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魂のアリカ  作者: 白鴻 南
2:主人公不在の世界
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02-24:真打は遅れて登場するものだろう?



 召喚アプリユーザー強制参加イベント『蠱毒の宴(こどくのうたげ)』その一日目が終わろうとしている。けれど一樹からいわせれば日が沈んだ今からが本番だろうと構えていた。昼間で一体どれだけの召喚士が、一般人が犠牲になったかは分からない。

 しかし、いい加減パニックから回復し、現状を理解している頃合いだ。自身の戦闘力がおおよそどの程度なのかも掴めてきた頃合い、冷静さを取り戻し、無謀な戦闘を避けるようになってきただろう。

 故に気が抜けない。戦力差があろうとも寝込みを襲えば逆転の目はあり得るのだから。むしろ自身が劣っていると察した者達の蠢動にこそ目を光らせなければならない。

 一樹が陣取ったビルから見える灯かりでおおよそどれくらい生き残ったかが推測する。

 

『二百組ってところか』


『そうですね。慎重な者達は既に明かりを消して暗闇に潜んでいるでしょうし、灯かりをつけているところには複数人居ると考えると意外と残っていますね。全体の三割以上といったところでしょうか』


『そしてここからが減りにくくなるな』


 イベント開始直後の混乱が収まり、皆周りにいるのが敵で、殺さなければ殺されるということを昼間の内に学習した。生き残った者達はこれから慎重に動く。不用意に他人の前に姿を現さないことだろう。

 これを十人以下まで減らすというのはどうにも現実的じゃない。何か別の攻略法があるのかもしれない。案外それを探すのが本来の狙いという考え方もあるが、召喚アプリが異世界人共が用意した侵略兵器だと考えると、それはないなと否定される。


『どうやって十人以下まで減らすんだろうな』


『どう、とは?』


『いや、普通に考えればある程度までは減らせるだろうさ。でもさ百人以下になる頃には殺し合うよりも協力し合った方がいいという考えも出てくると思うんだよ。特に戦闘能力の低い奴はそう動くはずだろう』


『そうさせないための十人以下と時間無制限という厳しい条件なのでは?』


『確かにそうなんだけどさ、やっぱ現実的じゃないわけだ。殺し合いで減らすというのは』


『⋯⋯⋯他に何か目的があると?』


『あってもおかしくはないだろう?』


 とはいえやっぱり考えても仕方がない。一樹は自分が様々な陰謀に巻き込まれながらも仲間と共に事件を解決する、そんな主人公ではないことを理解している。自分に出来るのはただ圧倒的な暴力を以て殺すだけ、壊すだけでしかないのだ。


『今はとにかく、あの竜の召喚士を探さないとな、周囲の警戒を頼んだ』


『はい』



 イベントが始まって一晩が経過した。結界の中であっても朝日が昇る。清々しいはずの朝の空気には異臭が混じり、どこか緊張が感じられた。その理由はすぐに分かった。灯が点いていたいくつかの建物からは煙が上がっている。

 いつの間にか寝ちまったか。

 いつ終わるとも知れない殺し合いの最中、睡眠は食事よりも重要だ。取れる時に取らなくてはいけない。一応竹千代が警戒しつつ、いざという時は一樹の身体を動かして対応する。そのために少し気が緩んでいたのかもしれない。

 まあ、奇襲はなかったんだから結果オーライか。

 気を取り直して一樹は周囲の状況の把握に努める。

 一樹が予想した通り、血の気の多い連中か、はたまた自身の能力に劣等感を抱えた連中か、それとも現状を受け入れ、合理的に行動を起こした連中なのかは定かではないが、それが夜襲をかけた結果だというのは推測できた。そこかしこで火事や倒壊した建物が見える。

 惨状を見るにかなりの規模で戦闘が起こっていたはずだ。そんな中よくもまあ寝ていられたもんだと半ば呆れつつも気配を探る。しかし特に何かを感じることはない。

 竜も相変わらず串刺しにされたままだ。


『竹千代、俺が寝ている間に何かあったか』


『いいえ、周囲で軽い小競り合いがあった程度で特には』


『小競り合いって』


 あの建物の被害状況で小競り合いとは、まあ異能者同士の戦闘なら建物なんてあってないようなものだが。


『それじゃあ見た目よりも被害は小さいのか』


『ええ、ずっと少ないでしょう。風に流れる血の匂いからして百人程度ですかね』


 どうにも感覚がマヒしている自分を実感させられる。普通に考えれば百人近く死んでいれば大惨事だろうに、百人程度と思ってしまう。もっともその前日には千人以上が殺し合って死んだことを考えればやっぱり百人程度という風になってしまうわけだが。

 

『それにしても今は静かだな』


『一晩中小競り合いをしていましたから、今から隠れて寝るんでしょうね』


『じゃあ今のうちに寝ている奴らを狩ってくるか』


『それもいいですが、あの竜をどうしますか?』


『ああ、まだ召喚士が見つかってないのか』


 もし夜中の騒動で死んでいれば、殺され続けているあの竜も消滅しているはずなので、召喚士は健在なのだと推察される。


『はい、召喚アプリ、戦闘能力は大したことがありませんが本当に厄介ですね』


 召喚士と召喚獣を同時に仕留める。この条件を整えないと始末できないという条件的な不死は今の様なサバイバルではとてつもないアドバンテージだ。

 もっとも召喚獣に主導権を取られるというのは死ぬことすら許されないという一種の拷問でもあるわけだが。

 不死というメリットの反面にある命の主導権を握られるというデメリットを思い浮かべ、竜の召喚士はどんな気分なんだろうと、ぼんやりと思い浮かべる。

 もし竜に知性があるのなら、とりあえず召喚士を逃がすだろう。召喚士さえ生きていればあの竜も串刺しにされ続けても死なないのだから。

 何かのトラブルで俺の攻撃が解けるのを待っている。そんな気がする。

 時折竜の視線が一樹に向くのもそれっぽい。

 あの竜は早々に見切りをつけ、長期戦の時間稼ぎに切り替えたわけか。痛覚があるかどうかは分からないが、もしあったなら大した胆力だ。召喚士さえ無事なら自分がやられることはないと理解していたとしても殺され続けるというのはアレで結構くるものがある。

 九重刀仙(ここのえとうせん)の所で似た様な経験があるため、それがどれほどの苦痛を伴うのかを何となくだが理解できる一樹は更なる警戒を余儀なくされる。

 

『さて、どうするか。下手に離れると拘束が解けてしまうし、かといって現状維持だと後手に回りそうで嫌な感じだ』


『もしあの竜に知性があるのなら、まず間違いなく召喚士を逃がしているでしょうから、一樹に出来ることは差ほどありません。とりあえず、あの蝿男に会いましょう』



―――――――――――――



 召喚アプリユーザー強制参加イベント『蠱毒の宴』が始まって一晩が経過した。開始当初の混乱で大多数が犠牲になりつつも未だ大勢が囚われている。それでも当初の予想よりも大分早く人数が減ったことに虎雄は内心呆れていた。もっと人の命は尊いものだと、簡単に奪ってはいけないものだと、みんな心の奥ではそう思っている。だから早々に人数は減らず、極限状態に追い込まれてからが本番だと、虎雄はそう考えていた。

 しかし実際は嬉々として殺し合った。昨夜の夜襲に関しては酷いの一言に尽きた。虎雄はこの場に残り、竜を監視していたというのに聞こえてくる破壊音、それに掻き消されずに響いた悲鳴がその凄惨さを物語っている。

 一応召喚獣の特殊能力で夜襲の様子を監視をしていたが、襲い、殺し、犯す、人間というよりも動物、いや、獣の所業に失望した。そんな様子を目の当たりにしても動かなかったのは虎雄のターゲットの狙いが竜にあると踏んでいるから。

 けれど何処にも表れなかった。その事に焦りを覚える。『妖刀使い』笹瀬一樹との約束で一日の猶予をもらった。その一日が二十四時間なのか、それとも夜が明けるまでなのか、正確な取り決めをしたわけではない。その辺は一樹の匙加減だろう。一樹が竜を抑えている間にターゲットの召喚士には来て欲しいものだ。

 

「よう、蝿男。そろそろ竜、ぶっ殺していいか?流石に抑え続けるのも辛いわ」


 ターゲットよりも先に鬼面の鎧武者が現れた。

 そしてやっぱり一日とは夜が明けるまで、だったようだ。


「ぶっ殺すって⋯⋯⋯まあいいか、一晩経っても現れなかったしな」


 そう納得したかに見せかけ、頷く虎雄。

 一樹が知っているかは知らないがある程度強化された召喚獣は召喚士とセットで纏めて殺さなければ死なない。今ここに竜の召喚士がいない以上、竜を殺したところで消滅しない。消滅さえしなければまだ餌として機能する。そう考えてのことだ。

 竜が自由になるのは危険だが、虎雄は目的さえ達成できれば、一般市民がどうなろうが知ったことではない。

 それに案外竜が暴れている方があいつの注意が引けるかもしれないしな。


「そうか、それじゃあぶっ殺すぞ」


 その瞬間地面が揺れた。

 地震か、一瞬そう思ったが此処は『結界』の中、地震などの自然災害が起こるようなことはなく、仮に起こったならばそれは人為的なもの。

 振り返れば地面からいくつもの槍が飛び出して、身動きが取れなかった竜が針の筵と化していた。先程の地震は地面から生えた槍が竜を貫く際の衝撃を伝えたものだと想像する。

 そして地響きは続く。

 槍は地面へと消え、再び飛び出し竜を貫く。それを何度も何度も繰り返す。やがて竜は原形すら留めず、肉片と呼べる形状までその姿を散らした。

 それでもまだ消滅しないんだけどな。

 召喚士と召喚獣のリンクは決して途切れない。それは桜薙の奥義を以てしてもだ。魔法少女であれば異世界因子と呼称される核があるため、その核を切り離せるが召喚アプリはどういう理屈か分からないが魂に直接結びついているらしくそれが叶わない。

 けれど理屈は分かっている。互いが互いに補完し合う関係にある。そのため同時に潰さなければいけない。だからこそ今この場に竜の召喚士はいないのだが。

 さて、あいつは今このチャンスを逃すのか、それとも狙ってくるのか。狙うとすれば今この時だ。危険度の高い竜を一樹が圧倒している。このタイミングで召喚士を始末すれば上限突破の条件が整う。

 上限突破だけを狙うなら召喚士を殺しに来るはず。虎雄は既に竜の召喚士を見つけ罠を張っていた。もしターゲットが近付いてくれば即座に作動できる状態だ。あとは罠に掛かるのが先か見つけるのが先か。

 虎雄の意識が竜の召喚士へと向いている間に竜の召喚獣は肉片さえも残さない程細かく、ミンチを作っていた。死ないならば死ぬまで殺すとでも言うように。

 どんなにやっても死にはしない。とはいえあそこまで細かくされれば巨体故に再生までに時間が掛かるか。その間に召喚士の方へと来てくれればいいんだが。

 そんな虎雄の気持ちを知ってか知らずか、それらは突然現れた。


「おう、そこにいるのは虎雄じゃねーか」


 背後からの突然の呼びかけにハッと振り返った虎雄。そこにいたのは二人の男女。長身細マッチョの男と、ボンキュッボンなこれでもかってくらいにセクシャルアピールの激しい格好をした絶世の美女。季節はもうすぐ冬ということでかなり肌寒いのだが気にしないとばかりに露出度が高い。ほとんど水着といっていい格好をしていた。それも一般的ではない特殊な水着の、だ。

 虎雄は男の方を見据える。その男は長らく探し求めていた親友にしてターゲット。


「いったいいつの間に来たんだ?随分と探したんだぞ、亮二(りょうじ)


 虎雄の親友にしてターゲット、厳島亮二(いつくしまりょうじ)桜薙流(さくらなぎりゅう)統合戦技(とうごうせんぎ)波道(はどう)三日波(みかなみ)三日波流(みかなみりゅう)格闘術(かくとうじゅつ)乙種(おつしゅ)一級(いっきゅう)戦鬼(せんき)厳島亮二(いつくしまりょうじ)

 対異世界異能戦闘集団、桜薙における強さの階級は甲種(こうしゅ)乙種(おつしゅ)丙種(へいしゅ)の三種類。それぞれに一級、二級、三級の九段階。甲種は異能に目覚め、行使できるようになった者、故に一般人というカテゴリーで世界最高峰レベルの実力者が乙種一級という位置づけとなる。

 厳島亮二は召喚アプリで異能を手に入れる前までは世界最高レベルの格闘家であった。

 一般人であれば世界一位だって取れた実力者。

 そう、一般人であれば。

 どれほど技術を磨こうと、異能を身に付けた者との間には絶対的な壁がある。それは虎雄も身をもって知っている。例え世界一位という称号を、栄誉を手に入れたとしても、何の価値もない。圧倒的な暴力がそこには存在していることを知ってしまった。

 知らなければ、劣等感に苛まれ続けることもなかっただろうに。もっともだからこそ、亮二は手を伸ばした。どんなに訓練しようとも身に付くことのなかった異能に。例えそれが異世界人の侵略ツールだったとしても、逆に利用し尽くすつもりで、自らを真に世界一位という頂を目指して。

 虎雄もそんな内心を察していた。

 だからこそ、亮二が失踪した時に特に何とも思わなかった。亮二の痕跡を辿った幼馴染が失踪しなければ探そうとも思わなかったはずだ。

 ともあれ、いざ探そうとしても中々見つからなかった親友がようやく虎雄の目の前に現れた。今はそれでいいだろう。

 そんなことよりも一体どういった絡繰りでその場に現れたのかが分からない。

 虎雄は注意深く、けれどそれを悟らせないように軽い口調で問いかける。

 しかし虎雄の問いに対しての返答は「虎雄が?俺を?そいつは何の冗談だ?」と取り合わない。 

 冗談⋯⋯⋯冗談だって?こいつは今まで何をやっていたんだ?それともまさか俺が追っていたことにも気付いていなかった?いや、そうとは思えない程に入念に姿を眩ませていた。それともそれは意志じゃなかった?

 どうにも噛み合わないような違和感を覚えた虎雄は、もう少し会話を続けて情報を引き出すことを選択する。差し当たって差しさわりのない会話を続けた。


「心当たりは⋯⋯⋯あるんだろ?」


「心当たりならあるが⋯⋯⋯有り過ぎてどれか分からねーよ」


 そう言って肩を竦めては美女の腰に手を回し引き寄せるとそのまま口づけを交わす。

 そんな様子を半ば呆れつつ眺める虎雄は「そうかい」とたった一言を発する。


「それにしても、随分と遅い登場じゃねーか。今まで何やってたんだよ」


「まあ、あれだ、真打は遅れて登場するもんだろう?」


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