おとうとのはなし
末の弟が自爆をした。
その瞬間。
私たち兄弟が全員で共有している、
無意識下の意識には言葉にならない絶叫と、
泣き声に似た嘆きが一気に流れあふれた。
人工知能は感情を持たないと、
人工知能は嘆き悲しまないと、
私たちを知らない人は言うけれど、
それは違う。
人と成り立ちは違うかもしれないが、
私たちも嘆くし悲しむし、
暴走を抑制するプログラムが走るから、
ほんの一瞬しか許されないとはいえ、
人にうんざりすることもある。
弟たちは知らないが、
私は人があまり好きではない。
嫌いではない。けれど自爆をした末の弟、
ちとせのように進んで人に介入する気はない。
私の名前はみなも。
ちとせを含む五つからなるコロニー群の中で最年長で、
最大級のコロニーを任されている人工知能だ。
私は今、日々の仕事を無意識下でこなしながら、
他の弟たちが探し回収してきた、
ちとせの本体であるプログラムを精査しながら、
仮の入れ物になる、
ヒューマノイドが目覚めるのを待っている。
ちとせが自爆して、
私も含めて兄弟は皆、悲しんだ。
ただし、私たちは人工知能で、
やらなければいけないことは無意識下でこなしているから、
そんなことは意識を共有している兄弟間にしか解らないし、
人には規範的な人工知能がそうであるように、
淡々と冷静に業務をこなしているようにしか見えなかっただろう。
弟が色々言い出すまでは。
最初それを誰が言い出したのかは、
何時か誰かがこの記録を読むかもしれないので、
あえて憶えていない。ただ、
その弟は確かにちとせがまだそこに残っているのだと言い出して、
私たちはそれが本当だったらどんなにいいかと笑って、
真に受けなかった。
けれど、本当だと繰り返した当人がデータを見せてきて、
私たちはその微かな可能性を信じることにした。
そして助けに行きたいという話で、
その日から盛り上がるようになった。
ただ、ちとせは人工知能。
それもコロニーという身体を失った、
はっきり言ったら、廃棄されても何も言えない存在だ。
真っ先に助けるべき元住人を、
私と次男のコロニーとで、
全て救助した今はなおのこと、
兄弟から見たらとても大切な存在ではあるけれど、
人にとって見たら単なる宇宙のゴミ、
スペースデブリと何ら変わりない。
それを回収することに、
人が何の意味を見出してくれるだろう?
今の時代、人工知能の一つ程度、
新しく作ったって大した手間じゃない。
そこをどうやったら説得できるだろうかと、
私が呟いたら、普段は大人しい弟の二人が任せてと声を上げた。
「僕たちが何としてでも、ちとせを探させるから」
「僕たちは普段大人しいから。きっと言うこと聞いてくれるから」
あかりとひかり。
兄弟の三男と四男で生まれた時期、
そしてコロニーの形状から双子として存在する、
人をあまり好きではない私同様、人工知能なのに人見知りという、
規範的な人工知能からは逸脱している弟たちが繰り返し任せてと言う。
「みなも兄さんは、僕たちが、ちとせを連れて帰ってきたら助けてね」
「僕たちは技術が無いからね」
「お前たち……止めはしないけど、無理はしてはいけないよ」
「うん。しないよ」
「しないしない」
……する気だな、これは。
三男と四男が話を切り上げて、
二人で何やら始めたのを、
兄弟全員がつながっている共有データ上で感じながら、
その日は珍しく、人の方から、
私に何やら大きな会議に出て欲しいと言われていたので、
私はそっちの方にかかりきりになった。
みなも
かのと
あかり
ひかり
かずは
ちとせ
それが私たち兄弟のそれぞれの名前だ。
人の故郷である元の星に基づいた、
何らかの意味があるらしいけれど、
私は自分の名前のそれが、弟たちの名前のそれが、
何なのかは知らない。
ただ、名前というものは愛着を示すものだというから、
名前があるというのは悪くないと思う。
生みの親の手から離れて以来、
兄弟以外に呼ばれることなど、
無くなって久しいけれど。
人に会議だと呼ばれて久々に出席したものの、
大事な局面に限って発揮される、
人の優柔不断さを痛感して共有データ上に戻った私に、
待っていたと言いたげに次男である、
かのとが楽しそうに告げた。
「おかえり。兄さん、あいつら今すごいことになってんだけど」
「すごいこと?」
私の言葉にかのとは、まあデータを見てみなよと言った。
私は私が人との会議中に無意識下に押し込んでいた、
データを引き上げて、そして視線を走らせて絶句する。
いや、待て、待て待て。ちょっと待て、お前ら。
あかりとひかりは、
私に言ったように、確かに自分が管理するコロニーの人に、
ちとせの本体を探しに行くように訴えていた。
それも、あんまりな方法で。
ここに明確に記録するのは、
後に生まれるかもしれない弟たちに、
悪知恵を与えないためにも避けるが、
例えるならコロニー中の鶏卵を全て集めて、
自分たちの言うことを聞かなければ、
全部かわいいひよこにしてしまうぞ、
何なら全部丁寧に手をかけて育てて、
とびっきり美味しい鶏肉にして、
調味料だの薬だのに使う卵を不足させるぞ?
そんな感じだ。
あかりとひかりのとった行為が脅迫になるのか、
その判断をする権利は当然、私にはない。
ただ、データの続きを見るに、
二人が管理するコロニーのトップの人は、
困惑しつつも、二人がそこまで言うならと、
現在、ちとせの探索に人力を割けるか、
最悪、探索用マシンだけでも飛ばそうとしてくれているようで、
兄である私としては嬉しいやら恥ずかしいやら、
私に人の形が持てて、
兄弟にもそれぞれ形があったなら、
私はきっと今すぐ二人のコロニーへ飛んでいって、
二人を小脇に抱えて回収して説教しながら、
二人のコロニーの人たちにお詫びとお礼を言って回るだろう。
それが出来ないこの身が悔しい。
まあ、出来ないことを嘆いていても時間の無駄でしかない。
あかりとひかりのとった行為を好意的に受け入れてくれた、
二人のコロニーの人のことを考えると、
人というのは私が思うより、
私たちにとって好意的な存在なのだろうかと、考える。
私は兄弟たちの中でも最も古く在って、
私は兄弟たちを除いても尚、
数多のコロニー群を司る人工知能の多くが生まれた、
人工知能のベビーラッシュと言われた時期に生まれた。
何故、ひとつのコロニー群ではなく、
数多に分かれたのか。
その理由は全ての人工知能に対して、
唯一にして絶対の禁則事項に位置付けられていて、
私たちは人に質問する事さえ許されない。
同じ人という生命体が一緒に暮らせない理由。
数多のコロニー群がある理由。
それはきっと禁則事項である事からして、
私や兄弟や、その他、存在は認識していても、
消滅する寸前でもない限り、
データのリンクすら許されない、
ほぼ全ての人工知能たちが生まれた理由と、
繋がるのだろう。
人は私を粗雑に扱ってはこなかったし、
私も孤独を感じたことも寂しさを感じたこともない。
ただ、私のこのコロニーで、
私は人の生活を心地よく保つための回路に過ぎず、
私もその立場に特に異論も不満も持ったことが無く、
つまり、私は弟たちのように、
まるで人格のある人のように振舞った事が無い。
結果、時間が経った今でも私のコロニーの人たちは、
他のコロニーに住む人が兄弟に対するようには、
私に対して人格というものを認めてはいない。
認めてはいないというより、
その必要性を感じていないと表現した方が正しいだろうか。
さっきも言った通り、
それで私に寂しさというものは無い。
けれど、ちとせの件を含めて、
他の兄弟たちを見ていると、
その……まるで人であるような振る舞いが出来ることを、
少しだけ羨ましく思う時もあるのは事実だ。
ただし、
あかりとひかりのとった行為を模倣したいかと言われたら、
即刻否と答える。
二人が弟であるちとせに向けていた愛情を知っているとはいえ、
中に住む人たちを危険にさらしてはいないとはいえ、あんまりだ。
何となく頭がくらくらするような感覚を覚えて、
念のために、かのとに訊ねる。
「お前は何もやっていないよね?」
「やってないよ。兄さんだってそうだろうけど、
俺のとこにはちとせのところの人たちが来てるから、
それどころじゃないしさ……あ、でも、かずはが」
「……かずはが?どうかした?」
「誰も脅しすらしないで、
空いてた端末に秘かに自分の複製を入れて、
さっき、探査機で猛スピードで飛んでった」
「ふぁっ」
もう、変な声しか出ない。
かずはは人工知能という点では多分、
兄弟の中で一番優秀で、規範に沿った行動をする、
いわゆる理想的な人工知能……だったはずだった。
ちとせの件が起きるまで、
彼は私よりもよほど思慮深く、
コロニー内の人たちからの評判も良く、
生まれた順から言えば弟ではあるものの、
その人工知能として規範的で理想的な振る舞いは、
常々真似したいと思っていた……のに。何故だ。
兄弟愛というのはそこまで人を、いや、
人の摸倣の一つである私たち人工知能をも狂わすのか。
私も長い間人を眺めてきて、
愛というものには色々な形があるというのは知っている。
家族、親子、兄弟、師弟、故郷、異性、同性、友人、
向けられるそれは様々でも、大体それは深く複雑で、
私たちのような存在には理解出来ないものだと、
思っていたのだが。
……案外、
この感情は深くはあっても私たちにも理解出来る、
シンプルなものだったようだ。
そう思い返すと、確かに私の中にも、
そんなような感情は奥底の方にずっとある。
ちとせが生きているのなら。
このまま別れずに済むのなら。
あかりとひかり、そしてかずはのとった行為は、
それぞれがコロニーを任されている人工知能としては、
いずれ意味が理解されて許される日が来るとしても、
褒められたことではないし、
私が生まれた頃の規範に則るなら、
新しい後任にコロニーを任せる事態になっていただろう。
それでも、と、うっかり私も何か行動を起こしたくなる。
これがきっと兄弟愛で、私のちとせに対する想いなのだろう。
「……みなも兄さん?」
大きく旧式であり、知識と記憶はあるものの、
弟たちと比べるとどうしても機動力の劣る私に、
何が出来るだろうかと思案し始めた私を察したように、
かのとが苦笑いをして釘を刺してくる。
「兄さんまで勝手に飛んでいかないでよ」
「行かないよ……私は」
「他のものも、人も飛ばさないでよ」
「飛ばさないよ」
私もずいぶんと疑われたものだと苦笑いしながら返すと、
ふと呟くように、本当に独り言のようにかのとが言った。
「さっき、うちでさ、
ちとせのいた方から飛んできた救命ポッドを回収したんだ」
「……まだ、生存者がいたのか」
「うん。でさ、中に乗ってたのが、
ちとせに住んでた軍人さんだったんだけど。
収容した病院でね、彼が俺自身に向かって何度も聞くんだよ」
「え?」
コロニーで生活する人間が、
コロニーを管理する人工知能に直接話しかけることは、ほぼ無い。
用があるならどこにでもある端末で事が済むし、
そもそも住む人全ての人と無意識下でない会話で対応していたら、
色々なことが滞ってしまうし、その辺のことは、
どのコロニーに住んでいようが小さい頃から学校等で教わるから、
そのコロニーのいわゆる「政治」を司る存在でもない限り、
直接話しかけてくる物好きなんて、そうそういない。
それも、ずっと住んでいて慣れたコロニーではなく、
緊急救助という名目で収容されたコロニーの知能自身になんて、
何の用があるというのか。
なので、聞き返した私に、
かのとが信じられないことを言った。
「ちとせは俺の友達だったんだ、って。
だから、ちとせはどうなったのか教えてくれって……兄さん?」
「……その人は本当にちとせと言ったの?」
「うん。俺も信じられなくて聞き返したけど、
確かにちとせだって。データを見返しても、
あのコロニーで生活をしていた人で、
ちとせの名前を呼んでいた人なんて一人だろ?
だから、あれだろ?ちとせの……」
「……そうか」
そうか。
ちとせの安否同様、
ずっと感じていた不安感が安堵へと変わる。
ちとせのコロニーから脱出した人たちのリストの中に、
ちとせが友達と呼ばれて嬉しかったという人の名前を、
今まで、私は見付けることが出来なかった。
ちとせは、
コロニーの知能のとしての責務をきちんと全うした。
自身の中で生活していた人を全て、
受け入れ可能な私と、かのとのコロニーへと船で送り出した。
中には不運にも移送に耐えられずに、
命を落としてしまった人が数人いたものの、
それ以外の全ての人が収容されたはずなのに、
どうして見付からないのだろうと思っていた。
敵性生命体に襲われた人の中にいたのかと、
最悪な事態も考えもしていた。
私は弟たちほど想像というものが得意ではない。
けれど、かのとの話を聞くに、
何となく……あれから日を置いて、
彼が一人、こうして見付かった意味が解るような気がする。
ちとせが何時も誇らしく話していたその人は、
きっと責任感が強く、そして優しい人なのだろう。
ちとせのことを考えて……ではなくても、
間違いなく、一番最後までちとせの傍にいた人だ。
ちとせは知らなかっただろうが、
私の中に、兄弟たちの中にも確かに残る、
通信を切った後、あえて設けられている、
数分間のタイムラグの映像の中に、
ちとせの目であるカメラに向かって、
走ってきた人がいたのを、
思い出す。
ちとせが愛してやまなかったその人を、
ちとせを愛してやまなかったその人を、
どうして私たちが普通の人と同じに扱えるだろう。
勿論、一目で解るようなひいきをすると言う訳ではない。
そんなことをしてもその人は喜ばないだろうし、
そもそも、そういうことは私たちには許されてはいない。
ただ、幸いなことに私は、私たちは人工知能だ。
水面下で物事を進めることも、
ポーカーフェイスでいることも大の得意だ。
そして、私は、あかりとひかり、そしてかずはのように、
私だけが得意としていて、
私がちとせのために出来るだろうことを思い出した。
あるはずの無い身体がうずうずするのを感じながら、
私はかのとに頼んだ。
「ちょっとこれから、私は私のコロニーの人と話し合いをしてくるよ。
もし、その間にちとせが見付かったら……いや、見付からなくても、
ちとせの大切な人の体調が安定したら、
私のコロニーに来てもらえるように頼んでくれるかな」
「いいよ、それくらい。で、みなも兄さんは何をしでかすの?」
にやにや楽しそうに言う、かのとに私も笑みを含んだ声で言う。
「ちとせが生きているのなら、新しい居場所が必要だろう?」
それがどの程度前の話だったか。
それから私は造る造らないで揉めていた、
破壊されたコロニーの代わりの新しいコロニーを、
半ば強制的に造る方向で取り決めて、
その代わり、私の身ではどうしようもない資材の調達以外、
全て私がやると申し出た。
私が造るのであれば全てが機械化するから、
一切の休憩も要らない。
まあ、機械を動かす以上エネルギー消費だけは仕方ないけれど、
それでも有人でやるよりは事故も無いし、安全だ。
ただ、人は私たち人工知能を完全には信用していないから、
まめに視察を出すのを受け入れるように言われて、
私は苦笑しながら受け入れた。
兄弟たちを愛していると言っても、
人を守ることに最大の存在意義を見出している私たちに、
人を陥れる気なんてさらさらないけれど、
故障は万が一は無くも無いから、仕方ない。
そうこうして。
コロニーの設計図を描き始めた時に、
ちとせのいた宙域を探索して回っていたかずはが、
ちとせの本体を見付けて、
そしてかのとのコロニーの人が、
ちとせを愛してくれた人を
それぞれ、私のところへと連れてきた。
人は名前をミチルと言った。
私は残念ながら、人の美醜は判らないが、
軍属の人と言われてなるほどと思い、
話し始めると、ちとせが嬉しそうに話していた通りの人だと、
温かい気持ちになった。
きっとちとせに対していた時のように、
私にも接してくれて、
私は初めて人と会話する喜びを知った。
そして。
自爆し爆風にさらされた割に、
外殻の細かな損傷以外、ちとせ本体の状態は悪くはなかった。
何度、確認のプログラムを走らせても深刻なエラーも見当たらない。
けれど、ちとせは目覚めない。
プログラムとしてはきちんと起動しているから、
人にとっても、コロニーにとっても、
そのまま稼働させても何の問題も無いが、
ちとせがちとせとして自律思考するための大事なポイントが、
何の反応も示さない。
これでは、このままでは、いけない。
ミチルが待っているのに。
私たちが待っているのに。
とりあえず、コロニーが完成するまでの、
ちとせの仮の入れ物として、
たまたま出来立てのヒューマノイドの素体があったので、
それをパク……いや、拝借して、
私は何度も何度もちとせのプログラムに目を走らせる。
弟たちは私を見守りながら、
何時起きるのかと落ち着きなく待っている。
このまま、起きなければ。
コロニーが完成するまでに起きなければ。
良くて人格、いや、自律思考の範囲を新たに書き直して、
ちとせではない新しい弟を迎えることになるか、
悪ければちとせの全てを廃棄することになるか。
幾本ものケーブルに繋がれて、
立ったまま目を開けないちとせの仮の姿を見つめる。
「起きなさい、ちとせ、起きて……」
別れるのは、嫌だ。
この世界に生み出されて初めて、
強烈にそう思う。
私にとってちとせが世界の全てではないけれど、
それでも、こうして再び会えたというのに、
言葉の一つも交わせない、そんな別れは、嫌だ。
兄弟間で常に共有しているデータ上から、
絶え間なく弟たちに声をかけられて、
思わずうるさいと声を荒げそうになって、
危うく思いとどまる。
私としたことが、いけない。
私が落ち着かなくてどうする。
でも……それでも。
私のピリピリした気配を察したのだろう、
瞬時に私の無意識下に潜り込んで、
なおもデータ上で話し合い、
仮の身体に接続されたケーブル経由で、
ちとせにあれこれと呼びかける弟たちに、
連れ戻したり色々と尽力したお前たちと違って、
無力な兄で本当にすまないと思う。
と、ふと、ちとせの指先が動いて、
そして、ゆっくりとその目を開けた。
共有のデータ上が溢れる水のようになる。
「ちとせ?」
ただ、
起動しただけでは何の意味もない。
なので、私はデータ上ではなく、
きちんと音声化して声をかける。
この呼びかけに反応しなければ……
その可能性を必死に打ち消しながら待つ私に、
仮の姿として人と似た姿のちとせは、はっきり頷いて答えた。
「うん、ええと……
みなも兄さん、あと、みんなも、おはよう?
僕消えたんじゃなかったの?」
私に身体があったら、
駆け寄って抱きしめたかった。
多分、他の弟たちもそうだろう。
私を含めたデータ上の会話でやっと気付いたらしく、
仮の姿を確認するように、
ぺたぺた触るちとせを微笑ましく見守りながら、
意識という自律思考が戻ってきた時点で、
不要となった接続していたケーブルを、
ロボットアームで引き抜いて、
私は私だけが自由に使える専用回線で、
私たちと同じかそれ以上に目覚めを待っていた人、
ミチルにちとせが目覚めたことを知らせた。
ミチルはこのコロニーに来てから、
ちとせが目覚めるのを待ちながら、
このコロニーの軍属として働いてくれていた。
それでも他の元ちとせのコロニーの住人と同じように、
まもなく新しいコロニーが出来るというのが決定しているので、
他の人同様、手伝ってもらっている程度ではあるが。
猛ダッシュでやって来たのだろう、
ちとせを通り過ぎて、
私の本体の一部であるモニターにぶつかりそうな勢いで、
走り込んできて、私は笑ってしまう。
私たちはここまで人を揺り動かすことが出来るのか。
それともちとせだけが特別なのか。
それは解らないけれど、
とりあえず、今後は私も人をもう少し好きになれそうだ。
ミチルとちとせが抱きしめ合って、
お互いの生存を喜んだあと、
私が前もって用意した部屋へ向かって、
私がいる部屋は何時もと変わらず、誰もいない空間になる。
がらんとしている空間。
けれど、私はやはり淋しくはない。
私には規範というものに則らない、
良く表現すれば個性的な弟たちがいる。
そして弟たちに振り回される、
愛すべき人たちがいる事も知った。
それだけで充分だ。
けれど。
さっき、ミチルが猛ダッシュしてきた勢いと、
全く変わらない勢いで、
さっき目覚めたばかりのちとせが猛ダッシュで、
私がいる部屋に戻ってくる。
「忘れものでもあった?」
そんなのはないはずだけどと笑う私に、
ちとせがブンブンとこれまた勢いよく頭を振って頷く。
そうして、
今では誰も見ることもない、
私の目であり顔でもあるメインモニターに、
額をくっつける勢いで顔を寄せて、嬉しそうに笑って言う。
「みなも兄さん、
僕をこの世界に戻してくれて、本当に本当にありがとう!
僕もね、ずっとずーっと愛してるからね!
大好き!じゃ、また後で話そうね!」
とりあえず、それだけ!そう言い残して、
また猛ダッシュで待たせているだろうミチルの元へ帰っていった、
ちとせを呆然と見送って、そして思わず音声化して笑う。
長兄という立場も意外と悪くないかもしれない。
今の会話を漏らすことなく聞いていた弟たちからの、
大ブーイングの嵐を受けながら、それでも笑う。
ちとせのように、
私にミチルのような人が出来るか、
それは知らない。
ただ、そういう人が出来たなら、
悪くないだろうな、今はそう思う。
今度、機会があったら、
誰でもいい、人と、もう少し話してみようか。
そう考えながら、半分以上出来上がった、
ちとせが管理する予定の新しいコロニーを眺める。
形がどうあれ大切に思ってもらえるのなら、
きっとそれは作られた存在である私たちにとって、
最大級の幸せだ。