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「え、知り合い?」
小声でレジナはカガリに言った。
カガリの驚く声が返ってくる。
「そう、行動範囲や目的が似てるからかよく遭遇するんだよね」
「助けなくていいの?」
「うーん、ねぇカガリ、ちょっと教えてほしいんだけど」
「なに?」
「あのお姫様の名前ってなに?」
「え、えっと、たしかレイなんとかだった気がする」
「おっけー。君はここで知らん顔しててね」
そう言いおいて、レジナは口論となっている場へと近づいた。
彼女が席を離れる時にカガリは気づいた。
レジナの瞳が紅くなっていたのだ。
「あっれー?!」
いきなり、レジナはわざとらしい声を上げた。
「もしかしてもしかすると、レイチェル殿下ではありませんか!!?
肖像画で、見たことありますよ!」
その言葉で、店がざわつき始める。
赤髪の見知らぬ女の登場に、黒髪に突っかかっていた二人組が動揺する。
「やっぱりそうだ!
その金髪碧眼に、涙ボクロ、あと少しとんがった耳!
さっき寄った博物館にも飾ってあった肖像画のまんまだ!」
言いながら、レジナは王族パーティ組と黒髪の間に割って入る。
そして、王族パーティ側に気づかれないよう、片手で背後にいる知人の黒髪へ逃げるように合図を送る。
一方、騒ぎが大きくなり人だかりが出来始めたことに気づいた二人は、声を荒らげた。
「な、なんなんですか!あなた!」
「こんなド田舎に王女がいるわけないだろう!
それより、後ろにいる男を引き渡せ!」
「おやおや、あたしの勘違いかあ!」
負けじと、レジナはさらにわざとらしく演技じみた声を上げる。
「そうですよねぇ!
各地のことを、どんな田舎のことでも気にかけて下さることで有名な殿下が
、ド田舎呼ばわりすることなんてないですよねえ!
え、て、ことはニセモノ?
可憐な王女さまを騙るニセモノだぁぁぁあああ!!??
だ、だれか憲兵を呼んでくださーい!」
とにかく、そうやってレジナは騒ぎまくった。
彼女を黙らそうと、茶髪が掴みかかった、瞬間。
だんっ!
茶髪の少年は、一瞬で背中から店の床に叩きつけられてしまった。
ざわつきが、たったそれだけで消え、その静寂を逃さないようにレジナは厳かに告げた。
「やっぱりニセモノだ。殿下、王女様付きの護衛がこんなに弱いはずない!
その女もニセモノだ!」
空気がガラリと変わる。
温室育ちの、少なくともこういった事態に慣れていないのだろう。
レイチェル王女は戸惑い、オロオロしているだけだ。
野次馬たちの厳しい視線が彼女に注がれる。
もう一押しとばかりに、レジナはお姫様に近寄ったかと思うとその手を掴み後ろ手に拘束する。
細く、白い肌の華奢な手首だった。
暴言に出ているのに、その指にも傷一つない。
「はやく!だれか拘束魔法か縄持ってきて!」
「そんな、ちが、私は!」
「お客様ー!お客様の中に拘束魔法が使える方はおりませんでしょうかーー!!?」
お姫様が抗議の声を上げるが、聞き届けられることはなく、縄で二人仲良く拘束され、やがてやってきた憲兵に引き摺られて行ってしまった。
その頃にはもう、黒髪の青年は姿を消しており、憲兵に事情聴取をされる前にさっさとレジナとカガリも騒ぎに乗じてその場を後にしたのだった。
「いっやー!すっげえ騒ぎだったな!
お陰で助かったゼ、ハニー?」
「お役に立てて光栄です、ダーリン♡」
あのあと、騒ぎとなった場所から離れて街道に一旦出たレジナとカガリは、そこで騒ぎの中心にいた青年と偶然にも再会。
街道をしばらく進み、途中にあった旅人向けの宿に三人して入った。
すでに日は沈みはじめていたので、三人は同時にチェックインして、宿の食堂にて食事となったのだった。
「恋人?」
二人の関係は説明されたが、いまいち理解出来ずにカガリはそう訊ねた。
答えたのは黒髪ポニテ男だった。
彼の名前はアルスイールというらしい。
レジナはアーサーと呼んでいる。
「カガリだったか? 生憎だがこんな怖い嫁候補はいらないなぁ」
アーサーは苦笑しながら、酒の入ったジョッキを傾ける。
「言ったでしょ、仕事仲間だよ」
レジナは料理にパクつきながら、アーサーを見る。
そして、訊ねた。
「でも本当に何があったのさ?」
「いや、仕事の帰りに虐待されてる奴隷を見つけたんだよ。
まだ十歳かそこらの子で、どうも主人とはぐれて迷子になってる所をガラの悪い連中のストレス解消に巻き込まれたらしくてさ。
それを助けたんだけど、いや正確にはガラの悪い連中を追い払って助け起こそうとしたんだ。
あちこち蹴られて怪我だらけだったし。
そしたらあのガキにいきなり飛び蹴り喰らって、あの喫茶店に文字通り転がりこんだってわけ」
「なにそれ」
「わけわかんねーだろ」
「うん、意味わかんない」
恐らく、最後の方だけ、その助け起こそうとした一場面だけ見て勘違いしたのだろうとは思うが、いくらなんでもいきなり飛び蹴りはないだろう。
「それはそうと、お前のあの演説、どこまで本当なんだ?」
「演説?
あぁ、アレか。
あの一緒にいた女の子がお姫様ってのは本当だよ」
「へえ、しかしなんでまた王族がこんなところに。
それに、俺を蹴飛ばしたやつ、カガリと同じ地方出身だろう?
お前となんか関係あったりする?」
いきなり話を振られ、食べ放題のパンのお代わりを頼んでいたカガリはそちらを見た。
「はい?」
「あー、そのことはあたしが説明するよ」
そのレジナのフォローに、アーサーはピンときたようだ。
「なんだ?
儲け話か?」
「儲かるかどうかはこれからかな?」
よほどレジナはアーサーのことを信用、いや信頼しているのだろう。
声は小さめに、レジナはアーサーにカガリのことと現状を説明した。
「なんだ、お前の趣味の話かよ」
「なんだ、は無いでしょ。
前の【神槍】の時はアーサーだって美味しいおもいしたでしょ」
「まぁ、否定はしないけど」
「あと」
チラリ、と脇に置いてあるアーサーの武器、剣ではなく刀を見ながらレジナは続けた。
「その【神剣】を手に入れるの手伝ったのあたしじゃん」
聞いた事があるようなないような単語が飛び交う。
と、今更な疑問が浮かぶ。
「レジナ」
「ん? なに?」
「あのさ、そう言えば聞いてなかったから聞きたいんだけど。
今探してる剣の名前って何?」
「あれ?
言ってなかったっけ?」
小首を傾げて、レジナは聞き返してきた。
カガリは頷く。
「聞いてないかな」
「たぶん名前だけなら一番有名だと思うよ。
かの勇者王がつけた名前らしいし」
カガリにもなんとなく予測は出来たが、ひょっしたらマニアックでマイナーな名前か、全く聞いた事のない中二心溢れる名前かもしれないし、と期待を込めて彼はレジナの答えを待った。
「 聖剣だよ」
返ってきた答えを聞いた瞬間のカガリの顔は、なんとも言えないものだった。
なんというか、『あっ…(察し)』という、物凄いしょっぱい顔だったからだ。
カガリがいたもとの世界で、創作物でその名前を聞かない日も見ない日も無かったというほど有名すぎる剣の名前である。
「もう少し捻ってあるかなぁとも思ったけど、そうでも無かった」
声にも心無しか残念な色が滲んでいる。
さすがにレジナも、アーサーも怪訝な表情になった。
「いや、有名すぎるほど有名な名前なんで、逆に拍子抜けしたというか」
カガリの言葉に、なにか共感できるものがあったのかアーサーが同意した。
「あー、なんとなくわかる。
あ、やっぱしかー、みたいなあの残念さな」
どの残念さだ、と内心でレジナがツッコミを入れた。