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昼食を摂ったあと、念のためにカガリにはフードを被せて宿を出た。
その時には、すでに件の冒険者達はいなくなっていた。
どうやら、昼食に立ち寄っただけのようだ。
すぐにレジナは、情報屋に行き情報を集めた。
それによると、すでに王族達のことはかなり話題になっているようだった。
情報屋から出て、街道を歩きながらレジナは手に入れた情報を整理する。
「うーん。まさかとは思ったけど」
「なにかわかった?」
「まぁ、いろいろとね
王族と君の元クラスメイト達がどうして、こんな辺鄙なとこにいるのかってことなんだけど」
「うん」
「たぶん、あたし達と同じだと思う」
「同じって、伝説の剣を探してるってことか?」
レジナはうなづいた。
「そう」
ファルゼル王国の建国当初こそ、勇者王が神から与えられたとされるその剣は、鞘から引き抜くことが出来たら次代の王として認められるという装置になっていた。
しかし、いつの時代からかその存在はぱったりと姿を消してしまう。
なにしろ、五千年だ。
魔王が魔族のいなくなった後の世界で起こった、戦乱のゴタゴタで行方不明になってしまったのだ。
伝説によれば、使えるものがいなくなり元の主である勇者王の墓まで飛んでいって突き刺さっていると言われている。
ただ、魔族は生き延びているとずっと言われていた。
南にあるとされるデスレイン砂漠。
そのどこかには、魔族達の国があるという言い伝えがあるのだ。
ただ、デスレイン砂漠に行くには天上の世界に通じていると言われる険しい山々、フィストリア山脈を越えなければならない。
しかし、歴史上誰もこの山を越えた者はいないとされている。
挑戦する者はいるが、遭難して帰らぬ人となるからだ。
二次被害のおそれもあるので捜索隊が派遣されることもないと聞いている。
「ちゃんと管理しておけば良いのにね、ほんと」
「でも、なんで今さら」
そう仮にも王族がスポンサーなら、伝説の武器に頼らなくてもそこそこお金を出せばそれなりの物が用意できなくもないからだ。
さすがに全員分とはいかないだろうが。
その答えも、レジナはあたりがついていた。
「たぶん、王位継承が関わってる」
「次の王様を決めるため?」
「ほら、あたし前に言ったでしょ。
その剣を使える者が次の王様になるって話。
で、ここ最近は魔王が復活しただの、再来しただのの噂に加えて伝説上とされてきた魔族の存在が確認されたり、各国で君みたいな異世界人が召喚されてきてる。
まるで、伝説をなぞるみたいにね。
ファルゼル王国は正統な王位継承権を持つのは王子が二人に王女が二人。
基本は男が優先的らしいけど。
ある種のお家騒動が起きてるんじゃないかと、あたしは見てる。
勇者と一緒に旅をして、伝説の剣を手に入れて魔王を倒した者が次の王様だとか言えば、継承権が低くてもチャンスだと思って参加するはずって話も前もしたと思うんだけど」
「そういうもんかなー」
「現に、君は食堂で騒いでたのが王族だって断言したじゃん」
「まぁ、そうなんだけどさ」
「それに、出世や成り上がりに夢を見るのは男も女も同じだし」
「でも、それじゃどうするの?」
「なにが?」
「このままじゃ先を越されるんじゃ」
「たしかにね。
たぶん、王家にしか伝わらない伝承なんかを参考にして動いてるはずだし。
でもーー」
レジナが言った時、背後から車が駆けてくるのがわかった。
轢かれないように二人は端による。
馬車か竜車かと思ったが違った。
二人の横を通り過ぎたそれは、最近貴族達の間で広まりつつある、魔力で動く魔導自動車と呼ばれる車だった。
噂では、動かせる者はかなり高い給金で雇われているらしい。
一般に出回るには、まだまだ時間がかかる乗り物である。
「ふーん、いいご身分だ」
そう言ったレジナをカガリは見た。
彼女はいつの間にか色眼鏡ーーグラサンを掛けて遠ざかる自動車を凝視している。
自動車がかなり小さくなったところで、グラサンを外す。
そして、言った。
「今の車、その王族達と君のクラスメイトが乗ってたよ」
「車を持ってるのか」
「それなりのお金はやっぱり出てるみたいだね」
運転手もそうだが、魔導自動車そのものが物凄く高価なのである。
そしてメンテナンス等の維持費を合わせると、レジナがカガリに買い与えた服と装備一式がもう二つほど用意出来るほどだ。
今は、貴族達の間では所有していることが、一種のステータスになっているらしい。
レジナはグラサンを消して、今度は宿で印をつけた地図を出現させる。
「ここから一番近い墓がある場所に向かったかな」
その声は、少し弾んでいた。
先を越される心配はしていないようである。
「は、早くしないと!」
逆に、カガリは焦った声でそう言った。
「たぶん大丈夫だよ」
「え?」
「そこ、一番有名なところだから。剣の引き抜き体験とかできるんだよ」
「は、はい?」
「有名な観光地なんだよ。実際剣が目立つ所に突き刺さってるみたいだけど。
たぶん、そこのは偽物だと思うし」
「そうなの?!」
「経験上、こう言った伝説にあやかって村おこししてるとこのは、ほぼ百パー、偽物。
1回銅貨五枚で挑戦出来るらしいね、見物だけなら銅貨一枚ね。
そもそもさー、もし本物だったら魔法協会や錬金術士協会の連中が来てとっくの昔に研究のために回収してるはずだよ。
大々的に村おこしの道具にされてる時点で、たぶん偽物」
「で、でもさ、もし本物だったら」
「その時はその時。いざとなったら君のクラスメイトパーティからぶん取れば良いんだし」
発想が盗賊と大差ない気がする。
「ぶんどるって、相手は勇者と王族だよ」
「だから?」
「絶対無理だよ」
「無理じゃないよ。君の元クラスメイトも王族の子達も宝の持ち腐れだったし」
「え?」
「宿の食堂であの子達の装備を確認したけど、どれも一級品だった。
もちろん、実践向きって意味でね。
でもさー、武器を使わない喧嘩でアレはねー。
多少はどっちも訓練を受けたみたいだし、その辺の盗賊やチンピラ相手だったら充分だと思うよ。
ただねー、これからのこと考えるとたぶんすぐ死ぬと思うよ」
「??
ごめん、意味がわからないどういうこと?」
「んー、そうだなぁ。
よし、ちょうど良いし授業をしよう」
そう言ったかと思うと、レジナは道を外れた。
整備された街道から外れて、近くの林に入っていく。
カガリはそれを追いかける。
しばらく歩き、レジナは足を止めた。
「ん、この辺がいいかな?」
彼女が足を止めたのは、少し開けた場所だった。
次にレジナは指を振り、短剣いやナイフを出現させる。
黒塗りの刃は長く、柄は短めのアンバランスなナイフだった。
今は鞘に収まっている。
「はいこれ」
そのナイフをレジナはカガリに渡してくる。
カガリは素直に受け取る。
「それを抜いて、あたしに切りかかってみて」
「切りかかって、って、うぇ?!」
「ほら」
「いやいやいや!
危ないよ!」
「大丈夫だよ」
「無理だよ!」
「なら刃は出さなくて良いから。ちょっと攻撃してみて」
「いやいやいや、これ絶対俺が返り討ちにあうやつじゃん!」
「違うよ、授業だよ」
「意味がわからない」
「あのね、あたしも超人じゃないし完璧じゃないの。
もしかしたら、あたしが怪我したりして動けなくなって、君だけで逃げたり戦ったりすることがあるかもしれないでしょ?」
それはその通りだった。
レジナと行動を共にして、もう一月近くが過ぎている。
何度か盗賊に追い剥ぎにあったし(レジナが返り討ちにして身ぐるみを剥がした)、レジナの体験談によれば、遺跡に調査に来ていた冒険者やトレジャーハンターと遭遇しトラブルとなることも少なくないらしい。
その話を聞いていたからこそ、彼女の授業の意味も義務も出来る。カガリは理解できる。
「それは、でも」
「あとは、君が多少動けた方があたしも助かるし。
今後のことも考えての授業だよ」
それはその通りなのだろう。
レジナはカガリに自衛を覚えさせるつもりなのだろう。
レジナは楽しそうだ。
とても楽しそうに、彼女はカガリにナイフを差し出してくる。
楽しそうなのに、気迫のようなものを感じる。
ごくり、と唾を飲み込んでカガリはナイフに手を伸ばした。
そのナイフは、レジナのコレクションの一つであり、とある殺人鬼が年端もいかない子供達を殺害し解体し、食べるために使ったとされている、いわく付きのものだった。
そのことを彼が知るのは、授業の後である。