して、相手を傷つけてしまってはいけないと、冷静になろうとしても心の内は不安と期待で入り乱れる。

「フェリクス様、どうか私の姿を見ても叫ばないでください。……お願いします」

 再び扉の先から聞こえてきた鈴のような声に、心臓は跳ねるが、頭はすっと冷静になり覚悟が決まる。

「……はい。もちろん、お約束します」

 口の乾きを感じながらも、そう答えればゆっくりと扉が開いていくのが目に入った。

「初めまして、フェリクス様。私がヴィリアットシュタインの第一王女、ユリアーナと申します」

 そう挨拶をするユリアーナ姫の姿に、フェリクスは言葉を失ってしまう。

 金糸のように輝くサラサラとした髪。憂いに満ちた碧玉の瞳。白磁のような疵一つない滑らかな肌に紅く色づきふっくらとした小さな唇。想像していたものとかけ離れた美しく可憐な姿。

 そんな姿とはあまりにも不釣り合いな頭から生えている大きな一対の白い角。肌のあちこちに見える柔らかに光りを反射している白い鱗。その背に見える、折り畳まれた翼と丸太のように太い尾。それら全てが彼女が普通の人間ではないと訴える。そして何より、彼女が持つ人間としての美しさこそが彼女の異様さを際立たせている。

 言葉を失っているフェリクスに、ユリアーナ姫は悲しげに目を伏せた。そんな彼女にフェリクスは_

「…………美しい」

 無意識の内にポツリと呟いた。

 そう、フェリクスが言葉を失っていたのは、異形への驚きでも、恐れでも嫌悪でもなく、純粋にユリアーナ姫に見蕩れていたからだった。

「えっ?」

 忌避されたのだろうと、考えていた事と全く逆の反応に、ユリアーナ姫は理解が追いつかずに疑問の声を上げる。そして、言葉の意味をやっと理解すれば、その白い肌は瞬く間に真っ赤に染まっていった。


 これが後世に名高く伝わる、竜護王フェリクスと竜姫ユリアーナの出会いだった。

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