02-38:この主人公不在の世界、世界は主人公を求めている
横たわる魔法少女へと振るわれた刃。
けれどその刃が魔法少女の首を刎ねることはなかった。首を刎ねるよりも先に先に一樹が一歩退いた。そのため刃は届かなかった。
一樹が何故退いたのか。その理由は直後に判明する。
一樹が立っていた場所に上空から槍が突き刺さった。
一樹は見向きもせずに乱入者へと刃を伸ばす。もう言葉を尽くす段階はとうに終えている。新たな乱入者とは言葉を交わすことすら不要。その姿を視界に移すことすら煩わしい。
竹千代に形態変化の制御を預け全ての乱入者を串刺しにすべく全力を注いだ。
地面から広範囲に突き出す刃が乱入者を襲う。一樹の周囲が一瞬で刃の林と化した。
声にならない悲鳴が複数聞こえた。けれどそれが断末魔でないことで生存が確認される。視線を向ければ四人の男女、これも一樹と同い年くらいかやや上、高校生といった年頃の男女が何の冗談かファンタジーの登場人物みたいな格好で存在していた。
まあ、魔法少女に召喚士がいたんだ。新たに勇者や戦士が現れてもおかしくはないか。
そう、四人の男女はそれぞれ剣、槍、弓、盾を装備し、プレートメイルと呼ばれる類の防具を纏っていた。
「どこぞの勇者様の登場ってか?」
視線を向ければ勇者様方は何やら庇うような姿勢だった。
そして勇者様方の後ろから衣服について詳しくない一樹が見ても一目で高級スーツだと分かるものを着込んだ青年が守られていた。年齢は二十五か六ぐらい。勇者様を召喚した王様か何かだろう。
話がややこしくなる前に始末してしまおう。
即決、即断、即行動を信条に一樹が行動に移そうとした、その雰囲気を察したか、守られていた青年が話しかけてきた。
「そう殺気立たないでくれないか、笹瀬一樹君。私たちはただ話をしに来ただけなんだ」
青年はこちらの名前を知っていた。こちらの素性は分かっているぞとそういうポーズなのだろう。そしてそれはかつての一樹が最も警戒していたことでもある。
こちらの素性を知っている、これは『いつでも襲撃が可能』なんだと言い換えれるわけだ。そしてこの青年が社会的に影響力を持っていた場合、社会的に抹殺を可能なのだとも。
だから話を聞けと暗にそう告げているのだ。
まあいい、何処の誰で、何を目的としているのかは知っていてもいいだろう。
「話がある、ねぇ⋯⋯⋯一体いつから相手に槍を投げつけるのが話になったんだろうな」
一樹の挑発に槍を持った少女がピクリと反応した。少女が何かを言い出すよりも先に青年が手で制す。
「それはすまなかった。謝罪しよう。許してほしい。彼女は正義感が強くてね。少女が殺されそうになっていたのが見逃せなかったんだ」
青年の言い分は理解した。要するに槍の少女が勝手にしたことだから自分は関係ない、許してくれというわけだ。随分舐められている。
しかしここで突っかかっても時間を無駄にするだけだ。一樹は話を進める。
「で、話って?」
「魔法少女はこちらに預からせて欲しい」
その言葉を聞いた瞬間、一樹は青年諸共狩り殺すべく、形態変化で地面から刃を伸ばし串刺しにした。
一瞬の出来事。反応できたのは盾を持った少女だけ。少女は青年と魔法少女をどこからか出現させた盾で庇った。他の剣と弓を持った少年と先程の槍の少女は無惨に貫かれている。けれどその表情は驚愕に見開かれてはいるものの違和感があった。
血だ。
串刺しにされているにもかかわらず少年少女からは一滴の血も流れていないのだ。
「おい!俺たちも守れよ!」
串刺しにされたまま剣を持った少年が盾の少女に怒鳴る。表情から痛覚を感じていないわけではなさそうだが命の危険は感じていないと分かる。
けれど盾の少女はただ一言「無理」とだけ返し一樹を見ていた。一樹も見返す。
暫し睨み合うような形になったがその間、串刺しのままの少年たちが喚く。煩かったので差し込まれた刃から圧縮した一樹の魂を流し込み少年たちの魂を押し流す。
すると串刺しにされても平然としていた少年たちが苦しみだし、最後はデスゲームもののラノベよろしく、硝子の様に塊り、そして砕け散った。
その光景を見て一樹は内心溜息を吐く。盛大に。
また未知のシステムだよ。ほんと面倒だな。
一樹は今見た光景の厄介さに一瞬で気付いた。
この目の前にいる連中は殺せない、と。
何かしらの技術、間違いなく異世界の技術だろうが、彼らは目の前にいながら目の前にいない。きっと疑似的な肉体を作りそれを操っているのだと想像する。
命も賭けずに戦場に現れ、様々な情報を持ち帰ることが出来る。この場を暴力で制圧しても彼らは無傷なまま帰還する。
一樹が嫌がることをピンポイントでやりまくっている。
しかし一樹が何よりも怒りを覚えたのは、命も賭けずに戦場に出てきて我が儘放題を働こうというその性根だった。
魔法少女はろくでなしばかりだったが彼女たちは彼女たちで己の魂を消費し、命を危険に晒しながら己の欲望を叶えんがために蠢動していた。
覚悟は足りなかったかもしれないが命は賭けていたのだ。
だというのに目の前の勇者様方は命すら賭けずにやりたい放題しようという。
こいつらはただ殺すだけじゃダメだな。物理的にも気分的にも。
「もう一度聞こう。話ってなんだ?そう言えばまだ名前も聞いてなかったな」
一樹は平静そのもので先程の形態変化による攻撃も、散って行った三人のこともなかったかのように話を進める。
一樹の態度に青年の表情が曇る。一樹の反応が予想外だったか、三人が消えたことで自身の優位性が失われたからか。
それでも何とか取り繕うと青年は自己紹介から始めた。
「それは失礼。私の名前は美咲真一郎。ミサキコーポレーションという企業の取締役社長をしている」
ああ、やっぱり多少なりとも社会的影響力を持った輩だったか。
予想はしていた。そうでもないと現在の一樹の素性を調べるのは不可能だ。
「で、その社長さんがどうして魔法少女を寄こせって?」
今すぐ蹴散らしたいところだが、それでは一方的にこちらの情報を持ち帰られて終わる。せめて少しでも情報を得ようとの試み。
青年はそんな一樹の考えも織り込み済み、というよりもはなっから自身の考えを伝えるために乗り込んで来たのか。「その前に」と一樹に問うた。
「君は今の世界について、どう思う?」
「今の世界?」
質問の内容が漠然とし過ぎてつい聞き返してしまった。
「そう、異能が溢れたこの世界についてだ」
一樹は青年の問いに一瞬考えて、止めた。この問いは話を切り出すためのもので、別に青年は一樹の考えなど聞いちゃいない。一樹の答えによって言い回しが多少変化する、それだけのための問いだと判断したからだ。
無言で流す一樹。
結局青年は一樹の答えを聞くよりも先に語りだす。
「異能が溢れ、法では対処しきれない。そう遠くない未来、日本という国は、社会は秩序を失い、文明は崩壊するだろう。国が滅ぶんだ」
その意見には賛成だった。実際異能を手にした輩は、程度の差はあれまず間違いなく犯罪に手を染める。一樹も必要に追われたとはいえ平然と人を殺している。今はまだ国家、社会が機能しているが『蠱毒の宴』ことが続けばやがて崩壊するのは間違いない。
せめてもの救いが海外の工作員やテロリスト予備軍に強力な異能が発現していないことだろう。もし発現していればとっくに海外からの干渉を招き、日本は制圧されていたかもしれない。
「海外からの干渉も考えなくてはならない」
そうだろう。
「このままではいけない。誰もがそう思うだろう。けれど一体どうすればいい?どうすればこの滅びへと向かいつつある国を、世界を救える?」
誰も分からない。分かったところで実行できるとは限らない。
「君は何かを成すために戦い続けた。けれどそれは達成できたか?」
そして実行したところで達成できるとは限らない。
「出来なかっただろう?それは何故か?」
お前たちみたいな俺の邪魔をする馬鹿野郎がいるからだよ。
「それは君が主人公ではないからだ」
「⋯⋯⋯ん?」
今こいつ何て言った?主人公?主人公じゃないから?ダメだ理解出来ない。
理解の追い付かない一樹はとりあえず話を先に進める。そのうち何を言っているのか分かるかもしれないと。
けれど青年、美咲真一郎は一樹が聞き取れなかったと思ったのかもう一度言った。
「それは君が主人公ではないからだ」
これは突っ込み待ちなのか。突っ込まないけどな。
一樹は話を進めるよう顎で促す。
「異能が溢れた今の世界には『主人公補正』という力が、概念が存在する。ライトノベルのご都合主義が現実になるわけだ」
青年は至って真顔で語っている。真面目に主人公補正について語りだす。
主人公補正。その話はかつて九重からも聞いたことがある。もし身に付けることが出来れば主人公にとって都合の良いように世界が回る『概念』という力。
「主人公補正の概念は強力だ。主人公になれば現実は都合よく予定調和を築いてくれる」
予定調和、そう聞くといい感じがしない。
「逆に言えば主人公補正がなければ予定調和は現れない、ということでもある」
この勝者なき戦場も予定調和を欠いた結果とそう言いたいわけだ。
「君は静岡で幼馴染の魔法少女を救おうとして、失敗したね」
人の失敗談まで引っ張り出して
「それは君が主人公じゃなかったからだ」
コイツは何が言いたいんだ
「世界は主人公ではない者がヒロインを救うこと認めない。そんな予定調和を許さない」
まるで世界が悪いんだと誰かに言い訳でもしているように
「今回もそう、君はたまたま邪魔が入ったと思っているのかもしれないが、実際には君が主人公じゃないから主人公の様な働きと結果を世界が認めなかった。そういうことだよ」
いや、邪魔をしたのは魔法少女だし、今現在進行形で邪魔しているのはお前だよ。世界じゃなくてお前だよ。
「こんな理不尽を認めていいのか?」
理不尽なのはお前の責任転嫁だけどな。
要約すると酷いぞ。「俺は悪くない、世界が悪い」だからな。
「私たちはそんな理不尽に抗うため一つのプロジェクトを立ち上げた」
その発想が既に理不尽だろう。自分本位で相手のことを考えて無い。
「『主人公育成計画』」
どこぞのラノベか。
「世界の危機に対して主人公を育成することで予定調和を築く。そのためにはあらゆるタイプの主人公が必要だ。状況に応じて対応できるように、ね」
「その『主人公候補』がそこに転がっている魔法少女だと」
ここでようやく乱入してきた理由に繋がるわけだ。
「そう、そして先程君が送り返した彼らであり、君もだよ。笹瀬一樹君」
ああ、ここでも繋がるのか。失敗の原因が主人公ではなかったからだと不自然な理由付けが、ここにきて主人公になれば、と。
失墜の最中にある者にとって、もし本当に主人公補正というものが存在し、自身が主人公となれるのであれば、乗らないわけがない。
どこぞの勇者様方も主人公に憧れてコイツと共にいたというわけだ。
世界を救う勇者にでもなりたかったんだろう。
「『歴代最強の魔法少女』を姉に持ち、『魔法少女の幼馴染』を救うべく戦う『妖刀使い』これ程の因縁がある君は既に『準主人公』クラスだろう。戦闘能力だけならほとんどの主人公よりも上のはずだ。私たちの下でどうか『主人公』となり世界を救ってはくれないか」
確かに世界はともかく日本という国は、国家は、社会は滅びるだろうと考えている。けれど日本に、社会に、救う価値があるんだろうか。
こう言っては何だが異世界人達にいいようにされているとはいえ、結局のところ自滅でしかないのだ。自身を律することが出来ていれば滅びることはないだろう。
誰しもが己の欲望を異能で満たそうとするから、そのしわ寄せで滅びるのならそれは自業自得というものだ。
けれど誰しも一樹の様に『世界なんぞ滅びても構わない』『世界が滅びるのは自業自得だ』とはいかない。
きっと目の前の青年もただ世界を救いたいんじゃなく、その過程に何かしらの目的があるに違いない、と邪推する一樹。
一樹を見据えて青年、美咲真一郎は静かに、けれど妙に頭に染み込むような声で言った
「この主人公不在の世界、世界は主人公を求めている」
「私と契約して主人公になって世界を救ってくれないか?」




