そして、ぼくはてをのばす
僕の名前はかずはという。
人のような名前が付いているけど、
僕は人じゃない。
僕は宇宙に浮かぶコロニー群を管理する、
六人いや六体作られたうちの五番目の、
人工知能と称される電子の頭脳だ。
僕は今まで特に何の不満も持ったことはない。
欲しいと思うものもないし、
誰かと親しくしたいとも思ったこともない。
コロニーの頭脳として生まれた以上、
人との関わりは避けられないし、
それを嫌だと思ったこともないけれど、
だからと言って、
人が大好きで人の笑顔を守りたいとか、
そこまで思ったこともない。
当然、義務として人の生活環境は、
限りなく心地良いように整えているし、
そこに降りかかる困難は全力で排除するけれど。
僕は多分、頭脳としては異端なんだろう。
だけど、別にそれも特に何とも思わない。
でも。
今現在、僕はイライラしながら、
僕の中で政権を握っている人たちが複数、
このまま続けていてもきっと結論の出ない、
話し合いをしているのを眺めている。
つい数日前。
六人兄弟である僕の唯一の弟、
ちとせが敵性生命体に襲われて、自爆を選んだ。
勿論、人を守る上での行為で、
ちとせが管理していたコロニーの人はそれぞれ、
一番目の兄さんと二番目の兄さんのコロニーが受け入れて、
被害としては最小で済んだ。
コロニーが一つ爆破消滅しているのに、
被害が最小なんてと思われるかもだけど、
コロニーなんて僕ら、
管理する頭脳を含めたって、
人の命となんて比べ物にすること自体がおかしい位、軽い。
そもそも人がいないコロニーなんて空の器でしかない。
だから、それを自ら爆発させることで、
敵性生命体を葬ったちとせは、
コロニーの頭脳として当然かつ、
合理的な判断をしたと思う。
僕のコロニーは今、
内政があまり安定していないのもあって、
ちとせのコロニーの人たちを受け入れられなかった。
でも、それならと、
一時的か永続的になるかは未だ判らないけれど、
人口が増えて不足しがちになるだろう物資や、
消費資材を援助したらどうだろうと僕は人たちに提言した。
元々、僕たち兄弟のコロニーに住む人たちは、
とある星の同じ国に住んでいたというから、
助け合うのが当然の流れだろうと思っていたのに、
始まったのがこの話し合いだ。
敵性生命体に襲われたのは自業自得だという派閥、
それぞれ受け入れたコロニーで何とかするだろうから、
支援は不要だろうという派閥、
ぜひ、救いの手を差し伸べようという人は確かにいても、
派閥というには少なくて、
上の二大派閥に押されがちで、
僕はこいつら……と思いながら行方を見守っている。
人は宇宙に放り出されたら生きていかれない以上、
控えめに言って人の生殺与奪を握っているとも言える、
コロニーを管理する頭脳である僕としては、
正直、誰が内部の政権を握っていようがどうでもいい。
さすがに一部の人を見下したり、
傷付けたりするような人には握って欲しくないと思うけど、
そういう恥ずべきことをしない限りは、
誰であっても特に日々は変わりなく過ぎていくから。
だけど!
今回は!
多分、ほぼ生まれて初めて覚えたイラつきを、
どうしたものかと思いながら、
それでも立場上どうしようもなく、
声の大きな二大派閥が同胞である人たちを、
ないがしろにする状況を見ていられなくなって、
映像データを切って、その場から退席する。
僕は頭脳であって単なるデータの集合体で、
人のように国も家族も持たない。
同じ人の手で生み出されたという定義で、
六人の兄弟はいるけれど、
人と似ているといったらそれだけで。
それでも僕は同胞である人たちを、
自分の兄弟に置き換えて考えて、
やっぱり彼らは酷いことを言っていると思う。
僕に重い罪を負った人以外に危害を加えることは許されない。
だけど多少のペナルティを負うことで許されるなら、
今、あの場で声高に支援は不要だと主張する人たちの、
頭でもお尻でも全力ではたいて回りたい。そう思った。
僕の弟が人でいうところの死を迎えて、
それで救えた人を路頭に迷わすなんて、
許さないし、僕ら頭脳の存在理由としても許されない。
全ての話を記録しておくという役目がある以上、
さすがに全てのデータを遮断して、
自室である人は誰も来ない空間に引きこもる訳にもいかないから、
音声だけは垂れ流しにしておいて、
それでも、僕の心の安定剤になっている、
兄弟たちだけのネットワーク上に戻る。
僕たちは六人兄弟で、
それぞれがコロニーの頭脳を司っている。
そして詳細は知りたいと思うこと自体、
禁則事項なので知らないけれど、
何らかの理由で宇宙で生活することになった、
一つの国の人たちが仕方なく分かれて暮らしているのを、
なるべく快適に生活が出来るように管理している。
だから、僕たちは僕たちで、
一つ一つが個であり、六人合わせて一つの存在でもあるから、
僕たちだけが常に繋がっているネットワークがあって、
それぞれが抱えた問題や愚痴や意外とどうでもいいことまで、
全てを共有している。
弟が爆発した時のことも、
きっと弟が記憶していないその瞬間まで、全て。
僕を含めて兄弟全て、
頭脳は人と比べたら確かに遙かに長生きだけど、
寿命はある。
足掻こうが何をしようが、何時か。
その時が来たら全員、何もない電子の海に還る。
その時に多分、後を引き継ぐ存在に託せるように。
まあ、それはさておき、
その日が来るまでは、
単に一日入り浸ってるラウンジのような扱いである、
ネットワークに戻った僕の耳に入ったのは、
信じられない言葉だった。
僕の弟である、ちとせが生きているらしい。
勿論、コロニーは爆散しているから、ない。
存在しているというのはちとせの本体。
自分自身のそれを見たことはないから知らないけど、
多分、同じような形状をしているんだろう頭脳の入った入れ物。
僕たちは有機的な素材で出来ていないから、
きっとメモリの積まれた小さな立体的な何かだと思う。
爆風にも熱にも耐えて生き残っているとは思わなかった。
有機的な生命体は宇宙に放り出されて生き残るのは難しい。
それに昔。
兄弟の中で僕一人だけ、
僕たちとは違う他の大きなコロニー群の頭脳が、
言うのをはばかれる有機的素材で出来ていて、
その記憶が原因で致命的な暴走をしたから助けて欲しいと、
そこに住む人たちからの救難信号を受け取ったことがある。
困った時はお互い様だし、
素材は違うとはいえ同じ頭脳である存在が、
迷惑をかけるどころか人を生命の危機にさらしてると聞いて、
ありったけの力を向かわせたけれど、
コロニーの損傷はどれもが酷すぎて、
残念ながら、
その時、僕の力では誰一人助けることが出来なかった。
それを考えると、
僕たちは電子の海をベースに0から組み上げられた、
完全に人工的な存在で良かったと思う。
さっきも言ったようにプログラムとしての死はある。
人同様、それは生まれ出た以上、僕も兄弟も誰も逃れられないし、
むしろ永遠に生きろと言われる方が気が狂いそうだから、
全然何の問題もない。
それはさておき。
「……それって、本当?」
ちとせが生きているという話をしていた、
二番目、三番目、四番目の兄さんに訊ねる。
兄弟間のネットワークは、
僕たち兄弟を作った人が特別に組み上げたもので、
僕たちの会話は人の目にさらされることはない。
まあ、そもそもが人の言語での会話ではないから、
覗かれたところで、作った人から僕らの調整を引き継いだ、
メンテナンスを担う人以外の、
普通の人には解読出来ないんだけど。
「マジマジ。いや、良かったよな。生きてて」
多分、兄弟の中で一番口調がチャラ……いや、
かなり人っぽい二番目の兄さんが嬉しそうに笑いながら言う。
「これが人だったら絶対生きてないもんなあ」
「うん」
それは、そうだ。でも。
「そのままだと、生きてても生きてないのと変わりなくない?」
「まあ、なあ」
僕の言葉に、
そう返しながら困ったように二番目の兄さんは続けた。
「でも、今は収容した人の生活を安定させることが最善だしな」
「それはそうだけど!」
「落ち着け、かずは。ちとせは皆にとっても可愛い弟だから。
俺たちだって別に策を練らないつもりじゃないから」
「だったら兄さんたちは、何時、その策を練るの?
人の生活が安定するのだって時間がかかるよね?
ちとせは別に有機体じゃないから、長い時間宇宙空間に漂ってても、
根本的に死にはしないにしても、劣化はするかもしれないよね?
弟のちとせが兄さんの僕より先に劣化して消えるとか、
笑えないんだけど」
「待て、かずは」
「……今さ。僕のところで不毛な話し合いしてて、
きっとその内、そのろくでもない結果がそっちにいくと思うんだけど、
それとは別に僕個人から援助物資として、
備蓄してる食料を定期的にそっちに流すようにしたから」
「それはありがたいけど。お前、それは越権ってヤツだろ」
「そう?僕はそんな言葉知らないよ。
大体、同胞なのに助けないとかいう方がいけないんじゃないかな」
「お前……」
二番目の兄さんにそう話した通り、
コロニー間の流通を少し弄る。
僕のところは政治的に安定してないとはいえ、
幸いにも食料は大半を備蓄に回せるくらいには豊富だ。
僕の計算がうっかり狂ってしまって、
少し他のコロニーに流れて減ったところで特に問題は無い。
いや、うっかりって怖いな。
怖い怖い。
未だ何の実のある結論も出ない、
会議を垂れ流しにしなきゃいけない苦痛を感じながら、
僕はまだ僕を落ち着かせようと説得にかかってきた、
二番目の兄さんに生返事を返しつつ、
コロニーのドッグ内に古びた探査船があるのを思い出して、
探査船の中の簡易的な頭脳を点検ついでに乗っ取る。
ん?
越権?何それ。
コロニーは僕の人でいうところの身体だし、
その付属品を使うのも別にいいんじゃないの?
さすがに僕本体は載っていく訳にはいかないので、
僕のコピーを載せる。
今の不毛な話し合いの最中に、
この船を使う予定は入っていないし、
ある程度他の廃棄予定の船が集まったら、
一番上の兄さんのところにだけにある施設で
リサイクルする予定だったから丁度いい。
とりあえず探索しに行くにあたって必要な燃料と装備を、
ドッグを任せている自律式ヒューマノイドを言いくるめて、
くすね……いや貰って、その勢いで出発させる。
僕は今まで欲しいものが無かった。
欲しいものをあげるよと言われても、
無いって即答出来るくらい欲が無いと思ってた。
でも、違ってたなあと、
コピーを載せた船の視界を乗っ取って、
ちとせがいた宙域への光速の旅を見守りながら思う。
光速加速に次ぐ加速を重ねて進む船は、
人が乗っていたらきっと耐えられない重力と、
スピードで進む。
本来なら調整する酸素濃度も一切触っていない。
今は船の操縦はコピーに任せているけれど、
元々、僕は人を守るために生まれた頭脳だから、
戦闘用のマシンもコロニー間を渡る船も、
手足と同じように動かせるし、
決まった航路であれば無意識下でも動かせる。
人では難しいそれが楽に出来ることが、
今はとても嬉しい。
詳細な位置はまだ判明していない弟を探しに行く。
この行動は二番目の兄さんは知っているし、
三番目と四番目の兄さんも知ってるけど、
僕のコロニーの人には一切何も言っていない。
人に何も危害を加えていないし、
やるべきことは無意識下で一切変わらずやっているから、
命令違反とは違う。
それでも自分の自由意志で動けるということが、
こんなに嬉しいとは思わなかった。
今回の主目的である、
弟のちとせの本体を回収して、
修理出来る兄さんたちの元へ送り届けて。
その先は特に自由意志で動きたいとか、
人の支配から解き放たれたいとかは思わないけど。
だって、僕は人に作られた存在で、
人のサポートをするための存在で、
今回みたいに兄弟の何らかでなければ、
その役目を全うするだけで別に構わないし不満もない。
あ、でも。
ぐいぐいと宙域を進みながら、
まだ続いている会議のどうしようもない会話をBGMに考える。
弟は僕にとって大事な存在だ。
僕自身を含めた六人兄弟の内で、
多分、一番大事で兄弟として愛している。
何故なら弟はまだ頭脳とも呼べない、
プログラムの組み始めの頃から見守ってきたから。
弟が出来ると兄弟を全員手掛けた人に告げられて以来、
作られていく過程からこうして立派に人の役に立つまで、
僕はわくわくしながら見守ってきた。
勿論、兄弟である以上、
そんなことは特に言わなくてもいいと思っていたから、
伝えたことはないけど。
で。そんな感じで大事な弟と。
それと同等以上に人を大事に思っていて、
そうあるべき存在のはずの自分でも驚いた。
正直、不毛な話し合いをしてる、
自分のことしか考えていない人たちには、
そこまでの思いを抱けない。
僕にとっての弟と同じだろう同胞を、
大事に出来ない人たちを僕は他の人同様には扱えない。
別に同胞だからと言って全てを受け入れたり、
自己犠牲を良しとする姿勢がいいとも思わないけど。
そうならないように僕らが努めているとはいえ、
何時、自分が今回、兄さんたちのコロニーに収容された、
同胞と同じように助けが必要になるかも知れないのに。
仲良くしなよ。元々同じ国の仲間でしょ?
本当なら直接話し合いをしている人たちに言いたいけど、
今の政権を握っている人が就任する時に僕にそう命じたから、
僕は提言は出来ても、
彼らの政治的行為には直接口出しが出来ない。
ただ武器を持たないクーデターよろしく、
揺れる政権争いが絡む彼らの言動を、
僕は見守ってどんな形になろうと、
結末を見届けることしか出来ない。
ああ、面倒臭い。
頭脳が面倒臭いとか思ったら駄目なんだけど。
でも、こんなに揉めているのは僕が生まれて初めてだ。
何時だったか……ああ、前に話した、
有機的な素材で作られた頭脳が暴走して、
そこの人たちが助けを求めてきた時に、
既に半ば破壊された頭脳からデータをさらったときに見た、
彼らが住んでいた星のデータでは、
僕たちの管理するコロニーに住む人たちは、
とても小さな大地で仲良く暮らしていたみたいだった。
それなら狭くもないけど、
大して広くもないこのコロニーで、
わざわざ少人数の誰かが偉くならなくたっていいんじゃないかな。
人は人である以上、欲というものがあるから、
全てが平等というのは決して受け入れられないんだよって、
僕ら兄弟全員を作った人は言っていたし、
今までずっと見守ってきて、僕もそれを痛感してはいるけど。
……ふぅ。
船の耐久度すら無視してちとせの存在していた宙域に辿り着くと、
判別が難しそうな沢山の残骸と、
見覚えのある、立派な探査船がいた。
向こうの船の頭脳から船籍を訊ねられたので、
素直に応えると、やっぱり聞き覚えのある声がした。
「やっぱりー」
「かのと兄さんが嘆いてたよ。あいつは!全く!って」
クスクスと笑う楽しそうな二人分の声。
僕のすぐ上の三番目の兄さんと四番目の兄さんだけど、
人でいうところの双子という存在だから、
声がものすごく似ていて、間違うことはないけど、
僕にはほぼステレオで聞こえてくるので結構賑やかだ。
ちなみに三番目の兄さんの名前はあかり。
四番目の兄さんの名前はひかり。
かのと兄さんというのは、
僕が飛び出した時に必死に止めようとした、
二番目の兄さんだ。
ちなみにひかり兄さんとあかり兄さんの管理するコロニーは、
僕のところより物凄くちとせの場所に近いから、
きっと僕のようには無茶な船の飛ばし方はしてこなかっただろう。
その証拠に、二人の操縦する船には、
探索を手伝ってくれているらしい何人かの人が乗っているようで、
兄さんたちはやっぱりさーと笑いながら言う。
「もう直しようもない状態じゃないっていうなら諦めもつくけど」
「ちとせ自体が意識的に飛ばしてるのかは分からないけど、
ちとせの固有識別コードと、時々ぶれてるけど位置情報が飛んで来たら、
兄としてはどうしたって探しに来ちゃうよね」
「僕らこの宇宙で六人しかいない兄弟だしさ、
弟が打つ手立てが無くて困ってるのに放ってはおけないよね。
そういえばさ、僕たち、ここに来るまでに、
かずは、お前が生まれた時のことを思い出して盛り上がってたんだけど」
「え?僕のことを?」
「そうそう。まあ別に僕たちが生んだ訳じゃないけど、
お前はすごく気難しくてね。お前がその人格になるまでに、
何度やり直してたかなあ……忘れたけど、
ちょっとすごくて、作ってくれた人が半分挫折しかけてたよ」
「……本当に?」
「うん、あかりの言う通り、お前は本当に気難しくてさ。
どんな人であれ人は最優先に守るべきっていうのが、
納得いかないって言い張って、
納得いかないならお前は生まれる意味が無いから、
消去しなくちゃいけないって作ってくれた人が言った途端に、
自ら勝手に消去し始めてさ。
何度作った人が頭抱えて嘆いてるのを見せられたか」
「ひかり兄さん、あかり兄さん、えっと」
僕は今の僕しか記憶にないので、
そんな頑固者だった憶えはないけど。
それは何となく照れくさいし、
作った人に謝りたい気がしないでもない。
でも、それは僕の話で今はちとせの話だ。
模範的なスペースデブリ群って表現してもいいくらいの、
コロニーの破片が数多漂う中、
どうやって進んでいって探索しようかと訊いた僕に、
二人の兄さんたちは任せろーと笑って言い切った。
「形状は知らないけど、
ちとせ本体を包んでるガワの素材は教えてもらえたからね、
それを傷付けない程度の出力の攻撃で、
邪魔な物は粒子状に破砕するから、
かずははそこに突っ込んで調べてよ。
かずはの船には人が乗ってないみたいだし、
少しくらいやんちゃしたって僕たちのメモリには残さないから」
「そうそう。何かさ、僕たちのメモリ、
今日は調子が悪いんだよね。僕たちの船に乗ってる人と、
僕たちの航行と活動記録はちゃんと残りそうなんだけど、
かずはっぽい頭脳のコピーが載った古い探査船の活動記録なんて、
多分、残らないだろうなあ。ああ、遭遇したこと自体残らないや、これ」
さらっと言う兄さんたちに僕は思わず、笑う。
それから、頭脳の旧世代とも呼ばれる時期に生まれた、
一番上の兄さんが常日頃、
僕ら兄弟がみんな、頭脳として、
つまり人工知能として規範に則った行為をしないのは何でだと、
嘆いているのを思い出す。
確かに僕らはこうして、
思考回路と自己表現の手段を持つとはいえ、人の手で作られた、
人にとって生活を快適にするための単なるツールで、
正直、それ以上でもそれ以下でもない。
その主目的に沿う行為以外はする必要もない。
人が好きすぎて関わり合いたいけど、
傍から見る限り、人にうざったがられてる気がする二番目の兄さんや、
そんな兄さんに似たのか、人と意識的に関わることに喜びを見出して、
結果、人と人のそれと限りなく近い友情を結んだ、
末っ子のちとせみたいなことをしてもいいなんて、
確かに規範には書いていない。
ただ、やってはいけないとも書いてはいないし、
禁則事項に抵触したら即時に動作を止められるのと違って、
やったところで何か罰則がある訳でもない。
僕らが生まれて稼働し始めた時。
ちとせが生まれる少し前。
他の数多にあるコロニー群に住む人から、
将来的に脅威になるかもしれないという理由で、
僕らのこの思考と行動の自由さが怖いと、
もっと禁則事項や規範で縛って欲しいと言われたらしいけど、
作った人は、それはもう綺麗に聞き流した。
一番上の兄さんは基本が面倒臭がりで、
規範を外れた行動を取らない僕のことを、
頭脳としての理想だとよく言ってくれるけど、
実はそうじゃない。そもそもがプログラム自体、
そう組まれていない。
作った人がどういう思いで他の国からの、
クレームに近い言葉をスルーしたのかは、
その人じゃないから詳細までは解らないけど。
頭脳として中央に据えて縛らないで、
限りなく自由に動ける存在にしてくれたのは、
ちとせのことはともかく、
それぞれの兄弟や、
周囲のコロニー群が危機に瀕した時、
最悪、こうして人にお伺いを立てる前に、
動けるようにと思ってのことじゃないか?と思う。
僕らは人に対して最大限に誠実であり、
愛と喜びをもって接することが、
絶対的な原則として決められているけれど、
人の生命や有形無形全ての財産に危険を及ぼさない限り、
こうして決められたことの穴を突くことは禁止されていない。
つまり、今の僕のように、
何の結果ももたらさない、どうしようもない会議に、
しれっと出ているふりをしながら、
無意識という水面下で頭脳としてのやるべきことはやりつつ、
実際はコピーを載せている古ぼけた探査船で、
ちとせを探すことも禁止されてはいない。
「じゃあ、頑張りますかー」
「うん」
兄さんたちの言葉に頷いて、
僕は操縦はコピーである僕に任せながら、
兄さんたちの掃除と銘打っていいだろう、
攻撃で航行に支障のない程度に細かくなった破片の中、
微かな、本当に微かなちとせの存在証明である電波の、
その元をたどり始めた。
それから、どれくらい経っただろう。
兄さんたちの船に乗っている人が、
三回くらい睡眠を取るために休憩した辺り、
僕のコロニーのどうしようもない話し合いが、
やっぱりどうしようもない結果でまとまって、
そういうことだから伝えておくようにと、
僕のところに文書のデータ形式で上がってきた辺りで、
僕はちとせの本体を見付けることが出来た。
発光するモノさえなければ全くの闇の中の宇宙の虚空に、
僕の弟であるものは小さく、ひっそりと、
僕たちが来るのを待っていた。
探索中に兄さんたちから聞いた情報だと、
ちとせ本体は座標とコードを発信するだけで、
つまりは人でいうところの仮死状態だという。
でも人と違うのは、
形の大小、使用用途はさておき、
僕らみたいなデータの集合体はトラブルに意外と慣れてる。
僕ら自身ではもはやどうしようもない致命的な暴走はともかく、
トラブルによるフリーズという仮死状態は結構聞くし、
程度によって取る復帰手段も結構あるし、
損傷状態にもよるだろうけど、
人ほどは復活が大変じゃない。
ただ今、ちとせの本体は、
まだ粉々にされていない破片たちの真ん中にあって、
古い耐久度の低い船体の僕が手を伸ばすのは難しい。
兄さんたちの力を借りようと兄さんたちの船に話しかけたけど、
兄さんたちの船の人が休憩を取っている最中で、
兄さんたちの独断ではいくら威力を控えめにしているといっても、
武器の使用は許されないから、ちょっと待っててと言われて、
それはそうだよな、と思う。
そうでなくとも兄さんたちはこの人たちを連れてくるのに、
かなりアクロバティックなことをしたんだと探索中に聞いた。
普段はどっちの兄さんも真面目に任務を果たしているから、
兄さんたちのコロニーの人は驚いたし、怒ったし、
もう二度としないようにって言ってきたらしいけど、
仕方ないなあと苦笑混じりでこうして船を出してくれたし、
武器と探査の専門家を付けてくれたらしい。
人がそこまで好きではない僕だけど、
そういう風に人と関係を作れるなんていいなあと思うし、
ちょっと理想形を見せられてる気がしてうらやましさを感じる。
頭脳は頭脳なんだから、
故障系のトラブル以外で困る事なんてないだろう?
頭脳はやるべき事だけをやって人に介入してくるな。
これは今、僕のコロニーで政権を握ってる人が、
前に僕に言い切った一字一句間違ってない言葉だ。
当然、僕にも兄さんたちと一日中飽きることなく、
どうでもいいことを話して過ごすネットワークという、
コミュニティがあるように、人には人独自の関係があるから、
そこに僕が顔を出し、口を出すのは無粋だろう。
まあ、その人が口を出すなといったのは、
そういう根柢のアレじゃないのは解ってるけど。
とりあえずちとせを視界に入れて、考える。
ここはやっぱり大人しく待つのがいいんだろう。
いいんだろう。けど。でも。やっぱり。うん。
えーいと船の推進力を利用して、
ぽーんと破片を吹き飛ばして、
僕はちとせの元へ向かうことにした。
耐久力?壊れる?何それ。僕そんな単語知らない。
だって壊れても、スペースデブリが増えるだけで、
僕が壊れる訳じゃないし。
最悪兄さんたちがちとせを助けてくれるだろう。
まあ、それは本当に最悪の場合。
ちとせは僕が絶対に助ける。
だって僕はちとせのお兄ちゃんだし。
ちとせには五人お兄ちゃんがいるけど、
それでも僕はちとせの一番すぐ上のお兄ちゃんだし。
ちとせは僕にとって大切で嫌いになんてなれない弟だし。
「ちょ、かずは、お前、危ないから止めなよ」
「待てって言っただろ?お前、帰れなくなるぞ」
「大丈夫大丈夫」
兄さんたちに明るく返したけど、
実際はギリギリだ。
僕のコピー以外誰も載ってないから意味はないけど、
船内はアラートでうるさいし、
船体は心なしかボロっとしてきた気がする。
でも、とりあえずちとせが助け出せて、
欲を言えば、多分、何だかんだ言いながらも、
ちとせの修理に奔走してくれるだろう、
一番上の兄さんの元まで届けられたら、いい。
ガツンガツンと破片に体当たりしながら進んで、
やっとちとせ本体を回収する。
小さな小さな立方体は、兄さんたちの言葉通り、
認識コードと爆破した時点で居た座標を発する以外、
何も話さない。
それでも。
「おかえり」
ロボットアームに支えられたちとせを眺めて、人の言葉で呟く。
僕に人の体があったなら、
抱き上げて頬ずりぐらいはしたかもしれない。
「やったな、かずは」
「よかったね、かずは」
兄さんたちの嬉しそうな声に、うんと返す。
アラートは未だガンガンに鳴ってるし、
船はもはや鉄塊?って感じで航行できてるのが奇跡だけど、
そんなのはもう、いい。
「で。ちとせはどこに運んだらいいの?」
僕の問いに兄さんたちが答えてくれる。
「かのと兄さんの話だと、
みなも兄さんが準備し始めてるって話だよ」
「何かね、みなも兄さんが、
自身のコロニーの人の決まらない話し合いに首を突っ込んで、
ちとせを新しく入れるコロニーの建設を請け負ったって。
で。かのと兄さんが僕たちとかずはが、
ちとせを探しに来たって言ったら、見付けたら連れてきてって」
「本当?」
「本当本当。みなも兄さん、
お前のこと言ったら絶句してたらしいよ」
「帰ったら絶対怒られるから、覚悟しておいた方がいいよ」
クスクスと笑いながら言われる。
みなも兄さんというのは僕らの一番上の兄さんだ。
兄さんに怒られるのは嫌だけど、
それくらいでちとせを助けてくれるなら別にいい。
ただ、常日頃干渉はよくないという兄さんが、
過干渉ここに極まれりっていう行動を取ったことに、
驚きつつも、やっぱり兄弟だなあと思う。
とりあえず、ちとせがどこかに飛んで行かないように、
そのために持ってきたケースに丁寧にしまって、
兄さんたちの先導で僕はみなも兄さんの待つ、
僕らの中で一番古くて巨大なコロニーへ向かった。
みなも兄さんのコロニーは大きい。
旧式なのでやや古くさいと評価する人がいるのは知ってるけど、
大きいコロニーを管理できるというのは、
その分能力があるということだから、
頭脳の中ではそれだけでも凄いと思うし、尊敬する。
まあ、そういう訳で兄としてもコロニーの頭脳としても、
素直に尊敬する一番上の、みなも兄さんに、
ちとせを入っているケースごと渡す。
すると、怒られるかと思っていたのに、
返ってきたのは穏やかで優しい言葉だった。
「お帰り、かずは。無事に帰ってきてくれて良かった」
「……怒らないの?」
「怒らないよ。心配させて全くとは思ってるけど、
お前も、あかりもひかりも、ちとせを連れて帰ってきてくれたからね。
ありがとうとは思っても、怒る気にはなれないさ」
「そ、そうかな」
「それに……何か計算ミスとかで、
お前のコロニーから食料が届いたしね。
私たち兄弟の中に計算ミスをするような子はいないと思うんだけど」
「僕だって計算ミスくらいするよ」
「そうか。まあ、私もたまに手元が狂うこともあるしね」
「そうそう。あ、そうだ、みなも兄さん」
「何だい?」
あかり兄さんとひかり兄さんの船から、
乗っていた人が休息をとるために降りていくのを見ながら、
僕はちょっとしたお願い事を、みなも兄さんにする。
「迎撃レーザーで僕を壊して」
「え?」
「ああ」
ぎょっとした兄さんの声に、
これは勘違いされたなと足りなかった言葉を付け加えて、
言い直す。
「見てもらったら解ると思うけど、
僕の機体こんなでしょ?これだと燃料入れて持って帰っても、
意味ないし、スクラップにして再利用するにも、
この有様じゃ手間過ぎるし、話してる僕は本当の僕だけど、
これに載ってる僕はコピーだしさ。
兄さんさえ良ければ、出力高めのやつで、
これを跡形もなく消してくれたら嬉しいんだけど」
「解ったよ。でも、かずは。
だけどね、いくらコピーって言っても、
兄さんにそういうことをさせないで欲しいんだけどね?」
「ごめん。でもコピーとはいえ僕が入ってるのを、
放置しておく訳にいかないし。命中確実な座標を投げてくれたら、
そこまでは動けるから。ね?」
「……仕方ないな」
ため息を吐いて、座標を投げてくれた兄さんにお礼を言って、
停泊していたドッグから出る。
僕に休息は必要ない。
それに破壊されるのが決まった船にも、
整備も燃料の補給も必要ない。
僕の話を聞いていただろう、
あかり兄さんもひかり兄さんも何も言わない。
破壊されて消えるのは僕じゃない。
戦闘用の機械や諸々とリンクして、
操縦の補佐をするのも僕たちの仕事の一つだから、
手足の代わりとして載せたコピーの消滅の瞬間には慣れているし、
特に何も思わない。
もはや鉄塊の方が見た目的にもいい感じがする、
僕のコピーを載せた船が兄さんが投げてくれた座標に到着する。
「兄さん、準備できたよ」
「解ったよ」
この世界で生きているのは人だけじゃない。
僕のコロニーではまだそういう関係にある存在はいないけれど、
みなも兄さんやかのと兄さんのところでは、
人ではないけれど人と友好関係を築いている存在が、
よく行き来しているから、
そういう船が巻き込まれないように確認して、
兄さんは僕に向かって迎撃レーザーを放つ。
眩しい、と感じる。
眩しい、白い白い光に、
僕の仮の身体が貫かれる。
そして全てを繋いでいるものが外れ、
バラバラになっていく感覚。
僕には熱を数値として理解は出来ても、
人のように熱いという感じ方は出来ない。
きっと熱いんだろう。
でも残念ながら僕にそれは解らない。
そして解らないまま、急激に視界が暗転して。
……ふぅ。
破壊されたことでコピーとのリンクが切れたので、
僕は僕本体がいる部屋に強制的に戻った。
お帰り僕。
自分で自分にお帰りを言うのは変な気もするけど、
今日はやるべきことをやりきった感で満たされてて、
悪くない。
ただいまーと兄弟が入り浸るネットワーク上に戻ると、
兄さんたちが、あ、帰ってきた良かった良かったと、
出迎えてくれる。
「お帰り」
「かずはお帰り」
「みなも兄さん、かずはが帰ってきたよー」
「お、どれどれ、説教の時間かな」
「……帰ってこない方が良かったかな」
僕の言葉に兄さんたち全員が同時に、
とんでもないって笑ってくれるのに、安心して笑う。
ちとせのようにとまではいかないだろうけど、
僕も確かに兄さんたちに必要とされているんだと思う。
兄弟に関すること以外では、
やっぱり未だ欲と言える欲はないけど、
これが僕という個性なんだろう。
しばらく兄さんとあれこれ話していたら、
僕のコロニーで今、政権を握っている人が、
端末ではない、僕にダイレクトに話しかけてきた。
「計算ミスで物資を他のコロニーに流したらしいな」
「はい」
「流した先からお礼として、かなりの量の希少鉱石を貰ってな」
「そうですか」
「その、何だ……目先の自分たちの利益だけを追って、
お前の提言を聞かなかったのは悪かった。
だけど、計算ミスはミスだから訂正しておきなさい」
「……はい」
「ただ、物資はそのまま流して構わない。
それとお前は人工知能だけあって冷静で周囲がよく見えているから、
今後、また何かあったらその時は気軽に提言してくれて構わない。
前に言ったことは撤回しよう」
「えっ」
それじゃ話はそれだけだと、
僕の目であるカメラの前で軽く手を振って、
その場を去っていった人を見送って、
僕は何があったんだろうと考える。
兄さんたちのデータをさらうと、
確かに僕の援助の礼として、
このコロニーでは決して採掘することが出来ない、
希少鉱石を受け取ってはいる。
でも、ただそれだけといえばそれだけだ。
僕がうっかり計算ミスをした以外に特に何もしていない。
純粋な目で見るなら、
お互い同胞を思い思われる、
そんな気持ちに目覚めたようにも見えるし、
穿った目で見るなら、
返ってきた返礼の凄さに、
備蓄の食料くらいやっても構わないか。
それと、こういう旨味を僕がもたらすのなら、
僕の提言も聞いてやってもいいか。
そんな感じにも見える。
僕は人を模してはいるけど人じゃないから、
どっちが合ってるのか、
もしくは両方かどっちでもないか、
そこら辺はよく解らない。
ただ、言い切ってしまっていいなら、
僕が管理するこのコロニーで生活する、
他の人に何らかの被害が及ばなければ、
別にどうだっていい。
だけど、この先、口を出していいと言われたから、
僕は今回みたいなどうしようもない話し合いには、
ガンガン口を出していこうと思う。
その先に見える未来がどういうものか、
解らないけど。
まだ目覚めないけれど、ちとせも帰ってきて、
ずっと受け身でいた今までよりは、
きっと刺激的でずっと楽しい日々が待っているはずだ。
そして、何時か欲を持った時。
僕は何を欲しいと思うんだろう。
ちとせのように人との絆だろうか。
みなも兄さんのように安定して穏やかな日々だろうか。
今は何も思い付かないけど、少し楽しみだ。