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「あのー、もう適当で良いから」
試着室から出てきたカガリの言葉に、レジナの鋭い視線が向けられる。
「適当過ぎはダメでしょ。とりあえず防御の魔法が掛かってるし、服はそれね。次は、防具と武器を選ぶよ」
二人がいるのは、ファルゼル王国の王都からほど近い街にある、そこそこ大きな魔道具店である。
魔法の杖から、能力を持たせた服まで揃っており。
武器なんかも売られている。
「あたしの服をまだまだ着てたいってのなら、話は別だけど」
あの後、カガリはこの世界では目立つ学ランーー学生服から一時的にだがレジナの服を借り着替えて行動していた。
もちろん、ファルゼル王国側の目を欺くためだ。
カガリの髪は、レジナと同系色の紅い髪のカツラを現在は着けている。
紅髪のカツラとレジナの服を借りたため、二人が並べば姉妹のように見える。
さすがに目の色は変えられなかったが、目の色くらいならいくらでも言い訳できる。
服の貸し借りについては、意外とカガリが細身だったことも幸いした。
「いや、さすがにそれはちょっと」
会計後、カガリは試着した服を着たままでつぎの売り場に移動させられた。
「全身鎧なんてどうせ使いこなせないだろうから、ライト・アーマーで、いや皮のショルダー・ガードでいっか。あとは武器だけど、うーん」
レジナはショーケースに並べられた、様々な魔法の効果が付与された武器とカガリを交互に見る。
しかし、彼女のお気に召すものは無かったのか結局武器は買わなかった。
皮のショルダー・ガードを買い、装備の仕方を教わりながら着けて、店を出た。
ちなみに、この買い物の代金はすべてレジナ持ちである。
「さて、ここで一つ大事なことを話しておくけど」
昼食には丁度いい時間なので、先程の店で聞いた食堂に向かいながらレジナはカガリに言った。
「剣が見つかって無事引き抜けたら、それをあたしに、ちょーだいね。
じゃないと、今の買い物分の値段で君を売るからね」
「それは、もちろん。
でも、その一応聞いていいかな?」
「なに?」
「この装備、全部でいくらしたの?」
「一応専門店で買ったし、保証書もついてること考えるとまぁ、そこそこ?」
「そこそこ」
「家族五人くらいなら向こう十年、遊んで暮らしてもお釣りがくるくらい」
返答に、カガリは動きを止めてしまった。
レジナは構わず歩いていく。
「ち、ちょっと待って!
そんな高価なもの、俺もらえない!」
「大丈夫。伝説の剣を見つけられればそれだけで黒字になるし。
ようは、先行投資ってこと」
魔法の加工をされた道具は、それだけでとても高価なものになる。
しかし、魔法具に限って言えば高いものほど良いもの、というのが常識だったりする。
一つだけでも簡単な家が建つ程の金額になるものもある。
今回の服だけではなく、路銀もすべて彼女持ちだ。
さすがに、色々と悪い気がする。
「それに、君に死なれたらより良い状態での研究ができなくなる」
「でも、あるかどうかわからないのに」
「ある」
きっぱりと前を向いたまま、レジナは言った。
「剣はある。勇者王の武器は絶対にある」
「それは、そうかもしれないけど。
でも、ニセモノかもしれないとか、そういう可能性は」
伝説の武器が現存していることに、カガリは疑問を抱いていた。
何しろ千年以上も前のものだ。
朽ちないように魔法がかけられている手帳を見た後でも、本当にあるのかどうか彼は疑問だった。
仮にあったとしても、既にほかの人間が見つけているかもしれない。
「だったらなに?
かもしれない、は考えない!
仮にニセモノだった時は、その時はその時!」
彼女は振り返らない。
後ろから追いかけてくるカガリを見ない。
「なんで、有るってわかるのさ?」
「わからないよ。見るまではわからない。在るのか、無いのかわからない」
そこで、レジナは足を止め、そこでようやく追いついてきたカガリを見た。
「正直、天界人ーーいや、異世界人の噂をきいて、君を見るまではあたしはその存在の実在を知らなかった。
暗喩か何かだと思っていたというのが正直なところかな。
いや、実在を疑っていた。
でも、君という存在は今どこにいる?」
真っ直ぐに見つめられる。
宝石のようなキラキラした翠の瞳に、カガリが映る。
「レジナの、目の前?」
返ってきた答えに、レジナはニッコリと笑った。
「正解」
「でも、本当に今更だけど。危ない目に合うかもしれないよ?」
「だから?」
「殺されるかも」
「それで?」
「それでって」
「危ない目に合う、殺されるかもしれない。
生きてりゃそんなの普通だよ。
人を殺すのは、人だけじゃないし。
事故に食中毒、病気に自然災害。
いろいろあるよ。
でも、だからって、あたしはそれをやりたいことをしない理由にしたくない」
「それは、そうなのかもしれないけど」
「逃げたり諦めたりするのは、一瞬でできるから。
あたしはその一瞬を先延ばしにしてるだけ。それだけのことだよ」
強いなぁ、とカガリは思った。
元の世界とは違って、こっちの世界は殺伐としている。
人の生き死にが、命が軽いとかではなく、環境そのものが違うから当たり前と言えば、当たり前の事なのだが。
でも、そんな世界でも自分の好きなことに夢中になっている彼女は、とても力強くカガリに映った。
実力が伴って、それが自信になっているのだろう。
元の世界では、命のやり取りなんてしたことが無かったし、まさか殺されそうになるとは思ってもいなかった。
だからこそ、より彼女が魅力的に見えたのだ。
その感情は恋とか愛とか甘酸っぱいものではなく、小さな子供がテレビに映る特撮のヒーローに対して持つ羨望だった。
近いけど遠い場所にいる者へと向けるそれ。
「レジナ、聞いてもいい?」
「なに?」
「レジナはどうして、伝説の武器を探して旅をしてるんだ?」
カガリの質問に、レジナはきょとんとする。
「言ってなかったっけ?」
聞いたような気もするし、聞いていない気もする。
「あたしはね、伝説が好きなんだ」
「それは、聞いた気がする」
「神話も好きなんだ」
「それも、聞いた気がする」
「なら言ってたね」
「でも、わからない」
「なにが?」
「なんで、それで危険な旅ができるの?」
「好きなことをするのに、命をかけるのはおかしい?」
「おかしいよ」
「君のいた世界では、命をかけて好きなことをするのはおかしいことなんだ?」
「それは」
いないわけではない。
そう言ったことをする人間が全くいないわけではない。
でも、白い目で見られ、後ろ指を指され、嘲笑されることは珍しくない。
好きなことをしていると公言すれば、迫害とまではいかないが孤立させられる。否定される。
「窮屈な世界だね」
「でも、死ぬよりはいい」
「好きなこと、やりたいことを諦めて生きるのが君の世界だと、正しいことで普通なんだ?
まぁ、人には向き不向きがあるからね~。
ん〜、あたしはそっちに行ったらたぶん心が死ぬなぁきっと。
体が死ぬよりもさきに、心が死ぬ」
苦笑して、彼女はこわいこわいと続けた。
どこまで本音かはわからないが、どうやらレジナは命を落とすよりも心が死ぬ方が怖いらしい。
「カガリはつくづく運が無いね。
こんな馬鹿な女に拾われて、利用されるなんて」
「そんなことは」
「あたしも聞きたいんだけど」
「?」
「君は、あたしからしてみれば、そんな心が死ぬような世界をどうやって楽しみながら生きてたの?
そもそも、楽しみはあった?」
「それは」
「それともう一つ」
食堂の前で立ち止まると、カガリには読めない文字で書かれた立て看板を見ながらレジナは続けた。
「チキン定食とハンバーグ定食、あ、魚の照り焼きもある。
今日は何食べたい?
ランチには日替わりメニューもあるみたいだし。
ま、好きに決めて食べなよ」