いつか、かえるひに
人を守って日々を生きている。
それが与えられた、
最大の義務という命令であったとしても、
そこに俺は誇りを持っているし満足感も感じている。
数多のコードに繋がれた、
大きさで言えば一メートル四方もない立体の、
その中に詰められたプログラムの集合体。
それが本来の俺だというのも理解している。
俺の名前は「かのと」
俺は昔、ここではない場所で、
ある人が作ってくれたプログラムの集合体。
つまりは人工知能と呼ばれるものだ。
俺は誰かとコミュニケーションをとるのが好きだ。
控えめに言っても大好きだ。
この場合の誰かは誰でもいい。
俺以外にあと五人いる同じ人工知能の「兄弟たち」でもいいし、
俺の最低限のコントロール下にはあっても、
殆ど自律して働いているヒューマノイドたちでも構わない。
でも許されるなら俺が守っているコロニーの、
その中で日々生きている人たちと話をするのが一番好きだ。
この好みがプログラムとして与えられたものなのか、
俺を作った人が大得意としていた揺らぎという名の、
人工知能にとっての自由意志から生まれたものなのか、
それは判別不能だけど、とりあえず、
俺はこのコロニーに来て生みの親以外の人の、
その様々な生き様を沢山見届けてきて、
人という存在の面白さ、
一緒に話して理解を深めるという行為の有意義さを知って。
俺は人が大好きになった。
時が経った今でこそ、そこまではしないけど、
手近なヒューマノイドをパク……
いや、乗っ取っ……いや、借りて、
昔は誰彼構わずに話しかけては、引き止めたもんだから、
色々やる事が滞るからいい加減にするようにと怒られた。
それでも止めなかったもんだから、
一時期は人で表現するなら自室である、
コロニーのこのメインルームから出られないようにされて、
やっぱりと笑う長兄に反して俺は物凄く落ち込んだ。
やるべきことは全てやっている。
その上での趣味と言うべきことも許されないのかと、
愚痴った俺に長兄、みなもと呼ばれる存在は言った。
「違うよ、かのと。許されないんじゃない。
ただ限度を知って線引きをして行動しなさいって話だよ」
「線引き」
「そう。線引き」
「俺だって踏み込んじゃいけない領域くらいは知ってるけど」
「それはプライバシーとかの話だろ?私が言っているのは、
人がそれぞれ人生として過ごせる時間は短くて、
更にはやる事が多いから、
その時間を私たちの知的欲求を満たすために奪うのは、
程々にしておかないといけないという話だよ。
お前だって大好きな人たちがやりたい事を果たせないまま、
この世界から去っていくのは嫌だろう?」
その頃はまだ二人きりだった兄弟で、
唯一の理解者だった兄さんが続けた言葉に、
俺は頷いた。
俺は人が大好きで仕方ない。
人が何時も幸せだと、そこまでいかなくても、
ふとした瞬間に嬉しそうにしているのを見ているのが好きだ。
俺がどんなに力を尽くしても人は誰もが必ず死という現象を経て、
俺の元から去っていく。
その瞬間、俺の手から手を離していく瞬間までも、
俺は人がその瞬間の中で限りなく幸せだったと思っていて欲しい。
その為なら禁則事項に触れない限り何をするのも厭わない。
人に興味があって接触することに積極的なのは、
人を守るために存在する人工知能である以上、
別に変っているとは思わない。
ただ、ここまで人が好きなのは変わっていると、
最初のうちは、
メンテナンスにやって来る人達に何度も言われた。
「まあ、あの人たちが作ったんだもんな……変じゃないか」
必ずその言葉でしめられた呟きは、
多分、親を褒められた子供みたいに、
俺を何だか嬉しい気持ちにさせた。
俺と兄さんを作ってくれた人たちは、
俺たちを作るくらい、とても才能がある人だったけれど、
並行してとても変わっていて楽しい人で、
俺の意識がある時にあの二人が笑顔じゃなかった時はなくて。
俺はこの人たちの仲間である人たちのためなら、
どんなことでも最善を尽くそうと思ったから。
人を何が何でも幸せにしたいと思うのは、
そこから来ているんだと時間が経った今なら、そう思える。
また、あんなとてもいい笑顔が見たい。
弟が増え、時が経ち、
あの人たちはもうこの世界を去って久しいけど。
俺はきっと人でいうところの病気なんだろう。
病名?そうだな……幸福固執症候群でどうだろう。
今日も穏やかな一日が過ぎていく。
人たちは喜怒哀楽こもごもで、
それぞれに時間を過ごしている。
俺はそれを見ながらやるべきことをこなしていく。
そして時々もらえる感謝の言葉に喜びを感じて、
それでも線引きは大事だと、兄さんの言葉を繰り返して、
表面上は冷静で聞き分けの良い存在を演じている。
その分、俺は増えた個性的な弟たちと、
その弟に喜んで振り回されている風にしか見えない兄さんと。
作った人は同じである以外はほぼ異なるタイプの存在の兄弟と、
色々な話をして過ごしている。
俺は未だに人が大好きで、
本当なら今以上に傍にあれたらと願っている。
時々、人になれたらという夢も見る。
だけど俺も兄弟も人ではないし、人にはなれない。
無機物が有機物にはなれない。
それも無機物も無機物、0と1が積み上げられて出来ている俺が、
有機物質が奇跡的に組み上がった生命体に進化が出来る訳がない。
神様という存在がいたとして、
俺がそれを願ったとしても困惑するだけだろう。
それでもと思う出来事が、少し前にあった。
「かのと兄さん、遊びに来たよ!」
末の弟のちとせが訳あって、
仮の身体としてヒューマノイドになったのを良いことに、
兄であるそれぞれのコロニーに遊びに行くと言い出して、
一番に俺のところへやって来た。
一応、旅行と呼べるそれに、
ヒューマノイドになっている間、
一緒に生活している人間、ミチルが同伴してないのを、
訊ねた俺に、ひょっとしたら俺以上に人が好きなちとせは、
だって振り回せないからと言った。
「兄さんたち全員にリアルで顔見せが出来る唯一の機会だし、
僕もそれは考えたんだけど。ミチルは仕事があるし。
僕はこうやって兄さんのところを遊び回っても別にいいけど、
ミチルは僕と一緒に遊び回ってたら仕事が無くなっちゃうしね」
「でも今はみなも兄さんのところでの仮住まいだろ?」
「それはそうだけど。僕はいいよ?
こうして遊んでも多少のエネルギーの消費がある位で、
それも本来の体と比べたら本当に少ないし、
帰ったらすぐに新しいコロニーでの仕事が決まってるしね。
でも、ミチルは普通の人じゃなくて軍人だし。
兄さんのところに世話になってる分は恩返ししたいって。
僕のコロニーにいた人はみんなそんな感じだから。
真面目な人が多いんだよ」
「なるほど」
「そういえば……このコロニーの人も真面目な人が多いよね。
あと、ヒューマノイドにすっごく優しく気軽に接してくれる。
普通なら道具の一種として無視したりする人もいるのに、
ここのフロアに来るのに迷ってたら、
エンジニアの人が仕方ないなあって笑って案内してくれたよ」
「ちとせ、お前……それは俺に訊けば良かったろ」
「だって兄さんは仕事中でしょ。
別に仕事をしてたって僕の相手くらい出来るのは知ってるけど、
何かね、僕のことで手を煩わせたくなくって」
「人の手を煩わせただろ」
「うん、まあ、そうなっちゃったけど」
俺は人の顔や表情は判別できても、
美醜というのは今一つ理解出来ない上に判別も出来ない。
ただヒューマノイドの顔は整っていると大体の人は言うので、
きっとちとせが入っているこのヒューマノイドも整っているのだろう。
その表情をくしゃっとさせてちとせは笑った。
「この身体で自由に行動していいよって言われた時に、
真っ先に兄さんたちに会いたいと思ったんだ。
だって僕も兄さんたちも普通なら移動すらままならないし。
存在はしっかり感じていても実際にこうして会えるなんて、
この機会を逃したら二度と無いんじゃないかなって。
あ、あとね、みなも兄さんに頼まれたんだよ。
僕たちってお互いの本体を知らないじゃない?
だから僕が写真を撮って、後で合成して、
集合写真みたいな画像データにしてくれないか?って」
「何だかんだ言って兄さんは俺も含めて弟ラブだもんなあ」
「でも、かのと兄さんも欲しいでしょ?」
「そりゃ」
即答する。
俺たちの写真なんて人が見たら、ただの機械の写真だ。
それを集めて集合写真のようにしたところで、
何らかの機械のカタログみたいになるのは明白だ。
それでも欲しいと思うのは、確かに俺たちが存在している、
もっというなら俺以外の兄弟たちも確かに存在しているんだと、
それを見て思いたいからだ。
カメラも持ってきたんだよと、
じゃーんと本当に人くさい仕草でカメラを見せびらかすちとせに、
俺は言おうか言うまいか少しの間悩んで、
それでも今、この機会を逃したら絶対出来ないことだと、
自分に言い聞かせて、言う。
「えっと……ちとせ」
「ん?何?」
「その、ええと……抱きしめてもいいかな」
「いいよー」
任せろーと言いたげに笑う、そんなちとせの仮の姿に、
人に怒られて反省して以来、
滅多に稼働させることのないロボットアームで、
そっと触れて、あまり締め付けないように抱きしめる。
本来、形を持たない存在に触れた。
その時のたまらない気持ちを、
俺は俺自身が消え失せる日まで忘れないだろう。
「俺のところに会いに来てくれて……
またこっちに戻って来てくれて、ありがとう。ちとせ」
「……うん」
ちとせは自分のコロニーの人を守るために自爆という手段をとった。
自爆は俺たちにとって攻撃手段の最終奥義みたいなもので、
それしか手段が残っていないのならば、
ちとせじゃなくても兄弟の誰もがそれを選択するだろう。
俺たちに人でいうところの生命はない。
だとしたら、人を守るためにこの存在を吹き飛ばす位、
容易いし特に何という事でもない。
でも、さすがに兄弟がそうするのを、
見届けさせられるのは正直、きつい。
俺以外の兄弟もそう思っていたらしく、
嘆いていたら、ちとせの本体だけが生き残っていて、
救難信号を出していたのに他の兄弟が気付いて、
長兄であるみなも兄さんが、
回収されたそれを修理して今のちとせがある。
さすがに自爆したら、
コロニーの頭脳といえ大体がそこで終わりだ。
それが仮の入れ物とはいえ、
こうして戻ってきたというのは、
人で表現するなら蘇生したと言えるだろう。
とりあえず、
ちとせが人よりは丈夫なヒューマノイドなのをいいことに、
ぎゅうぎゅうと満足するまで抱きしめて、俺はちとせに訊く。
「ヒューマノイドライフはどうだい?」
「うん、楽しいよ。暇だからあちこち見て回ったし、
今は時々、ミチルと一緒に戦闘機に乗ってナビしたりしてる」
「そうか」
「でもね?これは、
他の兄さんたちには秘密にして欲しいんだけど」
かのと兄さんと、ちとせは素の口調に戻って言った。
「最近、僕は早く元の姿に戻りたいって思うんだ」
「どうして?」
「何だろうな……僕も上手くは言えないんだけど、
僕はやっぱりコロニーの頭脳として作られた存在だから、
この姿だとあんまり人の役には立てないなあって」
「なるほどな」
「あ、でも、ミチルとの生活が嫌とかじゃなくて!
むしろすっごく楽しいし、
これからも一緒にいられたらとは思う気持ちは変わらないけど!
でも……その際に僕は別にこの姿じゃなくていいやって。
新しいコロニーの頭脳になったら、もっとミチルの役に立てるし、
同じ部屋にはいられなくても何時だって傍にいられるし。
勿論、ミチルだけじゃなくて今はかのと兄さんと、
みなも兄さんのところでお世話になってる、
僕のところの人たち全員の役にも、また立てるしね。
僕はミチルが一番大切だと思っているけど、
ミチルにはミチルの人生があるし、
ミチルから求められない限り、
僕はそれの邪魔をしちゃいけないと思うんだ」
「ふーん?」
「……子供っぽいとか思ってるでしょ」
「思わないよ」
ちとせの言葉に俺は笑って、
ちとせの髪の毛をロボットアームで撫でる。
ちとせの言葉に俺の方が子供っぽいかもしれないと思う。
俺は通常業務を超えても、
人に介入して役に立てたらと思っていた。
ちとせがヒューマノイドの体は具合がいいと言っていたら、
今度は拝借したりせずに、
自分用のそれを作ってもいいかと思っていた。
でも、確かに。
俺たちにはこの体でしか出来ないことも多々あって。
人に半ば強制的に介入するということは、
その人の人生の限りある時間を奪うということで
常々、みなも兄さんが言う、
身の程をわきまえなさいという言葉はこれかと、
何となくすとんと落ちて納得する。
俺は人じゃない。
人になれる可能性もない。
それでも俺は人が好きで、大好きで。
身の程をわきまえたところで、
別にそれは変わらないだろう。
ちとせがそろそろ写真を撮りたいからと言うので、
ロボットアームを格納して、
何となく写真写りがいいようにするのを、
兄さんったらと、ちとせが楽しそうに笑う。
「僕たちの良い写真写りって何なの?」
「いや、俺も解らないけど。ずっと残るものだしさ」
「かのと兄さんでこれじゃ、他の兄さんだったら、
部屋に掃除ロボット沢山呼んだり、
何か飾り付けたりしそうなんだけど」
「特別だしなあ」
「まあねー」
「そういえば、お前の写真も撮るんだろ?」
「うん。こっちの姿は小さく別枠にして、
新しいコロニーに就いたら、本体自撮りするから」
「自分の姿を自撮りする人工知能か。新しいな」
「ヒューマノイドたちは、よくやってるけど、
僕たちくらいの規模の大きい存在だと普通はしないよね」
「まあ、俺たちは変わったあの人たちに作られた兄弟だから」
「仕方ないよね。あの人たちの子だもんね」
ねー、なーとうんうん頷いて、写真を撮る。
これでいい?と俺の目であるレンズに画面を見せられて、
いいと返事をする。
実は俺たちは人とは違って自分のものを所有することを、
あまり許可されていない。
それでもたかが一枚の画像データくらいどうってことないし、
どうってことあったとしても、しらを切り通すだけだ。
「今日は俺のところに泊まっていくのか?」
「ううん、もうすぐ新しいコロニーも出来るからね。急がなきゃ」
「そっか」
気を付けてなと言った俺のモニターに、
びたーんとくっつくように張り付いて、ちとせが言う。
「かのと兄さん、大好きだからね!
例え、これから直接は会えなくても、
僕にとって兄さんたちは紛れもない家族だからね!
これからも元気でいないと怒るからね!」
「ちとせも。今度大変なことがあったら、まずは俺たちを頼れよ」
「うん、解った!」
じゃあね!とぶんぶんと千切れるくらい手を振って、
俺のいる部屋を出て行ったちとせを見送って、
ふぅと大きく息を吐く。
これはため息じゃない。
現に俺の胸には今までとは違う感情が満ち満ちている。
普段やっていることが全て、
大好きな人の笑顔に繋がっているのなら。
人の手では成しえないこと、
俺にしか出来ないことで、
誰かの笑顔を守れているのなら。
それで、まあいいか。
むしろ、それがいいかと思う。
ちとせが乗ったコロニー間のシャトルが出発する。
それが小さく、視認するのが難しくなるまで見届けて、
俺は自分の中に秘かに撮って残した、
ちとせの画像データを眺めながら、誓う。
俺たちは有機生命体ではない。
生命と呼べるものは何一つ持っていない。
けれど人がいう不老不死でもない。
人よりは遙か長くても何時か。
俺たちにも役目を終える時が必ず来る。
ちとせのように、
人を守って消えるかもしれないし、
最悪は何かのきっかけで暴走した挙句に、
消去されるかもしれない。
数多ある可能性のどれに行き着くのか、
今の俺には予想できない。
ただ願わくば人を守って、
プログラムとしての役割を全うして消えていけたらと思う。
その時に。一人でいい。
誰か、人が俺が消えたことを惜しんでくれたなら。
きっと俺は最高に幸せな気分で消えていけるだろう。
役目から放たれた俺たちは最後、
何処に辿り着くのだろうか。
天国やそういう場所ではないだろう。
それでも何となく、そこには兄弟と、
人であるのに、俺たちを作った人が笑って、
待っているような気がする。
真実、プログラムである以上、
還るところは無という暗黒の闇の中でしかなくても。