表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魂のアリカ  作者: 白鴻 南
1:魔法少女と異世界人
9/88

01-08

 九重は目の前に広がる光景に呆れていた。

 一樹が通った場所には暴風が吹き荒れ、貴志が一度動けば全てが静寂を取り戻す。加速された九重の思考は貴志が真っ二つに両断されたところを確かに目撃した。刀身が通った傷口から吹き出した血液。確かな手応えを感じている表情の一樹。

 けれど断たれた身体がズレるよりも速く貴志は反撃に移り、吹き飛ばされる一樹。貴志を見ればそこには刀傷はおろか汚れすら存在しなかった。きっと何かしらの異能を使ったのだろう。

 こういうことは異能バトルにはよくあることだ。真っ先に経験させる必要があるとそう判断したに違いない。


 九重は一樹を鍛えるにあたり貴志に師事させることが正解だったと満足する。


 一樹がこれから生きていくには技術が足りない。早急に身に付けさせるためにそこそこ付き合いのある貴志に教えを請うことにした。貴志は面倒臭がりに見えて意外と面倒見がいい。その上戦闘技術という面では自衛隊や警察官に教える教官などとは比べ物にならない程の実力者だ。もっともそれらの一般社会に存在する戦闘技術とは種類が違うため比べていいものではないのだが。

 ともかく、一樹が師事を受けるのであれば貴志程の適任は他にいない。

 けれど当の貴志は一樹に戦闘訓練を施すのは気が進まないらしい。いや教えること自体は構わないけれどそうなった原因について怒っているようだった。


 つまり僕に怒っているんだけどね。


 貴志が怒っているのは僕が一樹君に妖刀の持つリスクや魂を用いた技術の危険性を全くといって教えなかったからだろう。それについては一理あるけれど、僕にも言い分がある。

 そもそも妖刀は危険な力を可能な限り安全に扱えるように設計されている。貴志が危惧するようなリスクは妖刀がサポートすることで限りなく起こりえない状態まで持っていけている。

 だからと言って知らせなくていいというものではないけれど、知ってしまっては身動きが取れなくなるということもある。要は知るタイミングこそが重要なのだ。

 このことについては後で話し合えばいいだろう。それよりも一樹に訓練を付けることの方が優先だ。

 何だかんだ言いつつも、貴志は教えを請われればそれを拒むような男ではない。けれど一から十まで手取り足取り教えるようなことはしない。昔ながらの目で見て盗めって感じの教え方だ。

 知識と違って技術はそれでいいと思う。殊更異能を用いた戦闘技術は戦闘中でさえ常に学習し続けないと生きていけない。

 そういう意味では一樹君は物凄い才能を持っていたと言ってもいい。何せたった二日で思考加速を僕以上に使いこなしているのだから学習速度が尋常ではない。

 僕が思考加速を使う時は肉体の強化に合わせた速度までしか加速させない。思考速度が戻せなくなるというリスクがあるというだけではなく、肉体の速度以上に思考を加速させると身体が上手く動かせなくて確実に事故るからだ。

 原因は脳から出される命令と肉体が命令を実行するまでに発生してしまうタイムラグにある。

 思考を加速させても意識は普段通りに存在し、普段通りの意識で肉体に命令を下すことになる。出された命令の実行タイミングは普段通り、つまり肉体と同じ速度で実行される。しかし、思考が加速されている状態で行うと、肉体が実行する速度と命令するタイミングがズレてしまい、命令の実行途中に次の命令を実行してしまうのである。

 これは理屈が理解できていても脳から放たれる電気信号は意志や思考、努力で制御できるようになる類のものではないため、解決のしようがない。

 だから肉体以上の速度で思考を加速させる場合は止まっていないと危ないのだ。

 しかし、どういうわけか一樹は肉体と思考の速度をズラした状態で戦闘をしているようなのだ。

 これにはさすがの貴志もこれには驚くだろう。思考速度が肉体よりも速いということは一樹は常にスローモーションで世界を眺めながら戦っていることになる。加速の度合いによっては何をやっても見切られてしまうのだから。

 三度目の攻防も仕掛けたのは一樹。おそらく二度の攻撃で貴志の使っている異能の正体を突き止めたのだろう。二度の攻撃と違い今度は拳で殴り掛かった。


 あれはどういう意図だろう。斬撃が効かないから打撃、という単純なものではないと思うけど。


 貴志は先程同様一切動く気配がない。一樹の拳が顔面にめり込むと鼻血を吹き出しながら倒れる。

 次の瞬間倒れたはずの貴志が拳を突き出した状態の一樹の懐に潜り込んでいた。

 また同じように攻撃直後の隙を突いてきた貴志がガラ空きになった一樹の脇腹目掛けて鞘に収まったままの刀を振るう。

 けれど貴志は刀を振りぬくことを止め、転がるようにして飛び退いた。

 その直後、地面から何かが突き出てきた。


 は?


 地面から突き出てきたのは銀色に輝く美しい刀身。

 九重は一樹を見やる。

 拳を振るった体勢で背後に下げていた右腕に持つ竹千代が地面に向かって伸びている。

 それを見た九重は全てを理解した。


 一樹の拳は斬撃がダメならという安直なものではなく、自然な形で竹千代を背後へと隠すことが狙いだった。背後に隠した竹千代が形態変化で地面へ伸ばし、貴志が現れるであろう場所の真下から、貴志が現れた瞬間に攻撃する。


 拳を振るったのは自分たちがまだ絡繰りを見抜いていないと思わせ、警戒させないための誘導でもあったわけだ。

 どういうわけか貴志は察知し避けてしまったが、その後も突き出した刀身から枝分かれした枝葉のように刀身を伸ばし追撃まで行っている。


 読みも駆け引きも悪くない。けれど九重が危惧したように決め手に欠ける。


 それが今の一樹の実力だ。

 何にしても貴志の無敵の絡繰りは見破れたので及第点は貰えるだろう。

 貴志は体勢を立て直すと鞘に収まったままだった刀を抜いた。


 それは真っ黒な直刀。


 鞘、鍔、柄はおろか刀身さえも真っ黒なそれは、かつて幾本も折れていった未完成品、その一振りだ。

 機能だけを追求された実験用には今ある妖刀の様な美しさは無縁のもの。その闇より黒い刀身はこの世の憎悪を全て煮詰めているかのような気さえしてくる。


 出力耐久試作実験刀。


 それは九重が妖刀を完成させる前の耐久実験を行った試作品。最大出力を探るための実験用だったため妖刀とは比べられないくらいの出力を秘めているが、ただ魂をエネルギーに変換して放出するだけしか備わっていない。異能というより兵器に近い。

 けれど普通に刀として振るう分には全く問題にはならない。むしろ無駄に頑丈で刃というよりも塊と言った方がしっくりくる。

 真っ黒な刀を無造作に構え一樹を見据える貴志。

 一樹は半身を引き竹千代の切っ先を貴志へ向ける突きの構えをとる。


 先に動いたのは貴志だった。


 九重の加速された思考でも捉えきれないような瞬間移動で一樹の背後へと回り、首目掛けて試作刀を振るう。

 一樹は振り向きもせずに転がりながら回避すると同時に竹千代を貴志へ向けて伸ばした。

 伸びてくる竹千代の刀身を試作刀で逸らし、踏み込もうとする貴志の背後から竹千代の刀身が枝分かれして襲う。


 互いに奇襲の応酬。


 それらはたった一秒の出来事。遅れて暴風が吹き荒れ体勢を崩したのは一樹。

 貴志は一気に距離を詰め大上段から光り輝く刃を振り下ろし、一樹は竹千代で防ごうとするも竹千代ごと肩を切り落とされた。


「ああああああああああああああああああ」


 一樹の悲鳴が響く。

 斬り落とされた傷口は焼かれ、そこからの出血はなかった。一瞬にして身体中の水分を蒸発させる勢いだったのか一樹は全身から汗を流しているにも関わらず、その肌は干からびていた。

 エネルギーを放つだけの試作刀を貴志はその刀身に熱エネルギーを纏わせた灼熱の刃として振るったのだ。

 出血によるダメージはなくなるが、一瞬で、それも生きたまま肉体を焼かれる痛みは痛み以上に恐怖を植え付ける。それに高熱が伝わった身体から水分が奪われ脱水症状へと追い落とす。

 九重の知らないところで出力耐久試作実験刀は悪辣な武器へと変貌を遂げていた。

 あの高熱なら物理的な防御はまず出来ないだろう。あまりの高温に金属では全て溶解されてしまいかねない。貴志の制御が怖ろしい程出来ているためその熱が周囲へと逃げることなく刀身にのみ収束されている。今の科学力では到達しえない高火力をその刀身は秘めていた。


 あれこそまさに必殺の太刀。


 一撃で戦闘は終わる。貴志はそれを学ばせたかったのだろうがやり過ぎではないだろうか。

 一樹の意識が失われテストは終わる。貴志は試作刀を鞘に納めると九重に一樹を運ぶように指示を出した。

 物の見事に焼かれた方は茶色でこんがりしており、一樹の身体は未だ熱を帯びたまま熱い。


「ちょっ!?これ大丈夫なの!?」


 一樹の身体は傷口以外も焼き立ての肉かと思う程熱く、触れた九重が危うく火傷をしそうになった。これはもう助からない。そういう傷だった。


 まさか貴志は刺客に怯えて暮らすぐらいならいっそこの手で屠ることが慈悲だとでも思ったんじゃあるまいな。


 貴志の一樹に対するあまりの仕打ちに貴志を見やるや、貴志は切り落とされた竹千代のカケラを集めていた。


「そんな顔で見てんじゃねえよ。大丈夫だって。試合をする前みたいにちゃんと戻るから、後遺症は残らないから。肉体的には」


「それって精神的には残るってこと!?」


「まぁ、刺激が強過ぎたからな。軟な精神なら病んでもおかしくはねーさ。そうなるようならどの道俺がしなくても病んでお終いだ。気にする必要はねーよ」


 確かにそれも一理あるのだが、必要以上に傷付けなくてもと思う九重に貴志は言った。


「馬鹿か、傷がねー奴に魂なんざ扱えねーよ。しかもお前の心配は的外れだ。この小僧はとっくに壊れているぞ。そうでなければ二日で異能をここまで扱えるわけがねえ。九重、正直に言え。この小僧は何者だ?」


 何者って言われても実は何も知らない。ただ素質があるから巻き込んだだけだ。


「何者だ、と聞かれても僕も知らないよ?ただ凄い素質があったからスカウトしただけさ。それよりも訓練はつけてくれるのかい?」


 九重としてはそれが一番重要だったりする。

 しかし、貴志は否定した。


「いや、訓練は無理だな」


「は?約束が違うじゃないか」


「約束なんざしてねーよ。ただこの小僧に戦闘技術を教える必要はない。今の一戦で十分に学習しやがった。後は場数を踏めば十分だ」


 理由を聞けば確かに、と思える部分はある。今の試合だって九重はおろか貴志すら予想外だった程ちゃんと戦えていた。貴志の言う通り場数を踏んでいけば十分に戦えるようになるだろう。

 けれど問題がある。


「必殺技は?」


 今の試合でも最終的に明暗を分けたのは必殺技の有無だった。一樹のセンスは悪くないのだが竹千代ともども決め手に欠ける。波状攻撃まではいいが止めの一撃がない。訓練が必要ないとしても必殺技は必要だ。

 九重は一樹たちの処置を終えた後必死に懇願し、どうにか必殺技を教えてもらえることになった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ