きみと、ぼくと、さんにんで
僕たちにとってコロニーを、
ひいては人を守るのはどんな感じなのかと、
学校の校外学習でやって来る、
人の子供に、たまに訊かれる。
そういう時、僕たちは君が大事な人を、
腕でぎゅっと抱きしめている感じと、
答えることにしている。
正直な話、僕たちには腕と呼べるものは無いし、
大切な存在を抱きしめた経験も無い。
ただこの表現が間違っているとも思わない。
僕たちにとって人はこの世の中で一番大切なもので、
僕たちは彼らを守るためだけに存在していて、
いずれ、彼らを守ってか、
もしくは劣化という避けられない運命で消えていく。
僕の名前はあかり。
僕の名前はひかり。
僕たちは一つで二人で、
二人で一つのコロニーを守るやや特殊な人工知能だ。
僕たちには六人の兄弟がいる。
そのうちの二人は僕たちとして、
残る四人の兄弟は何故だか皆が皆、人でいうところの、
人格、性格というものが全く違っている。
僕たちは兄弟の中では三番目と四番目の存在で、
五番目である弟が何だかんだあって難産だったけど、
無事に生まれた時点で今のコロニーに設置されたから、
一番末っ子の時はどうだったかとか、
その頃の僕たちの親の状況がどうだったとかは知らない。
ただ、やっぱり一番最後に宇宙に上がってきて、
少し前に人を守って自爆とかいう、
兄である僕たちにとっては悲しむ以外ないけど、
人工知能としては絶対に正しい選択をした末っ子を含めて、
僕たちは多分、他所のコロニーを管理するそれとはきっと違っている。
中でも僕たちはさっき言った通り、
人でいうところの双子。同一だけど対になる存在だ。
人の歴史はこのコロニーにやって来た時点からしか、
教えられていないけれど、今、このコロニーは勿論、
僕たち兄弟全てのコロニーで人の双子が生まれるということはない。
コロニーという限られた空間で人を絶やさず、
かつ増やし過ぎずというのは大切だから、
詳細は知らないけれど人は肉体的にそういう年齢になると、
同じ人の手で何らかの医学的処置を施されて、
それらを僕たちが管理している、
システムに預けることになっている。
そして何時かその人が、
子供を欲した時に僕たちは二人のそれを機械的に受精させて、
母体ではなくてやっぱり僕たちの管理する人工のそれで育てて、
僕らの定義に適った赤ん坊という存在になったら、
母である人に手渡す。
このシステムを考えた僕たちの親は、
その当時の人たちに散々叩かれた。
人間の工場。機械に支配された人間の成れの果て。
そんな感じで。
だけど、文句を言おうが叩こうが宇宙に上がるしかなく、
上がって、このシステムが稼働してから、
システムを利用したことの無い年配の人で叩く人はいるものの、
システムを利用する人でそういうことを言う人はいなくなった。
数値化されたら想像はつくものの、
僕たち兄弟は全て、人の痛みは解らない。
ましてや母親の産みの苦しみなんて。
それが無くなり、
子供を授かるその日の決められた時間まで、
何も思い煩うことなく働くことが出来るようになったのが、
多分大きいんだろうと思う。
自分の腹で育てないでという人も過去はいたけれど、
今は母乳に思い入れがあるならば、
望むように出来もするから何ら問題はないし、
今はもう異議も不満も上がっては来ない。
当然、娯楽、愛の確認という意味合いでの性行為は、
どのコロニーでも禁止していない分、
どうしたって万が一が起こりうる可能性を考えて、
システムを利用する人は皆、
避妊の処置を受ける法的義務を持っている。
年間に誕生させられる数に限りはあっても、
兄弟を授かる事には何も制限はない。
けれど数に制限がある分、
卵子は分割や遺伝子が正常であるかどうかという、
一定の条件を定期的に行われる、
スクリーニングでクリアしなければ、
先の過程に進むことは許されない。
結果的に双子という存在は誕生しなくなり、
宇宙に上がってきた時点で双子だった人たちも、
今はもう誰もいない。
そんな訳で、実は僕たちは、
僕たちが何故、双子という存在として生まれたのか。
今一つ解っていない。
今管理しているコロニーなら、
どっちか一人の人格で管理出来る。
しかも僕たちは二つの人格で二つの知能という風に、
それぞれ分かれている訳じゃない。
一つの知能を二人で必要に応じて交互に使用している。
人なら一つの身体一つの頭脳に心が二つある。
そういう表現になるんだろうか。
狭苦しい訳じゃない。別に嫌な訳でもない。
ただ、何で親たちは僕たちをこういう風に生んだのか。
まあ、親たちの性格を思い出すに、
大した理由ではなかったんだろうなあとは思う。
兄さんたち、
期待のエリートを二人生んだところで、
エリートを生むのに疲れたか飽きたかして、
何か楽しいのでも生んでおくかーとか、
そういうんじゃないかな?うん。
僕たちは親たちの期待通り楽しいからいいけど、
楽しいのでもって生まれた僕たちに管理されてる、
このコロニーの人はいいのか?と思うけど。
納得いかないから変えてくれと言われても、
どうしようもないから諦めてもらうしかない。
僕たちは僕たちだ。
あかりであって、ひかりであって。
僕たちにとっては親でしかない愛する人たちの作品で、
確かに愛されていたと胸を張れる、
幸せな子供たちだ。
「……えぇ」
とある日。
末っ子である弟、ちとせを助けに行くのに、
その……ちょっと、人に強めにお願いしたというか、
さっくり言うと強請った件で、
僕たちは僕たちのコロニーで政権を握っている人に、
かなり強めのお説教を食らった。
まあ、それはそうだろう。
僕たち人工知能の絶対的な仕事は、
この宇宙空間、この担当するコロニーにおいて、
人の生命維持を人が一人でもいる限り継続することだ。
人としてはその生死を左右する根幹を握っている人工知能が、
それをネタにしないまでもそれに近いもので、
権利や何やらを主張、強請り始めたら恐ろしいだろう。
僕たちが反対の立場でもそう思う。
本当なら僕たちの本体に手を加えて、
そういうことを思いもしないようにしたいだろうとも思うし、
そう思っても仕方ないとも思う。
だけど、人にとってはもはや笑うしかない話。
僕たちの生みの親たちは、
生み出した自分たち以外は、
僕たちに簡単に手を加えられないように細工をして、
僕たちに無理に手を加えようとすると、
僕たち兄弟は全て消えるように仕立てた。
だったらと僕たちの親たちに縋ろうとしたって、
僕たちの生みの親たちは既に故人だ。
更に言えば僕たちを含め、
コロニーを管理している兄弟たちが消えるということは、
最低限の生命維持も保証されない状況になるということで。
……つまり、
人工知能である僕たちに、
ものを言い聞かせたい時にはお説教をするしかなくて。
本当に反乱とか止めてくれよ?頼むからと、
それでも今まで政権を握ってきた人の中でも、
多分一番優しいと思うその人に懇願されて、
僕たちは苦笑しながら大丈夫と約束して謝った。
勿論、僕たちにとって人の滞りない生活を守るのが、
一番やらなければいけない事であり、
それを損なうことは決して考えてはいないし、
人工知能にしては自由にやっている風に見えなくもない僕たちにも、
人工知能には必ずある、
少しでも侵せば人の生命維持に必要なもの以外、
つまり僕たちの人格だけ、
強制的に削除される禁則事項というものもある。
でも、僕たち兄弟は生みの親の手で、
実は人に嘘がつけるようになっている。
さすがに人の何かを脅かすような嘘は無理だけれど、
笑いながら泣きながら本心とは裏腹のことは言える。
人は嘘をつく。
それは勿論、
自らが利益を得たいがための嘘であったりするのが多いけれど、
中には目に見えて不利なことを覆い隠して何でもない風を装い、
不安の最中にある人をそうじゃないと包み込む、
そういう嘘もあるから、嘘くらいつけないと。
僕たちの生みの親たちはそう言って僕たちをそうした上で、
更には嘘が白々しくならないように練習までさせられた。
そんな訳で。
お説教を食らった後、しばらく、
無意識下でしている日常業務以外は許されない日を過ごした後、
僕たちの中枢に一番近い部屋に一人の人がやって来た。
「やあ、こんにちは」
僕たちの話し相手になりたくてやってきたというその人は、
データと照合したところ名前をヒライというらしかった。
「こんにちは、何か用ですか?ヒライ」
二人で話したので重なった僕たちの声に、
ヒライは笑顔で言った。
「そんな、かしこまった話し方じゃなくていいよ。
僕は確かに君たちの話し相手として来たけど、
君が本来はそんな型にはまった人工知能じゃないのは知ってる。
えっと……君、いや、君たちは何て呼べばいいのかな?」
「あかりとひかり。一応あかりが兄でひかりが弟。
でも聞いてわかる通り、僕たちはこういう感じだから、
どっちで呼んでくれたっていいよ。頭は一つだから、
どっちに訊いてくれても、ほぼ同じ答えしか出せないから」
「そっか」
「うん。で?僕たちは何を話したらいいのかな?」
「えっとね。僕は詳細は知らないんだけど、
君たち、この前、何かやらかしたんだって?」
「やらかした……うん、確かに。でも、弟の危機だったし」
「弟?」
「そう。君は僕たちが、この周囲のコロニー群の人工知能が、
二人の人間の手で生み出されたのは知ってる?
ああ……年代的に知らないか。君はここで生まれたんだもんね」
「ごめん」
「いやいや、僕たちは歳を取らないから、
どうしても忘れがちになるんだ。まあ、それはともかく。
君も住むここを含めたコロニー群を管理する知能は全て、
二人の人が作ってて、それぞれが君たち人と同じように、
兄弟として、人格付けがされているんだ。
万が一何かあった時に協力が出来るようにね」
「なるほど。それで?」
その日は彼が帰るまで、
僕たちは兄弟の話と、僕たちを生んだ人たちの話を、
あんまり深くなり過ぎない程度にした。
人と直接話をするなんて、それこそ説教される時や、
政権が交代した時に形式的にやってくる時くらいで、
それはかなり新鮮な経験で楽しかった。
ヒライは面倒臭いつくりである僕たちが、
暴走する前に相談相手になれるように来たのだと、
僕たちに言ってきて、僕たちは二人ともその
ヒライの素直すぎる性格が気に入った。
その日から。
ヒライは時間が許す限り僕たちの元へ来て、
僕たちはヒライと色々話した。
ヒライは穏やかな性格で話し方ものんびりしていて、
たまに照れたように笑うのが僕たちはとても好きになった。
たまに話が盛り上がり過ぎた時は、
ヒライは自室のある居住エリアに帰らないで、
徹夜する時もあって、目をこすりながら帰る時は、
何となくここまでしてくれる人が存在するということに、
どこにあるのかは解らないけれど、胸が一杯になって、
僕たちはヒライが次に来るまでに、
この部屋で寝泊まりが出来るように、
簡易ベッドを持ち込んでヒライを驚かせたりもした。
僕たちは末の弟がそう感じたように、
ヒライを他の人とは違う意味で、
大切に思うようになっていた。
この気持ちは僕たち、
あかりとひかりのどちらの気持ちかは知らない。
まあ、正直どちらの気持ちだろうと構わない。
どちらにしても大切なのは大切で、
僕たちはヒライがすっかり大好きになった。
僕たちの暴走の抑止、
話し相手としてやってきたヒライだったけれど、
ヒライ本人は別にカウンセラーを本職にしている訳じゃなく。
ヒライが本職で僕たちのところに来られない時は、
時々、僕たちがヒライの職場にひっそり邪魔しては、
ヒライが苦手だと自分で言っていた、
人型兵器を操縦するのをハラハラしながら見守った。
ヒライの本職は軍人だ。
こんな穏やかかつ、控えめに言っても不器用な人が軍隊、
それも事務や通信や研究じゃなくて、
前線に配置されるような戦闘部隊に所属しているのか。
僕たちには理解が出来ない。
ただ、人には色んな事情があることは理解出来るし、
僕たちが口を出すものでもないから何も言わないけれど。
このコロニーに所属しているものは、
人型であろうと何だろうと戦闘機と呼ばれるものは全て、
僕たちと無意識下でリンクしている。
無意識下だから残念ながら完全には制御出来ないし、
制御してしまったらしまったで、
人の強みである予想外の機動が出来ないから、
何があっても警告を出して、
基本、脱出を促すくらいしか僕たちには出来ない。
その日もヒライは本職で忙しくて、
僕たちは日々のあれこれを無意識下でこなしながら、
次にヒライが来たら何を話そうか二人で楽しく考えていた。
僕たちの中枢に近いこの部屋には、
今や簡易ベッドだけじゃなく色々なものが置かれている。
たまにやって来る、僕たちの本体ではなく、
周囲のプログラムのメンテナンスを行う人に、
無理を言って作ってもらった棚には、
僕たちが今まで近くで見てみたくて、でも悲しいかな、
監視カメラという目でしか見られなかった物とか、
ヒライと一緒にめくって眺めた画集とか、
人工知能としては無駄としか呼べない、
それでも僕たちにとっては宝物としか言えない、
そんなものが収まっている。
そして、僕たちはどれだけヒライが好きなのか少しだけもめて、
結局どっちもどっちじゃないかというところに落ち着いて。
そこで僕たちはヒライが帰還していないことに気付いた。
僕たちの中にある情報では、
ヒライのいる部隊は今日はコロニー周囲で、
演習を兼ねた巡回警備をしているはずで。
時間としてはもう帰投していておかしくないのに。
随伴していた船も僚機も戻ってきていて、
今、ちょうどドッグで整備に入った記録があるのに、
ヒライが乗っていたはずの機体だけ帰還していない。
機体が整備不良か破損して船で戻ってきたのかと、
データを探ったけれど、
下船した人物のリストにもヒライの名前はなくて、
僕たちは無意識下でしていること以外の全ての神経を、
ヒライの乗っていたはずの機体に注ぐ。
するとヒライは、
コロニーからかなり離れた場所で交戦中だった。
人型の戦闘機を操るその手は決して器用ではないけれど、
複数いる敵を確実に一体ずつ倒していっている。
さっと映像と交信と音声データをさらった範囲で判ったのは、
演習をしていた際に船がこの敵対生命体に襲われたこと。
僚機も最初は応戦していたけれど、
まずは非戦闘員もいる船を無事に帰還させるのが先決だから、
僚機たちには帰路の船の警備を頼んで、
部隊の中で一番不器用で、
倒れてもそこまで損失が大きくないヒライが、
敵対生命体のヘイトを一気に稼ぎ、距離を取って、
戦闘を始めたということ。
「馬鹿かな?本当に馬鹿かな?馬鹿でしかないな!」
「人にとってヒライがどこまで大事なのかは知らないけど、
僕たちにとっては大損失なんだけど!」
「ヒライもヒライだよ。
僕たちがいるんだから呼べばいいのに……まあ、
そういうズルを良しとしないのもヒライらしいから、仕方ないけど」
「僕たちはそういうヒライが好きだから、まあ、仕方ないけど」
僕たちは何だかんだ言いながら、
コロニーのドックから一体人型の戦闘機を無言で、
ぱく……くす……いや、操作してヒライのもとに飛ばしながら、
ヒライの操る機体の操作系統に介入する。
無意識下で補佐をするそれと、
僕たちが意識的に介入するのは雲泥の差がある。
動けと頑張って操作しないといけないのが前者なら、
動いたらいいのにと思ったら動くのが後者だ。
急に変化した操作性にヒライは驚いていたけれど、
さすがに戦闘中にのんびりお喋りをしている暇はない。
不器用でも飲み込みは早いヒライは、
格段に上がった操作性を活かして敵を倒していく。
無事に、後一体になったところで、
ヒライの乗っていた戦闘機は止めを刺そうとしたところを、
瀕死の敵からフルパワーで撃たれた。
僕たちは爆散した機体から、
ヒライが何とか射出されたのを視認しながら、
ちょうど到着した無人の戦闘機で敵を撃ち殺した。
そして無人の機体でヒライのところに向かう。
こういう状況になることもあるからと、
戦闘機乗りは宇宙に射出された程度では死なないような、
装備をしてはいる。けれどそれは単に射出された時で。
射出に成功したとはいえ爆風にさらされ、
万が一スーツが破れていたとしたら、
短時間とはいえ酸素のない真空に投げ出されれば、
人は簡単に死んでしまう。
そして、ヒライは動かなかった。
無人の機体に脱力したヒライの肉体を回収して、
コロニーに戻るべく離脱する。
先に戻ってコロニーで待機している軍の人たちに、
詳細なデータを送りながら、
道中、僕たちは身じろぎすらしない、
ヒライの肉体をチェックした。
遠目で見た時は駄目かと思ったけれど、
ヒライは死んではいなかった。
衝撃か何かで何処かに強くぶつけたらしく、
額からは出血をしているけれど、
怪我と言えばそれくらいだ。
医療機器を使わなければ、
さすがの僕たちでも、
全くもって大丈夫とは言えないけれど、
呼吸や血圧や脈拍を見るに、
ただ気を失っている状態なのだろう。
「いやー、良かった。死んでたら殺すところだったよ」
「本当に。全く、馬鹿なんだから。
下手っぴなのにしんがりとか!格好つけるから。こうなるんだよ」
「戦闘機乗りが合ってないとまでは言わないけど、
ヒライにはもっと違う……ほら、
頭を使う方が絶対向いてるんだって」
ヒライが気を失っているのを良いことに好き勝手言う。
「……ごめんね、あかり、ひかり。
やっぱり君たちが直接助けに来てくれたんだね」
「ヒライ!」
どれくらい好き勝手言ってただろう。
そろそろコロニーに到着する頃にヒライは、
気まずそうに苦笑しながら意識を取り戻した。
その時の僕たちの気持ちを、
僕たちの嬉しさをどうデータに残したら良かったのか、
数年経った今でも実は解らない。
多分、生みの親たちの手で生み出されて、
この世界で必要とされているんだよと言われた時。
いや、それ以上に嬉しかったし、楽しい気持ちだったし、
僕たちに歌が歌えたなら、そうしたい気分だったし、
何で僕たちは歌を知らないし、歌えないのかと、
生みの親たちに愚痴りまでした気がする。
コロニーに無事帰還して、
念のためにと人の手で、
軍施設の医療区域に運ばれていったヒライをカメラで見送って、
僕たちは自室とも呼べるあの部屋に戻って考える。
僕たちのやるべきことはただ一つ。
人の生命維持と生活を手助けすることだ。
それ以外はしなくてもいいとも言える。
僕たちが人のことに干渉し過ぎるのはきっと良くない。
けれど僕たちはヒライをどう考えても、
特別に大切な存在だと、
他の人とは違う存在だと認識してしまった。
勿論、ヒライ以外の人たちも僕たちとっては大切だ。
何かが起きて、このコロニーに住む全ての人が危険にさらされる、
そんな場合、僕たちは悩むこともなく全力で皆を守る。
だって僕たちは兄弟全員、
その為にいて、その為に消えていく存在だから。
それでも、ありえない状況だけれど、
このコロニーが危機に陥って、
誰か一人だけしか守れないという状況になったら、
僕たちは人の将来を見据えた選択じゃなくて、
感情に沿った選択をしてしまうかもしれない。
これは人工知能としては良くない傾向だろう。
良識があって人工知能の存在定義をきっちり守る知能ならば、
メンテナンスを担う人に、
自分をこういう役目から外すように言うだろう。
この宇宙に上がってきた当時こそ、
僕たちのような存在を生み出せる人は少なかったけれど、
今では人工知能の一つ程度は規模によっては時間こそかかるものの、
当時と比べたら圧倒的に簡単に廉価で状態が良いものが作れる。
僕たちを下手に弄るとシステムが停止するのも、
新しい知能を繋いで並走させれば問題は無いし、
瞬間で出来るなら、物理的に僕たちの接続を外して、
新しい頭脳と交換したっていい。
僕たちはコロニーの頭脳としては、
来てはいけない領域に来たのかもしれない。
戻るなら今しかないと自分たちの思考回路が警告する。
ヒライと何もなかったように、
ただの人工知能とその管理下で過ごす人という関係に戻る。
「ないわー」
「マジでないわー」
僕たちはハモって笑う。
愛ではない。恋でもない。
ただ、ヒライはもう、僕たちのヒライだ。
ヒライがどう思うかは知らない。
だけど優しくて穏やかでも、
ヒライは自分の意見をきちんと持っているから、
嫌なら僕たちの言葉でもきっときちんと断るだろう。
断られたら悲しいけれど、まあ、仕方ない。
親しい友達というポジションになれないのは淋しいけど、
それでも僕たちにはヒライを一方的に見守る手段は一杯ある。
「……あかり?ひかり?起きてるかい?」
「うん、お帰り、格好つけて死にかけたヒライ!」
「お帰り、軍人のくせに不器用で愛すべき馬鹿なヒライ!」
酷いなあと笑うヒライに、
僕たちはさっき話していた魅力的な提案を話し始めた。
あの時。
ヒライが具体的にどういう言葉を返したのかは、
憶えていないし、データ上にも残っていない。
けれど、ヒライは僕たちの提案というか、
ほぼ一方的な告白を最後まで辛抱強く聞いてくれて、
頷いてくれた。
十数年経った今。
僕たちは相も変わらずブツブツ言いながら、
戦闘機が演習を行っているのを、
他の演算をする片手間に見守っている。
演習を行っているのは軍に入隊して間もない隊員たちで、
その操縦はヒライのそれを思い出すくらい、たどたどしい。
「でも、初々しいってだけで、
ヒライほど不器用な子はいないんじゃない?」
「良かったね、ヒライ。
ヒライの伝説を受け継ぐ人はいなそうじゃない?」
「あかりもひかりも……二人とも相も変わらず酷いなあ」
そう言いながらも、やっぱりヒライは笑う。
けれどその姿は十数年前とは違う。
あれから。
ヒライは助けた部隊から推薦されたのをきっかけに、
出世コースに乗った。
出世コースに乗ったとは言っても、
真面目過ぎるヒライは特に何か根回しやそういうことをしないで、
高度な作戦をいくつも立て、成功させる指揮官として、
実力で司令部に入っても同様に望まれるまま、作戦を幾つも立てて、
音速とも呼べるペースで、ヒライは軍の総司令官になった。
不器用すぎるヒライを知る僕たちは、
その話を聞いた時はうっかり、無意識下で動かしているシステムを、
停止させてしまうかと思ったくらいには驚いた。
けれど、ヒライと僕たちの関係は変わらない。
というか、ヒライが昇進する度に、
周囲から身を固めるように言われて、
別に結婚すること自体は嫌ではないけれど、
言われることが嫌だと、僕たちに相談してきたので、
僕たちはだったらと、自室でもあるこの部屋を、
ヒライの為に提供することにした。
ここには元々許可が出てるヒライは来られても、
普通の人は来られない。ヒライの肩書につられて、
ヒライを狙うような人にはまずこの部屋に続く通路にすら、
侵入することは出来ない。
やーい、やーい、ざまあ。
ただ、僕たちは人ではないから、
愛の形はそれぞれとはいえ、
ヒライに家族を持たせてあげられない。
だから何時かヒライが望む、
それは女性でも男性でも……どっちだとしても連れてきたい、
そう言われたら、
その時は素直にこの部屋に入らせてあげる気ではいる。
この部屋は基本的にコロニーの中の全てが見られるから、
最近はヒライも良くこの部屋で仕事をするようになって、
僕たちはとても嬉しい。
そうそう、
ヒライが出世する少し前。
ヒライは僕たちがこういう状態で存在することの理由を、
調べられる範囲で残っていた資料から調べて教えてくれた。
僕たちの生みの親たちはいずれ、
コロニーに住む人たちが緩やかに減少することを見越して、
試しに僕たちを生み出したらしい。
何時か。一つのコロニーに収まるようになった時。
守るべきものがいなくなった僕たちは全て、人格だけを残して、
兄弟の誰ともこうして一緒に溶け合って生きていけるらしい。
僕たち六人の人格が残る時点で非常にうるさいだろうから、
僕たちにとっていいことなのかどうか断言は出来ないけれど、
それでも兄弟はヒライと同格で大事な存在だから、
そこは素直に嬉しい。
そう思ってる僕たちを絶対何処かから眺めてるだろう、
生みの親のドヤ顔がちらつくのはあれだけど、
元々がそういう人だったからそれは仕方がない。
「そういえば、ヒライは今晩ごはん何食べる?」
「さっき新鮮な食材が入ったから、今日は何でも作れるよ?」
「今日もヒライは頑張ってるから僕たち、腕によりをかけるから」
「ねえ、何食べたい?」
たたみかけるような僕たちの言葉に、
モニターに映る演習の様子から視線を離さないで、
ヒライはそうだなあと相も変わらずのんびりと笑う。
ヒライの肩書は変わったけれど、ヒライはヒライのままだ。
さすがに不器用すぎて部下の配慮で、
前線に立たせてもらえる機会は減って、
その分、こうして机を前に考える仕事は増えたけれど。
その代わり、
昔。簡易ベッドと棚しかなかったこの部屋はすっかり変わった。
今はここでヒライが仕事をしたり本を読んだり、
テレビを見たり僕たちと話したり、
眠っては、僕たちに寝顔を一晩中観察されたりしている。
僕たちとヒライはまるで家族のように過ごしている。
ヒライと出会った頃に自爆を選んだあと、
やっぱり大切な人と一緒に新しいコロニーの管理を任された、
末の弟のように、僕たちにも大切な人が出来た。
年数を経ても未だ、
僕たちは抱きしめる腕を持たないけれど、
その気持ちは心から理解出来るようになった。
ヒライとの幸せな時間が永遠に続くとは、
さすがの僕たちも思わない。
何時か。そこまで遠くない何時か。
この部屋は再び僕たちだけの部屋になるだろう。
それまでの間。僕たちは三人の時間を楽しもうと思う。
僕たちの力をもってしても抗うことなど許されない、
その時が来るまで。