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それは、カガリが殺されそうになったいた所から遡ること数日前のことだ。
ガヤガヤとしたその教室で、カガリは浮いている存在だった。
いわゆるイジメである。
とは言っても、殴られたりと言った暴力行為は無かった。
始まりがなんだったのか、どうしてイジメられるに至ったのか、その理由をカガリは知らなかった。
何故なら、ずっと無視され続けていたからだ。
ある日からずっと、教室中から無視されるようになったのだ。
別に物を隠されるとか、壊されるとかいった行為もなかった。
ただ、無い存在として扱われる。
当然、カガリは戸惑った。
しかし、わざとらしく無視されたある瞬間知ってしまった。
クスクス、という押し殺した女子の笑い声が聞こえて、不意に周囲を見回せば今までは戸惑うばかりで、気づけなかったクラスメイト達の歪んだ笑みに囲まれているということを知ったのだ。
そう、クラスぐるみで、表に出にくい方法でカガリをイジメてその反応を楽しんでいたのだ。
なにしろストレス社会だ。
親や家族によるストレスは子供に、行き場のない子供のストレスはより弱い存在へとぶつけられる。
困る人を見て楽しむ、というのがカガリが所属している教室でのストレス解消法としていつの間にか決定していたようだ。
そのことを知って、たぶん驚きと悲しさとなんとも言えない感情がカガリを支配した時。
それは起こった。
教室が目も開けていられないほどの光に包まれて、クラスメイト達と共にこの世界に召喚されたのだ。
カガリを含め、二十人弱の学生達はもちろん戸惑いを隠せなかった。
そこに、マンガで見るような神官服の者達と、礼装姿の4人の少年少女が現れて説明をきいた。
「説明?」
どんなものかは予想はついたが、レジナは訊ねた。
特に嫌な顔もせず、カガリは返した。
「俺たちを召喚した理由の説明だった」
曰く、神託だか占いだかで魔王が復活したからその脅威に対抗するため、古の掟に従ってカガリ達を召喚したらしい。
「やっぱりそうだったか。
つまり、君は勇者として天界から派遣された一人だったわけでしょ?
それがなんで、あんなことになってたの?
というか、ほかのクラスメイト達は殺されたし。なにか悪いことでもした?」
レジナの質問に、カガリは頭を横にふるふると振った。
「悪いことなんて何もしてない」
そうカガリ達は、所謂犯罪なんてしていないのだ。
「じゃあ、なんで?」
レジナに先を促され、カガリは召喚されたあとに起こったことを説明する。
二十人弱のクラスメイトの中でも、家柄が良く見目もよいという者達が四人いた。それも男女二人ずつ。
その四人はクラスのリーダー格であった。
常にクラスメイト達の中心にいて、教室の中でも外でもとにかく目立つ存在だった。
と、ここまで話した時、レジナがジト目で口を挟んだ。
「あー、そのリーダー格と王族の少年少女が仲良くなったとかいうんだったら割愛してね」
「…………」
「あとあと、能力差とかを数値で判断されて追い出されたとか、その時に君を含めた誰かが、『なら何処か開拓できる場所教えてください。資金さえもらえばそこ行って村つくってスローライフするんで』とか言う流れだったら、面白味もなにも無いから、それも割愛ね♡」
「…………」
カガリは目を逸らした。
「割愛ね♡」
「俺、何を喋れば」
「その流れだったんかい!」
自分が言った事とはいえ、レジナは突っ込んだ。
「ほぼ、その流れだったかな、と思う」
レジナは腕を組み、なるほどなるほど、と相槌を打った。
「よーくわかった。色々、よーくわかったわ。
つまるところ、開拓の支度金もらって出発した矢先に襲われた、と」
「追い出されたのは正直根に持ってる。でも、どうして殺されなきゃ行けないのかがわからない」
「そりゃ、あの黒づくめの連中がファルゼル王国の命令で動いてる場合は簡単な話だと思うけど」
「え?」
「表向きは出国させて、人気のない所で殺す。んで、支度金を回収して他のことに使う。
だって能力の無い連中に金を渡したところでもったいないでしょ?」
レジナの言葉を比定したいのか、カガリは、何かを言おうとするがそれは言葉にならず、あーとかうーとか意味の無い音として消えた。
「でも、そっちの方がお金かかるんじゃ」
しばらくして、カガリは殺す手間暇のことを考えたら、そちらの方が割に合わないんじゃないかという答えに達したようだった。
レジナは焚火で今度はお湯を沸かすと、先日手に入れた茶葉でお茶を淹れ始めた。
「たしかにね。でもそれは他所で人を雇った場合の話。
あたしの一方的な推測だけど、あの黒づくめはファルゼル王国お抱えの特殊部隊とか、まぁいわゆる暗殺部隊とかの隊員じゃないかと思うわけ」
「なんで、そう思うの?」
「んー、そうだなぁ。例えばこの現代に勇者を異世界からわざわざ召喚したこととか。
物騒なウワサが流れていること。
そもそも、【わざわざ他所から派遣させた人員を殺してること】とかね」
レジナの言っている意味がよく分からなかったのか、カガリは首を傾げ、疑問符を顔に貼り付ける。
「お金の面で言うなら、お抱えの暗殺者を使った場合、まぁ表向きの帳簿には記載されないだろうけど、記載されても誰にも分からないような項目になっているはず。
あー、つまりね最初からその分の予算は割り振られてるってこと。だから、それ以上のお金はそんなに掛からないと思うしね。
でも、これがフリーの暗殺者、殺し屋とかに依頼するんだったら、組んでた予算外の出費になるからだったら、より経済的な方を選ぶかなぁって思ったの」
「そういうものなの?」
「いや、わかんないけど。そういうこともあるんじゃないかなあ程度」
「でも、支度金が惜しいなら最初からくれなければ良いのに」
カガリの呟きに、レジナは淹れたてのお茶をカップに注いで手渡す。
ちなみに、このカップ類もレジナが指を振るだけで出現した。
「うーん、じゃあ聞くけどさ。
『数値的に優秀なやつしかいらない。お前ら邪魔だから国から追放ネ♡︎』とか言われた挙げ句、『あ、優秀じゃない邪魔なお前らに渡す金なんてないよ。開拓? やりたきゃ好きにすれば? まぁ金はださないけど』とか言われて放逐されても、君らは納得出来た?
『はい!分かりました!邪魔な自分らにはお金はいらないです!』って」
少々、挑発的とも取れる言葉だったが、カガリは何も返せない。
納得など、出来るわけないのだ。
勝手に呼びつけておいて、勝手に邪魔扱い、不用品扱いされては文句だって出る。
国側、この場合は王族側だろうか。
とにかく向こうは、面倒ごとを嫌って今回のようなことをあらかじめ計画していたのかもしれない。
「でも、それなら俺たちから金を奪い返して終わりで良い気もする」
まだ、何かが引っかかるのかお茶を一口飲んで、カガリはそう呟いた。
「だって、わざわざ殺さなくても俺たちはこっちの世界じゃ右も左もわからないし。
魔物との戦い方だってよくわからない、だから、生かされてもすぐに限界がきて死んでたと思う」
レジナもお茶を飲んで、口と喉を潤してから答えた。
「可能性はゼロじゃないってところかな」
「え?」
「考えてもみなよ。君たちは数値的にはたしかに優秀じゃなかったかもしれない。でもね、成長すればどうなのかはわからない。
なにせ、神話や伝説とはいえ、実在したとされる伝説の勇者と同じ世界からきた存在だよ?
下手にその場で反感買って反撃されるよりも、その時は下手に出ておいて油断してるところを一網打尽にしたほうが良いし。
あとはーー」
そこでレジナはまたお茶を飲んだ。
「あとは?」
続きが気になって、カガリは先を促した。
「機密を守るためと、君たちを他の国に渡さないためだと思う」